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読む宇宙旅行

2011年11月 vol.01

新発見が続々ー
「きぼう」マランゴニ実験を運用する学生たち。

左から横浜国立大学の丑澤さん、札埜さん、矢野さん。「最初は粒子の流れの見方がわからなかった。でも先輩に教えてもらいながら繰り返すことで慣れてくる」。研究室で代々受け継がれて見る目が養われていく。JAXAつくば宇宙センター、実験運用管制室で。

左から横浜国立大学の丑澤さん、札埜さん、矢野さん。「最初は粒子の流れの見方がわからなかった。でも先輩に教えてもらいながら繰り返すことで慣れてくる」。研究室で代々受け継がれて見る目が養われていく。JAXAつくば宇宙センター、実験運用管制室で。

 宇宙飛行士が寝静まった国際宇宙ステーション(ISS)で夜な夜な行われる日本の実験が、過去の実験結果を覆す画期的な成果をあげている。「マランゴニ対流実験」だ。マランゴニ対流とは、液体の表面張力の違いによってできる流れのこと。なぜ注目されるかと言えば、大きな結晶を作る時、マランゴニ対流が悪さをしていい結晶が作れないからだ。だが地上ではマランゴニ対流よりも熱対流の影響が大きく、わからないことが多い。そこで徹底的に調べつくそうと日本は2015年まで4テーマの実験を実施中だ。宇宙実験の現場で活躍するのは学生たちと聞き、その様子を取材した。

 JAXA筑波宇宙センターに「きぼう」日本実験棟の実験を運用する「実験運用管制室」がある。10月下旬、朝9時過ぎに伺うと、宇宙で行われている「マランゴニ対流実験」の様子が、ほぼリアルタイムで大きなモニターテレビに映し出されていた!ずらりと並ぶモニターにはまるで心電図のような温度データ、液柱を様々な角度からとらえたカメラ画像が映し出されている。その前には横浜国立大学の学生たちが陣取る。世界標準時で生活するISSは深夜0時過ぎ、つまり宇宙飛行士が寝静まったころを見計らって実験を行っているのだ。

 「宇宙飛行士が活動をすると振動が伝わって、液柱が揺れてしまうからです」と博士課程1年の矢野大志さんが教えてくれた。実験は、まず液体を円柱状にした液柱(例えば直径約50ミリ×長さ約60ミリ)を作り、液柱の両端に温度差をかけることで表面張力の違いを作り、マランゴニ流を発生させる。さらに温度差を大きくしていくと最初の安定した流れ(定常流)から、脈を打つような流れ(振動流)に変化していく。結晶成長に悪さをするのはこの振動流で研究者たちが恐れるものだ。いつ、どんなタイミングで定常流から振動流に変わるか、その変わり目を遷移点とよぶ。遷移点を詳しく観察するのが今回の実験の目的で、わずかな揺れも実験の邪魔になる。求められる微小重力レベルは100万分の1Gだ。

 矢野さんはこの実験に関わるのは3年目のベテランで、この日は代表研究者の西野耕一先生の代行として学生たちを指示しながら宇宙実験を進行。モニターの前には修士1年の札埜(ふだの)圭祐さんと学部4年生の丑澤(うしざわ)拓夢さんが座る。液柱の中には小さな粒子(写真の白い点)をトレーサーとして入れておき、その動きを3台のカメラで追うことで流れの変化をとらえる。だがじっと見ても動きがわからない。「定常流ですか?」と聞くと「いや、振動流ですね」と温度データを見つめる札埜さんが言う。温度データの波型や、宇宙から送られてくる動画データを早送りしてみることで、ゆっくりと回転していることがわかるのだ。

ものさしで液柱のサイズを測る。超アナログ!

ものさしで液柱のサイズを測る。超アナログ!

 「へー」と感心していると「次、レーザー打ちます」と矢野さんが決断。振動流を理解するには、液体表面の流れの「速度」が重要な情報になる。レーザー光線をあてることで液の一部に色をつけ、着色点を追いかけることで速度や動きをみる。日本が誇る技術だ。「きぼう」にコマンドを送る専門家の「レーザー打ちました」の声に取り出したのはなんと「付箋」。「モニター上で粒子の動きをみる目印にはるんです」超アナログ・・。さらにこの日は液柱を細く鼓状にして円筒形の液柱との違いを見ていたが、モニターに「定規」をあてて液柱のサイズを調べる。もちろん最終的には精密に解析するが、だいたいの予測をその都度行うそう。

 研究室で宇宙実験に携わる学生は5人。ふだんは研究室で液柱を作って同様の実験をしているという。「重力がかかるから5ミリほどの小さな液柱しかできないし、定常流も振動流も流れが速くて実験条件が全然違う」。丑澤さんは元々流体に興味があり、宇宙ってカッコいいし宇宙実験ができると聞いて研究室に入った。実際の宇宙実験は「意外に地味」と笑う。待ち時間が長いし、モニターをじっと見つめて微妙な変化を見極める忍耐力が必要だから。だが「過去の研究結果が覆される瞬間に立ち会えることが面白い」という。

モニター画面には宇宙から送られてくる映像が。下段真ん中が、この日作っていた鼓状の液柱。下段右端がフォトクロミック法で流れの速度を見るための画面。付箋がぺたぺたと。

モニター画面には宇宙から送られてくる映像が。下段真ん中が、この日作っていた鼓状の液柱。下段右端がフォトクロミック法で流れの速度を見るための画面。付箋がぺたぺたと。

 2008年の実験開始以来、液柱の長さや太さ、液の粘度など条件を変えて、どんな現象が起きるかを把握してきた。そして実際に、スペースシャトルやロケット実験を覆す結果をいくつも得ている。その一つは、定常流が振動流に変わる遷移点と液柱の長さの関係だ。これまでは、液柱が長くなると振動流になりにくくなると思われていたが、この実験で、液柱の長さと遷移点の温度差をかけた値が一定になる結果を導き出した。また、「世界初」の現象も観察された。粒子が1本のねじれたひも状に集まる現象、PASだ。通常はばらばらに浮遊する粒子が帯状になる。動画で見ても不思議で美しいが、なぜできるのか、よくわかっていない。

 JAXAでマランゴニ実験をコーディネートし、代表研究者の一人でもある松本聡主任研究員によると、マランゴニ対流実験は、1980年代からヨーロッパや米国が中心に進められてきていたが、今や日本がリードしているという。日本は3段階で実験を進める予定だ。(1)が現在にあたり現象の把握、(2)でメカニズムを理解し、(3)マランゴニ対流を制御する。2015年に行われる3段階目の実験では世界の研究者と協力する。これらの実験成果は、高効率の太陽電池を作るための結晶成長などに活かされるほか、パソコンなどの熱を逃がすヒートパイプ、ごく僅かのサンプルで診断する医療診断などへの活用が期待されている。

 3人の学生たちはつくばのビジネスホテルに泊まり、実験運用に通う。「実験のたびに新しい知見が得られるので解析しがいがある。今週の実験も予想と違っていた。実験はやってみないとわからない」(矢野さん)。和気あいあいと宇宙と向き合う姿は羨ましくもあった。