2011年11月 vol.02
古川聡飛行士帰還。「宇宙人」から「地球人」へ順応中
帰還直後の古川さん。「頭が重く支える首が疲れる。首が据わらない赤ん坊に戻った気持ち」(提供:JAXA/NASA/Bill Ingalls)
167日間の宇宙滞在を終えて、古川聡宇宙飛行士が地球に帰ってきた。おめでとう!初夏に飛び立ち帰還したのは真冬。宇宙ではエアコンで一定の温度湿度に保たれ季節感がない。「冷たくて新鮮な空気は素晴らしい」と宇宙船から出てきた古川さんは言った。日本人で最長の167日間の連続宇宙滞在記録を達成し、笑顔を浮かべながら、その顔はやや青白くむくんでいた。その後スタナイ空港に移動して行われたセレモニーでは、自らの足で歩いたものの野口飛行士らが後ろでしっかりと支える。頭を決して動かさず直立不動だ。
古川さんはこの時の自分を「軟体動物のよう」とツイッターで表現した。身体の重心がどこにあるかがわからず、力が入らなかったのだという。「宇宙では身体を斜めにしてもひっくり返ってもバランスが保たれている。脳が宇宙の状態にすっかり慣れてしまっていた。」。つまり古川さんの身体は宇宙滞在中にじわじわと「無重量仕様」に変化していったのだ。具体的には平衡感覚を司る耳の奥の前庭器官や、筋肉の奥のセンサーなどの感覚器、そしてセンサーからの入力を元に筋肉に指令を出す脳も無重量仕様に。「宇宙人の身体」になったということだ。
宇宙人状態の古川さんは着陸直後、いすごと運ばれている間も「頭の芯がぐらぐらして自分の姿勢がわからない。(宇宙にいるときと同じように)身体を傾けようという誘惑にかられると転んでしまう。足を前に出すときもほんのわずかの力で足が出ると思っていたら重力があるから思ったほど足が上がらず、つまずいてしまう」これまでどの日本人宇宙飛行士も、宇宙から地上への適応過程をこれほど具体的には語らなかった。オモシロイ!
宇宙に長く滞在すると骨や筋肉が衰えることは以前から知られ、そのための対策はなされている。だから古川飛行士曰く「改善された運動器具で筋力は比較的保たれている。今行っているリハビリはバランス能力を取り戻すことが主眼」とのこと。Medicine ball(メディスンボール)という色々な重さのボールを使って、ひねりながらボールを渡したり、上に投げたりと様々な運動を行っているそうだ。リハビリ日記、ぜひ記録してほしいですね。
「きぼう」日本実験棟で。身体はすっかり宇宙人。
(提供:JAXA/NASA)
古川飛行士の167日間の宇宙滞在は、ソユーズ宇宙船のフライトエンジニアとして船長を補佐するという重大な任務から始まった。あまり語られないが、緊急事態には船長に替わり操縦できるこの資格を取るのはロシア人でも難しい。古川さんはロシア人教官にロシア語で技術的な質問を繰り返して食らいつき、優秀な成績で資格を取得している。努力の人だ。世界中の訓練担当や管制官から厚い信頼を得る『すごい宇宙飛行士』と若田飛行士も絶賛する。そして宇宙到着後の6月末には国際宇宙ステーション(ISS)にスペースデブリが接近。ISSのすべてのモジュール間のハッチを閉めて、万が一デブリが衝突して壁に穴があいても被害を最小限に留められるようにして緊急帰還機ソユーズに乗り込んだ。ISS史上2回目の緊急事態だ。また8月末にはプログレス貨物船が打ち上げに失敗。宇宙飛行士を打ち上げるのと同じロケットの不具合であり、失敗が続けばISSが無人になるかもしれないというこれも緊急事態。こんなにストレスのかかる状況でも、古川さんは常に笑顔。
なぜこんなに安定していられるのか。その答は8月1日に東日本大震災の被災地、宮城県の子供達との交信イベントで古川さんが語った言葉にあった。「その日自分にできることを一日一日積み重ねていけば、きっと明日は今日よりいい日になる」。宇宙飛行士候補者に選ばれて12年間待ち続けた。その間にはスペースシャトルの事故があり、一緒に選ばれた仲間が先に宇宙に飛び立つなど、ツライ日も多かったに違いない。そんな時も自分にできることを積み重ねた365日×12年間が、どんな事態にも動じない実力とタフな精神力を作りあげ、今回の記録達成につながったに違いない。
古川飛行士が宇宙滞在中の7月24日、日本はロシア、米国に続いて3番目に宇宙滞在日数の長い国になった。向井千秋JAXA宇宙医学生物学研究室長は「日本は3番目にふさわしい医学研究をしていくべきで、帰還後の古川飛行士に期待しています」と話している。