「もっとも遠方の酸素」で探る—「宇宙の夜明け」をもたらしたのは星か、ブラックホールか?
131億光年彼方に「酸素」発見!なぜ酸素の発見が重要なの?
アルマ望遠鏡がわくわくするような大発見をもたらした。今回発見されたのは、観測史上もっとも遠くにある酸素。その距離131億光年。131億年遠方=131億年前を意味する。宇宙年齢は今138億光年と考えられているから、宇宙誕生7億年後という極めて初期の宇宙に、既に酸素があることを発見したのだ。観測に成功したのは大阪産業大学の井上昭雄准教授率いるチームだ。
酸素が観測されるのがなぜ大事なのか?それは、酸素がどうやってできるかに大きくかかわっている。誕生直後の宇宙には水素とヘリウム、ごく微量のリチウムしかなかった。それ以外の元素(重元素)は星の内部(核融合反応)で作られ、星の最後の超新星爆発などによって宇宙空間に放出される。放出された元素は星間ガスに取り込まれ、また星が生まれ・・とリサイクルが繰り返され、次第に重元素が増えていった。つまり「酸素が発見される」ことはそれ以前に、星がすでに生まれていたことを意味するのだ。
これまでの観測で発見された最も遠くにある酸素は122億光年遠方だった。(宇宙誕生後16億光年)それよりも遠方、つまり過去にさかのぼって酸素を今回発見したことは画期的。最初の星=ファーストスターがいつ生まれたかは、いま天文学でもっともホットな話題の一つであり、宇宙誕生後2~3億年後には生まれたと考えられている。その起源に迫るという点でも重要な発見だ。
宇宙初期のミステリー「宇宙の夜明け」
しかし、本題はここからだ。この酸素を使って、「宇宙の夜明け」に迫ろうとしているのだ。「宇宙の夜明け」って? これこそが宇宙初期に残されたミステリーであり、謎が多い。天文学者たちはこの謎を解こうとあらゆるツールを使い、様々な観点から観測に挑戦している。
「宇宙の夜明け」は、天文学では「宇宙再電離」と呼ばれる。ビッグバン直後の高温状態では電子と陽子がバラバラに飛び交っていた(電離状態)。しかし約40万年後、宇宙が冷えると電子と陽子は結合して水素原子になった。そして宇宙は「暗黒時代」に突入する。暗黒時代は数億年続いたが、天体が生まれ始めると、天体が放つ紫外線によって水素の電子がはぎとられ再び電離状態になり(再電離)、宇宙は星々が輝く「夜明け」を迎えた。つまり宇宙は「暗黒時代」から「夜明け」へと劇的な変化を迎えたわけだ。「いつ」「何が」「どうやって」宇宙の夜明けをもたらしたかが分からず、初期宇宙の大問題になっている。
「いつ」については宇宙年齢2~3億年から10億年の間、「どうやって」は天体からの紫外線によって、とある程度分かってきているが、「何が」については初期宇宙の「大質量星」か「巨大ブラックホール」の二大候補に絞り込まれているものの、もっとも謎が多い。宇宙初期には太陽の約100倍もの大質量星が生まれ、大質量星が放つ紫外線によって夜明けがもたらされたと予想されているが、観測で確認されてはいない。
「宇宙の夜明け」に、大質量星が関わったかどうかをどうやって観測するか。研究チームが注目したのは酸素だ。冒頭に書いたように重元素は星がなければ生まれない。どの重元素で調べるかを考えたとき、宇宙初期の炭素は検出できないほど弱いこと、一方、宇宙初期宇宙に似た環境をもつ天体では、酸素が強い光を放ち検出可能だと赤外線天文衛星「あかり」によってわかってきていた。
ならば「宇宙の夜明け」時期にある酸素量を観測すれば、どのくらいの大質量星が生まれたかが推定され、夜明けを何がもたらしたか解明の糸口が見つかるに違いない。しかし初期宇宙の酸素量はこれまで観測された例が皆無だった。なぜなら、観測できる装置がなかったからだ。そこにアルマ望遠鏡が登場したのだ。
アルマ望遠鏡観測への道のり
—大規模シミュレーションを実行し、多波長で攻める。
アルマ望遠鏡と受信機(バンド8)を組み合わせれば、初期宇宙にある酸素量を観測できると研究チームは考えた。しかし問題はアルマ望遠鏡が天文学者の間で大人気であることだった。約4倍もの倍率をかちぬいて観測時間を勝ち取らなければならない。ところが最遠方銀河で酸素が観測された実績がないことから、最初の観測提案は却下。「相手にされなかった」と井上准教授は言う。
もっと説得力のある提案が必要だ。そこで東大や筑波大の協力を得てスーパーコンピューターで大規模な宇宙進化シミュレーションを実行。最初期の銀河でもアルマなら簡単に酸素を検出できるという結果が得られた。この結果によって観測提案は通り、晴れて観測にこぎつけたのだ。観測にこぎつけるまでが大変なんですね・・・。
さて、今回観測ターゲットとなったのはすばる望遠鏡が発見し、2012年に当時もっとも遠い銀河として発表された銀河SXDF-NB1006-2。131億年彼方にある銀河だ。アルマは遠くまで見通す能力がずば抜けているが、視野が狭い。そこですばる望遠鏡とタッグを組むことにより効率的な観測が可能となるのだ。
2015年6月に3回、合計約2時間観測した結果、得られたのが下記画像だ。
この図でぼんやり緑色に光っているのが、アルマ望遠鏡で観測した酸素の光。青がすばる望遠鏡で観測した水素の光。そして赤く見えるのが星団から出る紫外線だ。緑色の光は分光した結果、電離された酸素であることが確認された。酸素の存在する割合は、太陽組成の10分の一ぐらい。初期宇宙では水素とヘリウムがほとんどで、酸素は極めて少ないので理論予想通りだ。そして電離酸素の総量は、太陽質量の30万個分だった。
大質量星が「宇宙の夜明けをもたらした」と言えるのか?
炭素とチリにも注目
この結果から、「大質量星」が宇宙の夜明けを起こした有力候補と言えるのだろうか?ちょっとここまでをおさらいしてみよう。
- 1. 大質量星の中で酸素が作られ、星が死ぬと酸素が放出される
- 2. 次世代の大質量星が放つ紫外線が、酸素を電離させる→これが今回のアルマの観測
ここで注意すべきは、「宇宙の夜明け」が起こるには、銀河内だけでなく宇宙全体に広がる水素原子を電離する必要があるという点だ。今回の観測でいえば、「銀河の中」で酸素を電離させた紫外線が、「銀河の外」に抜けて宇宙空間全体に放射され、水素を電離できたのかどうか。
この点について、実はもう一つ重要な観測事実があった。炭素と塵が発見されなかったことだ。炭素と塵があると、紫外線を遮蔽してしまう。つまり「夜明け」にとっては邪魔者だ。ところが炭素と塵が発見されなかったことから、大質量星からの紫外線が、銀河外に抜けて水素を電離し「宇宙再電離に寄与した」と考えうる。このことから「大質量星が宇宙再電離(宇宙の夜明け)を起こしたという仮説を支持する証拠を一つ積み上げた」と井上准教授。
ただし今回の観測は一例目。特別な例なのか普遍的に起こっていることなのか、更なる観測が必要だ。研究チームは現在、より遠方の133億光年の銀河候補の酸素の観測を行っている。今回よりもっと遠い宇宙で酸素が発見される可能性は十分にある。期待が膨らむではないか。
今回の観測成功には天文衛星あかり(赤外線)、すばる望遠鏡(可視光)、アルマ望遠鏡(電波)と多波長による天文学、そして理論研究による大規模シミュレーションと、日本が持つツールを最大限駆使したことも、注目に値する。宇宙初期のミステリーを解くには、今後もこうした協力が欠かせない。アルマ望遠鏡は視力6000の実現に向けて今後ますますパワーアップしていく。観測時間を勝ち取る競争はさらに激化すると予想されるが、アルマが本領発揮した時、いったいどんな宇宙が見えてくるのか。今から楽しみでならない。