宇宙生活の「命綱」、「こうのとり」6号機 宇宙へ
またしても、日本は失敗が許されない状況に立たされた。12月1日、国際宇宙ステーション(ISS)への物資を積んだロシアのプログレス補給船が、打ち上げに失敗してしまったのだ。プログレスにはきっと宇宙飛行士の家族からのクリスマスプレゼントが積まれていたに違いない。うなだれる関係者が希望を託すのが、12月9日に打ち上げられる日本の貨物船「こうのとり」6号機だ。
ふり返れば、2015年の「こうのとり」5号機の時の状況はもっと悪かった。米国の二つの貨物船、ロシアの貨物船の3つ(つまり「こうのとり」以外のすべての貨物船)が打ち上げに失敗(失敗はなぜか連鎖する)。ISSの周囲にはスーパーもコンビニもなく、食料や水などの生活必需品は補給しなければ宇宙飛行士は生きていけない。当時ISSに滞在していた油井飛行士は、体を洗う石鹸も無くなったそうだ。そんな緊迫した状況で「こうのとり」5号機は見事に成功!届いたばかりの新鮮なフルーツでお手玉をする、油井飛行士の満面の笑顔が印象的だった。今回も「こうのとり」は世界の期待にきっちり応えてくれるはずだ。
「こうのとり」6号機にご対面!
今回の「こうのとり」6号機の打ち上げは、さらに重要な意味を持つ。初号機からの連続成功に、「『こうのとり』+『H-IIBロケット』=日本の輸送」なら任せて安心!とNASAのお墨付きを得て、宇宙生活の「命綱」となる荷物を運ぶからだ。これは、ぜひ実物を見なければ、ということで10月19日にJAXA種子島宇宙センターで行われた「こうのとり」6号機機体公開に飛んだ。
どどーん!最大直径4.4m、全長10mの「こうのとり」6号機はでかい!手前に立っているJAXA・HTV技術センター長の植松洋彦さんと比べれば、その大きさが実感できるはず。金色の断熱用サーマルブランケットがキラキラ輝いている。初号機がISSに向かって飛んでくる様子を見たNASA宇宙飛行士たちが「金色に輝く美しい宇宙船がやってきた」と大興奮したのも納得する。
バッテリー、水、二酸化炭素除去装置・・・ISSの命綱を運ぶ
さて、ISSの「命綱」となる重要物資の筆頭が、正面、中ほどに搭載されている「バッテリー」だ。搭載部分をアップで見てみよう。
正面から見ると、バッテリーを乗せる荷台の部分が見えているが、少し横から見ると、四角いバッテリーが見える。6号機はバッテリーを6台、ISSに運ぶ。バッテリーを一度に6台も運ぶことができるのは、現在世界に4機ある貨物船の中で「こうのとり」だけだ。
バッテリーがなぜ重要なのか?ISSは大きな太陽電池パネルで発電した電気をエネルギー源としている。しかし、ISSが地球を一周する約90分の間、35分は日陰に入ってしまう。その間は発電できないため、日向の間にバッテリーに蓄電しておいた電気を使うのだ。
さらに、このバッテリーには日本製のリチウムイオン電池が採用されたのが、今回の注目点。現在、ISSで使われている48個のバッテリーにはニッケル水素電池が搭載されている。そのバッテリーが老朽化したことから、日本製のリチウムイオン電池を使用した新型のバッテリーに置き換えることになった。GSユアサが開発したリチウムイオン電池は、これまで使われてきたニッケル水素電池に比べて約3倍のエネルギー密度がある。だから48個のバッテリーの半数の、24個でこれまでと同じ能力を実現できるという、スグレモノ。
「こうのとり」は6号機から9号機まで4回で合計24個のバッテリーをISSに運ぶ。ISSは電気がなければ生命維持装置も空調もダウン、つまり宇宙飛行士は生きていけない。その意味でバッテリーは宇宙生活の命綱だ。そのバッテリーの電池に日本製が採用され、日本の輸送船でISSに運ばれるのは、日本の技術力が認められた証拠。ISSは2024年まで運用することが2015年末に決定したが、新型バッテリーがあってこそ実現できるのだ。
水、二酸化炭素除去装置・・・宇宙飛行士の命を守るために
そして、人間が生きていくために欠かせないのが、水。ISSには尿から水を作る装置があるが、それだけですべての水は賄えない。地上から運ぶ必要がある。で、運ばれるのが種子島の水。 宇宙飛行士3人×約4か月分に相当する200リットルの水は不純物を取り除き、殺菌用のヨウ素を加えて、水バッグ30個に梱包し、宇宙へ。この水を宇宙飛行士が飲み、尿になって、リサイクルされてまた飲み水に・・と宇宙で循環していく(ちなみに、種子島の水はセンター内にある宇宙科学技術館の売店で「宇宙の種水」として販売されてます^^)。
また、呼吸で出る二酸化炭素を除去する「二酸化炭素除去装置」もNASAの強い要請により積み込まれることになった。宇宙飛行士のレポートを読んでいると、ISS内の二酸化炭素濃度が高いところにいて頭が痛くなったという記述を目にする。二酸化炭素をきっちり除去することは、宇宙飛行士の健康や命を守るために、必須なのである。
そして宇宙飛行士が待ち焦がれるのが新鮮な野菜やフルーツ。いくら宇宙食が進化したといっても、レトルトやフリーズドライ中心では飽きることも。旬の香り高くみずみずしいフルーツが仕事の活力を与えてくれる。「こうのとり」は打ち上げの80時間前まで荷物を搭載できる。生鮮食料品はきっと、ぎりぎりに搭載され、地球の香りを宇宙に届けるはずだ。
超小型衛星7機、
世界最高精度リアルタイム放射線計測装置など実験装置も多彩
こうのとりは全部で約6トンの物資を運ぶ。これは他の貨物船の約2倍であり、ダントツの輸送量だ。その中にはもちろん、宇宙実験用の荷物もたくさん含まれる。たとえば、超小型衛星。日本実験棟「きぼう」には宇宙空間とISS内をつなぐ荷物搬出入口のような役割をする「エアロック」がある。ここから企業や大学が作る数十センチサイズの超小型衛星を宇宙に放出するのが、今や「きぼう」宇宙実験の特色であり、大人気となっているのだ。2016年10月までに「きぼう」から放出された超小型衛星は147個。日本だけでなく、アメリカ、ベトナム、ペルーなど諸外国の衛星も多数含まれる。
6号機も日本の大学や企業の超小型衛星7基を運ぶ。たとえば静岡大学の「STARS-C」は将来の宇宙エレベーター実現に向け、ケーブルを約100m伸ばす技術実証に挑戦するという。注目だ。
実験装置の中で、私が注目しているのが、宇宙放射線による被ばく線量をリアルタイムでモニタする装置。宇宙が地球の環境と大きく異なるポイントの一つが宇宙放射線だ。各国の宇宙飛行士には生涯の放射線被ばく量の制限値が定められていて、制限値を超えると次の宇宙滞在ができない。そのため正確な被ばく量の計測が必要なのだが、現在、ISSにある機器では計測できる放射線の種類が限られたり、精度が不十分だったりして、どうしても誤差が出る。使用する計測器によって、滞在期間が変わってしまうことになるのだ。
また、太陽面で爆発が起こった場合には大量の放射線がISSに飛来するため、リアルタイムで放射線を計測することが必要だ。そこで打ち上げられるのが宇宙放射線リアルタイムモニタ装置(PS-TEPC)だ。「世界で最も高精度な」リアルタイム線量計であり、同時に計測される個々の放射線粒子のエネルギー情報と合わせることで、生体組織に対する被ばく量を高い精度で見積もることができると期待されている。「きぼう」のエアロックの横にとりつけられ、リアルタイム計測は高エネルギー加速器研究機構(KEK)で行われる予定。有人火星飛行ともなれば、放射線対策が大きな課題となるため、今後の宇宙探査のカギを握る実験といってもいいだろう。
「こうのとり」6号機が行う、世界初の実験—宇宙デブリ除去への第一歩
そして「こうのとり」6号機は荷物を運ぶ「宅急便」としての役割だけでなく、未来に向けた実験も行う。その一つが「宇宙デブリ(ゴミ)除去」に向けた実験「KITE」だ。宇宙デブリは増え続け、観測できる約10センチ以上のデブリは約18000個。除去しなければ、せっかく人工衛星を開発して打ち上げても、デブリとぶつかって破壊されることになりかねない。
JAXAが研究しているデブリ除去の方法が「導電性テザー」と呼ばれる金属製のひもを取りつけること。電気的な力で自動的に宇宙デブリにブレーキをかけ、デブリの速度を落として軌道を少しずつ下げ、大気圏に再突入させるというシナリオだ。2020年代中頃のデブリ除去実用化を目指しているが、この実験はその第一歩。テザーを宇宙で本当に伸ばせるのか、電気を通せるのかという要素技術の実証実験を行う「世界初」の実験だ。その装置は、「こうのとり」6号機の後ろ側で見ることができた。
そして、「こうのとり」の下のほうには、「世界一」の軽さと変換効率を実現した太陽電池フィルムが!重さ約30グラム、変換効率は32パーセント。従来型の太陽電池パネルはガラスでコーティングされ、曲げたり何かにぶつかったりすると、壊れたり割れたりデリケートだったが、この薄膜太陽電地フィルムは、薄い太陽電池を樹脂フィルムではさんでいるため、手で曲げても割れたり傷ついたりしないそう。「ふにゃふにゃで、ぺらぺら」(JAXA 植松洋彦さん)。宇宙空間で使用するのは今回が初めてで、今後の実用化に向けてロケット打ち上げ時の衝撃や、宇宙放射線などの厳しい環境に耐えられるか、期待通りの出力が得られるか実験を行う。
日本独自の色を出していきたい
ここに紹介したのは荷物や実験の一部。「こうのとり」6号機は、荷物も実験も「てんこもり」だ。バッテリーや水、二酸化炭素除去装置など、宇宙飛行士の命綱ともいえる重要な機器を運ぶ役割を担っていることについてJAXA・HTV技術センター長である植松洋彦さんは「連続成功を上げる中で、『こうのとり』の担う役割が大きくなっているのは事実。ものすごく責任感を感じている」と語る。
一方、推進モジュールの燃料配管で漏れが見つかり、打ち上げが約2か月遅れたことについては「なぜもっと早く見つけられなかったのかと自問自答している」と表情を引き締める。検査基準が不適切だった等いくつかの原因が見出されているが、その背景には「開発当時から携わっていたエンジニアが世代交代したこと」があるという。また5号機まで連続成功してきたことで、ベテラン勢の中にも『慣れ』があった。「問題を見抜く目が曇ってしまったのではないか。うまく世代交代をしながらノウハウを伝承していきたい」と決意を口にした。
7月に発生したトラブル後、現場のエンジニアたちは土日返上で約2か月働き、心身ともに疲れ切った。「だからこそ成功させたい」と植松さんはいう。そして「『こうのとり』ならやってくれるという立ち位置を築きたい」のだと。
お隣の中国では独自の宇宙ステーション実現に向けて着々と駒を進め、アメリカの企業スペースX社も火星有人飛行を掲げる。日本は「こうのとり」で技術を蓄積してきたが、今後に向けてどう考えていますか?と尋ねると「模倣してもしかたがない。『こうのとり』の需要がここまで高まったのも、ユニークな性能だからこそだと思う。日本独自の色を出していかないと、厳しい競争に生き残っていけない」(植松さん)
では、日本独自の色とは?「丁寧さ、勤勉さ、繊細さ」の3つを植松さんは挙げた。「製品の一つ一つ、荷物のハンドリングの丁寧さにも表れている。それが日本の特徴で信頼を得ているのだと思います」。 世界一、丁寧で、繊細な黄金の宇宙船。「こうのとり」は空飛ぶ芸術品なのかもしれない。
「こうのとり」6号機打ち上げは12月9日22時26分、宇宙飛行士によるキャプチャは12月13日20時の予定。バッテリーの取り付けは、ロボットアームと宇宙飛行士の船外活動によって行われる。「こうのとり」6号機は一月中にISSから分離し、その後7日間にわたってテザーを伸ばすなど「KITE」実験を行った後に、大気圏に突入する予定だ。
「こうのとり」6号機や、「こうのとり」が運ぶ物資が、これから宇宙で繰り広げる多彩な活動にぜひご注目を。GO! こうのとり!!