「得体のしれないものを見た!」—重力波+光が初めて捉えた金・プラチナ誕生現場
そのアラートがアメリカの重力波望遠鏡Advanced LIGOから広島大学に届いたのは、2017年8月17日の22時ごろ(日本時間)だった。「中性子星が関与する重力波信号が検出された」という。ブラックホール合体による重力波はこれまでも検出されていたが、今回は過去に例のない信号だった。中性子星同士が合体したと思われる内容だったのだ。
これこそ、世界中の天文学者が待ち望んでいた情報だった!
なぜならブラックホール同士の合体と異なり、中性子星の合体では重力波だけでなく、光(電磁波)が放出されるからだ。重力波望遠鏡は未知の天体現象を探し出すことができるが、目が悪い。「どこで」「どんな天体現象が」重力波を発生させたかが正確にはわからない。それを突き止めることこそが電磁波観測の役割であり、出番なのだ。
このアラートは世界中の90以上の観測施設に届けられ、いっせいに「どこで」その重力波イベントが発生したか、一番乗りで探そうと激しい観測レースが始まった。
日本でも重力波追跡観測網J-GEMが構築されていた。J-GEMのサービスの取りまとめを担う広島大学にまず重力波検出のアラートが届き、日本国内やハワイ(すばる望遠鏡)、アフリカやニュージーランドなどに大学や研究所が持つ約15の望遠鏡に転送されると、即座に観測の準備がスタート。
広島大学でJ-GEMのサービスの管理人を務めるのが内海洋輔特任助教だ。
「2015年9月に初めて重力波が検出されてから、日本中の天文学者と一生懸命観測してきました。ノイズの時もあったし、ブラックホール合体ばかりでスカ(はずれ)が多く、正直辛い思いをしました。8月17日に中性子星合体のアラートが届いた時も、その直前の8月14日に史上4例目のブラックホール合体の重力波が検出された直後で、(ブラックホール合体だから電磁波で)光るものはないと思いながらも、何か情報が得られないかと追跡観測をしていたのです」
辛い思いを重ねてきたJ-GEMチームにとって、今回は大本命の中性子星合体だ。8月17日22時の時点では重力波が検出されたという情報だけで場所がわからず、望遠鏡をどこに向けていいか「観測は絶望的だった」(内海さん)。だが約5時間後に3つの重力波望遠鏡による観測の再解析によって、位置決定精度が30平方度に絞られたマップが届いた。
「その30平方度の範囲で銀河の観測リストを作りました。観測の準備を進めていたところ、夜が一番早く来たチリの天文台でアメリカの観測チームが先に見つけてしまった(アラートから約11時間後)。我々は運悪く第一発見者にはなれませんでしたが、今回の重力波源GW170817が観測された銀河NGC4993はリストの10番目ぐらいの天体でした。一晩で何十個かの銀河を観測するので、我々が先に夜が来ていれば一番に観測できた」と悔しがる。
金やプラチナの誕生の現場をとらえた!
しかし、今回の大収穫は日本の観測網J-GEMによって、中性子星合体に伴い光るはずと考えられていた放射現象「キロノバ(KILONOVA)」をとらえることに成功したことだ!(キロノバの名前の由来は新星(=nova)より約千倍(=kilo)明るいことだそう)「キロノバ」は、金やプラチナなど鉄より重い元素が作られた証拠と考えられている。国立天文台理論研究部の田中雅臣助教のチームは、中性子星合体後に金などの重元素が合成された場合、「キロノバ」がどのように光るかコンピューターシミュレーションを行ってきた。
理論的に予想されていた「キロノバ」の特徴は、最初に可視光で明るく輝くが急激に暗くなること、一方、赤外線で比較的長く輝くというものだった。今回の天体は南天に出現した天体であったため、北半球を中心に展開するJ-GEMチームにとっては厳しい観測となったが、ハワイにあるすばる望遠鏡、名古屋大学と鹿児島大学がアフリカにもつIRSF望遠鏡などで約15日間にわたり観測に成功、観測結果は、理論的に予想された「キロノバ」の特徴と見事に一致した。
実は金やプラチナなどの重元素は、超新星爆発で生成されると長らく考えられていた。だが最近の研究では、ふつうの超新星爆発では起こらないだろうとされ、いったい宇宙のどこでこれらの重元素が合成されるのかが天文学上の大問題となっていた。有力候補に浮上したのが中性子星合体だ。今回、重力波と電磁波による観測、そして理論研究がタッグを組んだ結果として、中性子星合体で重元素が合成されていることが初めて検証された。「宇宙の重元素の起源に迫る大きな一歩」(田中雅臣さん)。田中さんによると、今回の中性子合体で放出された質量は(金やプラチナ、レアアースなどの合計で)地球約1万個分に及ぶという。どの元素がどのぐらいできたかは現時点でいうことは難しいそうだが、「宇宙の錬金術の現場」(田中雅臣さんの著書「星が『死ぬ』とはどういうことか」より)を捉えたことになる。私たちが手にする金やプラチナが、中性子星合体という宇宙のレアな現象によって生みだされたのだと知ると、より貴重なものに思えてくるではありませんか!
残された謎—予想より明るく、近かった
一方で、今回の発見により新たな謎も残された。内海さんは「(キロノバは)もっと暗いと思っていた」という。「初期観測では22等星ぐらいの明るさで見えると思っていたが17等星。つまり5等星ぐらい予想より明るかったのです。距離についても今回見つかった場所(地球から約1.3億光年)は予想より5倍ぐらい近い。だから正直言って、これまで本当に見えるのか半分信じていなかった(笑)。見えるとしても、暗い天体を広い視野で観測できるすばる望遠鏡の超広視野カメラHyper Suprime-Cam(HSC)ぐらいだろうと。つまり予想をいい意味で裏切っていたわけです」
だからこそ、これまで誰も見たことのない「キロノバ」を目の当たりにして「なんじゃこりゃ」と内海さんは驚いたそうだ。
2013年からコンピューターシミュレーションで中性子星合体による重元素生成やキロノバを理論的に研究してきた田中さんも、記者会見で「一番予想外だったことは、(キロノバが)明るいこと。より多くの物質が放出されているのかもしれない。なぜ研究者の予想より少しだけ物質が多かったのか、非常に重要な研究課題になる」と語っている。これぞ研究の醍醐味。理論と観測の両輪で研究はこれから大いに進展していくに違いない。
マルチメッセンジャー天文学の幕開け
今回の重力波と電磁波による観測は天文学の新たな扉を開いた。その扉は「マルチメッセンジャー天文学」だ。これまで人類は可視光だけでなくエックス線や電波など、電磁波のなかで様々な波長を駆使する「多波長天文学」によって研究を推し進めてきた。そして今、新しい観測手段として「重力波」を手に入れた。今回、重力波で発見した天体を世界中の望遠鏡がほぼすべての電磁波領域で初めて観測することに成功した。人類初の快挙だ。
そして電磁波による追跡観測で、日本が世界第一線の成果を上げたのも嬉しい。これは「過去の練習の成果によるもの」と内海さんは振り返る。重力波検出は2015年9月から5例目だが、ノイズも含めるとかなりの数のアラートが届いた。そのたびにJ-GEMの望遠鏡たちは受かるはずのない電磁波を追い求めてきたというのだ。
「辛いのはいつアラートが届くかわからないこと。夜中や大雪の日、クリスマス、なぜか金曜の夜お酒を飲んでいるときにアラートが届く(笑)。いつアラートが届いても自動で各観測施設に転送し、自動で観測を始める設定にはしているが、トラブルも起こりますから重力波望遠鏡の観測中は気を抜けない。夜中にアラートが届いてもちゃんと起きれるように、大きなスピーカーを置いて(寝ていても)聞こえるようにしていたり、アラートが届くとお気に入りの音楽が流れて望遠鏡が観測開始するように設定していたり、みんな工夫や苦労を重ねてきました」
今後、日本の重力波望遠鏡「KAGRA」も観測に加わると、重力波を発した天体の位置精度がより向上する。そうなれば電磁波による追跡観測により迅速に着手できる。KAGRAの観測開始を世界は大きな期待と共に待ち望んでいるのだ。中性子星合体による観測はまだ一例目。これから本格化するだろう。「マルチメッセンジャー天文学でできることはすべて新しい」(田中さん)。何が見えてくるのか、本当に楽しみだ。
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