しょうゆとからあげクンが宇宙を飛ぶ日—宇宙日本食最前線
食欲の秋。美味しい食は活力の源。それは地上でも宇宙でも変わりません。いや、宇宙という極限環境で分刻みで仕事に追われ、息抜きに飲みにも行けない宇宙飛行士にとって、食事は地上以上にストレス解消や健康維持に重要な意味を持っていると言えるでしょう。「宇宙日本食のメニューを増やして!」という切実な声は、日本人宇宙飛行士たちからよく聞かれます。
では、宇宙日本食のメニューは今どうなってる?10月26日に横浜で行われたJAXAイベント「SPACE MEETS YOKOHAMA~きぼう、その先へ~」では最新の宇宙食事情が紹介されていましたよ!
「塩分ひかえめしょうゆ」—健康を応援、容器に工夫あり
現在、認定されている宇宙日本食は約30食。2017年8月に認証された「亀田の柿の種」に続き、2017年9月27日に認証されたばかりの「もっとも新顔」の宇宙日本食が、おしょうゆ。キッコーマンの「いつでも新鮮 塩分ひかえめ丸大豆しょうゆ」だ。宇宙日本食には「しょうゆ」ラーメンや、調味料としてマヨネーズも選ばれているのに、日本の食卓に欠かせない「おしょうゆ」が、意外なことに今まで宇宙調味料に並んでいなかったのである。
晴れて宇宙日本食に選ばれたこのおしょうゆ、ポイントは二つある。
一つは通常のこいくちしょうゆ(食塩分17.5%)に比べて食塩分が25%カットされていること。これは宇宙飛行士の健康管理を考慮しての選択だ。「宇宙空間では地上に比べて骨密度が低下しやすいのですが、食塩に含まれるナトリウムがカルシウムの代謝をさらに促進し、骨密度が一層低下する恐れがあります」とキッコーマンの塚本崇さんは説明する。そこで塩分ひかえめでありながら、まろやかさと甘み、うまみのある味わいで物足りなさを感じない、つまり「美味しさと健康」を両立させた同商品で宇宙日本食にエントリーしたそうだ。
油井飛行士は「アメリカやロシアの宇宙飛行士からも『しょうゆないの?』とよく聞かれます。アメリカの宇宙食は塩分摂取の基準が厳しすぎて、味が薄いんです。このおしょうゆは塩分ひかえめなので、宇宙食の味をより美味しくできたら。日本人だけでなく、ほかの国の宇宙飛行士にも利用したいと思ってもらえると思う」と期待を語る。
そしてもう一つのポイントは容器。二重構造とダブル逆止弁キャップに工夫がある。しょうゆは内袋に入っていて、しょうゆが減ると内袋だけが小さくなり、空気が入らず鮮度が保てる。無重力の宇宙空間でも1滴単位でしょうゆを出すことができるそうだ。油井飛行士も「地上で鮮度を保つアイデアと技術が、そのまま宇宙の要求にこたえていることが素晴らしい」と絶賛。この「やわらか密封ボトル」、すでに特許をとっているという。
キッコーマンが宇宙日本食に応募したのは2013年9月。認証されたのが2017年9月。4年もかかっている。なぜそんなに時間がかかるのか?「特に、JAXAの基準を満たす容器包装の制作に苦労しました。パウチ(外側のアルミ袋)に入れて空気をほどよい加減に抜いたり、ベルクロの位置を微調整したり。また衛生管理の体制や生産ラインの監査も受けました」。日本の伝統的な醸造技術でつくられた調味料で宇宙日本食に認証されたのは、このおしょうゆが世界初だそう。
しょうゆ業界シェアNo.1のキッコーマンでもこれだけ時間がかかるのか・・・。国際宇宙ステーション(ISS)には食品用の冷凍冷蔵庫がない。食中毒になっては大変だ。そのため常温で1年半保存できることや、製造設備についてはHACCP(食品衛生を高いレベルで管理する世界標準システム)で管理を行っていることなど厳しい基準が課されている。逆に言えば、この基準をクリアすれば、「絶対的に安全な食品」のお墨付きを得たと言えるのではないか。
2020年宇宙の旅をめざす「からあげクン」
そんな安心・安全な食の最高峰、宇宙日本食に現在進行形でチャレンジしているのが「からあげクン」。コンビニエンスストア「ローソン」の看板商品だ。1986年の発売以来、地域限定の味やアニメ・映画のコラボレーションなど約220種類を発売。累計で27億食以上!これまで販売した「からあげクン」を並べると直線距離で月に到達し、さらに折り返して地球帰還の三分の一を超える地点まで到達しているらしい。おしょうゆが伝統的な日本の味なら、からあげクンは子供たちも大好きな現代の味。片手でさくっと食べられる気軽さもいい。
しかし、そもそもなぜ「からあげクン」は宇宙を目指すのか。実はそのチャレンジの背景には、宇宙への熱い思いを抱き続ける男たちの存在があった!ある日、千葉工業大学惑星探査研究センターの秋山演亮主席研究員のもとに、ローソン執行役員の白石卓也氏から連絡があった。「宇宙ステーションにローソンCSほっとステーション(ローソンの店内放送)を作りたい」と。
実は秋山教授と白石氏は中高の同級生。白石氏は東京大学大学院生時代、小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジンの基礎研究をしていたそうだ。秋山教授は「すぐには難しいけど、まずは宇宙ステーションに宇宙食をもっていけば?」と提案、「からあげクン、宇宙へ」企画が生まれたという。
「からあげクン、宇宙へ」実現に向けて、開発を進める石黒裕康さんに現状を聞くと「一番の課題は粉散りです」とのこと。「フリーズドライが一番おいしく、からあげクンらしく食べて頂ける。肉は割れないものの衣が軽くて弱く、どうしても粉が散ってしまうんです。どうやって改良してくかが今後の課題」とのこと。レトルトにしたり、考え方を変えて肉だけでできないか、など様々な試行錯誤を重ねている。「肉にも味がついているので、衣がなくても美味しいんですが、それは肉でしかない。からあげクンでなくなってしまいますから(笑)」。石黒さん、難しさに直面しても笑いを忘れない楽しい方。きっと、ユーモアのセンスで課題を乗り越え、からあげクンを宇宙に送り出してくれることでしょう。
ところで、ローソンは12月5日に「からあげクン ブラックホール味(ブラックペッパー)」を発売する。これは今年5月に「からあげクン宇宙で食べたい味」として一般からアイデア募集したもの。グランプリに選ばれた「ブラックホール味(ブラックペッパー)」はブラックホールをイメージし、竹炭パウダーとイカ墨を使用した、真っ黒いからあげクンだ。
12月5日の発売前に、横浜のイベントで試食OKとあって、超人気だった。私も試食させて頂いたが、ブラックペッパーがぴりりと効きつつお肉はふっくらと美味しい!真っ黒な感じは「ブラックホールから帰ってきたソユーズ宇宙船みたい」とJAXA職員。確かに!宇宙では味覚がぼやけ、刺激のある味が好まれるというから、きっと大うけのはずだ。
約220種類の味のバリエーションがあるからあげクン、どの味で宇宙日本食を目指すのか聞くと「まずはレギュラーで。ブラックホール味も検討中です」とローソンの白井明子さんが答えて下さった。宇宙ステーションにブラックホール(味のからあげクン)が浮かぶなんて、想像するだけで楽しいではないか!
いつか、宇宙クッキングを!
横浜のイベントでは、キッコーマンの塚本崇さんが油井飛行士に「将来、宇宙で肉じゃがなど調理ができないんですか?」と尋ねた。油井飛行士の答えは「今はまだ調理器具もないし難しい。宇宙にはないものがいっぱいある。でも宇宙飛行が一般に広がってたくさんの人が行くときに、『ないものをどうするか』がビジネスチャンスになる。ぜひ会社に持ち帰って開発してほしい」。
ISSにはオーブン(フードウォーマー)、熱湯や水を灌ぐ簡易キッチンがある。調理器具の工夫で、簡単なものなら調理ができるのでは?そうなれば宇宙生活はもっと楽しく充実しそうだ。
この原稿を書いている最中、野口聡一宇宙飛行士が2019年末からISSに長期滞在するというニュースが飛び込んできた!野口さんと言えばB級グルメであり、アイデアマン。前回、2009年末からISSに長期滞在した際も、寿司パーティを開いている(シェフ用の長い帽子もテレビ企画で披露していた)。野口さんの宇宙滞在中におしょうゆ、そしてからあげクンが宇宙に行くかも!さらに宇宙で調理とか!? 宇宙日本食の今後に注目しましょう。
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