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読む宇宙旅行

2014年9月26日

高校生、南極料理人が作る
─超ユニーク宇宙日本食 担当者のこだわりは?

現在の宇宙日本食28品目から作られた献立の一例。 手前左から山菜おこわ、サバの味噌煮、わかめスープ。奥左から野菜飲料ゼリー(トマト)、緑茶。食のバラエティ、特に不足していた野菜類のメニューを増やすことが課題だった。(提供:JAXA)

現在の宇宙日本食28品目から作られた献立の一例。 手前左から山菜おこわ、サバの味噌煮、わかめスープ。奥左から野菜飲料ゼリー(トマト)、緑茶。食のバラエティ、特に不足していた野菜類のメニューを増やすことが課題だった。(提供:JAXA)

 9月、宇宙日本食の候補33品目がJAXAから発表された。北海道十勝牛のカルビ焼き肉、伊勢エビのチリソース、とり野菜煮、宇宙おろしりんご・・など肉、魚、野菜、デザートそれぞれにバラエティ豊か。もしかすると「ウチの食卓より豪華!?」なメニューが勢揃い。そして応募団体には気になる団体も。「福井県立若狭高等学校」(高校が宇宙食製造?)や「極食」(33品中9品も選ばれてる!)。これは面白そう!と興味津々でまずJAXAへ。

 取材に応じて下さったのはJAXAの宇宙食ご担当、佐藤勝さんだ。そもそも今回、宇宙日本食募集に至った経緯について伺うと「今、日本人飛行士が食べている宇宙日本食は、認証された28食品から選んでいます。半年間宇宙に滞在するなら、美味しさはもちろん『メニューにバラエティが欲しい』という要望が宇宙飛行士から強くありました。そこで宇宙日本食だけで3日間程度のメニューが組めるようにという目標をたて、募集をかけました」とのこと。

 現在、国際宇宙ステーション(ISS)ではNASAとロシアの宇宙食、計300食品が「標準食」となっている。日本食は「ボーナス食」という位置づけだが、ロシア人飛行士には宇宙日本食の「サバのみそ煮」など魚料理が美味しいと人気があり、互いの宇宙食を交換するなど、コミュニケーションにも重要な役割を果たしている。

 このように宇宙日本食は人気がある一方、おかずや野菜のメニューが不足していることが課題だった。そこで今回の募集でより多く応募してもらうため、JAXAは宇宙日本食認定に必要な試験費用の約半分を負担することにし、全国7カ所でセミナーを開いてよびかけたところ、予想を上回る108品目が集まった。その中から「常温で1年半の保存ができること」(ISSには食品用の冷蔵庫がない) 、「水分やカスが飛び散らないこと」などの条件を満たしているか、さらに宇宙飛行士や医師ら審査員が試食し色合い、におい、風味、食感などを総合評価した結果、33品目が選ばれた。「既存の28品と組み合わせれば3日間の献立がくめそう」と佐藤さん。目標達成!というわけだ。ではどんな団体がどんな食を応募したのかだろう?と見ていくと、とてもユニークな団体・食があるではないか。

高校とあなどるなかれ。地元で人気のサバ缶の実績と実力

 応募した団体は、登山用や保存食品などで実績がある食品メーカーが多いが、異色なのが福井県立若狭高等学校。「高校で宇宙食が作れるのだろうか?」と思い、担当の小坂康之先生(海洋科学科)に話を伺うと、驚いたのは同校が食品衛生を高いレベルで管理する世界標準システムHACCP(NASAが開発したシステム)を2006年に取得していること。若狭高校は2013年に小浜水産高校と統合したが、小浜水産高校は実習工場で年間約1万缶ものサバ缶を製造、販売していた。さらに「水産品の輸出のためにHACCPが必要と知り、生徒が勉強し取得した」という。高度な知識と技術、何より行動力があるのだ!

 HACCP取得後、元々NASAが宇宙食のために開発したシステムであることを生徒が知り、「宇宙食が作れるのでは!」と声があがった。そこでJAXA職員を招き宇宙食研究を重ねてきた蓄積が、今回の候補選定につながった。宇宙日本食候補に選ばれた「サバ醤油味付け缶詰」は秘伝のたれが特長で、地元で人気が高い。実際に宇宙に飛ぶ際は「宇宙食は海洋科学科の生徒が作ります」と小坂先生。若狭は鯖の産地。18世紀頃、京都の朝廷に鯖を運んだ道は鯖街道と呼ばれる。先輩から受け継がれたノウハウで、鯖街道を宇宙につなげるべく54人の生徒らが力を合わせる。

南極調査隊の経験を宇宙食に

 参加団体でもう一つ気になったのが「極食」。33品目のうち9品目、しかも、宇宙食にするのがもっとも難しいという野菜分野で「ひじきサラダ」「なすの揚げ煮」「ほうれん草のごま和え」の3品を提供。審査員の間でも、彩りがよく美味しいと評判だったそう。

南極料理人が作る極食のフリーズドライ食。この中に、今回選ばれた宇宙日本食候補9品(北海道十勝牛のカルビ焼き肉、伊勢エビのチリソース、鯛の塩焼きなど)が。また、中央あたりにISSの寿司パーティで使われた猿払産ほたて、羅臼産ぼたんえびも。(提供:極食)

南極料理人が作る極食のフリーズドライ食。この中に、今回選ばれた宇宙日本食候補9品(北海道十勝牛のカルビ焼き肉、伊勢エビのチリソース、鯛の塩焼きなど)が。また、中央あたりにISSの寿司パーティで使われた猿払産ほたて、羅臼産ぼたんえびも。(提供:極食)

 極食の代表、阿部幹雄さんは、南極観測隊のセール・ロンダーネ山地地学調査隊に2007年から3回、技術支援者として参加し安全管理や食糧、装備を担当。料理人がいる昭和基地と異なり、調査隊は3ヶ月間のテント生活。食事には阿部さんが開発したフリーズドライ食品を使用した。

 6人が3ヶ月間過ごすテントの外は氷点下25度、ブリザードが吹き荒れる。極限環境という点でISSに酷似している。「極限の閉鎖環境で安全に任務を行うために大事なのは、技術的な訓練より『美味しい物を食べること』」と阿部さんは言い切る。美味しい物を食べて食欲を満たせば集中力は高まり、チームで円滑に仕事を行うことができる。逆に食に不満があるとストレスが高まり人間関係に軋轢が生じやすい。だからチームで食を楽しむことは生死に関わることだと。その経験から、2011年に「極食」を起業し南極や山や非常食などに南極料理人が作るフリーズドライ食を提供する。2009年に野口飛行士・山崎飛行士がISSで寿司パーティを開いたときの寿司ネタも、当時、南極観測隊隊員だった阿部さんが開発したものだ。

 大切にしているのは「食を楽しむこと」。栄養価はもちろん目にも美味しい彩り、におい、そしてバラエティがあること、素材にもこだわる。「どこでとれたかわからないものでなく、オホーツク海に面した猿払産のホタテ、十勝牛、伊勢エビなど産地がわかることで話題も生まれ、単調な生活に『祭り』が生まれる」。阿部さんは北海道在住であり、なるべく北海道産の魚や肉などを使うようにしている。

猿払産ほたてとキャベツの炒め(左)、ほうれん草のごま和え(右)(提供:極食)

フリーズドライから戻した状態。猿払産ほたてとキャベツの炒め(宇宙日本食候補では、ほたてとキャベツの炒め)(左)、ほうれん草のごま和え(右)(提供:極食)

 ところで宇宙食に野菜、特に葉物を使うと柔らかくなりすぎて難しいと言われるがなぜ可能に?と聞くと「まず素材選び」との答え。「フリーズドライに向く野菜と向かない野菜があり、何が適しているかを極めるのに3年かかった」と阿部さん。通常フリーズドライ(FD)を作る際は一種類の食品を凍結乾燥するが、阿部さんたちは肉や野菜が入った厚みのある食材を凍結乾燥させる。最初に、FD食品の製造会社・日本エフディ社に依頼したときは「非常識」と断られた。しかし副社長の「面白そう」の一言で、開発が始まったそうだ。お湯や水で戻すと、栄養はそのままに匂いが立ち上がり、FDとわからないようなできあがりになるという。

 そう聞いて、市販されている極食の「猿払産ほたてのさしみ」(宇宙寿司パーティのネタ)と「細切り牛肉とピーマン」(今回の宇宙日本食候補)を購入し、家族で食してみた。袋から出したとたん、オホーツク海のほたての香りが漂う。素材の味が生かされ、確かに旨い!「これが宇宙食?」と子供たちも驚いていた。

最初に食べるのは、大西卓哉飛行士?

 今回選ばれた宇宙日本食候補食品は、今後様々な認証試験を受けていくことになる。もっとも時間がかかるのは1年半の保存試験だが、既に試験を行ったデータなどがあれば、最短で半年後には正式に認証される見込みだ。その後、宇宙飛行士の試食を経て、実際に飛ぶことになる。2016年にISSに長期滞在する大西卓哉飛行士が新しい宇宙日本食を口にすることが可能かもしれない、とのこと。

 JAXAの佐藤勝さんは今後、機能性食品にも挑戦したいという。宇宙滞在中に骨や筋肉が衰えたり、放射線の影響を受けたりするが、これらの問題を緩和できるような機能をもった食品について、研究を始めている。「医食同源という言葉がありますが、食事で健康になるといいですね」