過酷な標高5000m、戦うアンテナたち—史上最大の天文プロジェクト現地取材②
メディカルチェックの厳しさ
これまで、標高4200mのすばる望遠鏡、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地と「宇宙に近い」現場を取材してきた私だが、標高5000mの「宇宙に一番近い場所」を目指す今回のアルマ取材は、事前準備から「別格」だった。 たとえば、国立天文台から送られてきた「アルマ望遠鏡メディアツアー事前情報」には、「高地健康診断」というページがあった。
- 日本で高地健康診断を受けること。(含む負荷心電図、基礎呼吸機能検査)
- 山頂施設に登る前に医務室で血圧・脈拍・血中酸素濃度を医師が確認します。規定値に収まらない場合、その日の山頂施設訪問はできません。
と書かれている。つまり、出発前に特殊な健康診断を受け、さらに現地での検査にパスしないと登頂が許されないと! なんという厳しさ。その理由は「標高5000mの山頂施設は酸素分圧が海抜0mの6割程度で強風、強い日射・低温など注意が必要」。すばる望遠鏡取材には健康診断は不要だったが標高4200m(すばる)と5000m(ALMA)は全く異なる環境だとも聞かされた。
準備するものも記されていた。防寒具(山頂は最低気温-10度)、強い日差しに備えサングラス、日焼け止めクリーム、つばのある帽子。乾燥地のためリップクリーム、保湿クリーム。そして「必要に応じて高山病予防薬をお持ちください」との注意書きが。10人に一人ぐらいはメディカルチェックで引っかかり山頂に行けないそう。さっそく医者にかけこんで、階段を上ったり下りたりした直後に心電図を測る「負荷心電図」や思いっきり息を吸ったり吐いたりする呼吸機能の検査を受け、様々な薬を手配する。
標高2900mの山麓施設に到着後、運命の時はやってきた。メディカルチェックだ。学校の保健室のような部屋で検査を受ける。血圧はギリギリOK、だが心拍数が高い。数分寝て再チェック。今度は心拍がOKなのに血圧がわずかに高く、医師から非情にも「NO」の宣告。国立天文台チリ観測所の阪本成一所長がつきっきりで見守り、交渉して下さるも(深く感謝)、医師たちは「総合的に判断している」と頑として受け入れない。
はるばる日本からやってきて、山頂まで残り2000mを登れないなんて情けないやら悔しいやら。しかし山頂施設で具合が悪くなり、緊急搬送された方の経験談も聞いていた。迷惑をかけるわけにはいかない・・と自分を納得させる。標高5000mがどんなに過酷な場所なのか、その過酷な環境で働く人や訪問者の安全がどんなに厳格に守られているかを、身をもって体験することになってしまった。(後で聞いたところ、高山病予防薬は人によって心拍数をあげる副作用があるそう。多めに服用したことを後悔。アルマ山頂施設を目指す方は、医師とよく相談して薬を服用することをお勧めします)
山頂—頭がぼーっとする、手足が痺れる。
しかし、こんなこともあろうかと!DSPACE取材班はカメラマン、三菱電機担当さん(@DSPACE_PR中の人)らチームでここアルマに乗り込んでいた。彼らは無事関門をクリア!よかった・・ここからはDSPACE取材班やツアー参加者に聞いた山頂の様子を中心にお届けします。
山麓施設から山頂施設(通称ハイサイト)へは30km、1時間弱。検問所があり、許可を受けた車とドライバーしか通行できない。参加者は山麓施設出発時から一人ずつ酸素ボンベを渡され車中で酸素を吸い、時おり血中酸素濃度を測りながらゆっくりと山頂を目指す。途中、ビクーニャの群れに遭遇。山の中腹には背の高いサボテンが見られたが、ハイサイトに到着すると草も生えない岩砂漠と、巨大で濃い青空が広がっている。「自分がちっぽけに感じた」という。
一方、とまどったのは自分の体の変化。「頭がぼーっとしたり、ちょっと早歩きするだけで身体がだるくなったり、手足がしびれたりする」。そんな時は立ち止まって深呼吸すると回復する。酸素のありがたみを実感したそうだ。
そしてアンテナたちに直面。第一印象は「大きい!」。アンテナは直径12mと7mの二種類あるが小さい方の7mアンテナでも間近で見上げると、その大きさに驚いたそうだ。アルマ望遠鏡は夜だけでなく、昼間も観測する。望遠鏡の下部にあるリニアモーターによって、見た目にはわからないほどなめらかな動きで天体を追尾しているが、時おり、一斉にきゅっと向きを変える。「アンテナの動きが思ったより早くて、一生懸命観測しているなと。頑張れ!と思いました」(編集者Oさん)。
全部で66台のアンテナのうち日本は7mアンテナ12台、12mアンテナを4台担当。DSPACE取材班は出発前、三菱電機のアルマ望遠鏡プロジェクトマネージャー・大島丈治さんにアンテナ開発の苦労や見るべきポイントを聞いていた。驚いたのは「換気扇」の話だった。
日本製アンテナの工夫—24個の換気扇と「ガンダマイズ」
大島さんによると、アルマ望遠鏡のアンテナ開発時に最も苦労したのは「温度差と強風」。山頂は夜間と日中の温度差が激しく、アンテナ表面の温度変化は40度以上にもなる。強烈な太陽光が当たる表面は膨張し、常に変形の危機に曝される。そして風。山頂は風が強く平均で風速10m。風に帆を広げているようなものであり、アンテナの変形の原因になる。しかし、どんな過酷な気象条件に曝されようと、アンテナの鏡面は「髪の毛の太さの三分の一以下」のひずみしか許されない。
大島さんらが特に苦労したのが熱対策。12mアンテナは熱でひずみにくいCFRPで主鏡の骨組みを組んだ。一方、7mアンテナは予算が厳しく高価なCFRPを使えない。骨組みに採用したのは鉄だ。「鉄は熱で延び縮みしやすい金属なんです。そんな鉄を超高精度の望遠鏡の主鏡の骨組みに使うなんて『不可能』だとアルマの設計審査員たちから言われました」(大島さん)。だが開発チームは、工夫と技術で「不可能」を「可能」にした。その一つが換気扇だ。
「主鏡の一部だけ温度があがると、いびつに変形する。だったら主鏡全体で温度が均一に上がればいい」という発想で、主鏡の裏面に24個の強力な換気扇を取り付けた。外気を取り入れて排気することで、主鏡の骨組みの内部に風速10m以上の風の流れを作り、主鏡構造の温度を均一に保つ。まるで人間の身体を血液が循環して体温を一定に保つように(アンテナ担当者がお風呂上りにひらめいたアイデアだそう)。これら様々な工夫により、日本は「人類史上もっとも高精度な鉄の構造物」を実現したのだ。その注目ポイントをカメラマンはしっかり撮ってきてくれた!
和風建築 vs 2×4工法 日米欧のアンテナ比較
7mアンテナ12台は日本が担当し、メカニックなユニークな構造となった。一方、12mアンテナは日米欧がそれぞれ製作。「鏡面精度などの仕様は提示されましたが、デザインや作り方、組み立て方など日米欧で発想が違う。だから面白い」と大島さん。具体的に3つのアンテナを見比べてみよう。
発想の違いが顕著に表れたのは日本と欧州のアンテナ内部。「日本の発想は和風建築。軸組み構造、つまり骨組みです。アンテナの内部に熱で変形しにくいCFRPで骨組みを組みました。一方、欧米は2×4(ツーバイフォー)の発想。CFRPの箱を組み合わせた」。
実は、日本の建設予算が認められたのは2004年で、欧米から2年遅れていた。しかしアンテナを山頂に運んだのは日本が一番早く、2009年9月。「欧米は12mアンテナ1種類作ればよかった。しかし日本は素材も作り方も似ても似つかぬ2種類のアンテナに取り組んだ。設計も物づくりも超特急で、まるでF1のような超高精度のアンテナ16台を作りあげたのです」と大島さんは胸をはる。そんな開発チームの汗と技術の結集であるアンテナを目の当たりにしたDSPACE取材班は、「美しかった。鏡面で光が綺麗なグラデーションを描いていて、精度の高さを実感した」とほれぼれ。
過酷な地で作業する人が!
メディアツアー参加者が酸素ボンベを背負い、ゆっくりした動作で取材をする一方、軽快、かつひょうひょうと作業をするエンジニアたちがいた。その一人が堀江洋作さん。「60代の新人」だという。いったいどんな人で、どんな作業をしているのだろう。
そしてDSPACE取材班が山頂で必死に取材をしている間、私は何をしていたかって?実は素敵な出会いがたくさんあったのです!通常、記者が見ない、聞かないアルマ(裏アルマ?)を垣間見ることができました。次回からは、山頂での仕事を愛してやまない堀江さんや、私が出会った超ユニークなアルマ人を紹介していきますので、お楽しみに!
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