こんなに動けないのが面白い—金井飛行士日本でリハビリ
168日間の宇宙滞在を終え、6月3日に地球に帰還した金井宣茂宇宙飛行士は、ソユーズ宇宙船から姿を現すとにっこり笑って手を振った。しかし宇宙船上に出るまでは「拷問のようだった」と明かす。それでも日本からカザフスタンの草原まで取材に駆け付けた日本メディアのために、「ご挨拶したい」と必死に手をあげたのだと。
打ち上げ前は「宇宙酔い」を心配していた金井飛行士。ところが「全然、宇宙酔いをしなかった。だから地球に帰った時は『余裕だな』となめてかかっていたんです。ところが実際に地球に帰ってみて『こんなに体が動かないものか』とびっくりしました」。
着陸後、首で頭を支えることができず、ちょっと首を傾けただけで周りがぐるぐる回る。「椅子に座ってぐるぐる回すとしばらく目が回る、あの強い状態が24時間続く感じで、はきそうになった」という。
着陸から24時間が一番きついと多くの宇宙飛行士が声をそろえる。たとえば着陸数時間後にカラガンダ空港に到着したときの金井飛行士は、こんな感じだ。
後ろから大西飛行士に、前も両脇も関係者にがっしり支えられ、ヘリコプターを慎重に降りる。歩くときも隣に付き添うJAXA樋口医師の服をぎゅっとつかみ、慎重に。着陸直後から金井飛行士に付き添っていた大西飛行士は「金井さんは本当に身体がふらふらしていて、足を一歩一歩出していた。横から支えないと倒れる感じでした」という。
思い出してほしい。金井さんは12月17日の打ち上げ後、宇宙に素早く適応し、2月半ばに約6時間の船外活動を実施。初めての大役にもかかわらず予定時間を前倒しで作業をさくさくとすすめるほど、宇宙での身のこなしを身に着けていた。つまりその体はすっかり宇宙仕様=「宇宙人」になっていたのだ!
着陸後11日目からのリハビリを日本で
宇宙仕様になった身体では、重力のある地球で生活できない。地球人の身体に戻すためのリハビリは、帰還直後から行われる。1日2時間×週6日で約45日間。以前は日本人宇宙飛行士の宇宙滞在中の運動や帰還後のリハビリについては、NASAに支援を依頼していた。大西飛行士からはNASA監督のもとにJAXAが運動プログラムを実施。さらに、金井飛行士からはJAXAが運動プログラムを管理することになった。
NASAで行われたリハビリもJAXAの担当者が渡米して実施。そして帰還10日後となる6月13日に金井飛行士は日本に帰国。3週間のリハビリをJAXAで実施する。6月15日、リハビリの様子がメディアに公開された。
まず、自転車をこぐ有酸素運動で身体を温める。その後、ストレッチを始めたが前屈、後屈も大変そう。「宇宙ではストレッチがうまくできない。だから身体が硬くなるのです」とJAXAの生理的対策責任者・山田深医師が説明する。「頭を下におろすのが大変で、つんのめって頭を床にぶつけそうになる」。金井さんも「自分は身体が柔らかいほうで、宇宙飛行前は前屈すると手がぺたっと床についていたのに、硬くなってしまった」という。
その後、大股で歩いたり、腰の位置を低くしたりして重心の位置を変えながら、動的ストレッチ。一番大変そうだったのはこの運動。片足で立って、反対側の手を足のつま先につける。
私は古川聡宇宙飛行士に、宇宙飛行後のリハビリについてじっくり取材し「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡宇宙飛行士、毎日新聞科学環境部と共著)にまとめた。古川飛行士もこの運動が「特にやりにくかった」と言っていた。「胴体の一番重い部分がダイナミックに動いていくのだが、重心がぶれる動きにまだなかなかついていかない」と。
無重力の宇宙船内では、たとえ身体が斜めになって重心がぶれても、倒れることはない。だから(重力下で)バランスをとるやり方を忘れてしまうのだ。そこでリハビリでは「重さ」の感覚を取り戻すことが大きな目的の一つになる。さらに重心がずれた時に身体を動かしても転ばないように、姿勢を保てるように鍛えていく。
宇宙飛行中には筋力、バランス、平衡感覚、瞬発力などが失われる。だが帰還後に備えてISSでは宇宙飛行士たちは毎日運動している。有酸素運動と筋トレで約2時間。だから筋力は比較的保たれる。着陸直後、身体がふらついていた時、「足をふんばることで転倒を防止し、ふらふらしながらでも歩くことができました。宇宙での筋トレの重要性を体感しました。足が筋肉痛になりましたけどね」と金井さんは笑う。
たった半年の宇宙飛行で、こんなに動けないなんて!
金井さんのリハビリ中、きつそうだった運動がもう一つある。腰をひねってボールを投げる運動だ。宇宙滞在中「身長が9センチ伸びました!」という重大報告(!)で話題を集めたが(実際は2センチぐらい)、宇宙で伸びた身長が帰還後もとに戻ったせいか「腰回りが重ったるい感じがする」というのだ。
また、この日初めて行ったのがラダーと呼ばれる梯子を地面においた訓練。(上の動画後半)。俊敏性や瞬発力を鍛える訓練だが、「足を上げているつもりが全然上がらない。思うように身体が動かないのが悔しい」と金井飛行士。とはいえ「半年間重力から離れただけで、こんなにも動かなくなるのが驚きであり、面白さも感じている。自分の身体が日々変わっていくことが面白い」。医師として、こんなに面白い体験はないのだろう。
前回、大西飛行士のリハビリが公開されたのは着陸25日後だった。着陸12日後の金井さんの様子は、まだ重心移動が大変そうだし、正直、俊敏性にも欠ける。時々足をつき、息を整え、汗をぬぐい、メディアに自ら声をかけながら(質問に答えると休めるらしい笑)、宇宙人から地球人に移行中の身体の状態のありのままを見せてくれた。だが驚いたのは、その回復力。見ている間にもどんどん動きがよくなっていくこと。例えば1回目はぎこちなかった動きが、2回目は明らかにスムーズになり、スピードもアップする。「着陸直後は1時間おきに劇的に回復します」とJAXA樋口医師。
この訓練はNASA方式で行われているが、NASA式リハビリは比較的ハードで、なるべく早く走れるように追い込んでいく。一方、ロシアはもっと時間をかける。「例えば障がいを負った患者さんを日常生活に戻すような、(臨床の現場の)リハビリの考え方を宇宙開発の現場に取り入れてもいいのかもしれない。日本独自の新しいリハビリを作るのは我々の役割ではないか」と金井さんは意欲的だ。JAXAは宇宙飛行士のリハビリの知見を、高齢者の転倒予防などにも反映・貢献していきたいと考えている。その点でも金井さんの経験を、是非生かしてほしい。
髪の毛を切らなかった理由
リハビリ後、金井さんは記者たちの質問に答えてくれた。身体の変化はもちろん、記者の最大関心事の一つが「髪型」。男性宇宙飛行士の多くは国際宇宙ステーション(ISS)滞在中、ロシア人飛行士に髪を切ってもらっている。大西飛行士が潔い坊主頭(!?)になったのは記憶に新しいが、金井飛行士は帰還まで髪を切らなかった。滞在最後のほうは、長くなった髪の毛を後ろに束ねるほどの長髪に。
そして日本帰国後にカット。なぜ宇宙で切らなかったのか?「宇宙長期滞在の記録をもつロシアのゲンナディ・パダルカ飛行士が宇宙で髪を切らなかった。ゲンを担ぐわけじゃないが、このまま切らないで行こうと考えた」とのこと。
金井さんの身体は日常生活ではほぼ不自由なく、9割程度回復したものの、フルパフォーマンスと比べると5~6割だそう。大西飛行士曰く「着陸直後の身体の回復は目覚ましいが、(着陸約2週間後頃から)回復が頭打ちになる。これからは地道なリハビリになる」とのこと。特に走る行為は難易度が高く、大西さんの場合、違和感なく走れるようになるまで約1か月かかったそうだ。
金井飛行士には聞きたいことがいっぱいある。船外活動、宇宙での実験。失敗もしたと仰っていたが、そのあたりも是非率直にお聞きしてみたい。金井飛行士も「まだまだ、宇宙ステーションでのいろいろな体験談がありますので、また話を聞いてください」とツイートして下さった。是非じっくり聞かせて下さいね~!
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