DSPACEメニュー

読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

数多くの困難、時間との闘いを乗り越えて。
小型回収カプセルが拓く未来

JAXA筑波宇宙センターに運ばれた小型回収カプセル本体の前でガッツポーズをするチームの皆さん。中央が田邊宏太HTV小型回収カプセルチーム長。(提供:JAXA きぼうフライトディレクタのツイッターより)

国際宇宙ステーション(ISS)から初めて、実験成果を持ち帰ることに成功した日本の小型カプセル。田邊宏太HTV小型回収カプセルチーム長は実験の評価を問われ「100点以上」と答えたことは前回の記事のとおり。だが、成功に至る道のりは困難の連続であり、「こうのとり」7号機に搭載できない可能性すらあったという。

「開発で大変だったことはなんですか?」と会見で田邊さんに尋ねると、次から次へと具体例があふれ出す。例えば、予想以上に苦戦したのがパラシュートの試験。

「北海道の大樹町沖でヘリコプターでカプセルを釣り上げて、落下試験を行いました。当初は1回でうまくいけばそれでおしまいの予定でしたが、パラシュートが期待したタイミングで開かなかったり、データが上手く取れなかったりしてリトライを重ねることに。第3回試験ではパラシュートが開かず海面に激突。鉄の塊がぐにゃりと曲がってしまった。その時は心も折れました」。原因を特定し、対策を施して4回目でようやく成功したという。

2016年9月、北海道大樹町で模擬小型回収カプセルをつりさげてパラシュートを開く高空落下試験の様子。(提供:JAXA)

田邊さんは続ける。「そもそも、通常の人工衛星と違って、地球大気圏に再突入する機体に対して、どんな試験をどのようにやればいいのか。知識が十分でなく、色々な人に聞いてやり方を考えなければならなかった」

今回の回収カプセルは、宇宙から「ふんわり」帰る揚力飛行を行う機体としては世界最小クラス。実は大きなものを作るより、小さく作る方が難しい。

「小さな機体に色々な機能を詰め込まなくてはいけない。特に今回チャレンジングだったのは、揚力飛行機能を持たせたこと。そのため計算用コンピュータやデータ処理装置などたくさんの装置や部品が必要だった。設計図ではいけるのに、実際に組み立てるとねじが当たってしまう。最初の頃は頻発して、その都度みんなで悩んで立ち止まる。それでもちゃんと組みあがったことは自信になりました」(田邊さん)

カプセル底部には電子機器や推進系などコンポーネントや配線がぎっしり搭載されていた(提供:JAXA)

「間に合わなければ7号機に載せられない」厳しかった時間との闘い

ISSから物資を持ち帰る宇宙船の研究はJAXAで長年にわたり行われてきた。私も2011年に回収型宇宙ステーション補給機「HTV-R」を取材した。当時は「こうのとり」与圧部をとり回収機を取り付け1.6トンの物資を回収する案など3案が検討されていた。(参照:宇宙から「地球に帰る宇宙船」をめざして

それら研究の蓄積や過去の再突入実験機などの経験をふまえ、小型回収カプセルがプロジェクトになったのは約3年前。その前からコアメンバー5~6人、専門性を有するサポート職員ら最大30人のチームで「こうのとり」7号機搭載をめざしていた。

田邊さんがチーム長になったのは約2年前の2016年秋。「私がチームに来る前から、みんなが(回収機の)経験がない中で知識を得ながら本当に一生懸命やっている姿を見てきました。馬車馬のように開発を進めてきたのです」。

実験試料を入れる断熱容器についても紆余曲折があった。ISSで作られたタンパク質結晶は4度で地球帰還まで4日以上保たなければならないという命題があった。だが回収カプセルは小さく、容器用の冷却器や電源を搭載する余裕はない。当初は冷蔵庫等に使われている真空断熱材(VIP)の使用を検討したが、保冷日数と試料の搭載容積の課題をクリアできなかった。そこで急きょ、真空二重断熱容器に方向転換。魔法瓶の技術をもつメーカーに依頼し、内側と外側の二つの真空断熱容器を重ね、保冷剤を使うことで、最終的に4度で約1週間保つ「最強の魔法瓶」の開発に成功した。

11月13日、実験試料の収納容器が公開された。試料は中央のアルミ容器に。その周りを保冷剤で囲み、真空断熱容器(内容器)に搭載。
真空断熱内容器をさらに真空断熱外容器+気密容器に収納。電源を使わずに保冷し、衝撃に耐える構造になっている。

カプセル本体は設計、組み立て、試験の各フェーズで様々なトラブルが発生。「この日までに種子島に持ってこないと『こうのとり』7号機に載せられないとずっと言われ続けた。時間の制約がきつくて開発は大変でした」(田邊さん)。

土壇場までトラブル処置を実施し、ギリギリ間に合わせたのが2018年春。トラブル処置が間に合わなければ「こうのとり」8号機に搭載する可能性もあったそう。「メンバーが本当に頑張ってくれた」と一人一人の名をあげながら、田邊さんは涙を堪えた。

カプセル搭載の主担当飛行士がまさかのソユーズ事故。綱渡りの連続

「こうのとり」7号機搭載は間に合ったものの、回収本番はいくつもの関門があり、期待と不安があったという。例えばカプセル組み立ての主担当で、密に訓練を受けていたNASA飛行士が10月のソユーズロケット打ち上げ失敗でISSに到着できなかった。ISS滞在中のチャンセラー飛行士一人ではカプセル組み立て作業ができないため、ドイツのゲルスト飛行士が急きょサポートに入ることに。

組み立ては小さな穴を合わせボルトを締める等、地上で行うのも難しい作業だ。直接訓練を受けていなかったゲルスト飛行士に、本番直前に訓練を実施。管制室とISSを結んだビデオ会議で、小型カプセルの模型を使って作業のデモを見せ、技術を習得してもらった。

11月6日、ISSで小型回収カプセルの作業をする宇宙飛行士を筑波宇宙センターの管制室から支援。大西卓哉飛行士(左端)は交信担当のJ-COMとして活躍。(提供:JAXA)

その結果、本番では試料を搭載したカプセルを「こうのとり」のハッチ(入口)部分に収納する作業に成功。第一関門突破だ。次は「こうのとり」7号機のISSから分離。カプセルの取り付け機構から空気がわずかでも漏れると、ISSから分離できない。「その場合はカプセル搭載を断念しなければならず、ドキドキでした」(田邊さん)。ISSから無事「こうのとり」7号機が分離された後は、いよいよ「こうのとり」から小型カプセルの分離だ。

「地上で試験してうまくいくはずと思っていたが、分離できなければカプセルは『こうのとり』と一緒に燃えてしまう」。分離成功後も、試験で苦労したパラシュートが開くのか、着水したら浮袋がちゃんと膨らむか、カプセル本体が海底に沈まないか、等々心配なことだらけ。「カプセルを見るまで安心できませんでした」(田邊さん)

100点以上—小型回収カプセル実験結果

田邊チーム長の心配をよそにカプセル回収は成功。11月27日に公開された小型回収カプセルは大きな損傷はなく、健全な状態だった。飛行結果の速報がこの日発表された。

①宇宙から地上に帰還する際、特に有人宇宙船で求められるキー技術の一つである「ふんわり」飛ぶ揚力飛行技術について。目標の4G(重力加速度)を下回る3.5Gを達成。ソユーズ宇宙船並みのGを実現することができた。

②もう一つのキー技術が軽量の熱防護材(アブレータ)。大気圏再突入する際に宇宙機は圧縮された高温の空気(約1万度)の中を飛ぶ。アブレータは自分自身が溶けてガスを発生することで、高温状態からカプセル内部を守る。新規開発された軽量アブレータ(比重0.3。素材を持たせてもらったが驚くほど軽い!)は約4.5cmの厚さがあり、計画では最大2cm溶けるはずが約1cmしか溶けなかった。減り方からアブレータ表面は1700~2000度になったと考えられる。カプセル内部は数十度。

カプセルの画像左側にはMLIと呼ばれる断熱材が溶け残っている。MLIは宇宙飛行中の低温から内部の機器を守るのが目的。大気圏突入時に溶けると思われていた。「残っていることが驚きで、カプセルが受けた熱がそれほど高くなかったとわかった」(田邊さん)

カプセルの状態から「揚力飛行は行ったが、長い時間飛ばず比較的早く着水したため、受ける熱の量が少なったと考えられる」と渡邉泰秀チーム長代理は推測する。

③実験試料の保冷について。5日15時間にわたり4度付近で0.4度の幅で保った。要求は4度±2度だったから想定以上の成績だ。

これから—さらに小さく!?

これまでISSで行われた日本の実験成果を持ち帰るには、他国の宇宙船に頼らざるを得ず、帰還後に日本に輸送するには様々な手続きが必要だった。今回の成功を生かし日本近海に試料を直接帰すことができれば、ISSは研究者たちユーザにとって飛躍的に使いやすくなる。実際、年に何回か実験成果を持ち帰って欲しいというユーザの声があるという。

だが問題は「こうのとり」は1年に1回ほどしか打ち上げられないこと。「こうのとり」に頼らずにカプセルを自力で地上に帰したい。そこで、JAXAは小型回収カプセルに「ミニチュア版こうのとり」を取り付ける案を検討している。具体的には、カプセルにISSから離れ、高度を下げ大気圏に再突入できるような機能を追加することだ。

課題はいくつかある。例えば、「きぼう」からカプセルを放出する際、ISS内部と外をつなぐ「エアロック」を通す必要があるが、今のカプセルでは大きすぎて通らないこと。カプセルをもっと小さくするか、実験試料を入れた容器だけをエアロックから出して、「きぼう」外側の曝露部においたカプセル本体に搭載する必要がある。

小型カプセルを単体で帰すことができれば、研究者に試料を渡す時間ももっと短縮できそうだ。今回の実験で明らかになったのは、船での回収に時間がかかること。10月11日朝、南鳥島沖660kmでカプセルを回収してから、航空機が待つ南鳥島に船が着くまで2日弱。地上からISSに行く(最短6時間)より時間がかかってしまう。カプセル単体ならもっと近海、例えば種子島沖や大樹町沖に降ろすことができるという。植松洋彦HTV技術センター長は、「(自立的な小型回収カプセルを)5年以内には実現したい」と目標を掲げた。

貨物船「こうのとり」は残り2機(8号機、9号機)で終了となり、2021年度に打ち上げ予定の新型宇宙ステーション補給機HTV-Xにバトンタッチする。今回と同様の小型回収カプセル実験は9号機で再度行う可能性はあるが、自立的な回収カプセルはHTV-Xが運ぶことになるだろう。

有人宇宙船への道のりと二つの涙

大量の荷物を運び終え、ISSから離れる「こうのとり」7号機。(提供:ESA/A. Gerst CC BY-SA 3.0 IG)

小型回収カプセルは宇宙から試料を回収できたことに加えて、人間に負荷のすくない「ふんわり」帰る揚力飛行技術を手にした。これは有人宇宙船に繋がるファーストステップを超えたことを意味する。

では日本は有人宇宙船を開発する技術を習得したと言えるのだろうか?植松センター長は「帰還についてはブレイクスルーができたものの、生命維持機能技術を習得すべき」と語る。帰還についてもカプセルを大型化し、実績を重ねる必要があると。

しかし、不可能ではないはずだ。実際「こうのとり」は2度、日本の宇宙開発の歴史を塗り替えている。初号機はISSで初めて、貨物船をロボットアームでキャプチャする方式を採用。「できるわけがない」とNASAに馬鹿にされながらも実現し、その後米国の民間宇宙船がキャプチャ方式を採用し、スタンダードとなった。そして7号機では、小型カプセルの揚力飛行に成功。日本の宇宙開発の壁を再び超えることができた。

「両方に立ち会えて、エンジニアとしてこれ以上の喜び、幸せはない」(植松センター長)。「こうのとり」7号機と小型カプセルの会見中、植松センター長や田邊チーム長が思わず涙する姿を見て、私は内心羨ましく感じた。数えきれない困難があり相当な重圧の中、時に挫折しそうになることもあったに違いない。それほど大きな目標に全力でぶつかり、壁を一つ一つ仲間とともに乗り越える人生。宇宙開発の素晴らしさをも再認識した。

最後に嬉しいお知らせを!宇宙から帰ったばかりの小型回収カプセル(実物!)が12月15(土)、16日(日)にJAXA筑波宇宙センターの展示館「スペースドーム」で公開される。もしかしたら大気圏に再突入する際にアブレータが溶けた匂いがかすかに残っているかもしれない。それは宇宙との凄まじい格闘を実感させてくれるだろう。是非足を運んでみて下さいね。

  • 本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。