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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

南極で簡単組立て、
移動する「リビングルーム」がもたらす未来

11月12日、南極観測船「しらせ」が南極に向けて東京・晴海ふ頭を出港。その中にはぜひ注目してほしい「部屋」が搭載されている。南極上を移動し、マイナス約45度もの過酷な環境で快適なリビングルームを提供する「南極移動基地ユニット」だ。2020年に第61次南極地域観測隊の越冬隊の方々が、滞在実験を実施予定。実験結果は未来の住宅、さらに月面基地でも活用が期待されている!

10月29日に国立極地研究所で公開された「南極移動基地ユニット」

地上で最も過酷な環境である南極で快適な空間を提供、しかも移動可能とはいったいどんな施設なのか。「しらせ」搭載前の10月29日、国立極地研究所(東京都立川市)で記者公開が行われた。「南極移動基地ユニット」はJAXA、国立極地研究所、ミサワホーム、ミサワホーム総合研究所の共同研究で実現した。

写真は約610cm×幅250cm×高さ305cm、床面積11.82m2のユニットを2機連結することによって床面積約33m2に拡張した状態。和室だと12~13畳ぐらいの広さだという。さっそく室内へ。

左側にドア、右側には防寒具をかけるクローゼット。窓の位置は変えられる。調理用の作業台などが追加される予定。

床は木目等のフローリング。ちょっとざらざらした白い壁。壁を隔てた外側が南極とは思えない「和な空間」が広がっていた。「家のリビングルームをイメージして、ほっとする内装にしました」と、鈴木聡さんが教えて下さった。鈴木さんはミサワホームグループの社員。第61次南極観測隊・越冬隊の一員として実証実験に参加する。

反対側の眺め。中央が連結部。照明はライティングレールで移動可能。玄関付近には靴箱を置き、雪が中に吹き込むのを防ぐため集めのカーテンを設置する予定。

反対側にもドアがあるのは、二つのユニットを連結したため、連結時はユニットの壁をジョイント部の床や壁に利用する。建物を拡張したり、縮小したりが可能な優れものだ。ユニットの基本構造は鉄骨ユニットを躯体として、国内で量産されている木質壁パネル(厚さ120mm)をベースに南極の環境に対応した断熱性能を加えている。

窓は二重窓。外側はビル用のアルミサッシで強風にも耐える。ただしアルミなので寒い。そこで内側は樹脂製の真空ガラスを採用。外で堅朗性、内側で断熱性をもたせている。頑丈ながら大きめの設計になっているという。

約12畳の空間は最大18人を収容でき、観測隊員の打ち合わせ兼食事スペースとして利用される。南極移動基地ユニットの特徴は大きく3つ。①簡単に施工(組み立て)ができること。②センサーによって施設内外のモニタリングができること。③自然エネルギーを活用していることだ。

窓は二重窓。

南極でも、月面でも簡単に組み立て可能!

まず、簡易施工について。「しらせ」に搭載時、南極移動基地ユニットは単体のユニットが二つ搭載されている。昭和基地到着後、まず二つのユニットを合体させ、拡張作業を行う。

通常、建物の建設は専門技術をもった職人さんや電気技師らが行う。ましてや極限環境である南極の居住空間には高気密性や断熱性が求められるため、なおさら専門家による作業が必須のはずだ。ところが、南極移動基地ユニットは専門知識のない4~6人が約6時間で拡張作業可能だという。

具体的には、従来の建築であまり採用されていなかった部材を使っている。通常、気密接合する際はシール材や液体接着剤などを使っていた。ところが液体接着剤などでがっしり接合してしまうと、縮小作業が困難になる。そこでボルトで締めて圧着。気密を確保した上で気密性や防水性を兼ね備えたファスナーを締めることで気密を確保したそう。これなら、月面で宇宙飛行士が分厚い手袋をはめていても作業することができるだろう。

コンセントや電気配線などはすべて床下に。カプラー端子で脱着すればいい。メンテナンスも簡単だ。

センサーで見守り。自然エネルギーを活用

そして二つ目の特徴が、様々なセンサーを使って建物や環境を見守ること。屋内環境では火災、温湿度環境、二酸化炭素濃度などを計測し、危険を早期発見しアラートを出す。二酸化炭素は濃度が高くなった時だけファンを回す。通常は24時間運転するが無駄な運転をしない。インテリジェントな住宅システムが採用されている。

また建物そのものの振動や姿勢、気圧、日射量などを計測する。これらの環境をモニタリングすることで、ユニットの状態をリアルタイムに把握して安全性や快適性を検証する。月面基地の遠隔モニタリングや、地方で暮らす高齢者住宅の見守りにも使えそうだ。

モニターには、温湿度や二酸化炭素濃度、施設の傾きなどが表示されている。

そして3つ目の特徴が自然エネルギーの活用。ユニットの外側には太陽光発電を行うPVパネルが張り巡らされている。太陽光エネルギーを電気として使うだけでなく、パネルの裏で集めた熱を暖房に使う。さらに温度差発電も同時に行う。太陽という自然エネルギーの光も熱も最大限に使おうというシステムだ。

これら自然エネルギー活用と気密性・断熱性等によって、外がマイナス45.3度、最大瞬間風速秒速61.2mという極限環境でも室内は10度に保たれるという。断熱性能は日本の寒冷地域の基準を大幅に上回る国内最高レベル。これらにはミサワホームの約半世紀にわたる南極での基地建設の実績と知見が生かされている。

南極で。どんな風に使うの?太陽の出ない期間のリフレッシュに

さて、簡単組み立て・安心安全な「究極のリビングルーム」が「しらせ」によって南極に到着するのは2020年1月の予定。その後、実験はどんな予定で行われるのか。実験は2段階に分けて実施される予定だ。

まずは2020年2~9月の越冬期間に昭和基地から約1km離れた「見晴らしエリア」で機能検証実験を実施する。第61次南極地域観測隊・越冬隊長の青山雄一さんによると「越冬隊約30人のうち、10人ぐらいのメンバーを変えながら滞在してもらうことを考えています。昭和基地も一種の閉鎖空間なので、非日常的な建物があると、旅行しているような気分になるかと思います。越冬隊では約1ヶ月間太陽が出ない時期があり、気分もめいりがちになるので、リフレッシュのためにうまく活用できれば」と期待を語る。

第61次南極地域観測隊副隊長・越冬隊長の青山雄一さん。南極観測隊参加は短期も含めると6回目のベテラン。隊長は初めて。

約3年後には大陸沿岸から約1000km内陸にある、標高約3800mのドームふじに雪上車とそりで輸送。第64次-66次観測隊が実施する氷上深層掘削計画の居住空間として利用する予定だ。昭和基地には個室があるが、ドームふじへの移動時は雪上車の床に寝袋で寝るなど「狭いスペースで脱ぎ気もできず、寒い時期は辛い」という。そんな過酷な状況で、この移動基地ユニットは「温かく非常に快適になるだろう」(青山越冬隊長)

月面へ。未来の住宅へ

南極移動基地ユニットの研究はそもそも2017年5月、JAXA「宇宙探査イノベーションハブ」の研究提案への採択から始まった。JAXA宇宙探査イノベーションハブ長の久保田孝さんは「月惑星は重力があるので、地上の技術をかなり使える。月面有人拠点はできるだけスマート、コンパクトに建てたい。月面は砂地が多く凸凹している。過酷な環境でエネルギーを作り出す点、環境のモニターを自動的に行う点等、月面基地に必要とされる技術と南極で必要とされる技術は共通項がある」と言い、「このユニットをそのまま月面に持って行くことはできないが、要素技術や考え方は将来の月面開発に役立つ。有人月面着陸後の基地建設については国際パートナー間で議論中だが、月に行くからには是非滞在したい。日本は優れた建築・プレハブ技術を持っているので、宇宙飛行士が簡単に建設作業できる技術を構築しておくことが大事」とこの実験の意義や期待を語った。

地上の未来住宅への期待も大きい。施工・維持管理の簡略化は人口減少や高齢化による大工や職人不足に対応できるし、災害時の仮設住宅の構築にもつながる。また、通信環境や自動運転などの技術進歩によって生活をとりまく環境の変化は加速し、生活圏は多層化しつつある。これら急速な変化に対応しつつ安全・安心な未来住宅を実現するために、南極での実験成果は活かされるに違いない。

月へ。地上の未来住宅へ。画期的な実験が2020年、南極で始まろうとしている。

再び人類が月に戻った後、まずは宇宙飛行士が、さらに民間人が月に滞在する時代が来るだろう。日本の建築技術でぜひ貢献してほしい。(提供:NASA)
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