「困難から立ち直る力に」—野口飛行士ら「レジリエンス」号で宇宙へ
2020年11月、野口聡一宇宙飛行士を含む4人の宇宙飛行士を乗せ、スペースX社の民間宇宙船クルードラゴンが飛び立つ。打ち上げ約1か月前の9月30日、Crew-1が搭乗するクルードラゴン宇宙船の名前が発表された。その名は「Resilience(レジリエンス)」。野口飛行士は記者会見で「困難な状況から回復する力、強靭性を意味する」と説明した。
「2020年、世界中が新型コロナウィルス感染拡大で大変な状況にある。宇宙飛行士たちも大きな影響を受けたが、それ以上に世界中の医療関係者、運送業、生活の根幹を支えるエッセンシャルワーカーのご尽力には心から感謝しています。このような困難な状況の中でもお互いに協力し合って、元の状況に戻していく力(=レジリエンス)にならないか、というのが我々の想いです」とレジリエンスという名前に込めた想いを語る。
「レジリエンス」はどのように生み出されるのか?野口飛行士は「多様性こそがレジリエンスに繋がる」という。多様なCrew-1の4人のメンバーこそが強靭性を生むのだと。
Crew-1のメンバーはコマンダーがエアフォース出身のベテランパイロットであるマイケル・ホプキンス飛行士、海軍のテストパイロット出身でアフリカ系アメリカ人のビクター・グローバー飛行士(ISSに滞在する初の黒人飛行士となる)、ライス大学で宇宙物理学博士号を取得したシャノン・ウォーカー飛行士、そしてアメリカ人以外の初の国際クルーとして野口飛行士が搭乗する。
「日本人、女性、黒人、そして軍のベテランパイロット。多様性こそがチームの強靭さに繋がることを、このチームで世界に示したい」。9月に出版された書籍「宇宙に行くことは地球を知ることー『宇宙新時代』を生きる」(野口聡一、矢野顕子、取材・文 林公代)で野口飛行士はこう語っている。4人とも挫折や次の飛行まで長期間待つことを強いられるなど困難な状況があり、改善に向かう道を模索しながらここまできたという(確かにシャノン飛行士と野口飛行士は10年ぶりの飛行だ)。個人の力をチームとして困難を克服する力に繋げていければと野口さんは力を込める。
クルードラゴンのテスト飛行Demo-2では、宇宙到着後に「エンデバー号」という機体の名前が発表された。だが、今回は打ち上げ1か月前のお披露目となった。「なぜあえて打ち上げ前に名前の発表を?」と野口飛行士に尋ねると「アポロミッションでは開発時点で名前を公開したこともある」と過去の例を紹介した上で、「(Demo-2では)エンデバー号の名前について、NASAの管制センターはすぐに対応したが、スペースXは『ドラゴン』と呼び続けた。世界中の皆さんが大変な時期にあり、宇宙飛行士も苦しんでいる。『レジリエンス』という名前をみなが使い慣れた状態でミッションに臨むことで、困難な訓練の中でも歩みを止めずに宇宙に行くこと、厳しい状況を跳ね返し、我々なりに復元力を示し宇宙に挑戦する姿から何かを感じてもらえたら」とその狙いを語った。
確かに世界中の人たちは今、先が見えない長いトンネルの中で物理的に、精神的に厳しい状況にある。しなやかに変化に対応し、回復する力。苦境を跳ね返す意欲。復活への祈り。Crew-1の「レジリエンス」ステッカーをPCに貼っていつも眺めたいほど、いい名前だ。オンラインで販売してくれないかな(笑)
レジリエントな組織=スペースX
そして宇宙船レジリエンスを製造したスペースX社もまた、レジリエントな企業である。野口飛行士は初飛行でNASAのスペースシャトル、2度目の飛行でロシアのソユーズ宇宙船に搭乗しているが、民間企業スペースXによる新型宇宙船開発が従来の開発手法とどう異なるかを問われてこう答えた。
「最初に驚いたのは民間企業ならではのスピード感。24年間、NASAやJAXAで仕事をしてきて半官半民の官僚主義的な仕事に慣れていた。スペースXは何か問題があれば、会議より先に物を作る。(問題が起こった)次の日には試作品ができているんです。 NASAのように会議はするけど物は作らないというのとまったくスピード感が違う(笑)。彼らにとっては『スピードこそ命』。早いことでミスも多いかもしれないが、ミスしてもすぐに直す。その立ち直りの速さ、改善していく能力はすごい。レジリエンスに繋がる」
スペースXのスピード感はなぜ生まれるのか。「開発・製造・訓練のすべてをカリフォルニア州の本社でやっている強みが、打たれ強さであり、リカバリーの速さ、つまり開発のスピードを支えていると思います」(「宇宙に行くことは地球を知ること」より)
スペースXはカリフォルニア州ホーソーンで設計・開発・製造のすべてを行っている。たとえば宇宙飛行士の訓練中に液晶パネルに問題が起こったとする。その場で画面を設計した担当者に電話して来てもらって議論すると、翌日には直っているのだと。「そのスピード感は残念ながら(ライバル社の)ボーイングやNASAではありえないと思います」「レジリエントな組織、つまり変化に対応して適応する強靭な組織だと実感します」(同書より)
もちろん、スペースXは失敗も数多く経験している。2019年5月にISSへドッキングを行う無人のクルードラゴンによるテスト飛行を成功させた直後には、エンジン燃焼試験で火災を起こし宇宙船を失っている。関係者は再試験まで2年はかかると見ていたものの、リカバリーは迅速であり、事故から約7か月後には再試験を成功させた。「トラブルの原因をピンポイントに突き止めるエンジニアリングセンスは、実際にハードウェアを作って打ち上げることで培われる」(同書より)。スペースXは2012年から2020年5月まで、ISSに無人の貨物船を20回上げ続けている。さらに、打ち上げたロケットを回収するなど「打ち上げ実績を重ねつつ、毎回イノベーションがあり、新たな挑戦がある」(同書より)。
物づくりを一か所に集中させ、打ち上げ実績を重ねつつ新技術に果敢に挑戦することでエンジニアリングセンスを磨く。それらが失敗しても迅速に回復する、スペースXのレジリエンスの理由かもしれない。
10年ぶりの飛行—船外活動に挑戦したい
さて、前回の飛行から約10年ぶりとなる野口飛行士。ISSに到着後、宇宙の感覚にすぐスイッチが切り替わるのか、その詳細レポートが今から楽しみである。また、2020年11月頭にはISSに宇宙飛行士が滞在し始めてから20周年の記念日を迎える。ISSの商業利用は加速していて、2021年には俳優トム・クルーズがISSで映画撮影を行う予定だという。前回の飛行ではISSからツイッターによる地球や宇宙の画像投稿によって、地球全市民に宇宙を身近にした野口さんが今回は何を仕掛けてくれるのか、注目したい。
新しい宇宙日本食をたくさん持って行くことも話題だ。からあげ、やきとり、やきそば..野口飛行士曰く「私の好みのB級グルメ、日本で気楽に食べている食べ物が宇宙に進出するきっかけになれば」。福井出身の私が注目しているのは福井県立若狭高校の生徒と先生が12年以上かけて開発した「サバ醤油味付け缶詰」(参照:宇宙日本食サバ缶、開発の現場を取材!—高校生と熱血教師の12年)。
宇宙日本食が45品目に増えた今も、高校生が開発した宇宙日本食は他にないオンリーワン。野口飛行士は「若狭高校の皆さん、これまで本当にお疲れさまでした。皆さんの成果は私が宇宙でしっかりと賞味させて頂きますので、報告を楽しみにしていてください」とメッセージを寄せた。食レポ、楽しみにしていますよ!
Crew-1ミッションが成功すれば、クルードラゴンによる民間人の宇宙旅行が始まり、誰もが宇宙に行ける時代の幕開けとなるだろう。自分がこの宇宙船に乗るなら?という視点で野口飛行士の宇宙飛行を見てみよう。野口さんはレジリエンス号の窓際に座る。大きな窓からどんな眺めを楽しめるのか、インテリアのような船内の快適性は?そしてヘルメットと一体型になったスタイリッシュな宇宙服の着心地は?スペースXは宇宙飛行中の船内映像公開に意欲的だという。「それほどお待たせせずに宇宙船内からのレポートをお届けできるだろう」と野口さん。
打ち上げは2020年11月上旬から中旬以降に予定されている。Go!Resilience.
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