苦手を克服し、変わろうとする姿を見て欲しい
三菱電機若手エンジニアたちの奮闘 ②
これまで培ってきた大型衛星開発の常識をある意味打ち破り、約100kgの小型衛星開発に取り組む三菱電機の若手チーム。格闘するのは2021年度に打ち上げ予定の「革新的衛星技術実証プログラム 小型実証衛星2号機(以下、小型実証衛星2号機)」。開発の難しさについては前回の記事で紹介した。今回は、未来へ向けての話。小型衛星開発の経験を礎に、どんな世界を切り拓いていきたいのか。その背景には一人一人が抱えてきた辛さ、悔しさ、宇宙開発の理想がありました。
世界で勝つために
- —前回のお話の最後に「世界の衛星市場で戦っていこうとすると、コストの問題はつきもの」と言われていました。世界の現状に対して危機意識を感じておられるのでしょうか?
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神谷修平さん(以下、神谷):
国際会議などに出て他社の話を聞く機会があります。たとえばエアバスとかボーイングなど大手衛星メーカーの多くが、小型衛星を安く作る技術を磨いて大型衛星にフィードバックするとアピールしています。うち(三菱電機)も意識せざるを得ないと感じます。
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神谷:
前回の記事で、我々が小型衛星に取り組む意味として小型衛星で新しいビジネスを生み出すという新規事業の観点からお話しましたが、もう一つの意味は小型衛星で得た知見を中・大型衛星の開発にもフィードバックしたいという点です。個人的には中・大型衛星のコストを下げたいと思っています。
- —なるほど。ただ、三菱電機で手掛けておられる中・大型衛星は国やJAXAの「絶対に失敗できない衛星」であり、ビジネスで戦う衛星とは考え方が違いませんか?
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神谷:
そうですね。基本的に国やJAXAの衛星でもビジネスの世界でも、高価な衛星1基を打ち上げて何かミッションを行う衛星では、失敗は許されないと思います。ただしビジネスの世界では、求められる機能、性能、品質要求は同じでも、その実現手段に対しては柔軟性がある、つまり相談の余地があると思っています。そしていかに「安く」かつ「品質の良いものを作るか」というバランスが大事になります。さらに、たくさんの衛星を打ち上げて頻度高い観測等を行う衛星コンステレーションの場合、多数の衛星のうち一つが失敗しても他でバックアックするという考え方もあります。「必要な品質はどこにあるか」という考え方も難しいですね。
- —今までの衛星とは違う考え方を模索していかないといけない?
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神谷:
はい。今までとは全然違います。
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水谷宗太さん(以下、水谷):
今までの大型衛星ではJAXAさんの決めた規格、部品は「クラスI(ワン)で(クラスIの部品については前回の記事を参照)」とか試験で「熱真空試験を何サイクルで」など決められた規格に従って製作していました。小型実証衛星2号機の場合は、低コストで開発しなければならず、大型衛星と同じような部品や試験スケジュールでは成立しない。(過去の衛星の規格についても)なぜこの規格なのかというところまで立ち戻って、過剰品質になりがちなところはないのか、それらを削減することでどれだけメリットがあるのか考えていくことが今後の課題になります。
- —小型衛星開発を通してスペックを見直せば、コストを下げられるという手ごたえは?
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水谷:
当然あると思っています。試験の時間が長くなればなるほど、何人かずっとつきっきりになってコストが上がりますから。今回はコストだけでなく納期も大型衛星の半分ぐらいと短いので、複数の試験を組み合わせてやったりもしています。
- —開発期間はどのくらいですか?
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神谷:
だいたい2年間です。ただ物を作り始めてからは実際1年間ぐらいです。
くやしさ、辛さをばねに描く宇宙の未来像
- —硬い話が続いたので皆さんが宇宙に興味をもったきっかけとか、今回の経験を、今後のエンジニア人生にどう生かしていきたいかなどを自由にお話いただけますか?
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水谷:
元々、宇宙とか物づくりが好きで大学では機械専攻でした。大学の卒業旅行で「こうのとり」2号機の打ち上げを見に種子島に行ったんです。教授に「人が作ったものを見て喜んでちゃだめだ。自分で作らないと」と言われて大学院で本気で宇宙を目指すようになりました。今後は、楽しい仕事がしたい(笑)。品質保証という仕事は結構辛い仕事の方が多かったりするんですよ(笑)。だいたいうまくいかない時に呼び出される。
- —何か壊れた時とか?
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水谷:
そうです。電話がかかってきて「今から現場に来て」って。「何が起こったんですか?」と聞いても教えてもらえなくて、現場に行くと壊れてるってことが結構あって。まぁ、結構辛いわけですけど(笑)。でもその時に衛星の設計者や現場の製造作業者と一緒に最後まで仕事をして、一つ不具合が片付き結束が強くなると、楽しさを感じたりします。
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水谷:
この小型実証衛星2号機開発は非常に少人数で開発し、より深く考えながら仕事ができ、これまでとは毛色の違う設計になっています。今の三菱電機のものの考え方って非常に遅い(笑)。スピード感も、コスト感覚も。そういう点で今回の小型衛星の仕事を通して、三菱電機全体としてもコスト感やスピード感が生まれることを期待しています。
- —品質保証は大変なお仕事ですよね。では神代さんお願いします。
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神代(こうしろ)優季さん(以下、神代):
私が宇宙工学を志したのは、高校生の時に小惑星探査機「はやぶさ」帰還のニュースを見て、「こういうものを作れるようになりたい」と思ったのがきっかけです。大学は超小型衛星を作っている中須賀研究室に入りたくて東大に入学しました。
- —超小型衛星と言えば中須賀研と言われるぐらい有名な研究室ですね。なぜ三菱電機に?
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神代:
中須賀研で測位衛星を使った様々なサービスについての研究に関わる機会があって、ユーザ向けのサービスを宇宙で実現することに興味をもちました。ユーザさんたちとお話すると、衛星技術を使えば課題が解決することを、あまり知らない方たちがたくさんいると感じました。
- —そうなんですね。この小型実証衛星2号機開発で、ご自身が成長されたと思う点は?
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神代:
今までは本質のところをちゃんと考えずに、悪く言えば過去のやり方に乗っかって、その設計をよしとしていたところがあったと思います。一方、今回は限られた予算と時間、運用もすごく限られた人数でやらないといけない。その中でいかにちゃんと実現するか。一つ一つの意味が分かるようになって成長につながっているかなと思います。
- —その経験をどのように、未来に繋げて行かれますか?
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神代:
革新的衛星技術実証プログラム自体が、宇宙のすそ野を広げて、誰でも宇宙を課題解決のための選択肢にできることが一つの意義だと思います。個人的には、このプロジェクトで小型衛星のバス(※1)部を作って、コンステレーション(※2)などに展開して、色々な方に安く簡単に使ってもらえるようなシステムを作りたい。「身近な宇宙」を実現したいですね。
- —目標が明確ですね。辻本さん、お願いできますか?
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辻本洋平さん(以下、辻本):
私は祖父の影響で物理学に興味を持って、地球惑星科学の道に進みました。学生時代は主に高層大気やオーロラを研究し、研究手法として衛星から取得したデータの解析をしていました。ずっと理学で物理学一本でやってきたので、入社した時から「物づくりができるのか」という不安がありました。入社後は地上システムのソフトウェア開発などの仕事を担当してきましたが、衛星のことはあまりわかっていなかったと思います。今回、初めてと言っても過言ではないぐらい、衛星の事を勉強しています。コンパクトなプロジェクトだからこそ、システム全体を俯瞰して見られるようになったのが自分として大きく成長できた点だと思います。衛星のようにメカニックな物って本当に面白いなと実感しています。
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神谷:
ちょっと補足しますね。実績のある大型衛星だと、しっかりしたベースの仕様書がすでにあって、地上システムに対する要求もはっきりしているので、衛星全体の事を詳しく知らなくても、自分の担当範囲をピンポイントで設計していくことで、地上システムはできあがります。だから若手の成長には向いていない(笑)。一方、この小型実証衛星2号機は初めて作る衛星なので、衛星と地上に機能を割り振って、それぞれの仕様書を作る段階から、一緒に検討している。こういう衛星を一つ経験すると若手にとっては非常に勉強になると思います。
- —なるほど。今後はどうしていきたいですか?
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辻本:
地上システムだけでなくて衛星の事もトータルでわかるエンジニアに成長したいと思います。どうしても宇宙事業って衛星に光があたりがちなんですけど、地上システムでも新しい動きをたくさんやっています。従来の大型衛星ですと、5~10年の寿命をもつ一つの衛星に対して一つの地上システムを作っていました。それが将来的に寿命の短い小型衛星のコンステレーション(※2)となって衛星の機数が増えると、地上システムもたくさんの衛星を短期に扱えるように対応しないといけません。今回のプロジェクトでたくさんの衛星を運用できるようなシステムを作るためのノウハウを獲得していきたいと思います。
- —地上システムの大切さがよくわかりました。神谷さん、お願いします。
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神谷:
元々、私は天文学の研究室出身で、JAXAの宇宙科学研究所で赤外線天文物理を専攻していました。銀河の研究をしながら、赤外線宇宙望遠鏡衛星に搭載するセンサーの一部を作っていました。そのうちに、物づくりが好きだなあと思って。
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神谷:
三菱電機に入社後、1年間シンガポールに勉強に行かせて頂きました。海外の方々とお話すると、衛星メーカーとしての三菱電機の知名度はまだまだなんですよね(笑)。現時点での海外の壁は高い。それが非常に悔しくて、風穴を開けるようなものができないかな、と内心思っています。
- —そういう悔しさが根底にあったんですね。取りまとめ役をやってみてよかった点は?
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神谷:
大型衛星では「電気」「機械」「熱」などと担当チームがはっきりと分かれていますが、今回は小さいので分けずに積極的に見に行かないと全体が成立しない。本当の意味でのシステム設計ができると感じます。それから事業化とかビジネスの面、コスト、お客さんとの交渉の仕方など考える幅が広くなったと思います。
- —今まで大型衛星開発で長年培ってきた慣習を変えるという点では?
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神谷:
やっぱり(社内には)確立された衛星開発のやり方があります。それを変えようとしたときに初めて良さがわかる。でも基本プロセスの中で端折れるところは端折っていかないといけない時に、従来の仕組みの良いところを活かしつつ新しい枠組みで色々なやり方をトライする。試行錯誤する中で柔軟な考え方が身についていると思います。
- —今後は?
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神谷:
自分たちのビジネスに衛星を使いたいという人たちは結構います。「この値段だったら買える」と。その値段が今は全然ミートしない(笑)。世界中を見れば衛星のニーズはあるので、世界に売って行けるようなものを作りたい。部品の考え方、作り方、設計をアジャイルに進めていくやり方とかスピード感など、小型実証衛星2号機はかなり異色で、今までのやり方をちょっと変えるぐらいではだめ。その意味では「革新」という名前がついていますが、三菱電機の中に革新をもたらせると良いんじゃないかなと思います。
やっているゲームが違う
- —世の中の小型衛星の動向をどう感じておられますか?
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神谷:
中・大型衛星をやっている我々からすると、ものすごいスピードで進んでいるように見えます。ビジネスの面でも技術面でも、猛烈な勢いで進歩している。全然違うのは、ある程度のエラーを許容しているということです。投資を受けて、それに対してある程度チャレンジングなことをして返すという文化の中で衛星開発が進んでいる。中・大型の国やJAXAの衛星とは、「やってるゲームが違う」というイメージをもっています。
- —ゲームが違う⁉
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神谷:
はい。我々の文化として追いついていくのが結構大変。文化的な意味で結構、苦手分野なんじゃないかなと思っています。でも逆にその苦手分野もちゃんと克服してそのゲームに入っていけたら、すごく大きな財産になる。多分、世界が変わる可能性がある。三菱電機の中の。
- —なるほど。ゲームが違う世界でどんどん小型衛星が進んでいくことに危機感があったわけですね?
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神谷:
ありますね。また小型衛星の進出によって、中・大型商用衛星市場が小型衛星に奪われているとも感じます。その市場や競争原理の中で世界の大手メーカーと戦っていかなければならない。
- —どこに勝機を見出していきますか?
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神谷:
小型化や衛星データのソリューション(ユーザの課題解決に役立つデータを解析し提供すること)が一つの解だと思います。ただ、やはり三菱電機の強みは信頼性。スピードや安さで言ったらスタートアップにはとてもかなわない。品質面や信頼性で、プラットフォームとして使われる可能性があるのではないか。いかに安く競争力をつけていくかが鍵だと思っています。その知見が小型実証衛星2号機で得られるのではないか。
- —読者の方に注目してほしい点は
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神谷:
今まで三菱電機の衛星と言えば、しっかりした品質の高い大型衛星を作るメーカーであり、言葉を変えれば硬いイメージだったと思います。そこから変わった衛星に手を出したなっていう。「三菱電機どうしちゃったの?」みたいな。でもそういう戦略があって変わろうとしている。その変化に注目してもらいたいと思います。
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どの衛星にも共通にある機器
- ※2
小型衛星を数十機以上飛ばして地球を観測したり通信を行ったりするシステム
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