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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

宇宙なう。宇宙旅行者の数がプロ飛行士を上回った「宇宙旅行元年」

12月8日から12日間、ISSに宇宙旅行した前澤友作さん(右端)と平野陽三さん(左端)。中央はコマンダーのアレクサンダー・ミシュルキン飛行士。ISSへの日本人の旅行は初めて。日本人二人の宇宙旅行も初となった。(提供:NASA)

今年1月の記事で「2021年、私たちは宇宙にどこまで近づける?」と書いた。結果は「予想以上」。ある数字が2021年が「宇宙旅行元年」であったことを表している。今年、宇宙に旅行者として行った人の数は29人。一方、職業宇宙飛行士の数は19人。つまりツーリストの数がプロ宇宙飛行士の数を上回ったのだ。

29人の内訳を見てみよう

  • ブルーオリジン:14人(3回の飛行で)
  • ヴァージン・ギャラクティック:7人(2回の飛行で。パイロット1名は2回飛行)
  • スペースX:4人
  • ソユーズ宇宙船:4人(2回の飛行で)

がんを克服した女性の宇宙旅行

9月、クルードラゴンで3日間の宇宙旅行に参加したヘイリー・アルセノーさん。10歳の時、骨肉腫を発症。がんを克服し片足に埋め込み型の義肢を装着したまま宇宙へ。(提供:Inspiration4 crew CC BY-NC-ND 2.0

3つの点でこの数は今年初めの予想を超えていた。1点目は、クルードラゴンによる民間人4人だけの宇宙旅行。2021年初頭には発表されていなかった。春ごろ計画がアナウンスされ、打ち上げ目標とされた9月16日(日本時間)通りに、クルードラゴンによる地球周回3日間の旅が始まったのも画期的だった。(欄外リンク参照)。宇宙船は野口聡一宇宙飛行士が乗った「レジリエンス号」。ISSにドッキングしないため、ドッキング用機器を取り外し、展望窓をとりつけた「宇宙旅行仕様」の宇宙船に改修された。

メンバーの中に人工義肢を付けたがんサバイバーの女性が搭乗していたことに、とても大きな意義があったと思う。ヘイリー・アルセノーさんは、10歳で小児がんになる前、宇宙飛行士になりたいという夢を抱いていた。集中化学治療を12回受け、副作用で髪の毛が抜けるなど苦しい治療で骨肉腫を克服したものの、人工骨を入れた自分は厳しい条件が求められる宇宙飛行士にはなれるはずがないとあきらめていた。だが19年後、その夢をかなえた。

「私にできたことは、あなたたちにもできる」。宇宙から、今まさに小児がん治療で苦しむ子供たちに語ったアルセノーさんの言葉は、どれだけ大きな希望となったことだろう。民間宇宙船の登場によって、あきらめていた夢をかなえることができた。そしてより多くの人たちに宇宙の扉を開く。これこそが民間企業が宇宙開発に参入する意味ではないだろうか。

宇宙初の映画撮影はトム・クルーズでなく・・?

10月、映画撮影のためにISSに滞在した女優ユリア・ペレシルドさん(前列左から2人目)と映画監督のクリム・シペンコさん(右から2人目)。(提供:ROSCOSMOS)

予想外だった2点目は、ISSでの映画撮影。俳優トム・クルーズが映画撮影を行うという予想を覆し、ロシアの映画撮影チームが宇宙に一番乗りした。ロシアの女優ユリア・ペレシルドさんと映画監督のクリム・シペンコさん(映画「サリュート7」の監督でもある)が10月、ソユーズ宇宙船でISSに到着。約12日間滞在して映画撮影を行ったのだ。映画の仮タイトルは「挑戦」。ロシアの宇宙飛行士も出演するらしく、同時期に滞在していた星出彰彦宇宙飛行士が、ちらっとでも写っていないか気になるところ。

ところで、ロシアのソユーズ宇宙船を使ったISSへの宇宙旅行は2000年~2009年まで7人によって8回行われてきた(チャールズ・シモニー氏は2回宇宙旅行)。だが、2011年以降、NASAスペースシャトルの引退によって、ISSへ宇宙飛行士を運ぶ「足」がソユーズ宇宙船だけになってしまったことから、しばらくソユーズ宇宙船による宇宙旅行は実施されていなかった。

ところが2020年に米民間宇宙船クルードラゴンが有人初飛行に成功。宇宙旅行にも使われ始めたこともあり、ロシア側も宇宙旅行を再開。しかも、これまで1回につき1人の旅行者しか宇宙に運ばなかったのに、一度に2人が搭乗できるように。こうして女優と監督が一緒に宇宙へ行くことが可能になり、宇宙での初映画撮影が実現したのである。

日本人二人がISSへ初宇宙旅行

ISS内で宇宙飛行士たちと記念撮影。(提供:ROSCOSMOS)

そして3点目、2021年「宇宙の旅」最大のサプライズは実業家・前澤友作さんの宇宙旅行ではないだろうか。監修を務めさせて頂いた「るるぶ宇宙」が今年3月に発売された頃は、「日本人ミュージシャン(イニシャルYM)がISSに行く!」という情報があった。「松任谷由美さん?」という情報がSNS上に飛び交ったが、実は前澤友作さん(イニシャルはユーミンと同じYM!)と平野陽三さんだったのだ。前澤さんは2023年、芸術家と共に月周回旅行に行くことを発表しているが、その前にISSへの旅を実現。12月8日に飛び立ち、20日12時すぎ、無事に帰還した。

前澤さんのISS到着第一声は「ほんとにあったよ、宇宙が。ステーションはあったよ」。プロフェッショナル宇宙飛行士からは決して出てこない、率直な感想や興奮を伝えている。

私が注目したのは、下記のツイート。ISSにドッキングする直前にソユーズの窓から前澤さんが見たISSの写真だ。「『やばっ!』って大きな声あげちゃって、すぐにiPhoneで写真も撮った」と前澤さんがツイートしているが、これこそ旅行者目線であり、行動だ。

飛行機の窓から、あるいは列車の窓から見えて心が動いた光景を、すぐ自分のiPhoneで撮影してSNSで発信する。だが、職業宇宙飛行士はマイiPhoneを持参することは許されていないと複数の宇宙飛行士から聞いていた。ISSのネットワークの問題かもしれない。前澤さんはiPhoneで写真を撮ることはできてもSNS投稿まではできなかった可能性もあるが、マイiPhoneで撮影できれば、旅の楽しさはぐんと広がるはず。っていうか、それなしの旅行って今の時代はありえなくないですか!?こうして先駆的な旅行者によって、旅先の自由度や快適度は広がっていくのだ。

前澤さんはiPhoneのタイムラプス機能を使った地球一周の映像を公開している。スマホでここまで撮れるの?と驚くような映像の美しさもさることながら、撮影方法も興味深い。ロシア居住棟ズヴェズダの個室の専用窓に暗幕をつけたり、熱対策として空気を送り込む独自の工夫をしたり。宇宙旅行をプランしている人は参考にしよう!

【絶景】前澤監督作「地球一周タイムラプス」 Yusaku Maezawa YouTubeチャンネルより

ISSツアーは、これまでソユーズ宇宙船を使ったロシア連邦宇宙機関ロスコスモス(窓口は米企業スペース・アドヴェンチャーズ)の独断場だった。このツアーの旅行者は基本的にISSのロシア棟で暮らすことになっているが、今回、前澤さんは「きぼう」日本実験棟に開設された「KIBO宇宙放送局」の民間スタジオを、世界で初めて利用した。その一部は12月20日朝、日テレ「ZIP!」内で前澤さんへのインタビューとして放送された。「安定の回線で、安心して見ていられました!ありがとうございました!」と前澤さんチーム。双方向の映像通信が抜群に安定していたことに、評価も高かったようだ。

これまで宇宙旅行にロシアほど積極的でなかったNASAもいよいよ宇宙旅行を解禁。2022年2月にはクルードラゴンを使い、元NASA飛行士がガイドするISSの旅がAxiom Spaceによって行われる予定なので注目しよう。

サブオービタル飛行、その先に

12月11日、ブルーオリジンの3回目の宇宙飛行中の一コマ。(提供:Blue Origine)

そして予想していたものの、期待以上だったのが宇宙の入り口への旅「サブオービタル宇宙飛行」。ブルーオリジンが7月20日に有人初飛行を行うことをアナウンスすると、ライバルのヴァージン・ギャラクティックが7月12日に一番乗りを決行!20日にブルーオリジンが続いた。

ブルーオリジンは7月の有人初飛行に続いて、10月に2回目の有人飛行を実施。史上最高齢90歳のウィリアム・シャトナー氏が宇宙旅行したことでも注目を集めた。シャトナー氏はSF映画「スター・トレック」でカーク船長を務めた俳優。現実は想像を超えていた。「最も深遠なる体験だった」と帰還直後、興奮を抑えきれず感極まった。さらに12月、ブルーオリジンは宇宙船のキャパ最大である6人の宇宙旅行者を乗せた飛行にも成功している。

サブオービタル飛行は宇宙旅行にとどまらず、地上の2地点間飛行にも使えると、世界中の輸送業者やスペースポート関係者たちから大きな期待が寄せられている。たとえばアメリカ空軍は地球上どこでも1時間以内の物資輸送に使えると、その使用を現実的に検討中だ。物資輸送から有人飛行へ。地上の移動や輸送まで含めて劇的に変わろうとしている。宇宙経由の地球上移動が実現するのは2040年代と想定されていたが、その時期が大幅に早まるかもしれない。

13年ぶりの宇宙飛行士募集始まる

2021年9月、4回目の船外活動中の星出彰彦飛行士。(提供:NASA)

2021年はISSで二人のJAXA飛行士が活躍した。野口聡一宇宙飛行士と星出彰彦宇宙飛行士だ。そして12月20日、13年ぶりに日本人宇宙飛行士候補者の募集が始まった。日本の基準は世界で初めて「学歴不問」のゆる基準。文系理系は問わず、大学を卒業していなくても構わない。ただし実務経験は3年以上求められる。活躍の舞台はISS、月周回のステーション「ゲートウェイ」、そして月面に降り立つ可能性もある。

今回選ばれる宇宙飛行士は、世界が協力して月や火星を目指す「アルテミス計画」で活躍するアルテミス世代となる。各宇宙機関でも募集・選抜を行っており、今年春に募集を開始したESA(欧州宇宙機関)の宇宙飛行士候補者募集には過去最多の23000人が殺到。これから1500人に絞り込むらしいが、事務局も嬉しい悲鳴だろう。JAXAの宇宙飛行士候補者募集期間は2022年3月4日正午まで。選抜は自分を磨き、かけがえのない仲間と出会えるチャンスでもある。興味のある人は是非チャレンジしてみてはどうだろう。

紹介してきたように、今年、予想を超えたスピード感で民間宇宙飛行が進んだ一方で、遅れている計画もある。たとえばアルテミス計画の第一歩、月周回無人飛行を行う「アルテミス1」は2021年の実施予定が2022年に延期された。また、ボーイング社のスターライナー宇宙船のISSへの無人飛行もいまだ実施されていない。今年大きな話題となった宇宙旅行も、安全な飛行を重ねていくことが何より大事なため、2022年が正念場とも言えるだろう。

有人宇宙飛行を中心に紹介してきたが、NASAなどの火星ローバーの着陸や中国の宇宙ステーション、宇宙ビジネスの進展など、今年は宇宙の話題が満載だった。2022年もますます宇宙は賑やかになりそうです。空を仰ぎましょう。

ISSから見た月。月から地球を見る日も遠くない。(提供:NASA)
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