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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

新たな月探査時代へ
—「アルテミス1」注目ポイント徹底解説!

NASAケネディ宇宙センター39B発射台に立つSLSロケット。先端にオライオン宇宙船(今回は無人)、その下あたりに日本の2機を含む10機のキューブサットが搭載されている。(提供:NASA/Joel Kowsky)

アポロ計画で12人のアメリカ人宇宙飛行士が月面を歩いてから半世紀の時を経て、ようやく人類は月に戻ろうとしている。月に人類を戻し、さらに有人火星探査をも視野に入れた国際協力プロジェクト「アルテミス」計画が8月末、いよいよ始動する。

日本も参加する国際協力プロジェクト「アルテミス」は段階的に進められる。8月29日に打ち上げ予定の「アルテミス1」ではSLSロケットに4人乗りの宇宙船オライオン(ORION)をまずは無人で搭載、宇宙船は月を周回飛行し、42日後に太平洋に着水する。「アルテミス2」では4人の宇宙飛行士がオライオン宇宙船に搭乗、月を周回飛行して着水。そして2025年以降に計画される「アルテミス3」では、いよいよ米国人の女性宇宙飛行士を含む米国人飛行士2人が月面に着陸予定だ。アルテミス計画では初の女性と有色人種の月面着陸を掲げる。日本人宇宙飛行士が初めて月面に立つ可能性に期待が高まる。

つまり、今月末飛び立つ「アルテミス1」が成功するか否かが半世紀ぶりの人類の月着陸の実現に大きく左右するというわけ。この歴史的フライトを120%楽しむために、フライトの詳細や特徴、注目点、月に行くって何が大変で何のために行くの?などについて、NASAのプレスキットをベースに詳しく解説していきたい。

SLSロケット解剖

まず「アルテミス1」フライトの概要をおさえておこう。

  • 打ち上げ日:2022年8月29日(現地時間)(予備日は9月2日、5日)
  • 打ち上げ可能時間:午前8時33分から10時33分(現地時間。日本時間では同日午後9時33分から11時33分)
  • ミッション期間:42日間、3時間20分
  • 着水時間:2022年10月10日
  • 目標着水地点:サンディエゴ沖 太平洋

次に、ロケットと宇宙船の構成について。SLSロケットには様々なバリエーションがあるが、「アルテミス1」で使われるのは「ブロック1」と呼ばれるタイプ。全長約98mの2段式ロケット。一段目は「コアステージ」と呼ばれ4機のエンジンを搭載。その両脇には固体ロケットブースターがある。ブロック1は月に27トンの荷物を運ぶことが可能。宇宙飛行士が乗るオライオン宇宙船はクルーモジュールとサービスモジュールからなり、先端に緊急脱出システムがある。

「アルテミス1」で使用されるSLSロケットとオライオン宇宙船の解剖図。(提供:NASA)
SLSロケットと他のロケットの比較。打ち上げ時の推力はスぺースシャトルより13%大きく、アポロ計画で使われたサターンVロケットより15%大きい。よりたくさんの荷物を運べると紹介されている。(提供:NASA)

打ち上げ生中継を見る時に、ぜひ知っておきたいのが飛び方(時間はすべて現地時間)。発射直後の重要イベントのタイムラインを紹介する。すべてのイベントが成功するか、手に汗しながら見守ろう。

8:33 リフトオフ!
00:02:12 (発射2分12秒後) 固体ロケットブースター切り離し
00:03:19 緊急脱出システム投棄
00:08:04 コアステージ(第一段)メインエンジン停止
00:08:16 コアステージ(第一段)とICPS(第二段)切り離し
00:18:20 オライオン宇宙船のソーラーアレイ展開開始
00:51:22 近地点高度を上昇させる
01:38:03 月遷移軌道へ投入(約18分の燃焼)
02:06:10 ICPS(第二段)分離

発射から約2時間後にはオライオン宇宙船とロケット第2段は切り離され、オライオン宇宙船は単独で月を目指すことになる。

「アルテミス1」ミッション打ち上げ直後のタイムライン。発射後の時間と速度、高度が示されている(本文で書いたNASAプレスキットの時間となぜか少しだけずれているが概ね同じ)。(提供:NASA)

キューブサットを切り離し—日本の2衛星に注目を

オライオン宇宙船がSLSから切り離されて月を目指す頃、別の大きなイベントが同時並行で起こる。SLSロケットに相乗りしていた10個の小さなキューブサット衛星が次々に切り離され、月やそれぞれの目的地を目指すのだ。その中にはDSPACEで何度も紹介した日本の「OMOTENASHI(オモテナシ)」「EQUULEUS(エクレウス)」がある。

10個のキューブサットはNASAからの呼びかけに応じて応募した衛星たち。ざっくり10×20×30cm、ブーツ箱サイズの小さな衛星に技術と知恵と大きな野心が詰め込まれている。たとえば水を探索する「Lunar IceCube」、ソーラーセイル で小惑星を目指す「NEA Scout」など、世界最大級ロケットに搭載された世界最小の精鋭たちの活躍に注目したい。搭載場所はSLSロケットのオライオン宇宙船の下部にあるOrion Stage Adapter。NASAの表(下)では、OMOTENASHIとEQUULEUSの切り離し時間は発射3時間40分後とあるが、現在の予定時間は打ち上げ約4時間後。予定通りロケットが発射されればEQUULEUSが8月29日12時24分、OMOTENASHIがその3分後の 12時27分(いずれも現地時間)に分離されることになる。

OMOTENASHIは月に向かい、発射4~5日後に時速約180kmで月面へのセミハードランディングに挑む。世界最小の月着陸機が着陸に成功できるのか。その確認は世界のアマチュア無線家にかかっている。OMOTENASHIの電波が受信できれば快挙達成だ。

「アルテミス1」で搭載されるキューブサットの紹介。(提供:NASA)

月へ—アポロ13号の記録を更新、最も遠い場所を飛ぶ

「アルテミス1」の42日間の旅。道中、地球から最も遠い場所を飛ぶ宇宙船となる予定。(提供:NASA)

一方、オライオン宇宙船は飛行を続け深宇宙空間に入り、月を目指す。飛行2日目~5日目はナビゲートや通信などの運用のために独自に設計された「アウトバンド」フェーズに。飛行6日目ごろ、月近くに到着するとオライオン宇宙船のサービスモジュールを使い、月重力アシスト操作を実行。宇宙船を月の遠方逆行軌道(DRO Distant Retrograde Orbit)、月の公転軌道と逆行するような軌道に投入する。

飛行6日目の9月3日、オライオンは月から約96kmと最も月に接近することになる。月表面の様子を詳細に観測後、月の裏側へ。月の表側に出てくるときに、人類は新たなアルテミス世代の「アースライズ(地球の出)」を目にすることになるだろう。

アポロ宇宙船がとらえたアースライズ。(提供:NASA)

飛行24日ごろ、宇宙船はDRO軌道を出る。飛行26日ごろには、地球から最も離れた距離を飛行する予定だ。その距離は地球からISSへの距離の約千倍(約45万km)。アポロ13号の記録40万170kmを更新することになる。もっとも地球から離れた有人宇宙船が眺める景色を共有したい。

飛行35日ごろには帰還のためのフライバイ燃焼を実施。地球を目指す。旅の過程で軌道を調整、サンディエゴ沖の太平洋に正確な着水を目指す。

お家に帰るまでが遠足だ。最大の山場は打ち上げよりも着水かもしれない。月周回軌道からの帰還は地球低軌道からよりもはるかに困難だ。大気圏再突入の際のスピードはより速く、熱もより高い。

突入前にオライオン宇宙船はサービスモジュールを切り離す。その後、世界最大の熱シールドを進行方向に向ける。秒速約11kmで大気圏に突入、約5000度の高熱から熱シールドは宇宙船を保護する。大気圏を通り抜けると、パラシュートを覆う保護断熱カバーを投機、ドラッグシュート展開に続き、3つのメインパラシュートを展開。約20分間に宇宙船はマッハ32からゼロに減速する。長旅を終えたオライオン宇宙船カプセルが着水。待ち受ける回収船に引き上げられるはずだ。

3人のマネキンとスヌーピーが搭乗

コマンダー・ムーニキン・カンポス。全身のマネキンで様々なセンサーがとりつけられている。足が高くなっており、打ち上げ時や帰還時に頭への血流を維持し、けがのリスクを減らす。(提供:NASA)

「アルテミス1」では宇宙飛行士は搭乗しない。その代わりに3人のマネキン飛行士が搭乗する。まず、オライオン宇宙船のコマンダー(船長)シートに宇宙服を着て座るのはムーニキン・カンポス。月に向かう途中で危機に晒されたアポロ13号の奇跡的帰還に貢献した、伝説の電気技師アルトゥーロ・カンポスの名前に由来している。

ムーニキン・カンポスは2つの放射線センサーを装備、座席にはミッション中の加速度や振動を記録するセンサーが取り付けられている。SLSロケット上昇時に2.5G(体重の2.5倍の重力加速度)、帰還時には4Gを経験すると推定されている。ムーニキン・カンポスは地上での振動試験にも使用されている。実際の飛行データと比較して、続く「アルテミス2」ミッションの安全な飛行に生かされることになる。

オライオン宇宙船に搭乗するヘルガとゾハル。(提供:NASA)

もう2体の旅の仲間がいる。ヘルガとゾハルだ。成人女性の骨、組織、臓器を模した素材で作られたマネキンの胴体。ドイツ航空宇宙センター、イスラエル宇宙機関、NASAの国際共同実験で月周回飛行の間の放射線被ばくを調べる。5600以上のパッシブセンサーと34個のアクティブな放射線検出器がとりつけられ、一方は放射線防護ベストを着用する。

そして、スヌーピーもオライオン宇宙船に搭乗し、「アルテミス1」ミッションで重要な役割を果たす。宇宙船が無重力環境になったことを示す「無重力インジケーター」だ。スヌーピーがふわっと宙を漂えば、宇宙船が無重力状態になった証となる。その瞬間がいつ、どのように訪れるのか。スヌーピー宇宙飛行士の活躍に世界中の子供たちが胸躍らせることだろう。

なぜ月を目指すのか

「アルテミス1」の主目的は、有人ミッション「アルテミス2」の前にすべてのミッションフェーズを実施し、安全性を確認すること。「これはテストフライトだ。リスクがないはずがない。もちろん可能な限りのリスクを分析し、軽減してきたが、オライオン宇宙船は当初の設計を超えている」。NASAボブ・カバナ副長官は打ち上げ一週間前の会見で語った。飛行期間が予定された42日間より短くなる可能性はあるが、大気圏再突入時の宇宙船の熱シールド実証に焦点があてられていることを強調した。

そもそもアルテミス計画で何を目指すのか。NASAは①火星探査など将来探査のための技術やビジネスアプローチを実証すること。②地球や月、太陽系の起源や歴史を解き明かすこと。③月面活動での米国のリーダーシップと戦略的プレゼンスを確立し、世界経済への影響を拡大すること。④商業的・国際パートナーシップを拡大すること。⑤新世代を刺激し理工系分野でのキャリアを後押しすることをあげている。

背景に急成長する中国の宇宙開発への対抗意識があることは間違いない。ただし米ソの宇宙レース時代と異なり、火星を含む将来探査のための月探査であり、月での技術検証や産業拡大が大きな柱になっている。国際協力であるアルテミス計画には日本も参加を表明しており、現在選抜が進められている宇宙飛行士候補者が月面を歩く可能性も高い。また国家機関だけでなく、日本を含む世界の企業が月探査一番乗りを目指しているのは周知の事実だ。日本では政府と産業界などが一体となり、2040年までに累積15兆億円規模になると予測される月面のマーケットを日本の産業界がリード、獲得するために「月面産業ビジョン協議会」が発足している。

月の水が使いやすい形で発見され、宇宙飛行士や旅行者の飲料やエネルギー源などに活用されれば、いずれ月面社会が構築されるだろう。月面でお風呂に入りながら地球見する月面ホテルも夢物語ではない。

そうした未来に期待しつつも、月探査を一過性でなく継続するには、確固とした科学目標が必要ではないだろうか。私が期待するのは月で探る「地球生命の起源」。今年2月に行った高井研さんと関根康人さんとの対談で聞いた、関根さんの発言が強く印象に残っている。例えば「40億年以前の地球の岩石が月で見つかる可能性がある」という。今の地球には40億年より前の岩石は残っていない。でも当時の地球の地殻や、熱水噴出孔の片割れみたいなものが、約40億年前の天体衝突の勢いで地球から放り出されて、月に落ちている可能性がある。最近も、アポロが持ち帰った試料に、おそらく40数億年前の小さな地球岩石の破片が見つかったという。(アルテミス計画で)大量の月の岩石を持ち帰れば、地球の初期生命の痕跡があるかも‥。「地球で失われた記憶は、月の探査でしか多分再現できない」という言葉にぞくぞくした。

月で生命の起源の謎が解き明かすヒントが得られるかもしれない..そんなことを考えながら、「アルテミス1」に注目してみよう。

1972年12月13日、アポロ17号で作業するジーン・サーナン飛行士。この後、人類は誰も月を訪れていない。「アルテミス3」では月の南極への着陸が予定されている。(提供:NASA)
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