時速180kmで着陸に挑む—世界最小の月着陸機「OMOTENASHI」
世界最大のロケット、NASAのSLS(SPACE LAUNCH SYSTEM)が、いよいよ月を目指し飛び立とうとしている。6月20日(現地時間)、燃料をロケットに注入し本番さながらのリハーサルを実施。その結果はNASAでレビュー中だが、このリハーサルの段階をクリアすれば、次はいよいよ有人宇宙船オライオン(今回は無人)を搭載した状態で月を周回飛行することになる。NASAが提案する月・火星探査プログラム「アルテミス計画」の第一歩、「アルテミス1」である。
全長約100mのメガロケットSLSをニュースなどで見る機会があれば、ぜひ注目してほしいのがオライオン宇宙船のすぐ下あたりに小さなキューブサットが10機、搭載されていること。そのうち2機は日本の探査機「OMOTENASHI(オモテナシ)」と「EQUULEUS(エクレウス)」。「オモテナシ」は唯一月に着陸するキューブサットだ。大きさはざっくり約10cm×20cm×30cm。重さは12.6kg。そのうち、月に着陸するのはわずか0.7kg。着陸に見事成功すれば「世界最小の月着陸機」となる。小さなボディながら、時速約180kmで月にセミハードランディングするという、大胆なチャレンジに挑む。
DSPACEでは2016年夏、「オモテナシ」を考案したJAXA橋本樹明教授を取材した。2015年8月にNASAから「SLSに超小型衛星を搭載するので、興味があったら応募して」というレターが届く。締め切りまでたった2か月。しかも条件はめちゃくちゃ厳しかった。サイズは「11cm×24cm×37cm」というブーツ箱サイズで重さは14kg以内。それでいて、「有人探査を推進する技術、あるいは科学ミッションを含む」という目的をもつことが求められた。
この厳しい要求に答えるか否か、答えるならばどんなミッションを行うのか。1990年代からJAXAで月着陸機や月探査ロボットなどの研究を主導していた橋本教授は、月面着陸にこだわった。たった2か月で、この厳しい条件下でも「世界最小の月着陸機」が技術的に成立することを突き止めNASAに提案、見事に選定され実現することになった。
2016年8月に取材した時点では、「アルテミス1」の打ち上げは2018年7月の予定だった。その後、延期が続き約6年。「オモテナシ」の開発は続き、前回紹介した内容からかなり進化している。どんな工夫がなされ、最終的にどのように月着陸をするのか。まずは動画で着陸の全体像をつかんでほしい。
改めて「オモテナシ」の注目ポイントを紹介していこう。まずは探査機の構成から。「オモテナシ」は小さなボディながら「オービティングモジュール(軌道間機)」「ロケットモーター」「サーフェスプローブ(表面プローブ)」の3つに分かれる。着陸約1分前に固体ロケットモーターを逆噴射して減速、表面プローブだけが月面に着陸することになる。
次にSLSのどこに搭載され、どのように月に向かうのか。「オモテナシ」を含む10機のキューブサットは、オライオン宇宙船の下部にあるリング状のアダプターにとりつけられる(上のSLSロケットの写真上部、アメリカ国旗の上あたり)。SLSロケットは発射後、オライオン宇宙船を月遷移軌道へ投入。その後、惑星間軌道に入ると、順番にキューブサットを分離していく。「オモテナシ」と「エクレウス」は早い段階で切り離される。
打ち上げ約2日後、「オモテナシ」は月に衝突する軌道に向けてガスジェットを噴射、軌道を修正する。同4~5日後、いよいよ着陸へ。着陸数十分前、固体ロケットモーターのノズルが進行方向を向くようにぐるりと姿勢を変える。さらに探査機の姿勢を安定させるために「オモテナシ」は回転を始める。その後固体ロケットモーターに点火し、減速すると同時に軌道間機を分離。月面へ!
着陸シーンと言えば、火星探査機や宇宙飛行士の帰還の際、減速のためにパラシュートが開く場面を見たことがあるかもしれない。しかし大気のない月面では、パラシュートは開かない。一方、大気の摩擦がないから、減速にはより大きな推進力が必要になる。宇宙飛行士が搭乗する有人宇宙船はソフトに着陸する必要があるため、推進力が調整できる液体ロケットを逆噴射に使う。だが液体ロケットは構造上、バルブやエンジンが複雑で小型化が難しい。小型で大きな推進力を使えるものという条件で、「オモテナシ」は超小型固体ロケットを使用することにした。
固体ロケットは、シンプルな構造で小型化に適しているという利点がある一方、いったん製造してしまうと推進力を制御できないのが難点でもある。計算の結果、「オモテナシ」は逆噴射をしてもなお、月面着陸時に秒速50m、時速にして約180kmもの速度でセミハードな着陸をすることになった。着陸後も機器が壊れないようにするために必要なのは「衝撃吸収」技術だ。
6年前の取材時は、衝撃吸収には主にエアバッグを用いる予定だった。その後の検討で、着陸時は必ず固体ロケット部から月面に衝突することが決められたため、エアバッグは膨張させずアンテナとして使用。衝撃吸収には、主としてアルミでできたクラッシャブル材を使用することにした。さらに機器部分はエポキシ樹脂を充填し、がちがちに固めることに。それでも衝突時には8000~1万Gもの重力加速度を受けるという。
着陸成功は無線の受信で確認—世界の無線家に協力を呼び掛け中
「世界最小の着陸機」は今後、どんな世界を切り拓くのか。「月着陸と言えば、宇宙機関や大企業しか実現できなかった。低コストの超小型機で月面着陸ができれば、今後は大学や中小企業、お金があれば個人でも探査が可能になり、(月着陸の)敷居が非常に低くなる」。橋本教授はそう語る。確かにこんな小さなキューブサットが月着陸できることが示されれば、ロケットに多数搭載して、月面の調べたい場所に複数機を着陸させ探査する。そんな未来が実現できるかもしれない。
ただし、時速180km(条件によっては時速100km~200kmの可能性もあるそう)、最大約1万Gのハードランディングに耐え、着陸機が壊れていないことをどうやって確認するのか。「オモテナシ」のサーフェスプローブはアマチュア無線のUHF帯の通信機を搭載している。その電波が着陸後も地上から受信できれば、成功とする。「オプションとして着地した時の加速度データを得ることを考えている」(橋本教授)。この電波を受信してほしいと「オモテナシ」プロジェクトは世界中の(アマチュア)無線家に協力をよびかけている。かなり大きなアンテナが必要になることから、現在のところ和歌山大学、東北大学、米国など海外の複数の電波天文台などが電波受信に協力する予定だ。
着陸の瞬間の画像はないのか気になるところ。「オモテナシ」は軌道間機(オービティングモジュール)にカメラを搭載しているものの、着陸の瞬間を撮影し画像を送信するのは厳しいそう。電波受信の一報を待ちたい。
1分ごとに宇宙放射線環境を計測
「オモテナシ」のミッションは、月に着陸することだけではない。軌道間機には超小型線量計「D-Space」が搭載され、月に向かう軌道で1分ごとに被ばく線量を計測する。
これまで日本はスペースシャトルや国際宇宙ステーション(ISS)が飛行する、高度数百km付近の宇宙放射線環境の計測しか経験がない。ISSが飛行する場所は地球磁気圏内にあり、遮蔽効果があるため、宇宙飛行士が被ばくする宇宙放射線はかなり低く抑えられている。今後、月有人飛行をする際に、宇宙飛行士がどれくらいの放射線環境にさらされるのか、そのデータは日本にはなかった。ちなみに今年、月面に着陸予定のHAKUTO-Rにも同じ線量計が搭載されるという。今後、日本人が月探査活動を行うことを考えると、とても貴重な計測機会になるだろう。
月で後継機をおもてなし
ところで「オモテナシ」の正式名称は「Outstanding Moon exploration Technologies demonstrated by Nano Semi-Hard Impactor」(超小型セミハード衝突機による革新的月探査技術の実証機)。当初は東京オリンピック前の2018年に打ち上げられる予定で、盛り上がるだろうと狙ってつけた名前だ。五輪は終わったが「これから探査が広がるだろう。最初に(月に)到着して皆さんをもてなしたい」と橋本教授は意気込む。小さな着陸機の成功と、そのオモテナシが今後の月面探査をどう変えていくのか、注目したい。
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