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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「誰がお金出すの?」から10年。宇宙ゴミに挑むアストロスケールの衛星、次々宇宙へ

宇宙のゴミ問題が深刻化している。「2013年には約1万数千個の大きなスペースデブリ(宇宙ゴミ)が秒速約8kmで地球の周りを飛んでいることを知った。今日現在、大きなもので4万個ほどの宇宙ゴミがある」。アストロスケールのCEO、岡田光信氏は2023年1月12日、東京都内で開かれた記者説明会で語った。アストロスケールは2013年、スペースデブリ問題の解決をめざして岡田氏が一人で創業したスタートアップだ。

株式会社アストロスケールホールディングス創業者兼CEO岡田光信氏。1973年兵庫県神戸市生まれ。1995年東京大学農学部卒業。1997年大蔵省(現財務省)主計局に入省。Forbs JAPANが選ぶ「日本の起業家ランキング2019」第1位。

岡田氏によると、軌道が混雑しスペースデブリが増えた原因は3つ。1つは衛星コンステレーションの増加。SpaceX社の通信衛星群スターリンクに代表されるように数百機以上の衛星が打ち上げられ、地球周回軌道に衛星群を構成する時代になった。2つ目は宇宙開発に参入する国の増加、そして3つめが企業の増加。世界の宇宙関連スタートアップの数は1万社を超えたという。

地球周回軌道上の物体数(10cm以上)の推移。茶色が総数で近年急激に増加しているのがわかる。出典はNASA Orbital Debris Program Office。(提供:NASA ODPO)

その結果、衛星とデブリが1キロ以内にニアミスする数が激増した。2020年までは1か月あたり約2000回だったニアミスの数が2021年には約3倍の月6000回に。「宇宙で1km以内といえばほとんど衝突です」(岡田氏)。その結果何が起こったか。宇宙での衝突が増えているのだ。

たとえば2021年3月にはわずか1週間の間隔で2回の衝突が起こった。3月18日には中国の衛星がスペースデブリの衝突によって破砕されているが、そのデブリはロシアが25年前に打ち上げた衛星の破片だと考えられている。つまり、今出したゴミが数十年後に衛星に衝突し、衛星の機能を停止させる可能性があるということ。さらに「2026~2027年にかけて宇宙環境はめちゃくちゃ悪くなる」と岡田氏は警告をならす。現在打ち上げられている衛星群の寿命がその頃にやってくるというのだ。

2019年1月1日時点で地上から追跡されている物体のグラフィックス。この図は静止軌道までの物体がわかるように表示されている。デブリの大きさは実際のスケールとは異なる。(提供:NASA ODPO)

今や、地球上の生活は、人工衛星の多大なる恩恵を受けている。天気予報、放送・通信、カーナビなどの測位金融・ITなど。衛星がダメージを受ければ私たちの生活が大きな影響を受けるのは避けられない。スペースデブリ問題は喫緊の課題であるにも関わらず、岡田氏が2013年に創業した頃、周囲の反応は否定的なものばかりだった。

「市場がないなら作ればいい」

2021年3月に打ち上げられたデブリ除去技術実証衛星「ELSA-d」は打ち上げ後にスラスタの異常が発見されたが、模擬デブリの分離・捕獲、誘導接近技術の実証など様々な成果をあげた。(提供:アストロスケール)

「市場なんてないですよ」、「誰が(デブリ回収の)お金を出すんですか?」、「デブリ回収の技術は誰も開発に成功できてないですよ」「あなたはエンジニアですか?」。創業の頃、岡田氏は周囲から色々なことを言われたと振り返る。ほとんどは否定的な言葉ばかりだった。

確かに2013年当時、スペースデブリは課題とは認識されていても、ビジネスとして成立する、つまり市場があると考える人はほとんどいなかった。でも岡田氏は「市場がないことをむしろいいニュースととらえた」という。「IT会社を経営したときは競合会社がいっぱいで、市場はあってもパイの奪い合いだった。市場がないなら作ればいい。なんてブルーオーシャンなんだろう」。先駆者になると腹をくくり、たった一人でアストロスケールを創業した。

2017年11月に世界初の微小デブリ観測衛星「IDEA OSG1」衛星を打ち上げるもロケット側の事情で失敗、衛星は軌道に到達できなかった。「大きな事件だった」(岡田氏)。しかしその後も大きな資金調達を得て、2021年3月にはデブリ除去技術実証衛星「ELSA-d」を打ち上げる。同年8月には衛星から模擬デブリを分離、磁石を使った捕獲機構を用いて模擬デブリを捕獲することに成功。

2022年1月、デブリ除去技術実証衛星ELSA-dから撮影した模擬デブリ。(提供:アストロスケール)
管制室の様子、アストロスケールは社員の3分の2が外国人。運用は苦労の連続で学ぶところが大きかったという。(提供:アストロスケール)

デブリ除去には、まず除去するターゲットに接近し、その動きなどを詳細に観測する「近傍運用技術」が不可欠だ。その実証のため、「ELSA-d」は2022年1月以降、約1700kmの距離からGPSと地上観測を使った「絶対航法」により模擬デブリの後方約160mまで接近(限られた地上局を用いた運用は「目をつぶった状態で針に糸を通すような難しさ」だったそう)。その後、衛星の複数のセンサーで距離を保つ「相対航法」への切り替えに成功。打ち上げ後に衛星のスラスタ異常が見つかったことから、模擬デブリへの接近から捕獲まで一度に実施することは実現できなかったものの、アストロスケールはコントロール不能な非制御物体への誘導接近を含め、模擬デブリへの高難度の誘導接近技術の実証に成功したと発表した。

目指すのは「宇宙のロードサービス」

デブリ問題の解決に向けて「宇宙のロードサービス」を目標に掲げる岡田氏。

10年前、一人からスタートし3年前までほぼ売り上げがなかったアストロスケール社は現在、社員390名、アメリカやイギリス、イスラエルなど世界に6拠点をもち334億円の資金調達に成功している。目指すのは「宇宙のロードサービス」。なぜスペースデブリ問題が起こるのかを考えたとき、「宇宙業界の使い捨て文化がある」と岡田氏は分析する。「削減(reduce)、再利用(reuse)、修理(repair)、燃料補給(refuel)、除去(remove)などが実現されていない」。だから、衛星は次々打ち上げられ、使い終わった衛星はゴミとして軌道上を回り続けるのだと。循環型経済を宇宙で回していく必要があると訴える。

比較として岡田氏が例に出したのが、高速道路。1960~1970年代に作られ車の数の増大とともに渋滞や事故、ガス欠が増えたものの道路交通法の改正やロードサービスが整備された。ガス欠が起これば燃料補給するし、車が故障すればレッカー移動したり修理したりする。「高速道路を宇宙の軌道と考えれば、同じように宇宙のロードサービスを考えればいい」

具体的にアストロスケールは「宇宙ゴミを増やさないサービス」「すでにある宇宙ゴミを除去するサービス」「衛星の寿命延長」「故障機の観測・点検」の4つを柱に事業をすすめ、今後約3年間に次々と衛星を打ち上げる計画がある。

2023年に打ち上げが予定されるADRAS-Jミッションのイメージ図。大型デブリであるロケット上段に接近し、その運動や損傷具合などを観測する。(提供:アストロスケール)

2023年に打ち上げが予定されるのは「ADRAS-J」。JAXAとの商業デブリ除去実証(CRDSプロジェクト)フェーズ1のパートナーシップ契約に基づく、既存のスペースデブリ除去に向けた第一歩だ。ターゲットは大型のデブリであるH-IIAロケット上段(全長約11m、直径約4m、重量約3トン)。長期間放置されていたロケット上段の運動や損傷・劣化状況の撮像を行う。次のフェーズ2では捕獲を行う予定(どの企業が行うかは未定)だが、その前段階として観測を行う。「ADRAS-J」はエレクトロンロケットによってニュージーランドから打ち上げられる計画だ。

ADRAS-J衛星の開発作業を行うアストロスケールエンジニアたち。(提供:アストロスケール)

英国宇宙庁からの資金を受けイギリスの衛星のデブリ除去をする「ADRAS-UK」の打ち上げは2025年に予定。ターゲットはすでに打ち上げられている衛星であり、捕獲にはロボットアームを使う。

ワンウェブの衛星数機を除去

ELSA-Mミッションでは、あらかじめドッキングプレートをつけたワンウェブ社の衛星複数機を軌道から除去する計画だ。(提供:アストロスケール)

そして、「宇宙ゴミを増やさないサービス」についての衛星打ち上げも予定されている。役目を終えた人工衛星に接近して捕まえ、大気圏に再突入させることで軌道から除去する。具体的には衛星通信サービスを提供する企業ワンウェブと契約を結んでおり、複数の衛星を1回で除去する「ELSA-M」ミッションだ。2024年末~2025年頃に最初のミッションを打ち上げる計画だという。

ユニークなのは衛星側に磁石の力で捕獲するためのドッキングプレートをあらかじめ取り付けておくこと。一度に数機の衛星を除去可能。このドッキングプレートは自動車の牽引フックのように、標準化されたインターフェースを備えるとともに衛星の形状に合わせてカスタマイズ可能。「ワンウェブ社以外の衛星コンステ企業とも話をしている」という。

宇宙での燃料補給ミッションへ

LEXIミッション動画(https://youtu.be/-LaWvUlUHTI)より。静止軌道の衛星をロボットアームで捕獲、地上の要望に合わせてリロケーションする。(提供:アストロスケール)

そして、実現できたら人工衛星の常識を変えると思われるのが、衛星の寿命延長サービス。通信衛星などが飛行する静止軌道の衛星は、1機導入するために2億ドルを超える費用がかかると言われる。できるだけ衛星の寿命を延長することによってコストを削減し、デブリの増加抑制にもつながる。例えば運用中の衛星にトラブルが起こった際に整備・修理したり、軌道を維持したり、静止軌道上の位置を地上側のニーズに応じて移動したり、燃料がなくなった衛星に燃料を補給したり。

アストロスケールが2025年頃打ち上げを計画しているLEXI-Pは非常にユニークなミッションだ。宇宙のガソリンスタンドをうたう「Orbit Fab」社からLEXI-P衛星が燃料補給を受ける(最大1000kgのキセノン推進剤を補給)ことを目的に掲げる。そしてターゲット衛星の静止軌道内でのリロケーション(移動)などを実施しようと開発を進めている。

技術・事業・ルール作り

スペースデブリや宇宙の環境問題は技術だけあっても解決しない。事業として成り立つこと、国際的なルール作りも必要だ。ルール作りについては「イギリス、アメリカ、欧州で一斉に始まっている」と岡田氏はいい、代表的な例としてFCC(米国連邦通信委員会)の25年ルールの見直しを紹介した。従来、役目を終えた衛星を25年以内に大気圏再突入させることとなっていたルールを5年に短縮することが2022年9月末に発表された。また、欧州宇宙機関(ESA)は「2030年までにゼロデブリを目指す」と明言している。

10年前に「市場なんてない」といわれたスペースデブリ除去。現在はどうか。デブリ除去を含む軌道上サービスについて、米衛星専門調査会社は今後10年の累計売り上げ予測を約2兆円と分析している。宇宙経済を牽引する分野になりつつあるようだ。

市場が大きくなれば、ライバル社も出てくる。JAXAの商業デブリ除去実証(CRD2)プログラムフェーズ2の技術検討には、アストロスケールのほかの企業も選定されているし、世界ではスイスのClearSpaceも2025年頃、ESAの支援を得てデブリ除去衛星を打ち上げる計画だ。しかし、「デブリ問題に取り組む企業が増えていることは業界として好ましいこと。協力関係にある企業もいて軌道上サービスの経済圏が広がってきていると実感します」とアストロスケール広報の伊藤聡志さん。

宇宙でも地上でも、環境問題は解決すべき重要なテーマだ。日本や世界の取り組みに注目していきたい。

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