野口聡一飛行士×矢野顕子コラボアルバムで「宇宙の旅」へ
宇宙飛行士が宇宙で全曲作詞するという、史上初のアルバム「君に会いたいんだ、とても」が、ついに銀河系にローンチされた!
野口聡一宇宙飛行士2020年11月から約半年間のISS(国際宇宙ステーション)滞在中に、14の詞を綴った。宇宙船クルードラゴンの打ち上げや船外活動、宇宙から見た地球や月…いきいきと、そして独特な表現で綴られる希有な体験。その詞を矢野顕子さんが曲にし、弾き語りすることによって、野口さんが宇宙で見た情景がまるで映像のように浮かび上がる。同時に「無重力に入るとこんな感覚なんだ」、「宇宙って静かな世界なんだね」とその感覚までもがダイレクトに伝わってくる。まるで、自分が宇宙を旅しているかのように。
それは新進気鋭の作詞家・野口さんの言葉の力と、矢野顕子さんの音楽の力。私のイチオシは「透き通る世界」という楽曲。船外活動をテーマにした曲だ。
ISSから宇宙空間に出るとき、宇宙飛行士は宇宙服を身につけて「エアロック」に入る。バイバイと船長や仲間に手をふってドアをしめる。エアロックの中の空気が抜かれていき宇宙空間と同じ真空になって初めて、宇宙への扉が開かれる。空気が抜かれるにつれて「命の気配」が徐々に消えていく。気圧が変わると声も低い声に変わる。すーっと死の世界に入っていく感覚があるという。それを「透き通る世界」とあらわす妙。死の世界の淵にあっても、野口さんの心の中は透き通るように静寂なのだろう。なぜなら、目の前に地球という心強い存在がいてくれるから。
そんな極限の世界を矢野さんは決して大げさでなく静かに、そして温かく歌う。
船外活動をこんなふうにとらえ、表現した音楽は世の中に存在しなかっただろう。繊細かつ大胆な野口さんの感性、宇宙という極限の体験をとことん理解した上で寄り添い、さらに独自の解釈を加えて楽曲にした矢野さん。二人の希有な才能が唯一無二のアルバムを生み出したといえる。
アルバム誕生のきっかけは野口飛行士と矢野さんの書籍(「宇宙に行くことは地球を知ること」)のための対談だった。宇宙体験をどう伝えるかを議論しているとき「宇宙で詞を書いて下さい。私が曲をつけますから」と矢野さんが提案。「面白そう。でも作詞って韻をふむとか五七五とか、スタイルがあるんじゃないですか?」興味しんしんで尋ねる野口さんに「自由に気持ちを書いてくれればいいです」と矢野さんが背中を押す。私は幸運にもその場に同席していた。
こうして対談から約3年後に、宇宙飛行士が全曲を宇宙で作詞、宇宙に行きたいと真剣に願うミュージシャンが作曲弾き語りするという、世界に類をみないアルバムが誕生した。 自由に書かれた詞を曲にするために、矢野さんは相当苦労したに違いない。なぜなら「野口さんの宇宙体験に肉薄したいから」。野口さんの詞を何度も何度も読んでその情景を思い浮かべ曲にし、歌う課程で「宇宙に行ってきた」と言える体験をしたと矢野さんは語っている。だからこそ、想像の宇宙旅行にありがちな、なんとなく宇宙っぽい曲ではなく、リアルな宇宙が描かれている。そこがこのアルバムの凄まじさだ。
2020年9月4日に行った矢野顕子さんとのトークイベント(欄外リンク参照)で矢野さんはこんなことを言っている。「野口さんは宇宙で感じた想いを文章で表現してくれたけれども、その文章にさらに音をつけることで、もっともっと世界が広がっていくわけですよ。アートには、たった一人の人が体験したことをもっと拡大して、そして多くの人に広げる。そういう役割もあるのだと思います」
旅行に行く人が増え、宇宙はより多くの人に開かれた場になりつつある。しかし、私たちが宇宙に行くにはまだ少し時間がかかるかもしれない。このアルバムで、一足先に宇宙に行ってみませんか?
- ※
本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。