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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

発射0.4秒前まさかの中止、そのとき種子島は?—H3ロケット取材記①

発射約6秒前、第一段エンジンがスタートすると推進薬の液体酸素と液体水素が反応してできる水蒸気の高温ガスと煙道に噴射されている水が混ざって、白煙が広がった。誰もが離昇を疑わなかった。種子島宇宙センター竹崎展望台から撮影。

「10.9.8.7……」

カウントダウンが10秒を切った。待ちに待った瞬間がいよいよ訪れる。日本の新型ロケットH3ロケットが2023年2月17日午前10時37分55秒の打ち上げに向け、着実に時を刻んでいた・・はずだった。

全長57mのH3ロケット試験機1号機が屹立するJAXA種子島宇宙センター大型ロケット第2射点は、プレスが取材する竹崎展望台から約3.6km。打ち上げ予定時刻6.3秒前、第1段LE-9エンジンに着火。白煙がもくもくと立ち上がった。

「くるぞー!」。プレス席にはカシャカシャカシャというシャッター音が響きわたる。DSPACE取材班も離昇の瞬間を見逃すまいと、ファインダーをのぞく。

JAXA YouTubeライブ中継では、中央コアロケット下部のLE-9エンジンが燃焼する赤い炎が見えた。が、両脇の2本の白い固体ロケットブースタには点火しなかった。(提供:JAXA「H3ロケット試験機1号機/先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)打上げライブ中継」より)

だが、カウントダウンがゼロになっても、ロケットは発射台を離れない。

「え!?」「なんで?」「何が起こった?」

何より恐れるのはロケットが爆発すること。プレス席に緊張が走る。しばらくすると白煙は小さくなっていった。安全に停止したようだ。数分後「メインエンジンは着火しましたが、SRB-3(固体ロケットブースター)には点火しなかった模様です。状況を確認中です」というアナウンスが流れた。

急ぎ屋上から3階のプレスルームにおりると、JAXA報道・メディア課長を記者が取り囲んでいた。「打ち上げは中止されました。打ち上げ時間帯(10時37分~44分)を過ぎているので、本日の打ち上げはありません。詳細は確認中で、これ以上のことはわかりません。記者会見をお待ちください」。待つしかない。記者たちは案外冷静だった(打ち上げ取材20回を超えるベテラン記者によると、イプシロンロケット初号機が打ち上げ19秒前に中止されたときは広報担当者に記者が詰め寄って大変だったとか)。

報道陣に囲まれるJAXA広報部報道・メディア課長の岸晃孝さん。その対応は落ちついていた。

ロケット自身が異常を検知し、自動停止

Xは打ち上げ予定時刻。今回はX-6.3のLE-9エンジンスタートまで進行したがX-0.4のSRB-3点火に至らなかった。(提供:JAXA「H3ロケット試験機1号機 打上げ準備状況について」資料より)

実は発射直前の中止はロケットでは珍しいことではない。ロケット燃料には大きく液体と固体の2種類ある。液体燃料エンジン(H3ではLE-9)は点火しても停止できる。一方、大きな力をもち発射直後の重い機体を持ち上げるために使われる固体燃料のロケットブースター(SRB)はいったん火をつけると止められない(火薬のようなもの)。だからSRBに点火するギリギリまでロケットの状態を注視し、異常があれば打ち上げは自動的に中止される。

1994年8月に行われたH-IIロケット2号機の打ち上げも、主エンジン点火後、SRBに点火せずアポート(中止)されている(このときは地上側装置の問題で10日後に打ち上げ成功)。スペースシャトルでも複数回、同様のことが起こっている。宇宙飛行士たちの間では「固体ロケットブースタに火がつくまで何が起こるかわからない。気を抜くな」が合い言葉になっているほどだ。では、今回、H3ロケットに何が起こったのか。

2月17日14時からの記者会見で配布された資料。(提供:JAXA)

約3時間半後の14時から記者会見が行われた。岡田匡史JAXA・H3プロジェクトマネージャは「リフトオフ約6秒前にLE-9エンジンが正常に立ち上がった後、1段制御用機器が異常を検知。SRB-3への着火信号を送信しなかったために打ち上げを中止することになった」と説明。開発に困難を極めたLE-9エンジンは正常に立ち上がり、問題はなかったという。

どこで異常が起こったのだろう。1段制御用機器とは、ロケットの第1段全体の機能を制御する機器。電源供給部分、エンジンを首振りする制御装置など様々な装置と電気的につながっていて、それらの機能動作のチェックや回路内の電圧、信号が正常に送られているか等を確認している。岡田プロマネによれば、回路内は100分の1秒単位で動作している。どのタイミングで何が起こったのか、「異常を知らせる信号と、電気回路やロジックを付き合わせて大元の原因を探っていく」とのこと。

ロケットに異常があったのなら、そのまま打ち上げが続行した場合、ロケット本体の指令破壊や人工衛星を失う可能性もあった。ロケット自身が異常を検知し、大惨事を未然に防いだとも考えられる。その考え方について岡田プロマネに尋ねた。

「ロケットはいったんリフトオフしてしまったら、人間の手ではどうしようもない。打ち上げの本当に間際まで、いざとなったらいかに安全な状態で停止させるかについて、かなりの神経を使って設計している」。自分で異常を検知し、安全に止める。「H3の停止は設計意図通り正常に動作したと考えている」。もちろん、中止せずすんなり打ち上がることがいいに違いないが、異常検知という重要な機能が正常に働いたのである。なお、搭載した衛星「だいち3号」は問題ない状態だ。

ロケットに関してはどんな質問にも論理的に応えようと務めた岡田プロマネが、会見中声を詰まらせる場面があった。それは種子島に打ち上げ見学に来た一般客に話が及んだとき。「天気の影響で2日間打ち上げを延期したとき、センター内の食堂などで話す機会があった。『あと二日ならテントで頑張る』という方もいらした。その皆さんをまた裏切ってしまったなという思いが強くて」。だいち3号の打ち上げを2年待たせたことへの責任もたびたび口にした。

オンライン会見後、プレスセンターで囲み取材に応じる岡田プロマネ。「皆さんにここまで来ていただいたのに申し訳ない」。記者らも「頑張ってください」と声をかけた。

難産のH3 どんな天気だと延期になる?

種子島宇宙センターのお膝元、南種子町では成功祈願の旗が至る所に掲げられていた。

それにしても、H3ロケットは難産だ。当初2020年度の打ち上げを計画していたが、主エンジン開発が難航し2年遅れた。ようやく定めた打ち上げ日も2023年2月11日、15日とスライドしていった。南国のイメージがある種子島だが、2月の天気は変わりやすい。DSPCE取材班は2月12~13日に現地入り(宿+レンタカー争奪戦については次回)。13日までは小雨も降った種子島だが、2月14日は快晴の朝を迎えた。

「いよいよ今日午後にはロケットが組み立て棟から姿を現すぞ~」と期待に胸を膨らませた朝10時過ぎ、JAXAからまさかの一報が。「天候判断の結果、打ち上げ日は17日に延期」

こんなに晴れているのになぜ?ロケットの打ち上げを制約する気象条件は色々ある。風、雨、雲、雷など。冬の時期の打ち上げ延期でよく聞くのは「氷結層」。ロケットが飛ぶときに氷の粒があると帯電しやすい。雷もロケットの敵だ。だが、今回の延期の原因は「風」だった。ロケットが組立棟(VAB)と発射台との間を移動中に、最大瞬間風速が秒速15mを超える可能性があるという。JAXA広報部、藤本信義さんによると「ロケットをVABから射点に移動した後、何らかの理由でロケットを組立棟に戻す可能性がある。その場合、作業員が移動発射台で高所作業を行うことになる。安全性の観点から最大瞬間風速が定められています」。実はロケット発射時の最大瞬間風速は秒速20mと機体移動時よりゆるい。

打ち上げ日が15日から17日に延期された原因は一番上の「風」。機体移動時、一瞬でも風速が秒速15mを超える可能性があれば機体移動はNOGOとなる。(提供:JAXA「H3ロケット試験機1号機 打上げ準備状況について」資料より)

人に危険が及ぶことは絶対に避けなければならない。そう聞けば、延期の判断も納得せざるを得ない。打ち上げ執行責任者は天候、ロケットの状態、衛星の状態、射場や海・空の状況などすべての状況を確認して打ち上げGO/NOGOを判断する。一日も早く打ち上げたいのはもちろんだが、最優先すべきは「安全」だ。

ついに姿をあらわしたH3ロケット

H3ロケットは新型移動発射台に乗って、整備組立棟から大型ロケット発射場第2射点まで約30分かけて運ばれた。

先端には「だいち3号」が搭載されている。

新しく設定された打ち上げターゲットは2月17日午前10時37分。ロケットがVABから姿を現すのは前日2月16日の16時。当日は風もなく一点の曇りもない空。文句なしの「ロケット日和」だ。記者たちはVABから350m離れたプレススタンドで、ロケットが姿を現す時をまつ。場内アナウンスのあと、ついにH3ロケットがその姿を現した。第一印象は「大きい!」そして「太い(くびれがない)!」。

H-3ロケットの直径はH-IIAロケット(4m)より一回り大きい5.2m。H-IIBロケットの第一段と同じなのだが、H-IIBは第2段が細くくびれがあるグラマラスなロケットだった。H3はくびれがなく、ずどんと力強い。衛星を搭載するフェアリングは2種類あって、今回は短いショートフェアリング。そして移動発射台の中にエンジンやSRBが潜り込んでいるのも特徴だ。

ロケットは約400m離れた第2斜点へ30分かけてしずしずと進んでいく。その前後には多数のエンジニアが続く。大名行列のように。移動発射台の中にも人影が見える。ロケットエンジニアの言葉を思い出す。「もう我が子ですよ。帰ってきたら困るけど、行ってしまったら二度と会えないと思うと寂しい」と。

2月22日に発表された原因究明

打ち上げ中止から5日後の2月22日、文部科学省の委員会で打ち上げ中止に至った原因究明についてJAXA岡田プロマネらから説明があった。

2月22日に開催された文部科学省宇宙開発利用に係る調査・安全有識者会合「H3ロケット試験機1号機 打上げ中止の原因調査について」資料より。2月17日の配付資料内「1段制御用機器」が上の図では「1段機体制御コントローラ」とより詳細に。

異常と検知された内容は「電圧の低下」。第1段エンジンに電源を供給する系統で、電圧がゼロになる状態が数秒間続いたことを1段機体制御コントローラが検知。直後に打ち上げシーケンスを止めた。

異常を検知したのはX-0.4秒頃。まさにSRB-3に点火信号を送る直前のことだった。文部科学省の委員からは「極めて高エネルギーのエンジンを作動後に、ストップして機体や設備が健全な状態があるという点に関して感銘を持って受け止めている」などの意見があがった。

電圧がゼロになった原因は、一段エンジン用電池とエンジンコントロールユニット間の半導体スイッチが本来は閉まっているはずなのに、何らかの要因であいてしまったことが考えられる。その原因は調査中だが、スイッチの誤動作や機体・地上との電気信号のやりとりに何らかの不具合があった可能性があるという。

2022年12月に行われた最終リハーサルとも言えるCFT(実機型タンクステージ燃焼試験)ではH3ロケットを射点に立て、燃料も注入してLE-9エンジンを25秒間燃焼することに成功。今回のシーケンスも問題なく通過している。「ただし外(電気系地上設備)との信号のつながりの違いが若干ある。CFTでは地上設備と電気的につないだままだったが、フライト時はいったん(地上とのつながりを)切った上で飛んでいく。そのあたりに起因したものがないか、再現試験も行い検討しています」(JAXA)

現在、ロケットが再打ち上げできるよう断熱材の割れがないか確認、極低温の推進剤を流し燃焼した主エンジンを乾かすなどリサイクル作業を進めつつ、実機を使った再現試験など様々な試験や調査が進行中だ。地元の関係者などと協議の上定めた打ち上げ期間は3月10日まで。期間内の打ち上げを目指して全力で取り組んでいくという。

次こそ「一点の曇りもなく空へ」

種子島宇宙センターには、H3初号機の打ち上げを見ようと全国から一般客が集まっていた。

岡田プロマネは2つの言葉を記者会見でたびたび語ってきた。「エンジンには魔物がいる」そして「一点の曇りもない状態で打ち上げたい」。打ち上げ中止会見で「魔物はエンジンだけではなかった?」と問われた岡田さんはこんな回答をした。「ロケットはエネルギーが凝縮されているシステムであり、非常に複雑な現象も起こりうる。なかなか厳しいと実感している」

しかし、ロケットエンジニアはへこたれない。「ここまで2年間谷あり谷ありで頑張ってきたメンバーなのできっと乗り越えられる。子供たちは私が考えるよりタフで『ロケット打ち上げってこういうものだよ』って言ってくれると思う。今度の打ち上げはぜひ見に来てねと伝えたい」。

次こそ、一点の曇りもなく、打ち上げられますように。

(次回は打ち上げを支える舞台裏や種子島で出会った人たちなどをレポートします)

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