月を歩こう—新宇宙飛行士候補者の注目点は?
今後の選抜は?
13年ぶりの募集から約1年あまり。4127名の中から、ついに月を目指す「アルテミス」世代の新人宇宙飛行士候補者2人が発表された。世界銀行上級防災専門官の諏訪理さん、日本赤十字社医療センターの外科医、米田あゆさん。諏訪さんは46歳で日本人宇宙飛行士候補者最年長、米田さんは28歳で最年少タイ。その表情は晴れやかに輝いていた。
2000倍を超える過去最高倍率を勝ち抜いたお2人はどんな方なのか。まず私が注目したのは、諏訪理さんのキャリアだ。これまで日本人宇宙飛行士はエンジニアや科学者(医師を含む)、パイロットから選ばれていた。国際開発の専門家が選ばれたのは初めてだ。プリンストン大学大学院で地球科学を学んだ後に青年海外協力隊でルワンダに派遣されたという経歴も、日本人飛行士の中では異色。記者会見で、まずルワンダで印象深かった経験について尋ねた。
「ルワンダでは高校の教師と、大学でも教えていた。当時、野口飛行士がISS(国際宇宙ステーション)に滞在されていて、生中継交信イベントに応募したが残念ながら採用されなかった。後日、JAXAから若田さんのおもしろ宇宙実験のDVDが送られてきて生徒に見せると、彼らは目を輝かせて『わ、これは何だ?この人は水の中にいるのか?』など面白い反応をし、それをきっかけに色々な話ができたんです」。この経験から、「宇宙は若者たちの興味や関心を喚起する本当に大きな可能性があって、途上国ではそういうポテンシャルをまだまだ最大化できていないと感じた」と言う。
世界銀行のインタビュー記事(欄外リンク参照)によると、諏訪さんはNHKの「地球大紀行」という番組で地球科学に興味をもち、祖父がマレーシアの大学で教えていたことから途上国や国際開発への興味も抱いたという。東京大学では理学部地学科に進学。大学院では古気候(昔の気候)を研究。「南極やグリーンランドの氷床コアを氷の化学成分を調べ、昔の気候を復元していた」(諏訪さん)。大学院卒業後、同級生の多くは研究職に進んだが、開発への興味を消すことはできなかった諏訪さんが行き着いた先が、青年海外協力隊だった。
その後、世界気象機関(WMO)を経て世界銀行に入行。現在はアフリカの防災や気候変動対策プロジェクトを担当している。「宇宙開発に関する技術を社会に実装することによって、持続可能性などに貢献できる余地がきっとまだまだある。国際開発という専門を持った日本人宇宙飛行士は初めてなので、貢献できることを探っていければ」と意欲を語った。期待が膨らむ。
実は2009年の募集時も応募していた!
地球科学と国際開発。では宇宙に興味を持ったのはいつ頃だろう? 東京で生まれ茨城県つくば市で育った諏訪さん。「小学校3年生の時に科学万博があり、両親にねだって何度も連れて行ってもらった」。万博が宇宙や科学に興味をもつきっかけになった。小学校5年生の時にはアポロ17号で月面着陸したユージン・サーナン飛行士に会う機会があり、「目の前のこの人は月に行ったことがあるんだ」と宇宙飛行士という職業に興味をもった。中学時代には元TBSの秋山豊寛さんが日本人で初めて宇宙へ。「テレビにかじりついて番組を見ていた」。そして高校時代、毛利衛さんがスペースシャトルで宇宙飛行。帰国報告会に参加し、「本当に宇宙に行った人が語る言葉や重み、きらきらしたものに惹かれて宇宙飛行士になりたいと思った」。
諏訪さんは2009年の宇宙飛行士候補者選抜にも応募した。結果は一次試験で不合格。「小さい頃からの夢だったのでひとつのけじめになるのかと思ったら、若干、不完全燃焼感が残った。次回があったら応募したいと思っていた。」
どんな準備をして今回の選抜に備えたのか、ぜひじっくり聞いてみたいが、会見で伝わったのは2点。1つは体を鍛えること(マラソンが趣味)、そして日々の仕事を一生懸命すること(チームで仕事をすることが試験の準備にもなった)。強みを問われ、「目標を立てて淡々と努力するのが得意」「長期間にわたって、諦めない粘り強さ」と自己分析する諏訪さん、見事に長年の夢を叶えた。
21世紀のかぐや姫—米田さん
一方、史上最年少タイで選ばれた米田あゆさん。テレビ番組で病院の上司が「宇宙飛行士になるのがもったいない」と語るほど優秀な医師のようだ。記者会見では丁寧で柔らかい語り口ながら、頼もしさを感じた。
宇宙への興味は小学校の時にお父さんからもらった、向井千秋さんの伝記漫画がきっかけだった。「向井さんが宇宙から地球を眺めて感動している姿に感銘を受けた」。スポーツ万能でもある。中学時代はテニス部、大学時代はテニスに加えてヨットに励み、ゴルフや乗馬も楽しむ。宇宙飛行士候補者選抜が始まってからは、トライアスロンに挑戦。医師の仕事はハードワークに違いないのに、どれだけ気力・体力があるのだろう。
米田さんの魅力は芯の強さと、優しさ。自身の強みは「人の輪があったときに、誰かいやな思いをする人がいないように、その場を和ませられるような存在でいたい。チームの和を大事にできる点」をあげた。どんな宇宙飛行士になりたいかという問いには「気さくに、友達感覚で思ってもらえるような身近な宇宙飛行士になりたい」と語る。
今回の募集がスタートしたのはちょうど月食の日だった。「患者さんから『先生、今日は月食だよ』といわれて帰り道に月食を見た。子供も大人もご高齢の方も一緒に月を見ていた。みんなが見つめるその先にある月、憧れであるとともに思いを寄せる場所。そこに行けるチャンスがあるなら応募したいと思った」。老若男女がともに月食を見上げている光景に、私も感動した経験があるだけに、この発言には共感した。
「月食の日に月から地球はどう見えるのか。それを見た人はまだいないんじゃないか。優しく光っているのか、その経験を伝えていきたい」。そして「月に行く道のりは簡単ではないが、可能なら私が月に行きたい」と明言。一般の人の視点を忘れない米田さんは、きっと宇宙を、月を、もっと身近にしてくれるに違いない。現代のかぐや姫のように思えた。
文系の応募は2割。ファイナリストでは一人
今回の宇宙飛行士候補者募集では、「学歴不問」をうたい、大学で自然科学系を学んだことという条件を撤廃。文系出身、また大学卒でなくてもOKとした。だが、蓋をあけてみれば2人とも東大卒のスーパーエリートだ。
JAXAによると「応募者の約2割は自然科学系出身でない人」。最終選抜に残ったファイナリスト10人の中にも、文系出身が一人いたという。職業では自然科学系が4名、それ以外が6名。具体的な職業ではエンジニア、パイロット、営業やコンサルティングなど多様性のある人たちだったそう。「誰が(宇宙飛行士候補者に)なってもおかしくなかった。医学的特性、操作能力、プレゼン能力など総合的な判断でこの2人になった」。ちなみに、ファイナリストで大学卒でない人はいなかったそうだ。
史上最年長の46歳という年齢で選抜したことについては「年齢自体が評価ポイントではない。医学的に健康であるか、しっかり評価した結果として諏訪さんは健康だった」(JAXA佐々木宏理事)。選ばれてから宇宙飛行まで10年近くかかる宇宙飛行士もいるが、「(60歳の定年についても)今後の状況を見ながら考えていきたい」と柔軟に対応していく考え方を示した。
活躍の舞台は?
今回選ばれた2人は、果たして月面を歩くことができるのか。JAXA佐々木理事によると、日本人の今後の宇宙飛行について決まっているのは、主に3か所。1つはISS。2030年までの運用延長が決まっていて、2024~2030年までに日本人宇宙飛行士5~6人の搭乗が見込まれる。
2つ目が月周回有人拠点ゲートウェイ。日本人を一人送り込むことを国際的に約束している。そして3つ目が月面着陸。政府は2020年代後半までに日本人を一人月面に送る方針を掲げている。これらの飛行機会は現役の6人の宇宙飛行士と、今回選ばれた2人の宇宙飛行士候補者、合計8人から平等に選考するとのこと。
今後の選抜—「柔軟な対応力」が鍵?
そして気になるのが、今後の選抜。「今回は13年ぶりで(前回から)間隔が開きすぎている。5年おきにぜひ募集をかけていきたい」とJAXA山川理事長。どんな方に宇宙飛行士になってほしいかについては「色々な人と仲間としてやっていくこと。様々な状況に柔軟に対応していくこと。同時に(一般の人にとって)身近な、フレンドリーな存在になってほしい」をあげた。
ぜひJAXAに力を入れて取り組んでほしいのが、今回の選抜で惜しくも涙をのんだ人たちへのフィードバックだ。宇宙飛行士募集時にJAXA担当者は、選ばれなかった方へのフィードバックを行う方向で検討すると語ったと記憶している。JAXAによると「ファイナリストの8人については、それぞれの個性をどのようにとらえ評価しているか、ポジティブな点は伝えるが、ネガティブな理由の開示の予定はない」そう。改善点も伝えた方が、双方にとってより効果的ではないかと思うのだが。
ちなみに、今回の選抜試験でも閉鎖環境適応設備を使った約1週間の閉鎖試験も行った。新しい試験としてはプレゼンテーション試験。「ぱっと絵を見てプレゼンする試験」(諏訪さん)、月面を模擬した宇宙探査フィールドを歩き、英語で感想をのべるプレゼン試験もあったとか。
宇宙タレント黒田有彩さん「整えるのはベース」
記者会見場には宇宙タレントの黒田有彩さんが参加していた。彼女も今回の選抜にチャレンジした一人。会見の感想を聞いた。「お2人とも経歴モンスター(笑)。でもそれだけじゃない濃密な人生を歩まれている。かっこよかった」。 黒田さんは今回、書類選抜、第0次試験の英語試験までパスしたが、第0次試験の後半(一般教養試験、STEM、小論文、適性検査)で涙をのんだ。
次も受けますか?と聞くと「(不合格の通知が来た直後は、次は)どうかなと思っていましたが、諏訪さんが最高齢でも自分を信じて受けていらしたのを見て、チャレンジしたくなってきました」と!
どんな対策をしますか?「やらないといけないことがありすぎます。まずは英語の試験でびくびくしない自分にならないとスタートラインに立てなさそう。整えるのはベース。体も心も」
黒田さんはともに宇宙飛行士選抜に臨んだ仲間と、『ドM合宿』と称した過酷な沢登りなどに挑戦している。「仲間のバイタリティや日常を楽しむ様子はすごく刺激になっている、一人では経験も知識も得られない。仲間を作ることで挑戦できる。」
ともに刺激し合える仲間に出会えることも、宇宙飛行士選抜の魅力かもしれない。年齢を問わず選ばれることがわかった今回の選抜試験。次回はさらに多様性の幅が広がるかもしれない。あなたは挑戦しますか?
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