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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

手に取る宇宙
—若田飛行士が宇宙で使った生活用品を地上でも

2023年1月20日(米国時間)、7時間21分の船外活動を終えた若田光一宇宙飛行士。「地球、夜の星々、そしてISS自体が広い宇宙の中で輝いていた」と語った。(提供:NASA)

若田光一宇宙飛行士が5度目の宇宙滞在から地球に帰還。4月5日に行われた記者会見では「5回の宇宙飛行の中でもっともトラブルが多かったミッションだった」とふり返った。

具体的には「ソユーズ宇宙船の冷却剤漏れがあり、船外活動中には新型太陽電池パネル用の架台で取り付けられない構造が出てきた。ツールが壊れたり準備した手法が通用しなかったりなどのトラブルもあったが、リアルタイムで地上とクルーがアイデアを出し合って解決できた。有人宇宙活動の強みを実感した」という。

過酷な宇宙環境でトラブルシュートに挑む若田飛行士。そんな若田さんの約5か月間の宇宙生活を今回、新たに搭載された9つの宇宙生活用品が支えた。JAXAが宇宙と地上共通の生活課題を解決するアイデアを2020年に募集。集まった94件から選ばれたものだ。

例えば、若田さんが宇宙到着後間もない頃に使った3D Space Shampoo Sheet(3Dシャンプーシート)。「凹凸の形状でマッサージしながら頭を洗えるので、お風呂やシャワーのない国際宇宙ステーション(ISS)でも、水を使う必要なく根元からすっきり洗える。香りも爽快です」と若田さんはコメントしている。

3D Space Shampoo Sheet。ISS「きぼう」日本実験棟で撮影。(提供:JAXA/NASA)

これら宇宙の生活用品を、実際に手に取ってみることができる。場所は東京・有楽町の体験型ストア「b8ta Tokyo」。「いちばん身近な宇宙」をテーマに、JAXAと花王など7社が宇宙に行った商品やこれから飛び立つ宇宙生活用品などを4月30日まで展示している。記者内覧会から、注目の商品を紹介しよう。

「宇宙きぶん」シャンプーシートは頭皮のマッサージ効果が◎

3Dシャンプーシートについて説明する、花王ライフケア事業部門へルス&ウェルネス事業部長・寺田英治氏。

3Dシャンプーシート開発の背景や、工夫した点について花王の寺田英治氏から説明があった。新規事業創出のポイントは「一人の人にすごく大きな『ありがとう』を言ってもらえるサービス(N=1起点のサービス)」だという。寺田氏は約20年間ヘアケアの商品の開発をしてきた。できるだけ多くの人に「いいね!」といってもらえる物作りを手がけてきた一方で、マイノリティの方の声をなかなか反映できないことに、ジレンマも感じてきたそうだ。マスニーズに合致しないことから、開発しても社内に眠っている商品も多かった。

N=1起点の商品を実現しようとする際、課題は事業性だった。それをクリアするために、楽天と共創し数量・期間を限定したテスト販売を実施。その結果で事業化するかどうかを判断することに。第1弾のおへそのごまを綺麗にするへそごまパックが大反響を得て、商品化に向けて推進中だ。第2弾として宇宙飛行士(N=1)の洗髪課題に向き合い開発。商品化したのが「宇宙きぶん スペースシャンプーシート」だ。パッケージを新しくしたが、中身は若田飛行士が宇宙で使った3Dシャンプーシートとまったく同じ。

ISSで使う生活用品にはアルコールが使えない。様々な制約の中、快適で便利な機能を実現した。(提供:花王)

寺田氏によると、地球上で1回の洗髪で使う水は女性で平均24リットル。男性は平均11リットル。一方、ISSで宇宙飛行士が1日に使える水の量は食事などを含めて3リットル。洗髪に水はほぼ使えない。実際にはごく少量の水で頭皮を濡らしシャンプー液をつけタオルで拭き取っているのが現状だ。

実際にこのシャンプーシートを使ってみると、突起のマッサージ効果が実に気持ちいい。タオルで拭き取る必要もなく、仕事中にも時々使いたくなるぐらいだ!この突起のアイデアはどこから出てきたのか。寺田氏に聞いた。

「シート型の商品はこれまでも(花王で)出しています。体の中で一番皮脂が出るところは頭皮です。本当は頭皮を洗いたいのに、頭には10万本の毛が生えている。その髪の毛が邪魔で、普通のシートでこすろうと思っても根元に届かないんです。そこで突起が大事だとなったわけです」

従来のボディーシートと異なり、突起をもったシートに方向を定めた。だがその先が大変だった。「最初に作ったプロトタイプは、乾いたシートと洗浄液を別にしていました。突起が洗浄液で濡れると柔らかくなって、頭皮をこすりたいのに潰れてしまう。一方、突起を堅くすると液を吸わなくなるからです。でも宇宙飛行士の方にお話を聞くと、無重力状態で複雑な作業をすることがとても難しいと。一体化したものを作らないと、宇宙飛行士のサポートにならないことがわかりました」。

突起の堅さを保ちつつ、洗浄液を含ませたシートができないか—。試行錯誤の上、素材の異なる三層をプレスして1枚の不織布シートに。堅さを保ちながら液もしっかり吸うシャンプーシートを実現。花王ならではの技術が詰まった製品が誕生した。

宇宙に行く前に若田さんに使ってもらい、若田さん好みの香りに。シートで頭皮をふくと、髪の毛がさらさらになるように感じた。この点については「汚れがあると皮脂がべたべたするが、その皮脂をシートで取り除くことによってさらさらになる」とのこと。洗髪の鍵は頭皮を綺麗にすることだったんですね。すすぎもタオルドライもいらずに簡単。地上でも入院中や介護に、アウトドアなど水が使えない様々なシチュエーションで活躍しそうだ。

b8ta Tokyo有楽町店では様々な宇宙関連商品が展示されている。JAXA新事業促進部・中島由美さんは宇宙と暮らしヘルスケア分野をかけあわせた事業創出を手がける。

「宇宙きぶん スペースシャンプーシート」は4月3日から楽天市場で数量限定販売開始後、大反響で即完売。花王によると「今後お客様の声や楽天市場で購入頂いた方のデータを収集・分析のうえ、本発売を検討する」そうだ。

エベレストを制した肌着が宇宙へ

次の注目は、今年度中に宇宙に行く予定の「肌着」。特長は「不快な汗を吸い上げる」素材だ。宇宙飛行士は筋力や骨量を維持するため、ISSで毎日約2時間半トレーニングを行う。「無重力状態ではかいた汗が表面張力で垂れ落ちずに肌にとどまり、不快だと聞いた。ならば『エベレストを制した肌着』の技術をもとに解決できるのでは」と考えたと、健繊の古川順一氏は語る。

同社は1993年、群馬県山岳連盟が世界で初めてエベレストの最難関ルートである南西壁を冬期に登頂したときに着用した肌着を開発した。「エベレストを制した肌着を、大気圏をぶち破ってより高い宇宙へ到達させたい」と、JAXAの生活用品アイデア募集に応募。1回目は不採用。2回目のエントリーで採用されたのが、「HIDAMARI SPACE DRY-WEAR(ひだまりスペースドライウェア)」だ。

表側と裏側が異なる素材になっていて、肌側でかいた汗を外側に吸い上げ放出させる。その鍵は肌側に透湿性の高いポリ塩化ビニル繊維「ダンロン」を使っていること。実際にさわってみると表側と外側の素材が異なることがわからないほど、柔らかい。

内覧会では、健繊営業部シニアスーパーバイザーの古川順一氏が「ひだまりスペースドライウェア」の素材を水に浸し実演を行った。素材の外側は濡れても肌側には水が残らないことに驚いた。店舗で実演してくれる。
「HIDAMARI SPACE DRY-WEAR」は展示され、購入することもできる。

宇宙技術から生まれた「快適すぎる服」

宇宙技術満載の「MOON-TECH® 4D」Tシャツを説明するディプロモード第一事業部部長の西田誠氏。クラウドファンディングサイト「Makuake」で先行発売中。

汗という点では、こちらのTシャツも注目だ。東レグループのプロジェクト「MOONRAKERS(ムーンレイカーズ)」の「MOON-TECH® 4D(ムーンテック4D)」Tシャツ。JAXAと東レが共同開発した宇宙技術など先端技術がてんこもりだ。

汗について「日本人の20人に一人は多汗症だと言われている」(ディプロモード西田誠氏)という。汗の不快要素はべたつき、汗じみ、匂い。このTシャツは汗をかいても肌側から表側に瞬時に水分を移動、肌側は常にさらさらな状態になっているという。匂いについてはJAXAと東レがISS宇宙飛行士船内服用に開発した消臭機能が、汗染みについては光を乱反射させる繊維を使うことで目立たないそう(店舗で実際に霧吹きで水をかけて実験できる)。

JAXAとのコラボレーションで生まれた素材に加えて、宇宙飛行士の船内活動服に採用された縫製技術・4D動体パターンを採用。その結果、ストレスフリーな着心地が体感できるらしい。まるで「宇宙を着て歩いているような」Tシャツだ。気になるあなたは実物をチェックしてみよう。

社会に実装するまでを1つの流れに

JAXA中島由美さんは、今後実現する商業宇宙ステーションで日本製の宇宙生活用品を使ってもらえるようにしていきたいと語る。

JAXA新事業促進部の中島由美さんは宇宙×暮らしヘルスケアプロジェクトの最終ゴールについて、次のように話す。「宇宙旅行が盛んになった時代、さらに月火星探査時代に向けて長期間宇宙に暮らすようになれば、衣食住という分野がマーケットとして大きくなるのではないか。メイドインジャパンの製品やサービスが宇宙の暮らしを支え、暮らし・ヘルスケア分野の市場を日本がリードしている状況を作りたい」

若田飛行士も「日本の生活用品はこれまで使ってきたアメリカやロシアのモノと比べても快適性が向上されている。日本の技術は生活用品の分野でもまだまだ適用が可能では」と会見で話している。

このプロジェクトが共感できるのは、宇宙と地上間の双方向のサイクルを回していること。地上で使っている商品を宇宙で活用する、そして宇宙で使った商品を地上でも使い、共通の課題解決に役立てる。中島さんは、「今回若田さんが宇宙にもっていった生活用品9品のうち、4製品は地上で販売されています。あと5製品あるわけで、できる限り地上で販売して(宇宙の技術が)地上の暮らしに寄与できるようにしたい」と意気込む。

そのためにどうしたらいいか。「(宇宙生活用品の)アイデアを応募する段階では企業の研究開発部門の方が携わることが多いが、その段階からマーケティング部や事業部の方に入ってもらって、原価計算や生産体制、宇宙に行ったと同時に販売するなどの販売戦略にまでつなげられたら」。(中島さん)

b8ta有楽町店での展示は4月30日まで。(提供:b8ta Japan)

宇宙での実証機会が限られることを考えると、宇宙に製品を飛ばすだけでなく、地上で販売して利益を得るまでのサイクルをしっかり回して実績を作ることが、これまで宇宙に関わっていない企業にも関わってもらうためにも重要なポイントだろう。

宇宙というとロケットや人工衛星などをイメージする方は多いだろう。肌着やシャンプーシートなど「手に取れる宇宙」にふれてみれば、案外、宇宙が身近になり、生活に役立つことに気づくのではないだろうか。

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