おもちゃの技術満載、
世界最小の月面ロボ「SORA-Q」がすごい!
ispaceによる世界初の民間月着陸は、あと一歩のところで達成できなかった。だが深宇宙を実際に旅し、月着陸直前までの貴重なデータを得た民間企業は同社だけ。この貴重な経験がきっと次の成功を導くだろうし、彼らの挑戦は後続する日本や世界の月探査ミッションへの強力なエールとなったはずだ。
今回紹介したいのは、ispaceの着陸船にも搭載されていた変形型小型ロボット。野球ボールとほぼ同じ直径8cmの球形。重さは約250g。JAXAとタカラトミーなど4者が共同開発した世界最小の月面ロボで、愛称は「SORA-Q」。手のひらにすっぽり収まり「こんなに小さいものが月面を走るの?」と驚くほど。ところが月面に放出され着陸すると、球がぱかっと割れて両側に広がり、外殻を車輪とする「走行モード」に変形する(このあたりにタカラトミーの技術が生かされている)。走行モードは「バタフライ走行」と「クロール走行」の2通り。月面の15度以上の坂を登ることは、月面を模擬したJAXA月探査フィールドで実証済みだ(実際は約30度の坂もOKだそう)。
SORA-Qは今年、2つのミッションで月に運ばれる。一つ目がispaceの月着陸船による月着陸。これはJAXAによって「LAMP」ミッションと名付けられた。そして二つ目が今年8月以降に打ち上げられる予定のJAXAの小型月着陸実証機SLIM。SLIMが月着陸する直前に2つのロボット(LEV-1,LEV-2)が分離されるが、そのうちのLEV-2がSORA-Qにあたる。2つのSORA-Qは基本的には同じだが、目的や性能が少し異なる。
JAXAとの共同開発とは言え、おもちゃ会社が月面ロボットを作ることができるの?と疑問に思うかもしれない。JAXA平野大地氏は月面ロボット開発でタカラトミーが貢献した点について「重要だったのは小型化軽量化」と語る。「軽量化できれば打ち上げのコストが下がる。おもちゃ作りで培ってきた技術を使い、非常に小さくコンパクトに作って頂けた」。だが小さくすればいいかというと、そうではない。「小さくすると、走行性能が落ちてしまうという課題があった。その点はトランスフォーマー(変形ロボット玩具)などの技術を応用し、変形・展開して動くことで走行性能を上げて頂いた」と語る。小さくすることと走行性能を上げることの両立に、おもちゃの技術が貢献したというわけだ。
また、平野氏はエンジニアとして興味深かった点として、SORA-Qの部品点数の少なさをあげた。「おもちゃも宇宙も信頼性が必要。故障したら困るので可能な限り部品点数は抑えたい。点数を抑えると、どうしても一つ一つのパーツの形状が複雑になり、簡単に作れない。タカラトミーさんのおもちゃ開発の経験をいかして設計して頂いた。例えば車輪は半円で中がくりぬかれた複雑な形状に出来上がっていて、すごいなと思いました」と絶賛する。
どんなロボットか手に触ってみたくなりますよね?実は月面ミッションを目前に控えた4月13日、タカラトミーはSORA-Qの実物大モデル(フラッグシップモデル)発売を発表。月を走るSORA-Qと同じ大きさ、同じ変形、同じ動きで月面探査を家庭で疑似体験できるスグレモノだ。その発表会で、SORA-Q開発の経緯や特徴をタカラトミー赤木謙介氏に直撃した。
JAXAウェブサイトで「昆虫型ロボット」に感じたときめき
なぜ、タカラトミーが月面ロボを開発することになったのか。その経緯を同社の赤木さんはこう語る。「2015年、JAXA宇宙探査イノベーションハブのウェブサイトで民間企業に対して募集テーマがいくつかある中で、『昆虫型のロボットを作れる企業を募集します』というテーマがありました。我々は昆虫型のロボットをいっぱい作っている自信があって、すごくときめいたいんです。『もしかしたら、自分たちのノウハウを活かせるんじゃないか』と手を上げたのがきっかけです」。
2016年からJAXAとタカラトミーが共同研究を開始、後にソニーグループと同志社大学が参加し、四者で変形型月面ロボットの開発が進められた。
そもそもタカラトミーは、宇宙に参画したいと狙っていたのだろうか?
「なかったです。開発チームが色々なトレンドを探している中で、JAXAさんが発信する『昆虫型ロボット』という言葉にすごく宇宙を近く感じた。ミッション概要を見ていくと、月面で活躍するために小さくしたい。でも月面で動かしたい。小さくして動かすなら、トランスフォーマーの変形技術を入れればなんとかなるかもねと。ロボットの企画を考え始めたのがきっかけです」。
やってみて大変だったことは?
「予想外に大変だったのは坂を上がらないといけなかったこと。角度が5度あるだけで、全然登れなくなる。おまけに下が砂のように柔らかいと、よりパワーが必要になる。最初は5度登るのがやっと。パワーを出すためにサイズを大きくしても、10度の坂を登れるかどうかだった。だが大きくなると重くなる。そこで最初はタイヤ型だったロボットの形をボール型に変えたんです」。
「タイヤ型だと横向きに落ちると起き上がれなくなるが、ボール型ならどの向きに落ちてもスタビライザーの役割をする尻尾でひっくり返せば、カメラを上に向けられる。ボール型にした上でどんどん肉抜きをして(穴をあけて)軽くしました。穴を開けたことによって、軽くすると同時に月の砂を漕いだ時に砂が下に落ちるようになる。1つのアクションが2つぐらいの機能の解決に繋がっているんです」
だから「パーツ数を多くせずにあのサイズでできた。アイデアの勝利だと思います」赤木さんは、そう言って胸を張る。わずか直径8cmの小さなロボットに知恵と技術がぎゅうぎゅうに詰め込まれているのだ。
動物の動きから生まれた「クロール走行」
おもちゃの技術は、小型軽量化や変形に活用された。そして動き方にもおもちゃの知見が活かされている。SORA-Qの走行モードは2つ。バタフライ走行とクロール走行。バタフライ走行では左右の車輪を同時に動かして、若干お腹が上に上がるように進む。目の前の砂がこぶになっているようなときに乗り越えることができる。
そしてユニークなのがクロール走行。回転軸を真ん中よりちょっとずらした偏心軸を用いることで、クロールで泳ぐように左右の車輪が交互に動く。「横に揺れながら動くことで、目の前の砂をよけて進むことができるんです」(赤木氏)。このクロール走行で使われた偏心軸はゾイドなどのおもちゃで使われている。その大元になったのは「ライオンとか動物の歩き方」だという。偏心軸にすると動物の動きがリアルに見える。おもちゃの世界で当たり前に使っていた動き方が、月面で砂を乗り越える課題解決に繋がったとは!
その他にも、おもちゃは子供向けに安心・安全で壊れにくいことが必須である点、より少ないパーツでコストを下げる点などがJAXAが掲げる宇宙開発の目標と合致した。
世界最小ロボが月着陸船の姿を撮影—ミッションの注目点
SORA-Qはどんな活躍ができるのだろう。LAMPミッションでは、SORA-Qが月面を走ることで、将来の有人与圧ローバーの開発に必要な月面データを取得することを目的としていた。
一方、小型月着陸実証機SLIMに搭載されるSORA-Q(LEV-2)はどうか。着陸したSLIMは自撮りができない。そこでSLIMから分離される2台の月面ロボの出番となる。SORA-Qは月へのピンポイント着陸を目指すSLIM探査機やその周辺状況を、カメラで撮影。撮影した多数の写真からAIによって一番いい写真を選び、LEV-1経由で地上に送信する。精度100mのピンポイント着陸が実現できれば世界初。5本足であえて倒れ込むように着陸するSLIMの姿が、SORA-Qによって捉えられることを期待したい。
また、自律制御機能を搭載しているのもSLIM搭載のSORA-Qの特長だ。走行しながら車輪のログデータを把握し、位置が全然変わってないときには何かに引っかかっていると判断、バタフライ走行とクロール走行を自分で切り替える。様々な状況を想定して「この状況になったらこうする」と動きをあらかじめプログラミングしておき、自動で動くことができれば「月面の探査活動で活躍できる」と赤木氏。自分で考えて動く、賢いSORA-Qに注目だ。
野口聡一宇宙飛行士「小さくまとめ上げるのは日本の強み」
発表会には、野口聡一宇宙飛行士も参加し、SORA-Qを操縦。「ISS(国際宇宙ステーション)にある宇宙製品のように、宇宙飛行士が手を切らないように面取りさている。操作してから少し時間が経って動く感じとか、宇宙のロボットアームを操縦する感覚に近い」とコメント。
世界最小の月面ロボを実現した物作りについては「小さく作ることは日本の物作りの強み。ISSでもイントボール(きぼう船内ドローン)という球形のロボットがあるが、『日本はこういう面白い物を作るよね』という感想が出る。同じ物をアメリカが作ると大きくて無骨なサイコロみたいな感じになってしまうが、コンパクトにまとめ上げるのは日本のエンジニアの力」と語る。
私もさっそく発売用のSORA-Qフラッグシップモデルを操作させてもらった。スマホで簡単に前後左右に動かせて、AIモードにすれば月面を走るSORA-Qを操作する気分を味わえるし、リアルモードにも切り替え可能。野口さんによると「目の前のロボットを動かすのと、38万km離れた月面ロボットを動かすのは原理的に同じ」という。隣の部屋にSORA-Qモデルをおいて動かせば、月面パイロット気分を味わえるかもしれない。
月面ロボを操作しつつ、今後の月探査にぜひご注目を。
- ※
本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。