無重力クロールで解放感!パラアスリート富田宇宙が再び宇宙を目指す理由
東京パラリンピック競泳で3つのメダルをとった富田宇宙選手は、「宇宙」という名前に導かれるように、子供の頃から宇宙に興味をもち宇宙飛行士を目指していた。だが、高校2年の時に目の病気が発覚。失明に至る課程で宇宙への夢を失っていた。だが今、再び宇宙を目指す。2022年3月には無重力飛行も実施。水着姿で泳ぐ姿をYouTubeで公開した。なぜ今また宇宙を目指すのか?富田選手にじっくり聞くと、可能性に満ちた世界が見えてきた。
- —なぜ再び宇宙を目指すことにしたのですか?
-
富田宇宙選手(以下、富田):
2021年に僕と同じ熊本県出身で全盲のヨット選手、岩本光弘さんと対談しました。ぼくが「宇宙に行きたかったけど、方向転換して今はパラアスリートとして頑張っている」と話したら、「なんで宇宙に行かないの?」とストレートに言われたんです。
確かに目の見えない岩本さんが何か月もかけて命がけで太平洋を横断したのに比べたら、宇宙旅行は椅子に座っていれば着くのだから、よっぽど簡単ではないか。できない理由が見当らない。ちょうどその年は、足に装具をつけた方や高齢の方が宇宙に行き、「宇宙旅行元年」と言われた年。もう一度、宇宙を目指す価値が十分にあるなと改めて思ったんです。
- —なるほど、それで2022年3月に日本で無重力飛行をなさったんですか?
-
富田:
民間宇宙旅行以上に、僕が多様性のある人の宇宙進出にとって大事だと思ったのは、アメリカで行われた無重力飛行です。視覚に障害のある方や車椅子ユーザーの方が無重力を体験することで、(宇宙に行く際に)何が簡単で何が難しいのか洗い出す。インクルーシブデザインを目的とした飛行です。僕が一番、(宇宙開発に)貢献できることってこれかなと。
- —貢献とは障害がある方が宇宙に行く際、どういう課題があるかを見つけることですか?
-
富田:
障害がある方に限らず、健常の方も含めて、宇宙って遠いところだと思っている。JAXAの宇宙飛行士候補者選抜でも優秀なお二人が選ばれて、そういう人だけが宇宙に行けるという固定概念が日本は非常に強い。そういう誤解を解いていきたいという気持ちもあります。
無重力フライトはバリアだらけ—だからこそ面白い!
- —実際に無重力フライトをやってみていかがでしたか?
-
富田:
やる以前に困難があって、実はフライトを実施する会社から参加に難色を示されたんです。目の見えない人は危ないという理由で。
- —そうですか…どうされましたか?
-
富田:
僕がパラアスリートであるとか、普段から目隠しをして真っ暗の中を泳ぐような競技で無重力状態みたいなものだから、訓練は十分できていますとか。ロジックとしては意味不明ですが(笑)、僕の思いをお伝えしてアテンドの方のバックアップもあり、「それなら」ということで許可を得ました。
- —やってみた感想は?
-
富田:
宇宙空間では歩けない方が自由に動けるようになるし、地上で車椅子を使っている人も車椅子が不要になる、バリアフリーの空間だと僕はずっと主張していました。でもやってみて感じたのは「かっこ、視覚障害者を含まず、かっことじ」でした(笑)
- —どんな点が?
-
富田:
まず想定として、天井や床にふれれば(その材質などで)上下など色々なことがわかると思っていました。実際にやってみると、ふれた時点で体ごと跳ね返るからべたっと触ること自体できない。ピンボールみたいにバンバンと跳ね返る。無重力状態になった瞬間に、上下の感覚が一切失われて360度自分がどうなっているかわからず、ただ時々どこかに当たる状態が続く。これは「バリアだらけだ」と思った。
- —バリアフリーじゃなくてバリアだらけ(笑)
-
富田:
視覚障害者にとって、ですよ。でも僕はそこに面白さを感じた。目が見える人以上に楽しめると。見える人たちは無重力状態になっても、こっちが上下って言うのがわかるし、そういう風に行動します。でも僕にとっては飛行機がどんな姿勢だろうが、感覚としては差がない。
- —上か下かがわからない。
-
富田:
その意味では見えている人よりも、無重力感を実感できていると思いました。
- —方向がわからなくなったときは、怖さを感じましたか?
-
富田:
どちらかと言えば解放感。ここ数年ないぐらい、エキサイトしました。
- —やっぱり!私も経験しましたが内臓が浮き上がる感じがしました。
-
富田:
そうそう。水泳をやっているのでぷかぷか浮く感じを想像していたんですが、重力がなくなるというのは、単純に体が浮かぶだけではなくて、内臓とか血液とか体の中身が浮き上がるんだと。「体が重力から解き放たれる」感覚を想定していなかった。地上で体がどれだけ下に引っ張られていたのかを実感しました。
- —内臓が浮く感じは水中では得られない感覚ですか?
-
富田:
ないですね。水中では浮力と重力が釣り合っているだけで、重力は体にかかっています。水中でも体が上下を感じている。無重力になったとき「あ、こりゃ全然違う」と思いました。
- —無重力状態でクロールをする映像を拝見しました。
-
富田:
ぐるぐる回ってるでしょ?僕はただ何も考えずにクロールの動作をしていただけですが、結果的にゆっくりスクリュー回転をしてたらしいです。
- —自分では回転しているとわからなかったんですか?
-
富田:
わからなかったです。動作の中で左右差があったり、力のかかり方の違いで回っていくし、最初に回転モーメントがちょっとでもあると、途中で止まるきっかけがない。
- —さすが綺麗な泳ぎだなと思いましたが・・
-
富田:
あの動画はどちらかというと、宇宙で泳いでも意味がないという動画なんです(笑)。結局、宇宙では「けのび」で決まる。壁をける一瞬がすべてであって、腕を回そうが足をばたつかせようが無駄でしかない。「宇宙泳=けのび」大会をやりたいなと思っています。
視覚障害者が宇宙に行くには?
- —視覚に障害がある人が宇宙に行くために、「ここをこうしたら」という気づきは?
-
富田:
自分の位置関係を把握するような、デバイスを用意すればいいかなと思いました。宇宙船内のいくつかのポイントと自分のデバイスをむすびつけて、音や触覚で位置関係や向きを把握できれば過ごしやすい。例えば、天井から天井であることを発信する信号、床から床であることを発信する信号を出して、体に固定したスマホでその信号を認識するとか。
- —位置関係と向き。
-
富田:
宇宙船の構造に対して、自分がどういう向きでどういう位置でいるか。例えばトイレに行くときに向きがわからないと、トイレに頭から突っ込むことになる(笑)
- —それは一大事!宇宙のトイレはお尻の位置をきっちり合わせないと、悲惨なことになると聞いてますから。
-
富田:
それから、壁に触ったときにピタッと止まるようなものがあれば便利だとも思いました。見える人は壁が来たなと思って準備したり手すりにつかまったりできるけど、見えない人はいつまでも止まれないし危ない。だからマジックデープが壁についていて、片手だけでも壁にぶつかったときに、ぴたっと止まれるように。
- —なるほど。見える人だけが行っているとわからない気づきがたくさんありますね。以前、野口聡一飛行士が船外活動中、夜になって見える範囲が狭くなると、自分がISSのどこにいるのか、自分の体の向きもわからなくなると仰っていたのを思い出しました。
-
富田:
感覚としては近いと思います。僕もそうですが見えないで生活していると、使う感覚器が変わってくることがあります。例えば重力下で物を落としたとする。見える人は転がる物を目で追うが、僕は落とした瞬間に耳をすます。こんこんと音がして、あっちに転がっていったなと感じて拾えたりするんです。換気扇の音がどこから鳴っているか、機械のモスキート音がどこからしているか、床の段差がどこにあるかとか、触覚や聴覚で目印をつける。別の感覚による空間把握は工夫のしがいがあるんじゃないかと思います。
- —面白いですね~野口さんも手先で水平線を感じるなど「感覚のクロスオーバー」が起こると言われていましたね。
-
富田:
さすが表現がうまいですね。TED Talksで目の見えない人が運転する車の話があるんですが、自動運転の車に視覚障害者を乗せるのではなく、視覚障害者が能動的に周りの空間を把握して運転できる車を開発した話です。視覚以外の感覚を総動員して、外の空間を把握するためのデバイスを操作している。機械を使えば、感覚を拡張することも可能になります。
- —テクノロジーをうまく使えば可能性がどんどん広がりますね。
今後に向けて—金メダル3つで気球船の宇宙旅行へ
- —今後、どんなことにチャレンジしていきたいですか?
-
富田:
気球型の宇宙旅行は、身体的な条件がなく目の見えない人も参加できるようです。ほかの宇宙旅行は参加条件を見る限り、見えない人には許可が出ていない。気球の宇宙旅行は料金が約1600万円ですが、パラリンピックで金メダルをとると500万円がもらえます。3つとれば1500万円。あと100万円で宇宙旅行に行ける!どうにかパリで金メダルをとって、宇宙旅行に行けないかなと。今は密かにそれも目標にしています。ほかに地球上でできる訓練体験が色々あるので、1つずつ体験して発信していこうかなと思います。
- —ぜひ金メダルで宇宙へ!本職のコンサル業のほうは?
-
富田:
僕が所属している企業(EY)は大分県の宇宙港や内閣府の宇宙案件などに関わっています。僕自身も宇宙ビジネスのコンサルタントを目指して勉強中です。
- —ぜひ富田さんのような方に宇宙開発に関わって頂きたいです。富田さんは宇宙こそ障害者に開かれるべきだと言われていましたよね。
-
富田:
宇宙が僕らの居住範囲として発展していくことが考えられています。ただこれまでと同じように、マイノリティの人をおきざりにして後から対策を考えるのは非効率です。できるだけ早い段階からすべての人に開かれることを想定してデザインすることによって、宇宙開発が社会に大きなインパクトを与えるし、世の中をリードしていくアイコンになる。実は東京オリパラの時に宇宙開発について改めて思ったことがあって。
- —なんでしょう?
-
富田:
新型コロナウィルス感染が拡大した時期に、東京オリパラを開催すべきかどうか、すごく議論になった時期がありました。僕自身も応援されないならやる意味がないなとも思いました。一方、同じ時期に野口飛行士のミッションがあって、多様性のあるクルーでテーマが「レジリエンス(立ち直る力)」。こんな時期に宇宙に行くなんて、という人は見当らなかった。その意味でも宇宙は人類の夢であり、地球上で多様な人たちが共存していくために不可欠だと思ったんです。
- —地球上で何があっても宇宙では助け合わないと生きられない。目に見えて示せるのが宇宙。
-
富田:
あそこしかない。そんなところほかにある?といつも思います。
- —あらゆる人に宇宙が開かれることへの期待は?
-
富田:
宇宙を旅行先として考えた場合、視覚でも聴覚でもなく全身の感覚器で、血液や内臓で、体の奥から楽しむ場所。「最高のエンターテインメント」かもしれない。たとえ両手両足がなくても全身麻痺の人でも、「面白い!」と感じられるのが宇宙なんじゃないかな。
- —最高のエンターテインメント!
-
富田:
宇宙でのスポーツを考えていきたいですね。障害のある人もそうでない人も一緒にできるような。無重力空間のスポーツは、色々な人が一緒に楽しめる幅が広がって、面白いことができるのでは。一緒に考える人がいっぱい増えたら嬉しいし、最高じゃないかな。無重力オリンピックをやりたいですね。
- ※
本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。