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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

細かく&広域に。地球のわずかな変化を見逃さない。「だいち4号」は何がすごいのか

2024年3月11日、三菱電機鎌倉製作所で公開された先進レーダ衛星「だいち4号」。上部に白く見えるのが、電波を送受信する合成開口レーダ「PALSAR-3」。5枚におりたたまれている状態だが宇宙空間で開くと高さ3.6m×幅10mになる。

令和6年は最大震度7を記録した能登半島大地震で幕をあけた。近年、地震や水害など様々な災害が頻発している。発災後は迅速な被害状況の把握が必要だし、可能な限り異変の兆候を早期に発見したい。例えば火山噴火前に避難できれば、被害を格段に減らすことができる。実際、「だいち2号」は2015年6月に発生した神奈川県箱根山の噴火で、噴火前の地面の隆起をとらえ、避難活動に役立てられたという。

このだいち2号の後継機でさらに進化したのが、6月30日に打ち上げられる予定の先進レーダ衛星「だいち4号」だ。だいち2号も4号も、合成開口レーダ(SAR)と呼ばれる技術で地球を観測する衛星だ。具体的には衛星から電波を地表に送り、返ってきた電波を受信する。観測時に太陽光を必要としないため、夜間でも雨や曇りなどの悪天候時も観測可能だ。

「だいち4号」CG。図で衛星本体の左側に金色に開いているのが合成開口レーダ。衛星の右側には船舶からのAIS信号を受信する衛星AIS受信機SPAISE3。衛星は高さ6.4m×幅20m×奥行き10m。質量3トン。高度628kmの太陽同期準回帰軌道を飛行する。(提供:JAXA)

だいち4号の最大の売りは、地上の3mのものまで見分ける「高分解能」を持ちながら、観測幅200km(2号では50km)という「広いエリアを観測」できること。これは災害発生時など緊急時に威力を発揮する。具体例が令和6年元旦に起きた能登半島地震だ。

5月25日 先進レーダ衛星「だいち4号」記者説明会資料より。(提供:JAXA)

令和6年能登半島地震では16時10分の地震発生から約7時間後の23時10分、だいち2号が緊急観測を実施。深夜にも関わらず広範な状況をとらえることができた。だが、有川善久だいち4号プロジェクトマネージャは「能登半島は東西方向に50kmを超える。(半島の)付け根まで含めると幅100kmを観測しないと全領域を捉えられない。苦渋の決断で観測エリアを決めたが、奥能登の先端のデータが(当日深夜の観測では)とれていない。もし当時、だいち4号が稼働していたら広いエリアをもれなく観測できた」と語る。(だいち2号は1月8日までの4回の観測で全域の観測を実施している)。

1月1日の発災当日、「だいち2号」は上図で示す領域で観測が可能だった。だが1回の観測では、上のどれか1つの範囲(東西方向約50km)のみ観測可能だったため、どこを観測するかの判断が必要だったという。(提供:JAXA「宇宙からの災害状況把握~令和6年能登半島地震におけるJAXAの対応について」より(欄外リンク参照))
1月1日23時10分にだいち2号が観測したのは資料中右図のエリア。(出典:内閣府 第3回衛星リモートセンシングデータ利用タスクフォール大臣会合資料「衛星リモートセンシングデータ」実装加速への方向性についてより)

そしてもう一つの売りは、「観測頻度の高さ」。だいち2号は日本列島全域を年に約4回観測していたが、4号では年間約20回観測できる。最短で2週間前の状態と比較することができるため、異変を早期に発見することが可能だ。全国で111ある火山活動を継続的に監視し、冒頭で述べたように火山活動が活発化する前に異常を検知すること、地盤沈下や森林の中にあるロックフィルダムなど、土木・インフラの老朽化や異変を宇宙から見つけ出し、点検作業員が向かうなど作業の効率化を進めることなども期待されるという。

地盤沈下や地殻変動の計測は、SAR衛星の得意分野だ。異なる2回の観測から電波の波のずれを調べ、地表までの距離を測ることによって地表の変動をcmオーダーで計測することが可能。能登半島地震では海岸にそって最大4mもの大規模な隆起が発生していることがだいち2号のデータからわかった。現地調査結果と合致することが確認されている。

5月25日 先進レーダ衛星「だいち4号」記者説明会資料より。(提供:JAXA)

「だいち4号」4つのミッション

だいち4号のミッションは大きく4つ。①高精度な地殻・地盤変動の監視(火山、地震、地すべり、地盤沈下など)②災害状況把握(洪水、土砂災害、建物被害、台風など)③海洋状況の把握(船舶、会場風、海氷など)④地球規模課題(森林減少、氷河、農業など)への対応だ。

①については既に説明した。②では豪雨時にも観測できるのがSAR衛星の強み。例えば2020年7月の豪雨で熊本県球磨川が氾濫した際、だいち2号は深夜にも観測を行った。

5月25日 先進レーダ衛星「だいち4号」記者説明会資料より。(提供:JAXA)

海洋状況の把握(③)については、船舶から船や位置などの情報を知らせるAIS信号を受信する機器(SPAISE3)を搭載。現在の衛星搭載型のAIS受信機は、船が混雑していると、電波が混み合って受信できない状況があったという。だいち4号はこの課題を改善するSPAISE3を新規開発。船の安全な航行を宇宙からサポートする。

5月25日 先進レーダ衛星「だいち4号」記者説明会資料より。(提供:JAXA)

そして④地球規模課題への対応。「だいち」シリーズは、南米アマゾン熱帯雨林の違法伐採摘発で貢献した衛星として世界的に評価が高い。世界の森林分布の変化、森林に蓄積された炭素量(バイオマス)の推定にも貢献する。そして水田の作付け面積の把握。だいち2号の観測データとAI(人工知能)から推定した東南アジアの水稲作付地域マップを作成し、実証活動中とのこと。雨や雲量の多い東南アジアではレーダの観測が有効であり、農業統計改善や農業政策などへの貢献が期待されている。

大型衛星である理由、小型SAR衛星との違いは?

ところで最近、100~200kgの小型SAR衛星を日本を含む世界のスタートアップ等がどんどん打ち上げ、衛星コンステレーションを構築しつつある。だいち4号は3トンもの大型衛星だが、大型衛星ならではの特徴は何か。

電波には様々な種類がある。だいち4号が使うのは波長24cmのLバンド。他のSAR衛星が多く使うのはXバンド(波長3cm)やCバンド(波長6cm)。有川プロマネは「50センチ以下の分解能をもつ衛星も出てきているが、観測幅は数kmと狭く、局所的に細かい情報を得るには適している」とのこと。「だいち」シリーズが用いるLバンドは葉を通過して地表面まで届く(他のバンドでは葉や枝で反射されてしまう)ため、国土の3分の2が森林である日本の観測に適しているそうだ。

Lバンドは波長が大きく、波長に応じてアンテナはどうしても大きくなる。だいち4号は大きさ10m×20m×6.4m(太陽電池パネル等展開時)、質量3トンという大型衛星になった。

そして地球観測衛星と言えば可視光で観測する光学衛星もあり、視覚的にわかりやすく観測できる。「レーダ衛星のみ、光学衛星のみではなく役割分担がある。JAXA衛星だけではなく、民間のコンステレーション衛星もあるので、連携が必要と考えている」。有川プロマネが語る通り、様々な衛星がもつ得意分野をいかし連携していくことが必須だろう。

「世界初」の技術や新しい技術が満載

幅広い活用が期待されるだいち4号。開発・製造を担った三菱電機白坂道明氏によると、同社は日本初のLバンドSAR衛星であり1992年に打ち上げられた「ふよう1号」から合成開口レーダや衛星システムを開発してきたそう。

Lバンド合成開口レーダ「PALSAR-3」は白いアンテナ6つで一つのエレメントを構成。エレメントの数は合計約230個。それぞれは微弱な電波だが、同時に送信することで大電力・広域で観測できるようになるという。

だいち4号の最大の特徴はLバンドSARで世界初となる、デジタル・ビーム・フォーミング(DBF)技術を採用したこと。アンテナで計測した電波を高速デジタル処理することで、同時に4方向からの電波を受信することが可能になった(2号では1方向)。これらにより、観測幅を4倍に広げることができたのだ。

衛星が観測したデータを地上に届けなければ、私たちは利用できない。膨大な観測データは半導体メモリに記録してから地上に送信するが、4号機は1テラバイトの蓄積容量をもつ。そして重要なのが地上への送信。だいち4号では通信用に新たにKaバンドアンテナを搭載し、従来のXバンドアンテナの4.5倍にあたる3.6Gbpsの伝送レートを実現した。ただし直接送信時は、だいち4号から地上局のアンテナが見えているときしか通信ができない。その時間はだいち4号が地球を一周する100分のうちの、わずか約10分。

そこで今回は静止軌道にある光データ中継衛星とだいち4号の間で光衛星間通信を実施することで、通信時間を40分増やすことが可能になった。通信速度は1.8Gbps。これは欧州のデータ中継システムと並び、「世界最高速の光データ中継衛星システム」が実現することになるそうだ。

5月25日 先進レーダ衛星「だいち4号」記者説明会「光衛星間通信システム(LUCAS)について」資料より。(提供:JAXA)

だいち4号について白坂氏は「2016年から開発をスタートして8年。必ずしも順調でないこともあった。ここまで来たので万全の状態で臨んで必ず成功させたい」と語る。順調でなかった点を尋ねると「PALSAR-3(Lバンド合成開口レーダ)は新規に設計したものがたくさんあり、検証用のエンジニアリングモデルから思うように進まなかった。衛星の重さが(2号の)約2トンから3トンに増え、衛星を支える構造も設計し直しました。それもなかなかうまくいかないなど、とにかく色々あった」とのこと。

世界初のDBFを採用し、宇宙で衛星自身が計算する量がだいち2号に比べて4号は10~100倍に。「大変高度な計算をしている」と三菱電機の説明員は語る。計算のためにデジタル処理機器を多数搭載し、動かさないといけなかった。ハードもソフトもうまくいかないケースがあり、想定通り動くか「いじめるような試験」を繰り返して解決していったそうだ。

「だいち4号」を打ち上げるのはH3ロケット3号機

H3ロケット3号機用フェアリング組み立ての様子。2024年5月20日撮影。(提供:JAXA)

だいち4号はH3ロケット3号機により、6月30日12時6分42秒~12時19分34秒に打ち上げられる予定だ。打ち上げ計画書によると、だいち4号が切り離されるのは打ち上げから16分45秒後だ。

H3ロケットは今年2月、試験機2号機の打ち上げに成功。いよいよ実衛星を打ち上げることになる。H3プロジェクトマネージャには2024年4月1日から有田誠氏が着任した。

実は有田さんは、筆者が前職(日本宇宙少年団)からお世話になった方だ。H-IIロケットから5機種のロケット開発に携わり(H-IIロケット8号機が指令破壊された後、第一段エンジンを海底3000mから引き揚げた際に船に乗っていた稀有な経験をもつ)、6機種目のH3でついにプロマネに。

ロケットを語らせたら止まらない、生粋のロケット野郎であり、信頼できる人格者だ。約20年ぶりの新規開発であるH3ロケットは技術継承という目的もある。有田さんならその笑顔と快活さでチームワークをますます強固にし、打ち上げを成功させてくれるはずだ。

5月25日に種子島で行われた会見で有田プロマネは「プレッシャーがないと言えばうそになる。1号機では大事な衛星を落としてしまって悔しい想いをした、だいち4号は何としてでも軌道に届けたい。みんなの力を結集して成功させたい」と力強く語った。

打ち上げが成功し、だいち4号が軌道に届けられた後、様々な試験を経てデータが一般に届けられるのは約半年後。まずは打ち上げ成功を心から祈りたい。

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