DSPACEメニュー

読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

未曽有の災害に備えたい—「だいち4号」打ち上げ成功。H3ロケットは「完璧な成功」

2024年7月1日12時6分42秒、先進レーダ衛星「だいち4号」を搭載したH3ロケット3号機が種子島宇宙センターから閃光を放ち、青空を駆け上がる。約16分34秒後、「だいち4号」は正常に分離。打ち上げは成功だ!

2024年7月1日12時6分に打ち上げられたH3ロケット3号機。竹崎展望台から撮影。試験機2号機の時より雲が多かったせいか、音が大きく感じられた。
打ち上げから約1分経過すると、ロケットロード(噴射煙)の影が!

約3時間後に開かれた記者会見で、H3ロケット有田誠プロジェクトマネージャは「完璧な成功、100点満点」と笑顔。だが大役を果たした率直な感想を求められると「去年、試験機1号機の打ち上げに失敗し、大切な『だいち3号』を失った。その日に『だいち3号』の関係者の方々に大変申し訳ない気持ちを伝え、『必ず立て直します』と誓った。その約束を今日果たせて大変ほっとしている」と声をつまらせた。

JAXA H3ロケットプロジェクトチーム・プロジェクトマネージャ有田誠氏。プロジェクト立ち上げ当初からH3に関わり、2015年からサブマネージャ。打ち上げ隊のロケット主任、ロケット打ち上げまでの管制を司るLCC(発射管制棟)の取りまとめを担った「現場の人」。今年4月1日からプロマネになり「眠りの浅い日が続いた」が、この日は満面の笑顔。

「だいち4号」の有川善久プロジェクトマネージャは「種子島に(衛星が)到着してからの設備面、ロケットと衛星が一体となって行ったジョイント・オぺレーション(共同作業)、オンタイム打ち上げなど、H3ロケットはユーザーフレンドリー。衛星から見て素晴らしい打ち上げだった」とロケットを使う側であるユーザー(衛星)にとっての使いやすさを絶賛。

「ロケットからバトンを渡してもらって『だいち4号』は軌道に投入された。衛星の状態は非常に正常」と言い、チリのサンチャゴ局で12時59分(日本時間)に受信された太陽電池パドルの展開画像をさっそく、記者に披露した。

「だいち4号」の太陽電池パドルが正常に展開された画像を示す有川善久JAXA先進レーダ衛星プロジェクトマネージャ(左)と、同衛星の開発などを担った三菱電機鎌倉製作所の荒木慎介副所長。

太陽電池パドルによる発生電力は設計を上回る値だったという。「わが子の産声を聞いて安堵している。『だいち4号』は生まれたばかり。これから長い寿命を運用できるよう、まずは3日間のクリティカルフェーズをしっかり取り組みたい」と語った。その後、「だいち4号」は観測用アンテナ(合成開口レーダ)の展開、船舶からのAIS信号を受信するアンテナ(SPAISE3)の展開に続けて成功。もっとも厳しい3日間の運用を乗り切った。

これから「だいち4号」は初期機能確認などを経て、ユーザーにデータを提供するのは打ち上げから約半年後以降。「だいち4号」は2014年に打ち上げられた「だいち2号」の後継機として開発されたが、2号は運用予定(5年間)を超え10年経った今なお現役。「だいち4号」が打ち上げられたことで、世界で初めてLバンドSAR衛星2機が並行観測を行うことになる。

世界最先端を走る「だいち4号」

6月30日20時半ごろ大型ロケット組み立て場(VAB)を出て、約30分かけて第2射点まで移動したH3ロケット3号機。先端に「だいち4号」が搭載されている。満天の星がロケットの移動を静かに見守っていた。

「だいち4号」プロジェクトが始まったのは2017年。その後、新型コロナウイルス感染拡大、「だいち3号」の打ち上げ失敗など数々の困難があった。有川プロマネは「『だいち4号』と3号の執務室は隣。『前を向いて頑張ろう』と声をかけたのを覚えている」とふり返る。開発を担った三菱電機鎌倉製作所の荒木慎介副所長は「開発期間が長く、技術レベルも高いものを目指した。長い期間にわたり設計製造試験を行ったエンジニアや関係者の努力に敬意を払いたい。衛星はこれから設計の結果が証明されていく。前を向いていきたい」と決意を語った。

「だいち4号」の高い技術レベルとは、前回の記事で紹介した通り「高い分解能」と「広い観測幅」を実現した点。細かいところを見分ける能力「分解能」を追求すると、どうしても観測幅が狭くなる。ところが、「だいち4号」は分解能3m×観測幅200kmを両立させた。

特に広い観測幅を実現したのがDBF(デジタル・ビーム・フォーミング)技術。「だいち2号」では1方向(幅50km分)から来るビーム(電波)しか認識できなかったが、「だいち4号」では、様々な方向から来るビームをデジタル信号に変え高速演算することにより、4方向分(幅200km)のビームを処理できる。「高速演算する計算機は相当大きくなるが三菱電機の技術力もあり、小型化に成功、かつ高速演算がしっかりできる開発がなされた」とJAXA担当者は説明する。

大型SAR衛星ではDBF技術を搭載するのが世界のトレンドだ。例えばアメリカとインドが開発する「NICER」(分解能11m、観測幅240km)、2028年度以降の打ち上げを目指す欧州のROSE-L衛星もDBFを搭載予定。「だいち4号」が世界に先駆けてLバンドSAR衛星でDBF技術を実現することになる。観測頻度が高くなることなどが期待される。

種子島宇宙センターの宇宙科学技術館で。「だいち4号」の有川プロマネ(右)と、埼玉県から打ち上げを見にやってきた小学生ゆあん君親子。

「だいち4号」の有川プロマネは打ち上げが延期になった時間を利用して、種子島宇宙センター内の宇宙科学技術館に足を運び、来館者の質問に丁寧に答えていた。「『だいち3号』は残念でしたと涙ぐむ方など、熱心な方が多くありがたい」と衛星への期待を肌で感じていたようだ。最近も日本各地で地震が頻発している。「なるべく早く『だいち4号』を実用段階にもっていき、未曽有の大災害に備えてまいりたい」と今後への決意を会見で語った。

H3ロケット「(2号機が)まぐれでない」ことを証明した

H3ロケットに話を戻そう。2024年2月のH3ロケット試験機2号機の成功に続き、3号機からは「試験機」という名称がとれて実用機の打ち上げに成功。2機連続成功の意義について有田プロマネは「試験機2号機の成功がまぐれでないことを証明した。本格的な実用に向けて3号機は大事なステップだ」と語る。

今後についても「連続成功あるのみ」と1機1機着実に打ち上げることを目標に掲げつつ、「ますますH3ロケットを磨いていかないといけない」と気を引き締める。

2024年度中、H3ロケットはさらに2機の打ち上げを予定している。4号機が搭載するのは防衛省のXバンド防衛通信衛星(時期は調整中)。H3ロケットとしては初の静止衛星の打ち上げとなる。

磨きをかけるー発展途上のH3ロケット

「H3ロケット3号機打上げ準備状況」資料より。(提供:JAXA)

具体的に、H3ロケットが今後磨いていかないといけない技術とは何だろう。有田プロマネによると、その一つが30(さんまる)形態。H3ロケットには搭載する衛星に合わせて様々なバリエーションがある。ユニークなのが、固体ロケットブースタがなく、第一段の主エンジン(LE-9)を3機搭載した30形態だ。HIIAロケットの約半額の打ち上げ費用を目指す、H3ロケットのフラッグシップ(旗頭)ともいえる。

ただし、「固体ロケットの助けを借りず、液体ロケットだけで飛ぶロケットは、これまで我々(JAXA)が経験したことがない。システムとして全く新しいチャレンジになる」と有田プロマネは説明する。成否を握るのが「LE-9エンジン3基が協調して1基も乱れることなくそろった推力を出さないといけないこと」。まずは今のH3-22形態(LE-9エンジン2機×固体ロケットブースタ2機)で飛行実績を積み重ねて、LE-9エンジンは大丈夫という自信を固めることが大事だという。

そしてもう一つの技術課題がLE-9エンジンの最終形態である「タイプ2エンジン」の実現。3号機ではタイプ1Aエンジンを使用したが、現在、タイプ2エンジンの燃焼試験を実施中だ。

愛される「ユーザーフレンドリーな」ロケットへ

種子島宇宙センターのおひざ元、南種子町にはためく「H3 祝成功」ののぼり。

記者会見では「愛されるロケット」「ユーザーフレンドリー」という言葉が頻出した。ロケットとは衛星を目的地の軌道に運ぶ輸送手段。地上でトラックが荷物を運ぶのと同様、依頼した日に、依頼した目的地に確実に運んでくれる輸送手段が必須だし、荷物は壊れないように大切に運んでほしい。例えば、ロケット打ち上げ時の条件では、衛星にとって振動が大きすぎたり重力加速度が強かったりすると、その分頑丈に作らなければならず、コストがかかる。これら条件が衛星にとってやさしいロケットが「ユーザーフレンドリー」なロケットということになる。

衛星にやさしいロケットを目指す一環として、今回の3号機では第一段エンジン燃焼時にスロットリングの飛行実証を行った。スロットリングとは、エンジンの出力を絞ること。ロケットが飛行中、エンジン燃焼が進むと燃料が減って機体が軽くなり、衛星にかかる加速度が大きくなる。そこであえてエンジンの推力を最後の20秒間、66%に絞り衛星にかかる重力加速度を和らげようという目的だ。スロットリングによって、世界のロケットの多くで5.5GかかるGを約4Gに減らすことができる。「世界のロケットの標準よりも、衛星にやさしいロケットにする」と有田プロマネは意気込む。

世界の商業打ち上げ市場は競争が激化している。世界のロケットと競争する上で、H3ロケットの強みを問われた有田プロマネの回答は「H‐IIAロケットから引き継ぐ、オンタイム打ち上げと信頼性の高さ。そしてスロットリングなどの技術を使った衛星にやさしい『ユーザーフレンドリー』なロケットという評判をあげて、愛され使っていただけるロケットにしていきたい」。

ユーザーフレンドリーなロケットについて具体的に尋ねると、ライバルのアリアンロケットとの違いを有田プロマネはこう説明した。「主衛星に特化したラインアップを考えている。打ち上げ能力を有効に使うという点で、相乗り衛星を搭載するやり方もあるが、相手の都合に合わせる点でお互いに不幸なこともある。カスタムメイドなロケットを顧客に提供する」と。そのほかにも環境条件や、注文を受けてから打ち上げまでの期間短縮など三菱重工と相談しながらチャレンジしていきたいと語る。やるべきことは満載だ。

ロケット開発は貴重な機会、楽しんでやろう

「子供のころから大好きだったロケットに向き合っている」という有田プロマネ。プロマネになって心掛けていることを尋ねると、こんな答えが返ってきた。「大きなロケットの新規開発を担当できること自体、貴重な機会。プレッシャーはあるが悲壮感に満ちることなく、幸せなことととらえて、やるなら楽しんでやろう。仕事は丁寧にやっていこう」。

有田さん自身は、電車や機械が好きな子供だった。「最初にロケットを見たのはアポロ11号の打ち上げ。5歳の時だったと思う。画面の向こうで宇宙飛行士が動いている。子供ながらにサターンVの打ち上げがすごいと思ったんでしょうね。小学校高学年でアポロ・ソユーズのドッキングを夜中、夢中になって見ていました。その頃からロケット少年になっていた」。

ロケットの噴射する音や、機械の回転する音が大好きと目を輝かせる。「音がなぜ出るかと言えば、強大なエネルギーを集約しコントロールした状態で推進力に変えるから。ロケットは人類が作り出した究極の機械だと思います。それがロケット開発の醍醐味かな」

有田プロマネは当初の打ち上げ予定日だった6月30日、岡田前H3プロマネのアドバイスで種子島宇宙センター宇宙科学技術館に出かけて、宇宙ファンたちと交流を楽しんだという。その時に書いた言葉が「有情活理(うじょうかつり)」。情がなければ人は動かないという意味だ。

座右の銘「有情活理」を示す有田プロマネ。

なぜこの言葉を?「JAXAには頭のいい人が多く、理屈だけで押そうという人も中にはいる。でも例えばメーカーさんとの関係でなかなか厳しい局面もあって、理屈で言えばいい状況でないことがままある。そんな時に情をもって相手のことも考えて話すことが大事だと思います」。

大きな困難に直面した時、理屈だけでなく相手の立場に立って物事を考える。そして数十年に一度というロケット新規開発という幸せな機会を楽しく、丁寧に。今後、有田プロマネ率いるH3チームが、どんどんロケットに磨きをかけていく過程を、私たち取材者も楽しみながら追っていきたい。

  • 本文中における会社名、商品名は、各社の商標または登録商標です。