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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

2029年にニアミス!—天体衝突から地球を守る「プラネタリーディフェンス」とは

2022年9月、小天体ディモルフォスに衝突したNASA探査機DARTが衝突直前までとらえた動画。(提供:NASA/Johns Hopkins APL)

小惑星の地球衝突に備え、発生しうる被害を未然に防ぐ。「プラネタリーディフェンス」(惑星防衛)という活動が国際的に活発化していることをご存じだろうか。

小惑星の地球衝突…かつてそんな映画があったけれど「現実には滅多に起こらないのでは?」と楽観視しているかもしれない(私はそうだった)。しかし、下の図を見てほしい。小惑星の衝突はたびたび起こっている。記憶に新しいのは2013年、ロシアに落下したチェリャビンスク隕石。約17mの小惑星が衝突し、180km×80kmにわたって建物に被害を受け、約1500人が負傷したと報じられている。

2024年9月27日文部科学省宇宙開発利用部会「プラネタリーディフェンスの取組みとアポフィス観測について」資料より。(出典:文部科学省ホームページ https://www.mext.go.jp/)

1908年のツングースカ大爆発は、50~60mの天体衝突と推定される。東京都とほぼ同じ面積の約2000万平方kmの森林がなぎ倒された。これらの小惑星がもし都会に落下していたら、被害はもっと大きかったはずだ。

さすがに約6600万年前にメキシコ・ユカタン半島に衝突し、恐竜絶滅をもたらしたような数十km以上の天体はほぼ観測されており、近い将来は衝突することがないとわかっているから安心してほしい。問題は接近直前まで観測が難しい、数十メートル級の小天体だ。この大きさの小天体による地球衝突は100~200年に一度起こると推定されている。そして、衝突しなくてもニアミスがある。

地球に接近する小惑星のうち、1km以上のものはほぼ観測され軌道もわかっているが、数百m以下の小惑星は未発見のものも。(提供:2024年10月1日二重小惑星探査計画(Hera)JAXA記者説明会資料より)

今、大注目なのが、2029年4月14日(土)6時46分(日本時間)、地表からわずか約32,000kmの距離を直径340mの小惑星アポフィスが通過すること!

32,000kmと言えば、気象衛星ひまわりなどの静止衛星が飛ぶ36,000kmより内側。広大な宇宙空間から見れば、地球すれすれを通過すると言ってもいい。しかも大きさ340mとは、地球に衝突すれば大きな災害をもたらす大きさだ。アポフィスが発見されたのは2004年。一時は地球に衝突する可能性があると言われ大きな話題になったが、現在、地球衝突は否定されている。だが、これほど大きな天体がこれほど近い場所を通過するのは初めて。

2024年9月27日文部科学省宇宙開発利用部会「プラネタリーディフェンスの取組みとアポフィス観測について」資料より。(出典:文部科学省ホームページ https://www.mext.go.jp/)

今後、7500年は同様のニアミスは起こらないという見解もあり、接近時に何が起こるのか、着目したい。アメリカは小惑星探査機オサイリス・レックスを観測に向かわせる。ただし地球接近後の観測になる。ヨーロッパは接近前に到着する探査機を検討中で「日本に協力できないか声がかかっている」(JAXA吉川真准教授)。接近時は最大3等星ぐらいまで明るくなる。最接近時は日本からは見えないが直前まで観測できるそうだ。

接近する小惑星をどう防ぐ?「体当たり」したDART探査機

ベルン大学のチームによるDART衝突後30分を再現したシミュレーション(立体映像。30cmほど離れたところから遠くを見るように焦点を合わせると、2つの映像が重なり合い、中央に立体像が浮かぶ。焦点をゆっくりと調整すると立体映像が得られる)。チームはディモルフォスの全質量の1%がDARTの衝突によって宇宙空間に投げ出されたと推定している。(提供:S. D. Raducan (UNIBE)/C. Manzoni/B.H. May)

では小惑星が地球に衝突することが分かった場合、どう対処すればいいのだろう。惑星科学と宇宙工学の技術を総動員して起こりうる被害を未然に防ぐ国際的な宇宙防災活動を「プラネタリーディフェンス」と呼び、2000年頃から活発化している。映画アルマゲドンでは小惑星に核爆弾をうめこんで爆発させたが、今、現実的に考えられているのは「インパクト」。天体に物体を衝突させて軌道を変える方法だ。

既に小天体へのインパクト実験は行われている。NASAのDART探査機は2022年9月、小天体に体当たり実験を実施した。ターゲットは大きさ160mのディモルフォス。二重小惑星ディディモスの周りをまわる衛星だ。重さ0.5トンの探査機DARTはディモルフォスに探査機ごと衝突し、軌道を33分遅くすることに成功。その結果、「壊しすぎぐらいに壊した可能性が高い」とJAXA岡田達明准教授。具体的には「噴出物が(想定より)たくさん飛び散っている」というのだ。一つの要因はディモルフォスが固い一枚岩からなる小惑星ではなく、がれきの寄せ集めのようなラブルパイル天体だったことと考えられている。

地球接近小惑星の軌道を変えようと物体をぶつけた後、飛び散った破片が地球の方に飛んでくるのは避けたい。「ほどよい壊し方がある」と岡田准教授は指摘する。「ほどよい壊し方」を実現するには、まず相手を知ることが必要。今回、DART探査機自体の質量やぶつかった時の速度変化はわかっているが、ディモルフィスの質量や固さなどの素性、衝突結果の詳細がわかっていない。それらを定量的に把握しないと、今後、どのくらいの大きさの探査機をどのくらいのスピードで小惑星に衝突させればいいかに生かせない。

衝突後の天体を詳細観測するHera探査機

DART衝突後のディモルフォスを観測するHera探査機イメージ。(提供:ESA – Science Office)

そこでESA(欧州宇宙機関)の探査機Heraが衝突後の詳細観測を目的に、10月7日打ち上げられた。2026年12月にHeraに到着し、観測を開始する。約半年間にわたって徐々に高度を下げて最終的には高度約2kmがターゲット。5つの観測機器と二つの子機(超小型衛星)で高解像度の観測を実施する。現地観測によって小惑星の質量、大きさ、密度、固さ、構造、衝突痕、クレーターを観測、探査機DARTが撮影した画像と比べて衝突後の状態を調べる。

観測機には日本の熱赤外カメラが搭載されている。小惑星探査機「はやぶさ2」のカメラTIRを継承したもので、温度などを測る。「温度変化は表面の物性によって変わり、例えば砂は昼間がぐっと温度が上がるが夜は非常に低温になる。一方、熱が伝わりやすい岩は、昼間太陽光が中にしみこむので表面温度はそれほど上がらないし、夜は中にしみこんだ熱が出てくるので温度がそれほど下がらない。また熱がしみ込んだりしみ出したりする時間がかかるので全体に時間遅れが生じる。こうした温度変動の特徴から表面の物性がわかってくる。また岩と岩の間にどのくらい隙間があるのかなどについても知ることができる」とのこと。他にも場所による組成の違いなども調べることができるという。

実際、これから地球に衝突する可能性があるのは、かなり小さい小惑星が多いと予測される。だが、小さな小惑星の物性はまだよくわかっていない。その点でも重要なミッションになるだろう。

プラネタリーディフェンス、その具体策

(提供:JAXA 2024年10月1日二重小惑星探査計画(Hera)JAXA記者説明会資料より)

しかし、小惑星回避の方法として「インパクト」が有効なのはどの大きさの小惑星なのか。そして、探査機や物体をぶつけるにはどのくらいの準備期間が必要なのか、疑問が生じる。

吉川真准教授によれば「数十メートル以上、2~300m以下なら探査機をぶつけることによって軌道が変えられる。ただし準備には10~20年という時間が必要」。つまりは早期発見が課題となる。小さな小惑星は衝突直前にしか観測できないため、緊急避難することで災害を回避することになる。

観測については日本では美星スペースガードセンターが実施している。同センターは口径1mの望遠鏡でスペースデブリの観測を主に行っているが、小惑星も観測。重ね合わせ法という手法で10個以上の小惑星を発見している。NASAはNEOサーベイヤーという宇宙望遠鏡を2028年に打ち上げる計画だ。同望遠鏡は地球近傍の140m以上の小惑星を今後約10年間で90%を観測することを目標に掲げる。これまで見えていなかった小天体接近が「見える化」するだろう。

JAXAも今年度4月から組織横断的なプラネタリーディフェンスチームが設置され、様々な課題に対応している。現在、飛行を続ける「はやぶさ2」は2026年に小惑星「トリフネ」(直径約500m)近くを高速で通りながら観測、2031年には小惑星1998KY26(直径約30m)を観測予定。プラネタリーディフェンスに必要な技術を得るとともに、重要な情報をもたらすはずだ。

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