SLIMから火星衛星探査MMXへ。注目の衛星活用法は?—国際航空宇宙展でがっつり教えてもらいました
6年ぶりに開催された国際航空宇宙展は、国内最大の航空宇宙産業の展示会だ。10月19日のパブリックデーは、家族づれや学生さんなどたくさんの人で会場は熱気にあふれていた。中でも人だかりになっていたのが、三菱電機のブース。今年1月、ピンポイント月着陸に成功した小型月着陸実証機SLIMの開発モデルが展示されていた。SLIMの開発製造を担ったのが三菱電機だ。
実際にSLIMの開発段階で振動試験や、宇宙環境の温度を模擬した熱真空試験に使用したもので、ふだんはJAXA宇宙科学研究所(神奈川県相模原市)に展示されている。「一般の展示会場に持ってくるのは初めて」(三菱電機宇宙システム企画部・井上翔太郎さん)という貴重な「ホンモノ」に来場者は興味津々で見入っている。
SLIMといえば、あまりにも有名なのが上の写真。月面で逆立ち状態のSLIMを、超小型ロボットSORA-Qが撮影。もう1台の月面ロボLEV-1経由で地球に送られてきた画像だ。「打ち上げた後の人工衛星を宇宙で見ることはほぼない。今回こうやって月面に自分たちが作ったものがあるのを(画像で)見られたのはすごく感動したと(三菱電機の)エンジニアは言っていた」と井上さんは語る。
今回、SLIMが成し遂げたのはピンポイント着陸と小型軽量化。従来の月着陸の精度は数km~数十kmオーダーだったが、SLIMは目的地から100m以内の着陸を目指し、結果的に55m離れた場所に着陸することに成功した。「地上でも通販などで荷物を頼むことがあると思うが、数km先に荷物が届けられて取りに行かないといけないとしたら、月面の場合、人命にかかわる。ピンポイント着陸は今後、有人月面探査で絶対に必要になる技術」と説明。そしてその技術は、火星衛星探査計画MMXに受け継がれる。
MMX—火星の衛星フォボスからサンプルを持ち帰る
MMXは2026年度に打ち上げ予定。火星の衛星フォボスからサンプルを採り、地球に持ち帰る約5年間のミッションだ。月との通信タイムラグは数秒だが、フォボスとの通信は片道約20分かかる。そのため着陸の際はMMXが自律的に判断する必要がある。SLIMが着陸時に使った画像照合航法をMMXは採用、自分自身で判断してフォボスに着陸する。
サンプルリターンと言えば、日本は小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」で世界に先駆けて小惑星からのサンプルリターンを成功させた。だが、火星の衛星フォボスからサンプルを持ち帰るのは、小惑星とは異なる難しさがあるという。三菱電機ブースでMMXの説明員をしていた吉野類さんは、「小惑星リュウグウは長さ約900m、フォボスは長さ二十数kmのため重力の影響も受けます。(着陸時、天体に引っ張られる力にあらがって逆噴射する際に「はやぶさ」で使われた)イオンエンジンでは推力が足りず、化学燃料を搭載することになり燃料タンクなどが大きくなりました」。金色の断熱材に覆われて見えないが、軽量化のために構造体に穴がたくさんあけてあるという。
サンプルの採り方もユニークだ。展示解説員さんの説明によると、まずロボットアームの先端にある棒を、サンプルを採ろうとする場所に差し込む。棒にかかる圧力を調べ、石にあたるようならその場所の採取はやめる。適切な場所がみつかったら、コアラ―と呼ばれる筒状の装置をばねの力で打ち込む。コアラーは二重構造になっていて、外側を残したままサンプルが入った内側の容器だけを引き抜いて、地球に持ち帰るカプセルに納める。
H-IIA最終号機に搭載「GOSAT-GW」は二つの衛星の合体ミッション!
そして三菱電機のブースでは、人工衛星についての最新情報も教えて頂くことができた。まずはH-IIA最終号機で打ち上げ予定のGOSAT-GW「温室効果ガス・水循環観測技術衛星」。この衛星、今まで温室効果ガスを測定してきた「GOSAT(いぶき、いぶき2号)」シリーズと、海面水温や水循環を観測してきた「GCOM-W(しずく)」のシリーズが合体。二つのセンサーを搭載しているのだ!
衛星本体上部が水循環を観測する高性能マイクロ波放射計3「AMSR3(あむさーすりー)」で1分間に40回転する。そして本体下部に温室効果ガス観測センサ3型「TANSO-3(たんそすりー)」。日本は2009年に「いぶき」を打ち上げ、世界に先駆けて宇宙から温室効果ガスの観測を始め、欧米が後に続いた。「いぶき2号」まではスポット的に温室効果ガスを観測していたがTANSO-3は地球全体を切れ目なく面的に観測。全体を網羅的に観測し、温室効果ガスの漏洩が疑われる場所に関して、例えばカナダのスタートアップGHGSat社が開発する衛星がピンポイントで観測。両者のデータを組み合わせることで、効率的なモニタリングが期待されるそうだ。
衛星はもっと活用できる—IoT家電と組み合わせた防災・減災、しあわせな街づくり
人工衛星のデータは、私たちが気づかないところで様々な分野に活用されている。例えば漁業では魚がいそうな場所を衛星の海水温データから推定。港から漁船が直行することで燃料を節約できる。またカーナビには日本版GPSが活用されているが、来年度には準天頂衛星の打ち上げが計画されている。7機体制になれば他国の測位衛星に頼らなくても、精度の高い測位が可能となる。防災や減災にも衛星データは活用されているが、家電を開発している三菱電機ならではのユニークな取り組みがあった。
一つは、衛星データと複数のエアコン室外機の情報を組み合わせ、大雨時などの浸水状況を把握、自治体やレスキュー隊などに知らせようというアイデアだ。「発災時、一つの観測衛星が観測できるのは約12時間ごとになる。そのあいだに、例えばエアコンの室外機が浸水して壊れたかどうかのデータを複数の家庭から得られれば、状況の把握に使える。(三菱電機製の)エアコン「霧ヶ峰」の室外機が壊れたかどうかをチェックする機能を活用し、大雨で浸水した時にデータがとれるかどうかの実験も実施、得られたデータをチェックしている状況です」(三菱電機宇宙事業開発センター・齋藤進さん)。
齋藤さんはもう一つ、衛星データを活用したユニークな取り組みを紹介してくれた。それが「人工衛星まちづくりプロジェクト」。衛星が観測した市街地のデータからAIが建物か、森林か川かなどを識別。「ポイントは建物がどれだけ自然に囲まれているか。その割合を数値として定量的に出します。その数値とデジタル庁が毎年出している『地域幸福度』と突き合わせます」(齋藤さん)。
慶応義塾大学と三菱電機は、同社鎌倉製作所がある鎌倉市を実証フィールドに、共同研究を始めたところ。鎌倉市を5つの地区に分けて植物や水域、農地、河川、人工物などをAIが解析。「まちの特徴量」を抽出し、地域幸福度との相関性を分析する。
将来的には「あなたの自治体に公園を作ると住民の満足度がこのくらいあがる」とか、「気づいていなかったが、実は満足度が高いまちだった」と新たな気づきを与えるなど、住んでいる方が幸せを実感できる街づくりに役立てられるのでは、という。実は私は大きな公園の近くに住んでいて、散歩のたびに癒され幸福感に満たされる。この研究には大いに関心があるところだ。
JAXA提案「バリアフリートイレ」、女性エンジニアのサバイバル術、UFOの街
三菱電機ブース以外にも多数の興味深い展示やセミナーがあった。例えばJAXAブースで目を引いたのは航空機に搭載するバリアフリーのトイレ「メタモルフィック・ラバトリー」。JAXAがトイレ? と意外な気がしたが、社会課題を解決するのもJAXAの大事なミッション。地上でバリアフリー化が掲げられる一方、航空機のトイレのバリアフリー化が進んでいないことから、提案したという。
飛行機の通路を活用し、パーテーションの位置を変えることでトイレ個室部分が最大4倍もの広さになる。車いすでの使用、授乳、大人のおむつ交換などの際は介助者が一緒に入ることもできる。航空機だけでなく、様々な活用ができそうだ。
セミナーでは女性エンジニアたちによる、「Women in STEM(ものづくり)の日常」が行われた。「きぼう」ロボットアームの開発に従事し「ロボットアームの母」と呼ばれるJAXA大塚聡子さんの講演に続き、大学理工系の研究者、ロケットや衛星メーカーのエンジニアが、仕事のやりがいやサバイバル術を語った。仕事は大変だし、投げ出したいと思うことは多々あるが「自分が触ったものが宇宙に行くワクワク感」、「みんなが宇宙に行ける未来を直接作っている手ごたえ」は何物にもかえがたいやりがいだと口をそろえる。サバイバル術としては「(育児と仕事が重なった時)いかに周りに投げるか」「絶対に宇宙ロボットの開発からは外れたくないなど、何をゆずらないかという気持ちを強く持ち続けること」という話が印象的だった。
最先端の宇宙開発の話は山ほどあるが、最後にユニークな情報を一つ。福島市飯野町には「UFOの里」があるらしい。千貫森には30個ほどの巨岩があり、UFOがよく目撃されるとか。千貫森のふもとにあるUFOふれあい館に2022年、国際未確認飛行物体研究所が設立された。11月9日、10日にはUFOフェスティバルが開催され、宇宙人パレード&コンテストや千貫森ミステリーツアーが予定されている。福島市役所企業振興課の小山直人さんは「ユニークでとても面白いイベントですので、お楽しみください」と呼びかけている。
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