ispace 月着陸フルサクセスへ「自信あり」。前回の課題克服とミッション2注目点
月への再挑戦が始まる。
今年2月、アメリカのIntuitive Machines(インテュイティブマシーンズ)は民間初の月着陸に成功したものの、姿勢を崩し横倒しに。「NASAはPartial Success(部分的成功)と呼んでいた。一番乗りが目的ではないが、我々は月着陸Full Success(フルサクセス)をめざします」。2024年9月12日、ispace CEOの袴田武史氏はそう語って笑みをみせた。
昨年4月、月着陸まであと一歩に迫りながら、高度計の数値を誤認識し着陸成功に至らなかったispaceが、再び月に挑む。HAKUTO-Rミッション2の打ち上げは最速で今年12月。前回のミッション1と同様、打ち上げから4~5か月で月着陸する予定だ。その月着陸機「レジリエンス」が9月12日、試験を行っているJAXA筑波宇宙センターで公開された。
前回の課題はどのように解決されたのか? ミッション2が運ぶ6つの荷物の見どころは? これまで数回の記者会見からミッション2の見どころを詳しく紹介する。
ミッション1の課題はどのように解決されたのか?
気になるのが、ミッション1の失敗原因となった測定高度の誤認識の課題。少しおさらいしておこう。ミッション1では月着陸船が着陸予定地に向かう途中、クレーターのふちにある高度3kmほどの崖を通った。この時、ランダーが測定した急激な高度上昇を「センサの異常」とソフトウェアが判断。実際は正しく高度を計測していたのだが、推定高度が修正されないまま、飛行を続ける。そして測定高度と推定高度が乖離したまま着陸へ。着陸時、高度ゼロとランダーが判断した時、実際の高度は約5kmだった。ランダーはその後も軟着陸に向けて逆噴射を続けたが、途中で燃料がつきて自由落下、月面に激突したと考えられている。
ミッション1の反省点の一つは詳細設計完了後に着陸地点を変更し、十分に広い範囲の着陸シミュレーションを行っていなかったことだった。今回は着陸地だけでなく着陸地に向かう飛行経路を詳細に検討。シミュレーションの範囲を広くとり、何度もシミュレーションを繰り返した。高度変化が起こったとしてもソフトウェアに影響を与えないように検討し、パラメーターを設定。今後、着陸地を変更しても対応可能だという。
着陸目標地点は「Mare Frigoris(マレフリゴリス、氷の海)」の中央付近(北緯60.5度、西経4.6度)。氷の海は広い。前回も同じ「氷の海」だったが南東外淵にあるアトラスクレーターだった。今回はミッション1より西側を目指す。
ランダー実物と対面!注目はマイクロローバー「テネシアス」
さて、いよいよ月着陸機「レジリエンス」との対面だ。2023年からJAXA筑波宇宙センターで試験を開始、今年5月からはフライトモデルの振動試験や熱真空試験などを行ってきた。ispaceは、世界中から優れた技術を集めインテグレートするのも特徴の一つ。スラスタ(エンジン)はドイツ・アリアングループから購入しており、ミッション1では組み立てや試験をドイツで実施、発射場のあるアメリカ・フロリダ州に輸送した。ミッション2では、アリアングループのスラスタを採用することは変わりないが、スラスタの主要部や配管以外の組み立てや試験は、JAXAの施設を借りて行っている。
対面した月着陸船は美しく、光り輝いていた。モックアップ(実物大模型)はこれまで何度も見てきたが、本物ならではの圧倒的な存在感がある。そして大きい! 4本の足を開くと高さは2mを超える。
ランダー上部には超小型ローバー「テネシアス」の姿が見える。テネシアスは今回、重要な任務を担っている。月面のレゴリスをすくい、所有権をNASAに譲渡、販売するミッション。月の砂を採取した証拠に、映像を取得しデータを提出することがNASAとの間で約束されている。
所有権の譲渡とは? 実際に月面の砂をNASAに渡すのかといえば、そうではないという。あくまで「所有権」だけ。実は今、月にあるとされる水など月の資源の活用をめぐる議論が活発になっている。国連が定める宇宙条約は、月やその他の天体を含む宇宙空間を国家が領有することを禁止している。一方、アメリカ、日本、ルクセンブルク、UAEでは宇宙の資源について国内法が制定されていて、民間企業が採取した資源については、所有権を取得できるなどとする。
ミッション2で行われる月の砂の所有権販売は、ルクセンブルクにあるispaceの子会社とNASAとの契約であり、ルクセンブルク国内法を使った世界初の月資源の所有権商取引になる。今回は、実際に月の砂の所有権を移転するプロセスでの課題を洗い出すのが、目的だという。
注目を集めるマイクロローバー「TENACIOUS(テネシアス)」は「粘り強さ」を意味する。月の砂をすくうスコップを開発したのは世界有数のドリルリグメーカー、スウェーデンのEpiroc社。スコップをよく見ると奥が3つのパートに分かれている。
工夫した点について2023年11月に行われた記者公開で開発者に尋ねた。「どのくらいのレゴリスをどう採るか、考えながらスコップのデザインをしている。採取したレゴリスがこぼれ落ちないように工夫した。さらに砂をすくうときにスコップにかかる負荷で、レゴリスに何が含まれるのか分析までできたらいいなという思いがある。カメラ映像も(分析の)参考になると思う」とのこと。
ローバーは月の昼間、最大14日間にわたりランダーの周辺を走行する。ランダーとテネシアス間の通信はランダー上部のWi-Fiアンテナを通して。どんな映像を送ってくれるかも楽しみだ。
世界初の水電気分解実験も
ほかにも注目のミッションがたくさんある。例えば高砂熱学工業が搭載するのが月面用の水電解装置。月面には水資源があると期待されている。もし水がみつかって、水素と酸素に電気分解すれば、水素はエネルギー源に、酸素は人間の呼吸用などに使える。今後、月面に人類が拠点を築く時代を見越して世界初の水電気分解実験を行うという野心的な計画だ。
ただし、今回は月面で水を調達するわけではなく、電気分解用の水は地球から運ぶ。栗田工業の協力を得て超純水(小さなペットボトルぐらいの量)が搭載される。月面は低重力で、打ち上げや飛行時には振動や衝撃がかかる。そんな過酷な環境下で水電解装置が正常に作動し、水素と酸素が作られるのか。注目だ。
ユーグレナは、世界初となる月面環境での食料生産実験を目指し、自己完結型のモジュールを搭載。モジュール内で微細藻類を培養し、将来的な宇宙での食料生産に向けた実験を行う予定。台湾の国立中央大学が開発する深宇宙放射線プローブ、バンダイナムコ研究所の「GOI 宇宙世紀憲章プレート」、アーティスト、ミカエル・ゲンバーグ氏の「ムーンハウス」をテネシアスローバーが月に運ぶ。月に建ったムーンハウスをテネシアスのカメラで撮影する予定だ。
「自信はあるということで。」
ispaceのCEO、氏家亮さんには昨年、DSPACEでJAXA内山崇さんと対談して頂いた(記事は欄外リンク参照)。JAXAでエンジニアとして働いた後、「やらずに死ねば後悔する」とispaceへ飛び込んだのが2018年10月。約6年ぶりに古巣のJAXAで試験を行う感想を聞くと「当時の知り合いとは今でも仲がいい。故郷に錦を飾る面もあるかな(笑)。JAXAにいたことで(試験が)うまくできていることもあると思う」と語ってくれた。
今年初め、JAXAの月着陸機SLIMはピンポイント着陸に成功、2月にはアメリカの企業が月着陸を成し遂げたことについては「さすがJAXAさんだと。入念に慎重に、開発期間も長かったが一発でやりきった。すごいなと思うと同時に、正直悔しい気持ちもあります」。
ミッション1着陸が叶わなかった翌日、 氏家さんはマネージャーのScott Moonから「Let’s create again」もう1回やろう!」と声をかけられた。それ以来、多国籍な仲間たちと再起をかけてチャレンジしてきた。成功への自信は?「自信はあるということで!」。今度こそ、月着陸フルサクセスを願っています。
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