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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

小学4年から本気で宇宙食「静岡みかんゼリー」開発。「チームゆら」の挑戦

静岡産みかんを使った宇宙食みかんゼリーの宇宙日本食認証を目指す増田結桜さん。

小学4年生から真剣に宇宙食を開発する少女がいる。静岡県に住む、現在中学2年生の増田結桜(ゆら)さんだ。大好きな地元の静岡産みかんを使ったゼリーで、宇宙飛行士を笑顔にしたい。そんな想いを抱き続け、試作したみかんゼリーは350食以上。一番こだわり、苦労したのはゼリーのぷるんとした「食感」を生かしつつ、宇宙で飛び散らないように何でどう固めるか。

5種類の凝固剤を用い、濃度を変えてゼリーを固め、とろみを調べる。とはいえ、専門的な道具は何もない。粘度計も手作りだ。ストップウォッチや温度計などを手に、キッチンでひたすら試行錯誤を繰り返した。数年越しでレシピを完成させた今、大学生や社会人と一般社団法人「チームゆら」を結成。2027年ごろ、正式な宇宙日本食に認証されることを目指し、現在クラウドファンディングを実施中だ。

自宅のキッチンで試行錯誤を繰り返す。作った試作品は350食以上。(提供:一般社団法人チームゆら)

学生が開発した宇宙日本食と言えば、福井県立若狭高校の生徒たちが十年以上の歳月をかけて開発した「サバ醤油味付け缶詰」が知られ、私も取材して本を出版した。今回は小中学生、しかも個人だ。本当に実現できるの? と思うかもしれない。しかしゆらさんは真剣であり、「大変だからこそ、得られるものが大きい」とくじけるどころか困難を糧に、これまで一つ一つ課題を解決してきた。彼女はどのように宇宙食の開発を続けてきたのか。

JAXA宇宙食担当者のある「言葉」との出会い

そもそも、ゆらさんが宇宙に興味をもったのは、コロナ渦まっただ中の2021年のこと。きっかけは塾(探究学舎)のオンライン講座で受けた「宇宙の授業」だった。「宇宙ってまだ95%ぐらいわかってないんだ! その1%でも解けたら」と宇宙の本を読みふけるように。300冊ほどの本を読破した中で、ある言葉に引き付けられる。JAXA宇宙食担当者の「宇宙食の仕事は、宇宙飛行士に元気と笑顔を届けられる仕事です」という言葉だ。「私も宇宙飛行士に、静岡産のおいしい宇宙食で元気になってほしい」と。でも、何から手を付ければいいんだろう…。

そんなゆらさんの背中を押したのが、探究学舎の先生だった「そんなに宇宙食が好きなら、作ってみれば」と言われ、行動を始める。まず「宇宙食を作った人に聞いてみよう」と若狭高校にメッセージを送る。2021年11月、宇宙日本食を開発した生徒と先生に話を聞くことができ、大きなヒントをもらった。それはとろみづけの材料、つまり凝固剤だ。無重力状態の宇宙船内で宇宙食から水分がとびちると、機械に入って故障の原因になりうる。だから、宇宙食には粘度が求められる。先輩高校生は、凝固剤にくず粉を使ったと教えてもらう。 その後も食品会社や凝固剤の会社など、次々にコンタクトをとり、宇宙食の扉を開いていく。

宇宙食を製造している石田缶詰さんには貴重なアドバイスをたくさんもらった。(提供:一般社団法人チームゆら)

なぜ、みかんゼリー?

ゆらさんはさっそく宇宙食作りにとりかかる。静岡産おでんやけんちん汁など紆余曲折の末、静岡産みかんを使ったみかんゼリーに的を絞った。みかんにこだわるのには理由があある。まず、甘酸っぱい静岡みかんが大好きだから。それなのに、静岡みかんはまだ宇宙に行ってない。また、宇宙日本食にはデザート系があまりないことがわかったこと。みかんはビタミンCがいっぱいで、そのほかにもリモネン(疲労の軽減やリラックス効果があると言われる)、β-クリプトキサンチンなど多くの栄養素が含まれている。何より、日本人はみかんが大好きだ!

ゆらさんが書いたみかんゼリーレシピとみかんに含まれる栄養素。(提供:一般社団法人チームゆら)

さっそく、みかんゼリーに色々な材料でとろみをつけていく。くず粉、ゼラチン、寒天・・。さらに難題がふりかかる。実際に宇宙食を製造する缶詰会社を訪問した際、「宇宙食には熱殺菌が必要」と聞いた。熱をかけると固まっていたゼリーがどろどろになって、ジュースのようになってしまう。その後、再びゼリー状に固まる、熱に強い「最強の凝固剤はなにか」がゆらさんの最重要テーマになった。

だが、「最適なとろみ」をどうやって計測するのだろう。なんと、ゆらさんは食品会社などのアドバイスを受け、粘度計を自作してしまう。その名も「GYOKOさん」(凝固に由来するという!)。木の板2枚を傾斜をつけて固定、目盛りをつけてゼリーをたらし、5cmの目盛りに到達する時間を、スマホでスロー撮影しつつ計測する。こうした試行錯誤の上、海藻から作った植物性の凝固剤が最適だという結論にたどり着いた。

手作りの粘度計「GYOKOさん」。板に目盛りをいれてある。垂らした宇宙食が5cmに到達するまでの時間を計測する。(提供:一般社団法人チームゆら)
凝固剤を何%使うか、割合を変えて試験をひたすら繰り返す。(提供:一般社団法人チームゆら)

テレビ「博士ちゃん」に出演! JAXA宇宙食担当者による採点結果は?

試行錯誤を続けていたゆらさんに、ある日、テレビ出演依頼が舞い込む。人気番組「サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん」だ。小学校6年生になっていたゆらさんは「宇宙食博士」として登場。JAXA管理栄養士に採点してもらった。

味や食感はよく、フレッシュさも評価されたが「パッケージが柔らかく、食べにくい」と意外な指摘を受ける。当時は、みかんゼリーをレトルトカレーのようなパックに入れていたが、封を切るときに水分が飛び出してしまう。審査結果は合格点の6点にわずか0.2ポイント届かなかった。

提供:一般社団法人チームゆら

仕事を終えた宇宙飛行士がリラックスできるのが食事の時間。宇宙食は容器も含めて絶対に宇宙飛行士にストレスを与えてはいけない。宇宙食の中身だけでなく、容器も含めて「どう食べるか」を考えなければ。ゆらさんに新たな課題が突き付けられた。

「チームゆら」結成

2023年10月、大学生や社会人と一般社団法人「チームゆら」設立! ゆらさんは代表に。(提供:一般社団法人チームゆら)

ゆらさんがすごいと思うのは、どんな課題に直面してもあきらめないこと。「どうしても宇宙日本食に認証されたいという思いが強かったので、諦めるという選択肢はありませんでした」(ゆらさん)。困ったら、行動を起こす。会ったこともない相手にメールやメッセージを送り、企業にプレゼンして協力を仰ぎ、宇宙食開発の仲間を広げていく。そのネットワークから課題解決のヒントを得ることが多い。

課題の宇宙食パッケージについて、現在、製造委託契約を結ぶワンテーブルとの出会いもそうだった。製造ラインをもつ食品会社と異なり、ゆらさんは宇宙食を製造する施設をもたない。宇宙日本食に認証されるには、食品の安全性を高い水準で確保する衛生管理、製造設備が必要だ。どこに製造を委託したらいいのか。そんな時、宇宙食を製造する食品会社からこんな会社があるよと教えてもらったのがワンテーブルだった。

ワンテーブルはJAXAの認証を受けた宇宙日本食を製造しているほか、防災備蓄ゼリーなどを製造販売している。ゆらさんは社長に直筆の手紙を送ったところ、連絡があり、製造について契約を結ぶことができたのだ。さらに、JAXAの宇宙食担当者にもコンタクトし、アドバイスを受けた。

(株)ワンテーブル富田智之代表取締役と。(提供:一般社団法人チームゆら)

その後、大きな転機が訪れる。宇宙食開発はゆらさんが進めてきたが、実際に宇宙日本食に認証されるには、書類作成や資金調達などたくさんの課題があり、中学生のゆらさんにはハードルが高い。また、個人では宇宙日本食の認証を受けることも難しい。そこでゆらさんは地元の大学生や社会人によびかけ、一般社団法人「チームゆら」を2023年10月に設立。大学生メンバーは食品や理科、教育などの専門知識をもつ人たち。チームになったことで目標達成に向けて大きくパワーアップした。

最大のハードルは「資金」

静岡みかんゼリーの味は? 香りは? 官能試験中。(提供:一般社団法人チームゆら)

美味しくて元気になる「静岡みかんゼリー」の追及はその間も続いていた。野口聡一宇宙飛行士からは2023年のテレビ番組で「飛び散らないのも大事だけど、ゼリーが固い」とアドバイスを受け、凝固剤の量を見直した。

また、古川聡宇宙飛行士から「地上で甘すぎると感じたものがISSではとてもおいしく感じた」と聞いた。ゆらさんは「ストレス環境にいる人は普段より味の濃いものや甘いものを欲するのではないか」と仮説をたて、ストレス経験者100人以上に調査を行った。その結果、味を甘めに調整した。

JAXA宇宙日本食の本格的な申請はこれからだが、最大のハードルは資金だ。開発、製造委託、試験などに費用がかかる。その一部を集めようと「チームゆら」ではクラウドファンディングを実施中だ。ぜひ小学生からの夢が現実になる過程を、多くの人に応援してほしい。

実は宇宙食開発を始める前、ゆらさんは引っ込み思案だったとお母様からお聞きした。宇宙食というゴールに向かう過程で、ゆらさんは徐々に変わっていったようだ。そしてお父様はフレンチレストランのシェフ。だが、お父様の出番は「仕事帰りに『みかんを買ってきて』とLINEが入って、旬でないみかんを24時間スーパーで探し回ること」ぐらいだったそう。(ちなみにゆらさんの得意料理は、卵焼きとみそ汁!)。

大人も驚くほど、アクティブなゆらさん。お母さまにゆらさんへの接し方を聞くと「やりたいことはやらせてみる。私もやってみる。ヒントやアドバイスは出すが、最終判断は必ず娘に任せる」など。参考になります。

ゆらさんの将来の夢は、管理栄養士になって宇宙食を審査する人になること。「裏方として宇宙飛行士を支える仕事もかっこいいなと思って」。夢に向かって邁進するゆらさんへのインタビューは1月末発売の「宇宙のおしごと図鑑」でも紹介しています。こちらもぜひご覧ください。宇宙日本食「静岡みかんぜりー」、みかん大好き人間としても実現を心から楽しみにしています!

50種類以上の宇宙の仕事を紹介する「宇宙のおしごと図鑑」(KADOKAWA)。ゆらさんは「宇宙食シェフ」として登場。
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