「みちびき6号機」打ち上げルポ。衛星・ロケットの注目点、夜中3時の宇宙ファンの想いとは



2月2日(日)、H3ロケット5号機打ち上げ予定時刻が近づいても、種子島宇宙センター竹崎展望台から見るロケット上空には、ぶ厚い雲が居座っていた。「『雲ずぼ』だな」。打ち上げ取材を重ねた猛者たちがプレスセンターでつぶやく。「雲ずぼ」とは、ロケットが発射直後に雲の中に入ってしまうこと。絵的には歓迎できないものの、雲に反射して打ち上げ時の音が大きく聞こえるという良い面も期待できる。
そして、その時はやってきた。17時30分、閃光を放ち飛び立ったH3ロケットは、発射10秒ほどで雲の中に飛び込んだ。すると、雲がみるみる茜色に染められていく。そして地鳴りのように伝わってくる轟音はいつもより大きく、ロケットが地球の重力を振り切るパワーに全身が包まれるようだ。そのあまりにも幻想的な光景と強烈な体感にシャッターを切る手が止まり、思わず「すごい‥」と呟いていた。2023年から4、5回はロケット打ち上げを取材しているが、雲や光などの条件で毎回打ち上げの光景は異なり、新たな感動をもたらす。だから病みつきになる。
「みちびき」は私たちにどんな恩恵をもたらすのか

「みちびき6号機」は順調に飛行を続け、約半年後には測位サービスを開始予定だ。
ところで、「みちびき」とはどんな衛星なのか。「皆さんがスマホでマップを見るたびに、実は宇宙からの信号を得ている。国民にとって最も身近な宇宙利用サービスだが、気づかないうちに使っている」と内閣府の三上建治氏は説明する。「みちびき」は日本版GPSとしばしば報道されるが、日本独自の測位衛星だ(ちなみにGPSはアメリカの衛星の名前であり、「気象衛星」など衛星の役割を示す言葉ではないことにご注意を)。
測位衛星からの信号を受信することによって、私たちは自分の位置や時刻、目的地までの経路などを知ることができる。位置・時刻の特定には最低4機以上の測位衛星が必要だ。現在、「みちびき」は4機が運用されているが、常時、頭上に見えているのは2機。残りは他国の測位衛星に頼らざるを得ない。位置や時刻の情報は、現代社会に欠かせない重要なインフラ。他国の衛星が使えなくなる可能性を考えると、自国の測位衛星だけでシステムを完結させたい。そこで内閣府は、2025年度中にさらに2機の「みちびき」を打ち上げ7機体制とする。また、衛星にトラブルが起こった場合に備えて、将来は11機体制にする計画だ。
具体的に「みちびき」は今後、私たちの生活にどんな恩恵をもたらすのだろうか。打ち上げ成功後会見で聞いた。「今、日本政府ではスマートシティ、デジタル田園都市国家構想と、デジタルを中心とした国の成り立ちが求められている。衛星測位を使って『どこに誰がいるか、何があるか』という情報を電子地図の上にきちんとおくことは、今後の経済活動の上で非常に重要なこと」。内閣府の三上建治氏はそう言い、具体例を挙げて説明した。

「例えば将来ドローンが宅配する時代に、正しい場所にきっちり運ぶ。農業分野ではトラクターを無人化して生産性をあげる。また車の自動運転のアシスト機能などの用途において、現状のGPSを使った測位サービスの精度5~10mでは精度が足りない。そこでJAXAが行う高精度測位システム実験で測位の精度を(1mに)あげる。さらに補強信号を使ったcm級のサービス(CLAS)を活用し、これからの日本をデジタル面で支える。『インフラのインフラ』だと思っている」
たとえば種子島宇宙センターのおひざ元、南種子町で農業を営む石堂裕司さんは、農薬散布などにドローンを活用している。「今後は高齢化による人口減少で、トラクターや田植え機などのスマート農業機を導入せざるを得ないと考えている。それらの農業機はcmの精度が求められるので、『みちびき』には大いに期待している」という。
あらゆる分野からの活用が期待され、重要な役割を担う「みちびき」衛星の設計寿命は15年。「これから15年かと思うとその重さをかみしめている」と内閣府の岸本統久氏は気を引き締める。「三菱電機が開発した衛星バスDS2000シリーズを使った上で、試験検証を積み重ねてきた。(時刻情報に必須の)原子時計はバックアップを含めて3台搭載している。15年耐えてくれると考えている」(岸本氏)。宇宙で働くのが当たり前と考えられている長寿命衛星の裏には、エンジニアたちの長年にわたる知見の積み重ねや工夫がある。
4機連続成功のH3ロケット、新たな挑戦へ

「みちびき6号機」打ち上げ成功で、H3ロケットは4機連続成功となった。だが、三菱重工の五十嵐巖部長は「最初の成功からまだ1年経ってない。5号機は色々新しいことがわかる。データを積み重ねて、開発や量産のプロセスに反映していく」と語った。
この点を三菱重工H3プロジェクトマネージャー志村康治氏に聞いた。「5号機は4号機と形態も飛ぶ軌道も同じ。でもロケットは使い捨てで毎回新しいハードウェアを作りあげていく。同じ仕様でも物にはばらつき、つまり個体差がある。そういうばらつきをいかにシステムとして上手にロケットに組み上げていくかが課題。手順などをブラッシュアップしてより良いロケットに仕上げていく。そうした課題が今回もありました」とのこと。
そして来年度、H3ロケットは新たな挑戦が続く。これまでの4機はメインエンジンが2基、両脇の固体ロケットブースターが2本の22形態だった。新たに打ち上げるのは30(さんまる)形態。固体ロケットブースターがなく、メインエンジンを3基搭載(日本の大型ロケットで固体ロケットブースタなしで液体エンジンだけで発射するのは初めて!)。30形態はH-IIAロケットの約半額の打ち上げ費用を目指す。「H3ロケットの象徴的な機体がお目見えする」(H3ロケットJAXA有田誠プロジェクトマネージャー)。さらに、来年度は新型宇宙ステーション補給機HTV-Xを塔載した24形態(メインエンジン2基、固体ロケットブースター4本)も打ち上げ予定だ。

これら新形態の課題はなんだろう。有田プロマネによると「30形態は3基のエンジンがしっかり立ち上がるまで発射台に固定しておき、立ち上がったら検知して一気に放す『ホールドダウンシステム』が要。少しでもばらついた動きをすると不測の事態が起こりかねない。確認試験を近々始めたい」。
そして30形態の打ち上げではこれまで見たことがない光景が見られそうだ。有田プロマネによると「ロケットが飛び上がっていくときの炎は、実はほとんどが固体ロケットブースターの炎。LE-9からの排気はただの水蒸気なのでほとんど見えない。いったいどんな風にみえるかは、私自身も楽しみにしている」とのこと。これは楽しみだ。
24形態については「H3ロケットの最強バージョン。発射の時の音とか熱、特に(4本の)固体ロケットブースターから強烈な熱が発生するが、それを機体が受け止められるかをしっかり見ていかないといけない」。
つまり、来年度はH3ロケットのフルラインナップがお目見えすることになる。「3つのバージョンをそろえることは(関係者の)悲願だった。お客様の多種多様なニーズにこたえていく。H3を使って頂ける一歩になるのではないか」(有田プロマネ)。30形態も24形態も、これまでのH3ロケット(22形態)打ち上げとは音も光も振動も異なる「別次元の打ち上げ体験」になるかもしれない。現場で体感してみたいものだ。
夜中3時にロケットを見に集まる人たち


今回のロケット打ち上げ取材はかなりハードだった。2月2日(日)の3時にロケットが整備組立棟から射点に向けて移動。南国・種子島とはいえ、夜中はかなり冷え込む。そして当初の打ち上げ予定から1日延期になった。ロケット打ち上げ時は島の内外からロケットファンが集結するが、今回は見に来る人がいるのだろうか・・いるとしたらどんな人?
そんな興味を胸に、3時の機体移動はロケットにもっとも近いプレススタンドではなく、一般の人が見学できる小型ロケット発射場跡に行ってみた。風も冷たく、いつもより人が少ない。だがロケットが移動を始めると、徐々に人が集まってきた。聞けば岡山から、大阪から、鹿児島から。
岡山からキャンピングカーで愛犬と一緒に初めて打ち上げを見に来られたのは、坪井さんご夫妻。10年以上前からロケット打ち上げを見たいと思っていた奥様が、車中泊をしながらロケット打ち上げを見たこつぶちゃんのYouTubeを見て「涙が出るほど感動して。意を決してやってきました」。だが種子島到着直後、延期を知る。帰りの便の都合で打ち上げを見ることはできないが、せめてロケットの雄姿を眺めたいと機体移動を見に。「次は3週間ぐらい余裕をもって、また来ます!」と語ってくださった。フェリーでは山形から打ち上げを見に来られた方と情報交換をしたらしく、こうやって宇宙好きの輪が広がっていくのだなと嬉しくなる。
鹿児島からきたKimihiroo_さんも車中泊。約3年前に鹿児島本土からロケット打ち上げを見たが、今回は種子島で見たいと、ふるさと納税の返礼品で恵美之江展望公園の見学優先席をゲット。農業分野の仕事に従事してきたが、いずれは宇宙に関わる仕事がしたいと話す。
「カウントダウンの時はワクワクと緊張が入り混じっていました。そしてその時間がやってきた時、煙、光、音、スピードetc、すべてが想像以上でした! そこにいる皆さんとその瞬間を共有できたことも嬉しかったです。またこの瞬間を味わうために、種子島に来たいです」と写真を添えてメールを下さった。

他にも「知人が衛星の開発に携わったので」と見学に来られた方も。たくさんの人の想いを載せて、ロケットは天を目指す。そして先端の「みちびき」は今後長い年月にわたって、宇宙から信号を送り続ける。これからスマホのマップで位置情報を見るときは、宇宙の「みちびき」の存在や「みちびき」を運んだロケット、それらの成功のため尽力する人たちのことをぜひ思い出してほしい。
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