2010年8月23日 vol.57
南の夜空に輝くひしゃく:南斗六星
空に浮かび上がるひしゃくといえば、誰でも真っ先に思い浮かべるのが北斗七星だろう。このシリーズの第4回でも取り上げたが(参照:vol.4『北斗七星』)、明るい星の少ない北の空での存在感はとても大きい。北斗七星がもっとも高く見えるのは春。見事なひしゃくは、夏には次第に北西の空に傾き、やがて北極星の真下へ隠れて見えなくしまうのだが、実は、この季節にはもうひとつのひしゃくが、南の夜空に輝いているのをご存じだろうか。
参考:8月31日午後8時の南の空(東京)ステラナビゲータVer.8/アストロアーツで作成しました
南のひしゃくは、いて座という星座の一部で、六つの星を結んだものである。東洋では、北斗七星に対して、こちらを南斗六星と呼んでいる。南斗六星は全体が天の川に埋もれていて、そのひしゃくは下向きになっているために、あたかも天の川の水をすくうように見える。そのため、英語圏では、北斗七星をBigDipper、 南斗六星を天の川(Milky Way)のミルクを掬う Milk Dipper と呼んでいる。いて座は、神話上のケンタウルス族の中でも音楽、医術、そして狩猟にも長けた偉人であるケイローンが、矢をつがえている様子に見立てたもので、南斗六星はちょうどケイローンの手首から矢の上半分のところに相当する。
南斗六星を探すのは、北斗七星に比べると難しい。北斗七星は、明るい星の少ない北の空にあって、それだけで目立つが、こちらはまわりにも明るい星が多いので、わかりにくいのである。また、南斗六星は、そのサイズが小さいことも見つけにくい理由である。端から端まで14°程度しかなく、北斗七星の25°に比べて半分強しかない。さらに構成する星たちも暗い。南斗六星は、ひとつだけが2等星、残りの4つが3等星で柄の先の星は4等星。その明るさでも、ひとつだけが3等星で、残りはみな2等星という北斗七星にはかなうべくもない。
だが、それだけに見つけたときの喜びも大きいはずだ。まずはほぼ真上の空に、夏の代表である夏の大三角を見つけ、そのうち最も南に低い一等星わし座のアルタイルからはじめよう。これは七夕の彦星である。アルタイルから、まっすぐに南の地平線に目を向ける。腕を伸ばした握り拳をつくって、アルタイルから南の地平線に向けて、4つ分ほど下がったところを注目してみると、そこに歪んだ台形が見つかればしめたものである。台形の右上の星は2等星で最も明るいので、目立つはずである。この台形を、ひしゃくにみたてて、さらに右上に伸ばそうとすると、2つの星がつながって、やや反り返った柄となっているのがわかるはずだ。
東洋では南斗六星は生を、北天の北斗七星は死を司るとされている。中国には、これにちなんだ面白い昔話が伝わっている。高名な占い師が、麦畑で働くある子供に出会い、「かわいそうに。この子は一九歳までしか生きないだろう」と占った。驚いたその父は、なんとか助かる方法はないか、と必死でお願いした。天命はどうにもならないといいながら、占い師は秘策を授けた。
「上等の酒と鹿の肉の干物を用意して、明日、南の山の大きな桑の木の下で碁を打っている老人たちに黙って差し出しなさい。」
翌朝、父子が赴くと、確かに二人の仙人が木の下で碁を打っている最中だった。一人は北側に座り、白い着物を着て怖い顔を、もう一人は南側に座り、赤い着物を着ていて優しい顔をしていたという。二人は、黙って差し出された酒を飲み、肉を食べた。そのうち、怖い顔をした仙人は、父子を追い立てようとした。しかし、優しい仙人は、「さんざん飲み食いして、それはなかろう」と、懐から帳面を取り出した。そして子供の名前を見つけると、確かに「寿命十九歳」とあった。そこで、その仙人は筆を取りだし、「十九」の上に「九」を書き加え、「これで良いな」と言ったという。北側の仙人は死を司る北斗七星の精、南側が生を司る南斗六星の精だったわけである。
今夜は皆さんもぜひ南斗六星を探し出してみよう。もしかすると、ほんの少し、南斗六星のご利益にあやかれるかもしれない。