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星空の散歩道

2011年6月24日 vol.67

南の空に輝く魚釣り星

 夏らしい星たちが東から上ってくる新暦七夕の7月7日、星座をデザインした特殊切手「星座シリーズ」第一集が発売される。

 いままで星座がデザインされた切手は、単発のものしかなかった。1953年に発売された東京天文台創設75年記念切手には、北極星と北斗七星、カシオペヤ座が 描かれ、1978年の同創立100年記念切手には、オリオン座が描かれている。珍しいところでは、1999年に長野のふるさと切手だろう。「東大木曽観測所と御嶽山」の背景には、星座ではなく、いっかくじゅう座のバラ星雲がデザインされている。

 しかし、今回のように、多くの星座がデザインされているシリーズものは、日本では初めてである。最初の第一集は、9つの夏の星座たちがデザインされた、実にさわやかな切手のセットだ。さらに嬉しいことに国際天文学連合で定められた星座だけでなく、日本固有の星座もデザインされ、紹介されている。第一集で取り上げられているのは、南の空に輝く、さそり座の和名版、魚釣り星である。

7月7日21時(東京)の星座です。ステラナビゲータ/アストロアーツで作成しました。

7月7日21時(東京)の星座です。ステラナビゲータ/アストロアーツで作成しました。

 さそり座は何度見ても実に見事な星座である。その中心に輝く一等星アンタレスから右上に並んだ星がちょうど、さそりの目とはさみにあたる。アンタレスから逆に左下へ続くS字状のカーブの星の配列が猛毒のしっぽに見立てられている。なるほど、その姿は図鑑で見るさそりにそっくりで、ぴったりとはまった星座といえるだろう。現在の西洋星座の源流となるメソポタミア地方(現在のイランやイラク付近)あたりの砂漠では、さそりは身近なものだったに違いない。さそり座は、黄道十二星座の中でも、最古の星座のひとつなのである。

 このさそり座の大きなS字カーブを描く明るい星の配列を、日本では釣り針にみたてて、魚釣り星と呼んできた。S字のカーブのしっぽの部分が、ちょうど天の川の中に浸っているせいもあってのことかもしれない。瀬戸内地方を中心として、古くから呼ばれてきた名前だが、海洋国などでは、同じようにさそり座の星の配列を釣り針に見立てることが多い。第一集には、こと座、はくちょう座、わし座などに混じって、この魚釣り星が加わり、全部で10枚の切手セットになっている。

 さそり座で、最も輝いている一等星アンタレスに注目してみよう。大都会では、さそり座全体を眺めるのは難しいが、アンタレスだけはなんとか見える。いかにも夏の暑さを予感させるがごとく、真っ赤な一等星である。アンタレスは、さそり座の心臓にあり、もともと火星の敵という意味である。火星が夏に地球に接近する場合、アンタレスのあたりで並んで輝くことが多く、その赤さを競っているように見えるからである。宮沢賢治の銀河鉄道の夜にも、赤々と燃える「さそりの火」として登場している。真っ赤なアンタレスは、日本では「赤星(あかぼし)」、「豊年星」、あるいは「酒酔い星」などとも呼ばれていた。

 アンタレスは天文学的には赤色超巨星という分類に属する。その大きさは太陽の700倍以上もある老人の星である。比較的質量の大きな星が、老人になってくると星の外層がどんどん膨れて、このように巨大な星になるのである。これだけ大きいと、地球の軌道も星の中に飲み込まれてしまうほどだ。そうなると、星の表面は星の芯からずいぶんと遠くなって、冷えてくる。そのために、太陽の表面のように黄色い色ではなく、温度が下がって赤い色になるのである。太陽の表面の温度は約5600度だが、アンタレスは3500度である。また、その明るさも不安定である。なにしろ、ぶくぶくに膨れた超巨星だが、ほんの少し縮んだり、膨れたりするだけで、その明るさは大きく変わる。といっても、アンタレスの場合は、0.3等ほど変化するだけである。変光に周期性はなく、不規則変光星と呼ばれる一群に属している。

 さそり座のあたりに、アンタレスを初めとして、これほど明るい星たちが、巨大なS字状の星の配列をなしているのには理由がある。星座そのものが天の川の近くにあって、明るい星がたまたま多いこともあるが、それだけではない。このあたりの輝星は、もともと「さそりーケンタウルスOBアソシエーション」と呼ばれるグループなのである。OBアソシエーションとは、質量の重い星たちがたくさん生まれた散開星団の名残で、ばらばらになりかけたものだ。そのために、メンバーには明るい星が多いのだ。このグループには、アンタレスだけでなく、遠く離れた冬の星座のカノープスや、南十字星などもそのメンバーと思われているというから、驚きである。夏の南の空に輝く、魚釣り星と、アンタレスの赤い輝きを、ぜひ堪能してみてほしい。