研究員たちから「やり投」
についての
リサーチ結果
を紹介するぞ。
チェック
ルーツは狩猟、古代ギリシャでスポーツ競技に
陸上競技「投てき種目」の1つ、やり投。起源は、人類が狩猟時代に生み出した投槍(なげやり)にさかのぼります。長い柄(え)の先に鋭い穂先を付け、離れた距離からエイっと投げ、鋭い牙や爪を持つ獲物を倒す。やりを投げる名手は、きっと尊敬を集めていたことでしょう。その後、古代ギリシャ時代に催された祭典「古代オリンピック」で、やりの飛距離を競う競技が生まれました。
やり投がスポーツ競技として復活したのは、20世紀に入ってからなんだって。それからずっと、オリンピックの正式種目になっているよ。
障がいのあるアスリートも活躍!
やり投で思い浮かぶのは、肩のうえにやりを構え、助走して投げるスタイルですが、パラスポーツの陸上競技では、静止状態から「投てき台」を使うことがあります。投てき台は、立位(立った姿勢)で競技が行えない、車いすの選手が使う器具。投げる動作で足やお尻が浮かないよう、ベルトでしっかり固定するので、しっかり力を入れて投げられます。自らの競技スタイルや体型に合わせて、選手たちは規定内で独自の投てき台を製作します。
投てき台は「やり投」のほか、「円盤投」と「砲丸投」、それにパラスポーツの陸上競技にしかない「こん棒投」の種目で使われるのよ。
定められた規格のやりを、いかに飛ばすか?
やりの規格は、男子が全長2.6〜2.7m、重量800g以上。女子が全長2.2〜2.3m、重量600g以上と定められています。形状は、頭部と後部が徐々に細くなっていく紡錘(ぼうすい)型。地面に刺さる頭部は金属製ですが、柄は金属、木、ファイバーとさまざまな種類が。ファイバー製は柔らかく“しなり”を生む一方、硬い金属製は風の影響を受けにくいといった特性が見られます。
やりの素材によって、個性もさまざま。例えば、追い風が吹いている場合は、風の影響を生かせるファイバー製。向かい風だと風の影響を受けにくい金属製にする、といった具合に使い分けられるんだ。
助走して投げ、フィールドの内側へ着地させる
現在のやり投世界記録(男子)は100m近く。スタンドにいる観客の視線を集める花形種目です。選手は幅4m、長さ30m(国際大会の場合は33.5m)以上の助走路を走った後、半径8メートルの円弧のスターティング・ライン(投てきライン)手前から、有効角度(28.96度)内の有効区域から外に出ないようにやりを投げます。投てきは1人3回、そのうち最も遠い飛距離が記録になります。スターティング・ラインから足が出たり、やりの頭部よりも先に後部が地面に落ちたり、やり全体が同時に着地したりすると、いずれもファウル(無効)です。
やり投の記録には「追い風参考」などの制限はないから、やりを風に乗せられれば、その分だけ有利に。風を読むのが大切なのね。審判に白旗が振られてから、1分以内に助走体制に入ればセーフ!
やりにスピードを乗せる、ムチのような動き
やりでもボールでも、何かを投げるときは放たれる瞬間のスピードを速めれば、それだけ速く、遠くまで投げられます。つまり、身体の末端にある手をいかに速く、ムチのように振り抜けるかが重要です。腰から肩、肩から肘、肘から手にモノを飛ばす力(運動エネルギー)を効率よく伝えるため、選手たちはフォームの確認に余念がありません。
やり投という競技には、まったく同じフォームの選手がいないとも言われているよ。それだけ選手の一つ一つの挙動には、これまでの知識や経験が反映されているんだね!
なんと、シューズの形が左右で違う!?
バネのような筋肉の動きが生み出す力に加え、やり投で大切なのが助走が生み出す力。トップスピードで蓄えられたエネルギーを殺さず、やりへ無駄なく乗せられるよう、終盤はクロスステップ(横走り)の動作に移りつつ、投げる瞬間、“ビタッ”と足を踏ん張って止めます。そのため、右投げの選手のスパイクシューズは、踏み切る側の左足が足首まで覆うハイカットでねん挫を予防する形に。蹴り出す右足のつま先はグラウンドを激しく擦ることも多いため、厚いカバー仕立てになっているのです。
全速で助走してきた選手は、投げたやりが地面に接するまで踏み切り線を越えるのはもちろん、助走路から横に出てもいけないルール。勢いあまって転がってしまったら、ファウル(無効)の危険があるわ。
やりの飛びすぎでルールが改定
記録更新の瞬間を目の当たりにするのは、競技を観戦する楽しさの一つです。でも、やり投の場合はスケールが違いました。1984年、東ドイツの選手が人類初の100m超えを達成。その世界記録が契機となって、やりの飛びすぎが他の競技者や観客におよぼす危険性が議論されました。その結果、それまでよりも飛距離が抑えられるよう、やりの重心の位置を変更するルール改定が行われました。現在の公認記録は、それ以降に生まれたものです。
競技場内で観戦する陸上競技だから、みんなの安全のためには仕方ないのだけれど、100m超えの大記録、見てみたかったよ!
禁じ手になった、幻の回転投法
回転の速度が速まるにつれ、末端に伝わる量を増していくエネルギーに「遠心力」があります。ハンマー投げや円盤投げ、砲丸投げで回転投法を行う場合には、この遠心力を利用して遠くまで投てきします。やり投でも20世紀半ばまでは回転投法が認められていて、世界記録も生まれたそうです。しかし、危険防止の観点からルールで禁止され、現在では事実上、1種類の投法だけになっています。
さまざまな投法が選べる円盤投げや砲丸投げでも、世界の有力選手は回転投法を使っているわ。それだけ遠心力ってスゴい力なのね。
パワーが肝心! やりは意外と重たい
投てき種目に限らず、上から振りかぶってモノを投げるすべてのスポーツのうち、最も重たい道具を使うのが、やり投です。例えば、女子が使う600gのやりは、ハンドボールやラグビーボールよりもかなり重く、男子バスケットボールで使うボールに匹敵する重さ。それを何十mも先へ飛ばすわけですから、助走のスピードと投てきの瞬間のパワー、両者から生まれるエネルギーを、やりまでスムーズに伝える動作が必要なのです。
バスケのシュートを50m先のゴールリングに決めるイメージをしてみたら、とてつもない力が必要だとわかったよ……。
えっ!? やりは他の選手と貸し借りOK
やり投におけるユニークなルールに、やりを選手同士で貸し借りできるという決まりがあります。大会が行われる競技場では、検査に合格した各選手のやりが1箇所に置かれます。その日の風や身体のコンディションによって素材の異なるやりを選べるので、すべての選手たちが同じ条件で競い合えるのです。
道具の優劣ではなく、純粋な選手の技能や身体能力で勝負する、この伝統。やり投という種目に、スポーツマンシップを感じるわ!
2020年2月公開