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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.38

ウェッブ宇宙望遠鏡と「生命の星」

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(以下、ウェッブ宇宙望遠鏡と呼ぶ)が打ち上げられて、早いもので、もうすぐ2年が経とうとしている。

口径約6.5メートルという、怪物級の大きさの宇宙に浮かぶ望遠鏡。得られる画像も人類が眼にしたことのない鮮明さであれば、かかった総予算も桁違いである。まさに人類がこれまでもった最高級の科学装置といっても過言ではない。

2021年の12月に打ち上げられたウェッブ宇宙望遠鏡は、その後、主鏡と副鏡を展開し、地球から150万キロメートル離れた収まるべき軌道に収まって、順調に観測を行っている。

ウェッブ宇宙望遠鏡は何を観て、何を明らかにしようというのか。それは、主に次の4つである。

  • 1)宇宙最初の星はいつどのように生まれたのか
  • 2)銀河の巨大な構造はどのように進化していくのか
  • 3)星が生まれようとする場では何が起きているのか
  • 4)太陽系外惑星や太陽系の天体に生命存在の兆候はあるのか

という謎に迫ろうとしている。

上の 1)と 2)については、前のコラムでも少し紹介した(参照:第24回コラム「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡—天文観測新時代の到来」)。今回は、上の 4)つまり「生命の星」に迫る最近の成果を紹介したい。

打ち上げから約2年が経とうとする今、天文学者たちはウェッブ宇宙望遠鏡を使って、「生命の星」に迫る成果を次々に挙げている。この人類史上最高の科学装置の一つが、その真価を発揮しようとしているのである。

エウロパのドライアイス

ウェッブ宇宙望遠鏡で、あの木星の衛星エウロパを観測したら、いったい何が観えるのだろう。この望遠鏡が打ちあがるずっと前から、僕は人知れずそれを楽しみにしていた。

エウロパは、宇宙に浮かぶ氷の天体である。その氷地殻の下に、広大な地下海が広がっていることで知られる。その海底には岩石があり、岩石は木星との間の潮汐によって加熱されている。地球の深海と同じような環境があると期待され、生命も存在するかもしれない。

同じような天体に、土星の氷衛星エンセラダスがある。

エンセラダスにも地下海が存在するが、それ自体が小さい天体であるため、地下海を長期間保つことは難しいといわれる。小さい天体ほど、熱を内部に保つのは難しく、すぐに冷えてしまうためである。コップのお湯はすぐ冷えるが、風呂のお湯は冷めにくいのと同じである。

その点、エウロパは十分に大きい天体で、太陽系誕生から現在まで45億年間、つまり地球と同じだけの長期間、液体の海を地下に保つことができる。生命の進化には、億年スケール以上の時間が必要であることを思えば、エウロパでは生命が誕生だけでなく、進化しているかもしれない。

その観測結果がいよいよ公開された。まず、二酸化炭素の氷、つまりドライアイスが、エウロパの表面に検出されたという。それも、エウロパにウェッブ宇宙望遠鏡が鏡を向けて、ほんの1秒程度の時間で、文字通り瞬く間に見つかってしまった。

ウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ(NIRCam)で撮影されたエウロパ。白く見える場所がカオス領域。(提供:NASA, ESA, CSA, G. Villanueva (NASA/GSFC), S. Trumbo (Cornell Univ.), A. Pagan (STScI))

カオス領域とエウロパの海水

ウェッブ宇宙望遠鏡でエウロパの表面を観測すると、ドライアイスはある特別な地域に濃集して存在していることがわかった。その地域とは、「カオス領域」と呼ばれる場所である。

カオス領域では、割れた氷の巨大なブロックが、ある場所では割れ重なり、またある場所ではせめぎ合うようにして存在している。ちょうど、地球の流氷や氷山が割れて、折り重なるように。

2013年撮影された南極の氷山の衛星写真。(提供:Imagery Copyright 2013 DigitalGlobe, Inc./Provided through the NGA Commercial Imagery Program by Polar Geospatial Center)

その独特な地形から想起されるように、エウロパのカオス領域は、内部の暖かい海水が、表面の氷を融かしながら、表面に現れ出た場所であろうといわれる。その際、もともとあった表面の氷が一部割れ、動き、そしてその躍動する姿のままに再び凍ったため、巨大なブロックが割れ重なるような地形ができたとされる。

このカオス領域は、エウロパ表面のなかでも、とりわけ若い地質年代を示す。つまり、この場所に暖かい海水が現れ出て、ブロック状の地形を作ったのが、ごく最近であるということである。ごく最近というのは、もちろん地質時間スケールでということであるが、それは100万年前かもしれないし、あるいはわずか100年前かもしれない。現在も、このカオス領域の地下には、ごく浅い地下に海水の層が残っているのではないかと期待されている。

このカオス領域に、ドライアイスが濃集しているという事実は何を示すのか。それは、すなわち、エウロパの海水に二酸化炭素が含まれているということを示唆している。

エウロパ表面のカオス領域の写真。横70キロメートル、縦30キロメートル程度の表域のクローズアップ。(提供:NASA/JPL/U.Arizona)

二酸化炭素は、炭素と酸素の化合物である。この炭素を還元すれば有機物ができる。実際、地球の大気や海に溶けた二酸化炭素は、植物や微生物によって還元され、生命を形作る有機物となっている。特に、メタン菌と呼ばれる原始的な微生物は、生存に太陽光を必要とせず、地球の深海底にもたくましく生息する。エウロパやエンセラダスのような地下海に生命がいるのであれば、おそらくメタン菌のような生命だろうといわれる。メタン菌は、二酸化炭素を使って呼吸し、自身の体を作る有機物の炭素の材料にもしている。

エウロパの海には、メタン菌が使えるほど二酸化炭素が十分に存在しているのかは、長らく疑問視されてきた。エウロパは、それが周回する中心の木星とともに、太陽系形成の初期に誕生した。木星ができるときに、周囲に残った氷と岩石の材料でできた衛星がエウロパである。

もし木星が、原始太陽系における太陽から遠い低温領域でできたのであれば、二酸化炭素など炭素でできた化合物がエウロパの材料にも含まれることになる。逆に、高温であれば、二酸化炭素など炭素に乏しいエウロパができあがる。

エウロパに二酸化炭素が見つかったというのは、生命の可能性というだけでなく、木星やエウロパがいかに誕生したかということにとって大きな知見となる。

トラピスト-1星系

ウェッブ宇宙望遠鏡によるもう1つ興味深い発見が、太陽系外惑星からもたらされている。

トラピスト-1(TRAPPIST-1)と呼ばれる星は、直径が太陽の10パーセントほどしかない赤色矮星と呼ばれる小さな星である。赤色矮星自体は、この銀河系において、まったく珍しい存在ではないが、トラピスト-1が注目されるのは、これが地球サイズの惑星を7つも持っていることによる。しかも、地球から40光年という、銀河系全体でみれば、「太陽系のとなり」と呼んでもよいほどの近さに存在するためである。

恒星を周る惑星は、恒星からの光に照らされて地表面の環境が決まる。恒星に近ければ受けるエネルギーは大きく、表面は高温になる。一方、遠ければ、低温の氷の惑星となる。前述のエウロパは、まさに太陽から遠いがために氷天体となっている。

トラピスト-1には、7つの惑星がまるで数珠繋ぎのように存在しているが、その惑星には、内側からトラピスト-1b、1c、1d、…とアルファベット順の名前がつけられている。ちょうど、地球が太陽から受けるエネルギーと同じくらいのエネルギーが惑星トラピスト-1dや1eに降り注ぎ、また金星と同じくらいのエネルギーを惑星トラピスト-1cが受けている。特に、惑星トラピスト-1cは大きさも重さも金星と同じくらいであり、金星の双子惑星といってもいい。

ウェッブ宇宙望遠鏡による、惑星トラピスト-1bと1cの観測結果も公開された。これまで大きさと重さしかわからなかったこれらの惑星に、どんな地表環境があるのかを明らかにしたのである。

トラピスト-1惑星系の想像図。7つの地球型惑星が数珠つなぎに、赤色矮星の周りをまわっている。想像図では大気のある惑星のように描かれているが、現実には、内側の2つの惑星には大気がほとんどないことがわかった。(提供:NASA/JPL-Caltech/R. Hurt, T. Pyle (IPAC) )

裸の惑星とその理由

驚くべきことに、金星と双子のような惑星トラピスト-1cにも、その内側を周る惑星トラピスト-1bにも、大気がまったく存在しないという結果がもたらされた。ちょうど地球の月のように、岩石がむき出しの「裸の惑星」だったのである。

太陽系の金星は、厚い二酸化炭素の大気を持っており、これによる強烈な温室効果で、地表は400℃を超える高温になっている。二酸化炭素以外にも、硫酸の雲も存在し、かつては金星にも水蒸気が地球の海水と同じくらいあったともいわれている。

中心の星から同じような場所に、同じような大きさで生まれた惑星トラピスト-1cに、金星のような大気がないのはなぜであろうか。

考えられる可能性の一つは、中心の星のタイプの違いである。惑星トラピスト-1cが周る赤色矮星は、頻繁にフレアと呼ばれる高エネルギーのプラズマの激しい嵐を吹き出す。特に、星に近い位置を周る、惑星トラピスト-1bや1cのような惑星たちは、このプラズマの嵐にもろにさらされる。仮に、惑星が金星のような大気を持っていたとしても、このプラズマの嵐で大気が吹き飛ばされたのかもしれない。つまり、最初は服を着ていたが、無理やり脱がされて「裸の惑星」になったというのである。

もう一つの可能性は、そもそも惑星トラピスト-1cを作った材料物質に、大気のもとになる炭素や硫黄などが含まれていなかったというものである。前者との対比でいえば、こちらは惑星がそもそも「裸」で生まれたということになる。

上のエウロパの説明でも述べたが、大気を作る二酸化炭素や海になる水などの分子は、恒星から遠い低温領域で凍結することで、惑星の材料に含まれる。太陽系では、外側の低温領域でできた二酸化炭素や水を含む惑星の材料と、内側のそれらに乏しい惑星の材料が、ほどよくかき混ぜられることで、地球や金星に大気や海が生まれた。しかし、このような惑星材料のかき混ぜが、どんな星の周りでも普遍的に起きることなのかはよくわからない。

木星があるという僥倖

原始太陽系において、このかき混ぜを駆動したのは、木星のような巨大なガス惑星だといわれる。木星はその巨大な重力で、小天体の軌道を大乱しに乱し、太陽系の内側と外側の材料をほどよくかき混ぜるのである。「はやぶさ2」が訪れた小惑星リュウグウにも、もともと太陽系の外側低温領域にあり、木星によって小惑星帯まで運ばれてきた(参照:第31回コラム「リュウグウの有機物は何を語るか」)。

確かに、トラピスト-1には7つの地球のような大きさの惑星があるが、木星のような巨大ガス惑星は存在しない。それがないがために、トラピスト-1では、最初から材料のかき混ぜが起きなかったのかもしれない。

大気がない理由がどちらなのかは、今後、地球と同じような位置を周る惑星トラピスト-1dや1e、さらに遠くの惑星たちを、ウェッブ宇宙望遠鏡が観測することで明らかになるかもしれない。幸いにも、これら惑星の観測もすぐに行われる予定である。

もし、トラピストの惑星がもともと「裸」で生まれたのだとすれば、太陽系は、木星のような巨大ガス惑星が誕生したおかげで、地球にも大気や海が生まれ、それにより生命がはぐくまれたといえなくもない。そうであるならば、僕らは夜空に木星が輝いているという僥倖に、もう少し感謝せねばならない。

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