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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.49

目に見えない生命圏—ダーク・バイオスフィア

目に見えないものを、どう僕らは理解したらよいのだろう。

たとえば、それはかつて原子や素粒子がそうであった。古代ギリシア、デモクリトスの時代から万物をなす最小かつ根源的な構成要素として、目には見えない“原子”という概念があった。19世紀に至るまで、原子あるいはそれを構成する素粒子の直接的な証明はなかった。物理学者たちの多くは、目に見えないものを仮定し、その存在を実証せんと試みてきた。そして、その試み自体が、自然科学を前進させてきた。かの湯川秀樹のことばを借りれば、

“原子から出発した科学者たちの方が、原子抜きで自然現象を理解しようとした科学者たちよりも、はるかに深くかつ広い自然認識に到達し得たのである。「実証されていない物事は一切、信じない」という考え方が窮屈すぎることは、科学の歴史に照らせば、明々白々なのである(「おりにふれて」)”ということになる。

現代の物理学においても、目に見えないものとして、ダークエネルギーやダークマターがある。この宇宙を構成する物質エネルギーのうち、およそ70%は正体不明なダークエネルギーであり、およそ25%がダークマターだといわれる。僕らのよく知る物質やエネルギーは、宇宙全体の5%ほどでしかないらしい。

あるいは、マルチバースというものもある。この宇宙(ユニバース)は唯一(ユニ)ではなく、多重(マルチ)宇宙の1つであるという仮説である。当然、僕らのいる宇宙から、他のマルチバースはまったく見ることができない。これほど科学的に実証不能なものはないが、同時に、これほどこの世界はどうなっているのかという根源的な疑問に直結する科学もない。

僕らは、とかく目に入ってくる情報や自身の感覚に、その認識を大きく左右されがちである。真実は、ひょっとして、それらを疑った先にあるのかもしれない。

実は、ダーク・バイオスフィアというものもある。ダークエネルギーのように、目には容易に見えない生命圏(バイオスフィア)のことである。

あえて誤解されやすい書き方をした。ダーク・バイオスフィアとは、僕らの目前に広がる生命圏とはかけ離れたところにある、地球上の見えざる地下の生命圏のことである。

地下生命圏

地下生命圏、ということばをお聞きになった方はいるだろうか。

文字通り、僕らが地上で見ることのできる生命圏ではなく、地下深くに宿る生命圏である。これをダーク・バイオスフィアと呼ぶ。

地表の生命というのは、ある種、太陽からの光のエネルギーを分け合って生きてる。太陽光エネルギーによって生きる植物などの光合成生物がいて、それを食べる生命がいる。根源的なエネルギー源は太陽光であり、それに依存した生命圏である。

一方で、太陽光のエネルギーが直接届かない地下にも生命は存在している。むしろ、地上に生きる生命圏の総量の数倍にもなるかもしれない生命が、僕らの見えない地下に生息しているといわれる。

全生物界を3分する真核生物、真正細菌、古細菌のなかで、地下生命圏をなす主役は真正細菌と古細菌だと推定されている。その真正細菌や古細菌も、地表付近にいるものと、地下生命圏のものはまったく異なる。地下生命圏は、まるで“ガラパゴス”のように異質で、未知で、多様で無数の微生物群から成り立っているというのである。

むろん、僕らは、地下を隈なく調べることはできない。地球全体から見ればごく限られた地点の地下を掘削し、そこで得られた情報を乱暴にも面的に広げて全体の地下生命圏を推定する。ピンホールから世界をのぞくようなものであり、その発見から20年以上が経とうとしているが、地下生命圏の全容の解明にはいまだ至っていない。

しかし、まるでダークマターのような、未開拓で万斛の生命世界が僕らの見えざる足下には広がっているということは、どうやら真実らしい。

南アフリカ共和国、ムポネン鉱山の地下2.8kmで発見された微生物 Candidatus Desulforudis audaxviator。直径は数マイクロメートルほど。(提供:Deep Carbon Observatory: A decade of discovery、Luc Riolon CC BY-SA 2.5

地下のエネルギー源

地下生命圏にも、エネルギー論的にいって、大きく2つの生き方がある。

1つは、地表の太陽光のエネルギーに依存したものである。どういうことかといえば、たとえば、海のなかでは、植物プランクトンや光合成細菌が有機物をつくる。これが静々と沈降し、やがて海底堆積物に取り込まれていく。堆積物のなかではこれら有機物を分解する生命が存在するが、堆積物の深くには分解を免れたわずかな有機物が埋没していく。同時に、堆積物深くでは、有機物を分解するための酸素などの酸化剤もなくなっていく。

堆積物深くで、この分解を免れた有機物を、限られた酸化剤で、極めて緩やかに分解してエネルギーを得ているのが、地下生命圏の1つの生き方である。これら有機物や酸化剤は、結局、地表の光合成生物による産物である。そのため、地下生命圏といえども、これらは太陽光のエネルギーに依存している。

一方で、太陽光に依存しない地下生命圏もある。海のなかにも、栄養素が乏しく、光合成活動がほとんど起きていない大洋の中央のような海域もある。あるいは、地表からの有機物が分解され尽くした堆積物の最下部、さらには地殻内部の岩石の内部などでは有機物が実質的に期待できない。

そういった場所には生命は存在しないかといえば、そうではない。量としては少ないものの、それでも地下生命圏は存在している。では、生命はそこでどのようにエネルギーを得ているのだろうか。

岩石と水に依存した生命圏

太陽光に依存した生命圏の生成物が届かない、あるいは存在しない、そういった場所では、生命は岩石と水からエネルギーを獲得している。

岩石には、ウランや鉛、カリウムなど、放射性元素が少量ではあるが、普遍的に含まれる。これら元素からの放射線も、生命にとってのエネルギーになる。といっても、生命が直接放射線を利用するわけではない。岩石の空隙に水が含まれていれば、放射線は水分子を分解して、還元的な食糧である水素と、酸化剤である過酸化水素をつくる。生命はこれらを食べてエネルギーを得ることができる。いわば、岩石の放射性元素のエネルギーで生きる生命圏である。

さらに、岩石中に含まれる鉄分が水と反応すると、鉄イオンや水素といった有機物に代わる還元的な食糧が生成される。海底熱水噴出孔では高温のため、この還元的な食糧が大量に生成する。熱水噴出孔に棲む生命は、この盛んな食糧生産に支えられて増殖し、その結果、僕らの目で見えるほどに生命圏自体が活況を呈している。一方で、熱水噴出孔ほど高温でない低温の地殻の内部でも、同様の反応が極めて緩やかではあるが進行して地下生命圏を育む。

こういった岩石に依存した地下生命圏の生命は、恐ろしいほどゆっくりと生きている。物質の供給や消費の速度から推定して、一個体が数千年という時間にわたって生き続けているといわれる。放射性元素でも、地殻内部の水と岩石の反応でも、エネルギーとなる物質は極めて緩やかにしか供給されない。いわば、食事が数年か数十年に一度しか与えられないようなものであり、代謝や生体の作り替えの速度を極限まで遅くするという極端な方向に進化の舵を振り切った生命のみが、地下で居住することを許される。

世界最高の海底掘削能力をもつ、日本の地球深部探査船「ちきゅう」。地下生命圏の解明にも大きな役割を果たしてきた。(提供:JAMSTEC)

地下生命圏は何を語るか

こうした地下生命圏—ダーク・バイオスフィアは、どのようにして生まれ、どのように広がったのか、どれだけ地域差があるのか、生命の起源とはどのような関係があるのか。これらの疑問はほとんど未解決である。

そもそも、地下生命圏の生命のうち、その大部分は、人類が培養不能である。その場から採取して切り離してしまうと、すぐさま死滅してしまい、その詳細を調べることができない。採取できる場所が限られるだけでなく、調べることのできる種さえも限定されているのが、ダーク・バイオスフィアと呼ばれる所以でもある。

さらに地下生命圏は、生命とは何か、という根源的な問題も提起する。生命は、機能をもつ複雑な物質でできており、これらは短時間で別の物質に変性してしまう。変性すればその物質は機能を果たすことはできなくなり、生命は死んでしまう。そうならないため、生命はエネルギーを使って体を常に作り替える。これが、地上の生命における常識である。

一方で、地下生命圏の生命は、この常識に疑問を投げかける。地下で得られるエネルギーは、僕らが生命維持に必須と思っていたエネルギーよりも少ない。地下の生命は、どうやって体を作り替えて、命を維持しているのだろうか。

僕らは、目で見えるものの理解で、世界の認識を大きく左右されがちである。真実は、やはり、それらを疑った先にあるのかもしれない。

火星の地下水

火星に話を移せば、すでに活動を停止した着陸機インサイトが得た地震波データの解析が、現在も続けられている(参照:第27回「火星に天体が衝突した?—インサイトの静かなる活躍」)。

2022年12月に活動を停止した火星着陸機インサイトが、最後に地球に送った画像。火星での地震の検出、溶けたコアの発見、マグマ火山活動の発見、そして地下水の発見など、数々の驚きと興奮をもたらしてくれた。(提供:NASA/JPL-Caltech)

先日、新たな発見があった。それは、火星の地震波の詳細な解析によると、インサイトの着陸地点の地下、およそ10〜20キロメートルの深さの地殻内部の空隙に、液体の水が大量に含まれている可能性が高いという。つまり、地下水である。

確かに、現在の火星も死んだ惑星ではない。地熱もあり、地震もあり、火山もある。かつて表層にあった液体の水の多くは、地下で凍土となっているものの、地下10キロメートル以深では、地熱のため、液体の地下水となっているらしい。

当然、僕は、地球上の地下生命圏が頭をよぎった。かつて地表付近にいた火星生命は、暗黒の地下で、エネルギーの消費を極限まで抑えて、現在でも生存しているのではないかということである。放射性元素は、火星の岩石にも当然含まれており、水と岩石の反応も起きているだろう。となれば、地球の地下生命圏と同様の生き方が、火星でなぜできないといえようか。

“「実証されていない物事は一切、信じない」という考え方が窮屈すぎることは、科学の歴史に照らせば、明々白々なのである”—湯川秀樹のことばは、火星における生命の探索を後押ししてくれるようである。

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