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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.50

探査鳴動

今回で、このコラム連載は50回目を迎えた。2020年9月以来、毎月休まず連載を続けてきたが、先月初めてお休みをいただいた。その間、いくつかのことが起きた。いずれも太陽系探査の今後を占う上で重要なことであった。今回はこれらについて、雑記的に思うがまま書いてみたい。

まず、NASAの木星衛星エウロパの探査機「エウロパ・クリッパー」が打ち上げられた。2024年10月14日のことである。

当初は、この数日前に打ち上げが予定されていた。探査機を搭載したロケットは、文字通り、発射台に括りつけられて打ち上げを待つのみという状態であったが、その発射台のあるフロリダ州ケネディ宇宙センターを、運悪く歴代最大級のハリケーン「ミルトン」が直撃した。

打ち上げを見に行った探査メンバーには僕の友人も多くいた。彼らはホテルに避難し缶詰め状態だったが、その間、ハリケーンに吹き飛ばされた隣の建物の屋根や、なぎ倒された樹々の画像を送ってきた。これらはホテルの窓から見えたらしい。見るにつけ、僕は嵐でロケットも倒れやしないかと心配したが、これは杞憂に終わった。ロケットは無事ハリケーンをやり過ごした。

ハリケーン通過から数日後、エウロパ・クリッパーは、スペースX社のロケット「ファルコン・ヘビー」によって打ち上げられた。NASAは、当初、自前の次世代大型ロケット「スペース・ローンチ・システム」で打ち上げる予定であった。しかし、固体燃料を使ったスペース・ローンチ・システムでは、その打ち上げ時に振動が大きく、探査機にダメージを与えかねないため、2021年にファルコン・ヘビーでの打ち上げに変更となっていた。

同時に、民間のファルコン・ヘビーの打ち上げ費用は、300億円程度と格安なことも大きかった。むしろ、予算の方が重要だったかもしれない。300億円で格安とはいかにと思われるだろうが、実は、スペース・ローンチ・システムの打ち上げ費は3000億円を超える。エウロパ・クリッパー探査全体の予算が7500億円程度の中、打ち上げ費を3000億円近く節約できたことは、ミッション実現にこれ以上ない前進となった。

エウロパ・クリッパー

ファルコン・ヘビーで打ち上げられたエウロパ・クリッパーは、火星に立ち寄り、地球に戻り、これら天体の重力によるスイングバイで加速して、いよいよ木星に到達する。そのため、2030年の木星到着まで6年程度の歳月を要する。一方で、スペース・ローンチ・システムの場合、その強大すぎる推進力によって、探査機は木星までノンストップで、3年程度で到着する。

つまり、3000億円節約したことで、3年余計に時間がかかるわけである。これは安い買い物だったかどうか。

実は、この3年の遅れのため、先行して打ち上げられた欧州宇宙機関(ESA)の探査機JUICEと、ほぼ同時期に木星系探査を行うことが可能になった。磁場など物理場の3次元構造が複雑な木星系を、複数機が面的に調べることができるという意味において、科学的には、この遅れは損な買い物ではなく、むしろお釣りがでたといっていい。

2024年10月14日、ケネディ宇宙センターから「ファルコン・ヘビー」ロケットで打ち上げられたエウロパ・クリッパー探査機。(提供:NASA Jet Propulsion Laboratory)

ちなみに、ESAのJUICE探査機が打ち上げられたのは、昨年、アリアン5ロケットによってであるが、こちらはエウロパ・クリッパーより多く、金星に1度、地球には3度もスイングバイせねばならず、木星到着はエウロパ・クリッパーに遅れること2031年になる。

2000年代、エウロパ・クリッパーとJUICEは、エウロパ木星系探査計画(EJSM)と呼ばれた国際木星系探査計画における姉妹機であった。紆余曲折を経て、これが当初の予定通り姉妹のように木星系を探査する。このあたりの顛末は、昨年のJUICE打ち上げ時のコラムに書いた通りである(参照:第32回コラム「木星系氷衛星探査機—JUICE打ち上げ雑話」)。

アストロバイオロジーの「本丸」

さて、エウロパ本格探査は、アストロバイオロジーにとってその本丸と呼ぶべき中核に迫るものであり、科学者が長年待ち焦がれたミッションであった。

エウロパに地下海があることが明らかになったのは、今を遡ること30年ほど前、1990年代のガリレオ探査機によってである。およそ同時期に、地球でも海底熱水噴出孔の本格探査とそこでの原始的な生命群の発見があった。

太陽光の全く届かない深海での、地熱エネルギーに依存した原始生命圏。同じく厚い氷に閉ざされ、地熱で暖められるエウロパ地下海。この両者の類似性は運命的であり、専門家でなくても、この両者を結び付けて考えた。地球の深海と同じような生命圏が、エウロパの海底にも期待できるだろうと人々は想像したのである。アストロバイオロジーの本丸と僕がいう意味は、地球外生命を自然科学の対象にし、アストロバイオロジー自体が誕生する契機となった1つが、このエウロパにあるということにある。

同時に、エウロパには、同じように地下海をもつオーシャン・ワールドと比べて、長時間に渡って海を保持しているという面白さもある。エンセラダスがいつ地下海を獲得したのかは議論が分かれる。が、多くの科学者は、比較的最近—とはいえ、数千万年前ではあるが—になって海が生まれたのではないかとも考えている(参照:第43回コラム「見かけによらぬ衛星」)。一方で、火星には40億年ほど前には海があったが、現在は海と呼ぶべき大量の液体の水は地表にはない。

エウロパは、その天体の大きさや発熱量から考えて、太陽系初期から現在に至るまで、45億年間継続して岩石を海底にもつ地下海を保持しているかもしれない。ひょっとしたら、そういった天体は、太陽系で地球の他ないかもしれず、時間的に「生命の進化」まで期待できるとすれば、それは地球をおいてエウロパの海しかないのかもしれない。

このエウロパに、約30年ぶりに探査機が向かう。最新の観測機器を満載して、である。否が応でも期待は高まる。

本丸を守る「掘」

このアストロバイオロジーの本丸であるエウロパだが、その本丸を守る「掘」というべき障壁もある。それは、木星からの放射線である。木星は強力なその磁場で、宇宙を漂うプラズマを超高速に加速する。エウロパの周辺には、この高速のプラズマが飛び交っている。このプラズマが当たれば、探査機の電気系統の導線は焼き切れ、半導体も壊れてしまう。

そういった危険を少しでも回避するため、エウロパ・クリッパーは楕円軌道をとり、プラズマの少ない木星の遠方からエウロパに近づき、近づいたと思えば離れて避難するという動きを繰り返す。

エウロパ・クリッパーの木星周回軌道。中心に木星があり、内側から2番目の破線の円がエウロパの軌道。色は放射線の強さを示す。探査機は、放射線の強いエウロパ周辺とわずかに重なる楕円軌道をとる。(提供:NASA/JPL-Caltech)

実は、このプラズマであるが、エウロパの生命にとって、意外にもいのちの源かもしれない。高速のプラズマがエウロパの地表面に衝突すると、水氷をなす分子が分解して酸素分子が生まれる。この酸素分子は、エウロパの氷に取り込まれて、ゆくゆくは地下海に運ばれる。

僕ら地球生命にとって、酸素分子は大きなエネルギーを生み出す源である。“酸素を吸って、二酸化炭素を吐く”呼吸により、僕らはエネルギーを得ている。もちろん、酸素分子以外でも、原始生命は呼吸をすることはできるが、酸素分子を使うことで、地球生命は莫大なエネルギーを得ることに成功した。その帰結として、大型化や多細胞化といった進化が可能となった。

本丸城内に閉じこもる人々にとって、その堀とは防御壁であり、いのちを繋ぐ水でもある。プラズマも、本丸を守る「掘」だけでなく、生命にとって欠くべからざるエネルギーを生み出しているとすれば、何やらその対比も面白い。

エウロパにも、酸素分子で呼吸する生命がいるだろうか。その莫大なエネルギーが、生命進化の駆動力になっているのであろうか。

各国の動向

さて、エウロパ・クリッパーについては、まだまだ語るべきことが多い。

探査ではいったい何を狙うのか、どんな観測器が搭載されているのか、エウロパ生命を発見できるのかなどであり、これらはまた語るべきときが来れば語るとしたい。

この2、3か月で起きたニュースに話を戻す。

他には、アルテミス計画の有人着陸計画の第1弾「アルテミス3号」において、有人月面着陸を行う候補地点9か所が発表となったこともある。これら候補地点は、月の南極付近の南極エイトケン盆地という超巨大クレーター内にある、中規模クレーターのリムが多い。リムとはクレーターをお椀にたとえればその淵であり、周囲から高く太陽光日射を得やすい。そして、すぐ脇のクレーターの底には、太陽光の当たらない永久影が横たわる。

「アルテミス3号」での着陸候補地点9か所(黄色の囲い部分)。いずれも月の南極付近である。(提供:NASA)

月の永久影領域には、そこが低温であるが故、月ができて以来、ふりかけのように月の外からもたらされた水分子が集まっているといわれる(参照:第37回コラム「月の水をもとめて」)。その真偽はわからないが、これもアルテミス計画で明らかになるであろう。この「アルテミス3号」は、2026年9月に予定されている。

米国政府は、アメリカ人に続いて日本人を2名、月面に送ると約束をしており、これは有人着陸探査の第2弾「アルテミス4号」になるかもしれない。僕は、日本人宇宙飛行士が初めて月面に足跡を残す場所も月の南極付近、9つの候補地点のどこかになる公算が高いのではないかと勝手に思っている。それだけ今回発表された候補地は一口に南極といっても様々あり、1回の探査で決着がつくとは考えにくい。

また今月には、NASAとESAによる火星サンプルリターン計画における「サンプル持ち帰り事業」を担う民間会社(あるいは研究所)が選定される。カプセルに搭載された太古の火星の泥のサンプルを回収し、地球に持ち帰るのである(参照:第46回コラム「岐路に立つ火星からの帰還」)。90日間スタディも終わり、より安価で、より技術的に成熟した持ち帰り案は出てくるのだろうか。

さらに、中国政府も2050年までの宇宙科学ロードマップを発表した。

これまで、太陽系探査に関しては、月や火星といった人間の活動領域の拡大における対象となる天体の探査が多かった中国だが、ロードマップには、巨大ガス惑星の探査、太陽系の起源、生命の起源、火星や氷衛星での生命の可能性、系外地球型惑星の観測と生命兆候探索など、より純粋な科学に重きが置かれている印象がある。太陽系だけではない。宇宙物理、素粒子、ブラックホール、重力波など、あらゆる宇宙科学における誰でもわかるトップサイエンスを重点項目に挙げており、総花的にも思えるが、近年の中国の推進力をみれば、すべてをやってのけそうな凄みも感じる。

総花的というのであれば、今回のコラムこそ、そうであろうか。各国それぞれ探査計画が鳴動する中、日本も2026年度、MMX探査機を打ち上げる。

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