Vol.6
生命は宇宙を渡る
今回のコラムでも、前回に引き続き、皆さんからいただいた疑問に答えてみよう。
—地球生命の祖先は、実は火星から来たという可能性はあるだろうか?
今回はこの疑問に僕なりに答えてみたい。
地球生命の起源を宇宙にもとめる考えは、実は100年ほど前からあり、今ではパンスペルミア説と呼ばれている。地球の生命はこの星の上で誕生したわけではなく、どこか別の場所で誕生し、それが宇宙空間を旅して、繁殖可能な惑星 — つまり地球にたどり着き、僕らの祖先となったという仮説だ。
この仮説が事実であれば、僕らの生命観は一変する。もし、生命が地球と火星の距離を超えて行き来したのであれば、地球と火星の生命は生物学的に同一の系統となろう。さらに、木星の衛星エウロパや、土星の衛星エンセラダスの氷で覆われた地下には広大な海が存在する。これら天体からも地球や火星に生命が行き来できれば、太陽系における生命はすべて遺伝学上一つの系統、すなわち一つの家族となる可能性もある。
今回はこのパンスペルミア説についてお話ししよう。
惑星間の物質移動
地球と火星の間の生命の行き来は可能であろうか。岩石であれば、これは可能である。僕らはすでに火星の岩石を手に入れている。
火星隕石と呼ばれるものがそれである。火星隕石は、火星に噴出したマグマが冷え固まって誕生した岩石である。あるとき、別の小天体の衝突で、火星から岩石が宇宙に放り出され、長い間宇宙空間を放浪したのち、その欠片がたまたま地球に到着したのだ。
火星隕石には、太古に存在した液体の水が、岩石の内部にしみ込んでいたものも存在する。火星隕石ALH84001には、水だけでなく、微生物のように見える炭素質の物質まで見つかっている。詳しくは、「We are from Earth.」第1回のコラムに書いた通りである。
火星隕石は、これまで200近い数見つかっている。人類が発見できた数がその程度なので、地球の歴史全体を通じてみれば、無数の火星隕石が地球に飛来していると言ってよい。
では火星の地表面の岩石に微生物が生息していたら、と皆さんは考えるだろうか。たまたま宇宙空間に放り出された岩石に、微生物が生息していたのならどうなるだろう。
そのような微生物が、火星隕石と一緒に、地球に到達することもできるのではないだろうか。しかし、これまでは、岩石に付着した微生物が惑星間を移動する可能性については否定的な考えも多かった。小天体の衝突で火星を飛び出すときの衝撃や、地球大気に突入するときの摩擦で、岩石の欠片は高温に熱せられてしまうからである。大気突入時の摩擦による温度は2000℃を超える。とても生命が生き延びることのできる温度ではない。
磁力をもつ岩石
このような高温が生命の惑星間移動を妨げるという従来の考えを、真っ向から否定したのはカリフォルニア工科大学・教授のジョセフ・カーシュビンクさんである。実は、彼は僕の同僚でもある。彼は、東京工業大学にも主任研究者として在籍しており、日米の理工系大学を兼務する稀有な研究者である。
彼の専門は磁石である。しかし、なぜ磁石とパンスペルミア説が関係するのだろう。その関係性はこうである。
実は、彼が研究しているのは、磁石と言っても、岩石や生命に含まれる自然界に存在する磁石である。岩石中には、磁性鉱物と呼ばれる鉄を含む鉱物が少量含まれる。これら磁性鉱物は、マグマから岩石ができるとき、周囲の磁場 — つまり地球磁場によって、わずかに磁力線の方向に磁化を帯びる。ありていに言えば、岩石は弱い磁石となる。
この岩石の磁力は、岩石が低温まで冷えても失われない。実際、富士山など玄武岩と呼ばれる溶岩には、磁性鉱物が多く含まれる。そのため、富士樹海の溶岩に方位磁針を近づけると、わずかに磁針が乱されることがおきる。
この岩石中の磁力は、岩石がもう一度高温に熱されることがあれば失われる。そして、温度が下がったときに、再びそのときの周囲の磁場にしたがって磁化を帯びる。いわば、岩石のもつ磁力の“上書き保存”である。上書きされてしまえば、前に獲得していた磁力の情報は完全に失われる。その岩石の磁力が失われる温度にはばらつきがあるが、岩石が溶ける温度の1500℃に比べれば、かなり低温で岩石の磁力の上書きが起きてしまうのだ。
隕石は宇宙船?
さて、火星隕石の場合はどうであろう。火星の岩石にも、地球と同様に磁性鉱物は含まれる。したがって、火星上でもマグマが冷え固まったとき、岩石はそのときの火星の磁場に応じて磁化する。しかし、その後、高温を経験すると、加熱時に磁力が上書きされる。火星隕石の場合、そのような加熱イベントが地球大気圏への突入であり、このとき強力な地球磁場による上書きをうけることになる。
カーシュビンクさんは、火星隕石ALH84001中の磁力の分布を詳細に測定した。その結果、火星隕石の表面の磁力は、案の定、地球の強力な磁場によって上書きされていた。この部分は高温にさらされたのだ。
ところが、火星隕石の表面数ミリメートルより内部は、まったく高温に達していなかった。カーシュビンクさんが調べると、火星隕石の磁力を上書きするのに必要な温度は約40℃であった。隕石の内部は40℃にさえ到達しておらず、太古の火星において獲得した磁力が、火星隕石の内部ではしっかり保存されていたのだ。つまり、生命が岩石の内部にいたならば、表面の激しい高温状態にもかかわらず死滅することなく、火星から地球までやってくることは可能だった。
なぜ、大気突入時も火星隕石は低温で保たれたのだろう。隕石は大気突入時に表面が融解しながら落下してくる。その融解した隕石の表面物質が、大気中に広く飛び散ることで効果的に減速しているらしい。
火星から地球への旅では、僕らが単純に想像するほど、生命の生存にとって致命的な温度上昇は起きないのだ。
僕らの中の磁石
さて、話はそれで終わらない。むしろ、ここからが本番だ。
僕は、カーシュビンクさんの紹介をするとき、「岩石や”生命”に含まれる自然界に存在する磁石」を研究していると書いた。
驚く方もいるかもしれないが、岩石だけでなく、生命にも磁性鉱物が含まれる。走磁性バクテリアと呼ばれる原始的な微生物には体内に磁性鉱物が存在し、まるで方位磁針が体内に埋め込まれているがごとく地球磁場を感じている。地球磁場を感じることで、空間の上下を認識し、彼らが苦手な太陽の方角や、居心地の良い沼底の方角を知る。また、知るだけでなく、その方向に水中を泳ぐ。
鳥類の脳にも磁性鉱物は存在し、方角を知る手助けをする。渡り鳥や伝書鳩が、霧のなかでも迷わず目的地に向かって飛べるのは、この地球磁場を感じる能力にもよる。そして、僕ら人間や哺乳類の脳にも磁性鉱物は存在している。カーシュビンクさんによると、僕らも地球磁場を無意識に感じているらしい。
僕ら動物の体内にはあまねく磁性鉱物が存在し、それらが方向を知る手助けをしてくれている。おそらく、僕らの先祖である走磁性バクテリア以降、進化の中で脈々と受け継がれた能力なのだろう。
火星隕石の磁石
さて、火星隕石ALH84001である。第1回コラムでも紹介したように、この火星隕石は約36億年前の火星で誕生し、その隕石内部に火星生命の痕跡かもしれない有機物が見つかっていることで有名である。
カーシュビンクさんは、NASAのトーマス=ケプルタ研究員と共同で、火星隕石ALH84001に含まれる炭素質物質のなかに、極めて微小な磁性鉱物も含まれることを明らかにした。
地球上の走磁性バクテリアが持つ磁性鉱物は、とても奇妙な大きさと形をしている。極めて細かい微粒子であり、形も六角、数珠玉のように連なっている。このような磁性鉱物の特徴は、マグマが冷え固まってできる岩石中にはほとんど見られない。生命に特有の形である。
カーシュビンクさんが見つけた火星隕石の有機物に含まれていた磁性鉱物は、まさに地球の走磁性バクテリアのものと、その大きさや形が瓜二つだったのだ。
これはいったい何を意味しているのだろう。
「走磁性バクテリアも、私たち人類も、火星からやってきた生命の子孫ということですよ」
と、カーシュビンクさんは、大胆にも当然のごとく言い放つ。
パンスペルミアの障壁
僕らが火星から来た生命の子孫なのか。当然ながらこれを疑う研究者も多い。火星上のマグマからできる磁性鉱物がどのような特徴をもつのか、はっきりとしない点も多い。また、隕石が地球に落下したあとに、地球上の微生物が入り込んだ可能性も排除できない。
答えは、火星からのサンプルが持ち帰られる日まで待たねばならない。
最後に僕の考えを述べよう。僕は、生命が惑星間移動、すなわちパンスペルミアする上での最大の障壁は、惑星の環境の類似性だと思っている。
生命は、それが生息する環境から切り離されて生きていくことはできない。生命を育む惑星のシステムは、アナログ時計のようなもので、生命はその中の小さな一つの歯車に例えてよい。周辺の歯車と連結し、隣り合った歯車からエネルギーや物質を受け渡され、これを別の歯車に受け渡していく。生命にとっての隣りの歯車とは、海洋であり、河川であり、大気であり、様々な岩石である。これらから、様々な必須元素を、絶妙なバランスで、絶えず供給されて、初めて生き続けることができる。同じ地球上でさえ、深海底の泥のなかに住む微生物を、そのまま地上に持ってきても、瞬く間に死滅してしまう。
惑星間移動は、生命という小さな歯車を取り外して、まったく別の時計に埋め込むようなものである。取り出すことはできても、それがうまくかみ合わなければ、歯車は動かない。うまくかみ合うような、前の惑星とまったく類似の環境が、移動先の惑星にある確率はどのくらいだろう。
同じことは、僕ら人類が、そう遠くない将来に火星へ移住する際にも言えるのではなかろうか。人類は、母なる地球のシステムから離れて、どれだけ生きていけるのだろうか。
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