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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

小型衛星開発で常識を疑い、革新をもたらせ!
三菱電機若手エンジニアたちの奮闘 ①

小型衛星開発に挑む、三菱電機鎌倉製作所のエンジニアの皆さん。後ろは商用通信・放送衛星市場をターゲットとした標準衛星プラットフォーム「DS2000」の2分の1模型。

約100kgの小型衛星開発に三菱電機の若手エンジニアたちが奮闘している。衛星の正式名称は「革新的衛星技術実証プログラム 小型実証衛星2号機(以下、小型実証衛星2号機)」。JAXAが公募により選定した7つの実証テーマ機器類(民間企業や大学が開発)を搭載し、2021年度にイプシロンロケットで打ち上げられる予定の小型衛星だ。これまで数トンもの大型衛星を開発してきた彼らにとって、「早く」「安く」「小さな」衛星を作ることにどんな意味があるのだろうか?中心メンバー4人に伺った。

本日はよろしくお願いします。まず、小型実証衛星2号機でどんなお仕事を担当されているか、一人ずつ自己紹介して頂けますか?
神谷修平さん。入社10年目。学生時代は赤外線天体物理を専攻し、宇宙望遠鏡の開発に携わる。
神谷修平さん(以下、神谷):

小型実証衛星2号機システム全体のとりまとめをやらせてもらっています。お客さんの要望をどうやったら実現できるか、スケジュール内で開発可能なように、技術的な観点から旗を振っています。

辻本洋平さん。入社5年目。学生時代は気象や高層大気・オーロラを研究。
辻本洋平さん(以下、辻本):

地上システム担当です。小型実証衛星2号機では衛星を作るだけでなく、地上から衛星に指示を送り、衛星からデータを受け取って処理する地上システムも当社が担当しています。7つの機器が載っていますが、それぞれについて、たとえば「いつ」「どこで」写真を撮りなさいなど衛星に送る指示を、衛星が理解できる言語に翻訳して送信し、衛星から届いたデータを写真などに変えてお客さんに提供します。運用計画立案から衛星とのやりとり、お客さんとのやりとりなど地上システム全般の整備を担っています。

神代(こうしろ)優季さん。入社3年目。高校生の頃に小惑星探査機はやぶさの帰還を見たのが宇宙工学を学びたいと思ったきっかけ。
神代(こうしろ)優季さん(以下、神代):

私は総合システム設計担当をやらせてもらっています。神谷さんがとりまとめる衛星システムと辻本さんが担当する地上システムをどう組み合わせて、ミッションを実現するかを考える仕事です。衛星は基本的には地上から送る指示で動くんですけど、細かく衛星に指示するのか、ちょっと指示するだけで衛星が自分で考えて動くのか、色々なやり方があります。衛星側のコンピュータでどこまでやって、地上システムでどこまでやるか分配します。

では今回は小型衛星だから、地上でかなりやってあげるわけですね?
神代:

そうですね。大型衛星だったらここまで自分で考えてやってくれるという仕事を、地上側で考えてあげたりしています。

なるほど。では水谷さんお願いします。
水谷宗太さん。入社8年目。子どもの頃から宇宙に漠然とした憧れがあり、大学卒業旅行で「こうのとり」2号機打ち上げを見て宇宙関係に就職することを決意。
水谷宗太さん(以下、水谷):

私は品質部というちょっと第三者的な立ち位置です。品質部の大きな仕事は3つあって、安全性の設計を見る仕事、ミッション期間中故障しない信頼性を見る仕事、それから品質保証です。衛星は打ち上げ時の安全性が厳格に求められます。発射場で問題を起こしたり、打ち上げ後に誤動作したりしないように厳格な安全審査を受けるので、設計の段階から安全を作り込んでいく必要があります。またミッション終了後にスペースデブリ(宇宙ゴミ)にならない設計も一緒にやらせてもらっています。

「朝練」が始まりだった

小型実証衛星2号機の模型を囲むメンバーたち。ソーシャルディスタンスを保つため少し離れて撮影。若手チームが一丸となって取り組んでいる。
ありがとうございます。皆さんは20代~30代前半で若いチームだと思いますが、このプロジェクトになぜ関わることになったのか、そのきっかけからお話いただけますか?
神谷:

最初は、三菱電機の衛星・宇宙機開発の本拠地である鎌倉製作所で朝、自主的に若手のエンジニアが集まって議論してたんです。「朝練」と呼んでました。

朝練!部活みたいですね(笑)何を議論していたんですか?
神谷:

新規事業です。宇宙業界のトレンドとして小型衛星を数十機飛ばして地球を観測したり通信を行ったりする「コンステレーション」が世界中で計画されています。技術面でもビジネス面でも、ものすごいスピードで進んでいることに対する危機感があったんです。小型衛星の中でも、レーダを使って地表面の状態を見るSAR衛星がありますが、我々は大型のSAR衛星の技術を持っているのだから小型化できないか。まずは課題を整理しようと始めたのが「朝練」で、ここにいる若手メンバーをどんどん誘っていったんです。

なるほど。大型衛星の技術を小型衛星にどう生かせるかと。それがどうして革新衛星に?
神谷:

検討はしても、実際に衛星を打ち上げて実証するチャンスはなかなかないんですよね。すでに世界では小型SAR衛星の打ち上げが行われていて、追随するにはスピード感が必要です。そんな時にタイミングよく、JAXAさんの小型実証衛星2号機の公募があったんです。

これだ!と?
神谷:

はい。そこに乗っかっていったという感じですね。小型実証衛星2号機には小型SAR衛星の実現に必要な基本的な機器や機能がたくさんある。挑戦しよう!と。

20代のお二人はどういう魅力を感じて朝練や今回の衛星開発に参加なさったんですか?
神代:

入社して最初は大型衛星の設計をやっていたのですが、どうしても大型衛星は大規模なシステムになりすぎて、どこで何をやっているかが見えづらい。小型衛星は一つ一つが密接していて全体が把握しやすいし、色々な機能や性能がわかりやすく、自分の設計の与える影響の範囲が大型衛星と比べるとすごく大きい。そこにやりがいとか魅力を感じました。

辻本:

僕も入社後、地上システムやその中のコンポーネント(部品)を開発してきましたが、大型衛星だと自社内で全ては完結せず、例えばJAXAさんのシステムの中に組み込む形になって、社内のノウハウがないところも結構あります。でも小型衛星なら1から10まで運用も含めてわからなかったところを日々学べる、と思って参加しました。

若手メンバーがこの衛星の中核にいらっしゃるのは、朝練からの流れなんですね?
神谷:

そうですね。小型実証衛星2号機に提案するときはほとんど若手メンバーでやっていたと思います。ただ、上の年代の方たちにレビューはしてもらいました。小型衛星も大型衛星もやらないといけないことは変わらない。ただコストや納期、大きさなどミッションを実現する手段としてものすごい制約がある。設計自体は我々が進め、チャレンジングなこともいっぱいしていますが。経験者にレビューという立場で参加してもらえることが、人工衛星について長年の経験が蓄積されたうち(三菱電機)の強みだとも思っています。

なるほど。大型衛星で実績を積んできた皆さんが、小型実証衛星2号機で何を得ようとしているのか。その狙いを改めて聞かせてもらえますか?
神谷:

我々は中型大型衛星には長けているが、小型衛星で新たな事業を立ち上げられないか。その第一ステップが小型実証衛星2号機です。衛星はどの衛星にも共通の機器である「バス機器」と衛星ごとに異なる「ミッション機器」に分かれます。この衛星でバス機器開発を経験すれば色々な小型衛星に活用でき、どんなミッション機器も載せられると考えたんです。JAXAさんの目的は、小型実証衛星2号機に様々な機器を搭載して宇宙で実証することですが、我々はそれを達成しつつ、小型衛星の設計や開発を実証させて頂こうと思っています。

小型実証衛星2号機の3分の1スケールの模型。衛星下部がバス機器、上がミッション機器。企業や大学が提案したカメラや3Dプリンタで製作したアンテナ、スタートラッカー(恒星姿勢センサ)など7つの実証テーマ機器類が搭載されている。従来、三菱電機は大型衛星を主軸に開発してきたが、小型衛星に挑戦中。

遅い通信速度、小電力、低コストとの闘い

では、具体的に小型衛星の開発でどんな課題や難しさがあったか教えて頂けますか?
辻本:

今までの大型衛星だとコスト面でも余裕があって、地上システムも結構高機能にして自動化にするなど、運用者さんの負担を減らすシステムを作ることができました。でも今回の小型衛星に関してはコストが限られ、衛星自体も小型なのであれもこれもできない。衛星でできない分、地上システムと運用でどう実現するかが、絶賛悩みの種ですね(笑)

神代:

少し補足すると、例えば通信速度にしても地上の感覚で想像するよりすごく遅い。小型実証衛星2号機には7つの機器が搭載されていて、それぞれの担当の方から「こういうデータを衛星に上げて欲しい」という要望があると、全てのデータを上げ切るのにざっくり1週間かかったりとか、信じられないスピードだったりします。

一週間ですか!?
神谷:

コストをいくらでもかけていいなら、どんどんスピードを上げられます。大型衛星はそれなりに早いですが、地上に比べたら全然遅い。さらに小型衛星のコストでやろうとすると本当に低いデータレートでしか通信できない。その制約を最初に実証テーマを搭載する皆さんで共有した上で、解決策を探ります。

この衛星にはカメラも搭載されていて地球を観測するとデータは膨大になりますよね。それを限られた通信速度の中でやらないといけない?
神谷:

はい、確かに通信速度は早ければ早いほどいい。でも電力が足りなくてデータを撮れないなど、別の制限もあります。「最適設計」は小型衛星ほど難しいなと最近思います。

「最適設計」とは?
神谷:

様々な条件を考慮して最適な設計を行うことです。衛星の場合、まず打ち上げられる質量は何kgですか?という制約があります。小型実証衛星2号機は約100kg。ロケットに搭載する際の大きさの制約もあって、だいたい1m角の衛星になります。電力は太陽電池パネルで太陽光を集めて発生させますが、衛星のサイズから太陽電池パネルを張るスペースが限られ電力は無限にできない。だいたい200ワットですね。

200ワットって、電球3つ分ぐらいですよね。そんなに少ないんですか?
神谷:

少ないんです。その電力の範囲でやろうとすると高性能な機器は積めない。しかも太陽が当たっている間で200ワット。衛星が地球の周りを回る約90分のうちの約30分は日影だから、ずっと200ワット使えるわけでもない。それが難しい点です。

「密」です!

2021年度に打ち上げられる革新的衛星技術実証プログラム 小型実証衛星2号機のイメージ図。高度560㎞程度に投入され約1年間運用する予定。(提供:三菱電機)
思ったより制約が大きいですね。他には?
神谷:

熱の問題があります。高性能化には発熱がつきものですが、発熱しすぎると放熱が難しい。宇宙と地上では熱の逃がし方の考えが違います。これは小型衛星に限りません。地上だと空気を通じて熱を逃がすことができますが、宇宙は真空環境だからその方法が使えない。熱がうまく逃がせないと、熱々になって物が壊れてしまうのです。

衛星が小さいから難しいということはありますか?
神谷:

そうなんです。衛星では、放熱しやすい材質を使って放熱面から熱を逃がすのですが、小型衛星だと大型衛星のように大きな放熱面がとれません。熱をどうやってコントロールするかが難しくて、すごい苦労したところです。機器をどう配置するか。重心があまりずれるとバランスが悪くなって姿勢の制御が難しくなるし、ロケットで打ち上げたときにぐるぐる回ってしまう可能性もあります。

熱だけでなくて、重心も考えないといけない・・。
神谷:

小型衛星だと全部を同時に考えないといけない。大型衛星だったら「質量はこれ」「電力はこれ」と順番に考えたり切り分けたりできますが、小型衛星の場合、全てが関わり合っている。大型衛星でも関わっていますが、関りがすごい。「密」なんです。

水谷さんは品質保証や安全性などで、難しい点やご苦労されている点はありますか?
水谷:

やっぱりコストの面と小型化は非常に大きいと思っています。小型衛星だから機能要求はこれくらいにしてリーズナブルな性能にしましょうということはできても、唯一変わらないのは安全性です。大型衛星と同じように要求されて、同じ審査を受けないといけない。

具体的には決してスペースデブリになってはならないとか?
水谷:

そうですね。厳格な安全レベルに達しないと打ち上げさせてもらえないのが苦労する点です。当社の従来衛星で安全性のために使っていた部品を、小型実証衛星2号機では(重量の面で)搭載する余裕がなく、新規設計したところもあってかなり攻めた設計になっています。

「クラスI(ワン)」部品の呪縛

何十年もの衛星開発の積み重ねを見直す機会になっているわけですね。たとえば大型衛星の場合、運用期間も長くて放射線が当たっても絶対に壊れない、高価な部品を使っていたと思いますが、今回コストの制限で実績のある部品を使えなかったりしますか?
水谷:

はい。やはり宇宙用の部品は非常に高いので、民生部品を使っています。

神谷:

当社には部品の専門家がいて、それが強みだと思います。JAXAさんと一緒に長年にわたって「この部品はだめ」、「これは大丈夫」と部品のノウハウを蓄積してきました。今回の衛星では、実績のある民生部品を活用しています。

実績のある民生部品とは?
神谷:

安くて、実際に宇宙に飛んで放射線に耐えた実績がある民生部品です。我々がJAXAさんの大型衛星で使う部品は、「クラスI(ワン)」と呼ばれる部品ですが、それに比べてかなり安い。

「クラスI」ってキラーワードのように聞こえます(笑)どんな部品でしょう?
水谷:

スクリーニングレベルの高い部品のことです。たとえば車とかに使う部品は1万個の中から抜き取ったいくつかを検査してそれがOKなら、残りの部品は全部OKになって出荷されます。クラスIの部品は1個1個すべて検査している。指の先もない小さな部品ですら。だから一気に値段があがるんです。コネクタ1個で数万円以上。

神谷:

クラスIを使うのはすごい安心材料です。これを使えば間違いないと。高いけど確実。一方、民生品を使えば安くはなるけど本当に品質が担保できるのかが難しい。そこは試験をするしかない。どこまで何の試験をするかはJAXAさんと相談しながらやっています。「本当に必要な試験って何だろう」と考えながら。そのノウハウが今回蓄積されて、中大型衛星についても、クラスIの呪縛がとけるかもしれない。

呪縛ですか(笑)
神谷:

これから世界の衛星市場で戦っていこうとすると、コストの問題はつきものです。日本製は壊れなくて品質もいいけど、高すぎると買ってもらえなかったりしますから。

掘れば掘るほど面白い話が出てくる座談会。次回はこの開発経験を未来にどういかしていくか、そしてメンバーそれぞれの宇宙開発にかける熱い思いも伺いました。お楽しみに!

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