ISSはいつ引退?商業ステーションに移行?日本はどうする—議論始まる
民間の宇宙旅行が活発化し、(プロ宇宙飛行士は)月を目指す。ISS(国際宇宙ステーション)は延長の検討が進められている。「宇宙はエキサイティングな時代」と星出彰彦宇宙飛行士は2月4日に行われた記者会見で語った。
確かに最近、有人宇宙開発の話題が相次ぐ。2021年、宇宙旅行が一気に花開き、28人の民間人が宇宙を旅した。2021年12月、NASAは商業宇宙ステーションに関して3社の企業と契約を結んだと発表。ブルーオリジン社、ナノラックス社、ノースロップ・グラマン社はそれぞれ100億円以上の契約を得て、商業宇宙ステーションの設計を2025年までに実施する。2020年代後半にはNASAがサービス調達を開始、宇宙飛行士による利用を可能に。2030年までにNASAは地球低軌道の活動をISSから商業ステーションに移行していこうと計画している(Commercial Low Earth Orbit Destinations(CLD))。日本企業の中にはこれら米国の商業宇宙ステーションとタッグを組み、宇宙ビジネスに乗り出そうという動きもある。2030年代の地球低軌道活動の主役はこれら商業宇宙ステーション(と中国の宇宙ステーション)になるかもしれない。
一方、現在2024年までの運用が決まっているISSについて、米政権は2022年1月1日(日本時間)、2030年まで延長することを表明した。NASAのネルソン長官はISSの実績例として、世界中から4200名を超える研究者による3000件以上の実験を受け入れ、膨大な成果を還元していること、ISSの活動に約110の国と地域が参加していることなどをあげる。2030年までISS運用を延長することによって、地球低軌道での活動を商業運用へシームレスに移行できると談話でのべている。
「2031年にISSが廃棄!」などと報じられているが、星出飛行士によると「あくまでNASA内で検討中の『仮定』であり、2030年までの延長についても関係各国がこれから検討を始めるところ。何も決まっていないのが実情」という。
ISSをいつまで使うのか。その後、商業宇宙ステーション計画はどうなるのか。文部科学省の委員会では、元宇宙飛行士の向井千秋さんら委員による議論が始まっている。その内容と星出飛行士の記者会見から現状と今後の方向性をお伝えする。
ISSは2030年まで運用延長?日本は夏までに政府案を決定
ISSは1998年11月、最初のモジュール「ザーリャ(FGB)」がバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、建設が始まった。2000年から宇宙飛行士の滞在がスタート。2009年には日本の「きぼう」実験棟が3回に分けて打ち上げられた。40数回に分けてモジュールが組み立てられ、2011年7月にISSは完成。その完成を見届けて、スペースシャトルは引退した。
ISSの運用期間中には911米国同時多発テロ、スペースシャトル・コロンビア号事故、ウクライナ騒乱など世界を揺るがすような出来事があり、コロンビア号事故後はISSに滞在する宇宙飛行士が2人になったこともあった。ISSでも空気漏れやスペースデブリ接近、一時的な姿勢制御喪失など危険が迫ったこともある。だが、地上や宇宙で何が起ころうともISSは「平和の砦」であり続けた。死傷者を出すこともなかった。これは宇宙飛行士だけでなく、日本も含め世界中にある管制センターが常にISSの安全性を見守り、トラブルを事前につぶす不断の努力の賜物だ。その点はもっと高く評価されるべきだ。
さて、NASA長官から2022年1月1日付でISS参加国・機関に対してISSの2030年までの運用延長に参加を促す書簡が送付された。欧州宇宙機関(ESA)は2022年11月末の閣僚級会合で参加について決定される見通し。ロシアはISS延長を支持、近いうちに内部手続きを始める。カナダは2023年第一四半期までの決定を目標とする。日本は文部科学省の委員会で4回の議論を経て夏ごろまでに宇宙開発戦略本部で政府方針を決定する。
なお、築20年以上経っているISS。「まだ使えるの?」という疑問もわくだろう。文部科学省の資料によると、ISS参加機関による技術評価状況をふまえ「ISSは適切な保守を継続しながら、2030年まで卓越した生産的なプラットフォームとして維持できる」ことを認めているようだ。
2040年代、低軌道の宇宙活動の主役は民間へ?
現在、日本はNASAなどと共に月有人探査を行うアルテミス計画に参加を表明。2021年12月28日、岸田首相は「月において有人活動などを行うアルテミス計画を推進し、2020年代後半には、日本人宇宙飛行士の月面着陸の実現を図ってまいります」と発言している。13年ぶりとなる日本人宇宙飛行士候補者も募集中だ。
とは言え、現在ISSが飛行する地球周回低軌道(高度約400km付近)の宇宙活動がなくなるわけではない。文部科学省の文書によると、2040年代、地球低軌道は深宇宙探査に向けて研究開発の場であると共に、民間による商業利用の場として活用されているだろうと想定している。具体的には、アルテミス計画が進展し、火星などの深宇宙探査に向けた技術実証を行っていくことが必要であり、経済活動の場として宇宙旅行を初めとする宇宙体験や超小型衛星の放出など、民間利用の拡大が見込まれているだろうと記されている(参考:「ISSを含む地球低軌道活動の在り方に関する中間とりまとめ」令和3年2月9日 文部科学省宇宙開発利用部会)
2040年代に地球周回低軌道の宇宙活動の主役になるのは「民間」になるに違いない。どうやって現在の政府主体の宇宙活動から民間主体への宇宙活動へ移行していくのか。日本はどうすべきなのか?
1月19日に開催された文部科学省の国際宇宙ステーション・国際宇宙探査小委員会を傍聴した。JAXAからは「2040年代には地球低軌道の活動は『民間主体で自立的に運営』され『サービス産業として定着』していることが実現されるべき」という意見が出された。その時、国は多様な利用者の一つになる。地球低軌道活動を民間に移行することは米国でもまだ構想段階ではあるものの、民間主体の利用や運営に向けて、シームレスに移行していくべきだと。
だが、「利用」だけでなく「運営」も民間が行うとすれば簡単な話ではない。先に書いたようにISSが事故なく20年以上も安全に運用され成果を挙げているのは、世界中の管制チームが常にISSの安全を見守りつつ、効率的に実験運用を行っているからだ。この管制チームも含めた人的時間的リソースまで民間が賄うとすれば、莫大な費用がかかるだろう。
座長からは「予算を上回る売り上げを上げなければいけない。利益を出す必要がある民間がどれだけやっていけるのか。結論ありきという議論にならないよう、見ていく必要がある」という発言があった。
銀行の立場から参加する委員からは「いかに経済活動にするか、継続していくかが大事。民間はリスクを取りづらい。最初は政府の買取が必要だろう。国による支援の形を具体的に表現される方が、民間がリスクを見て躊躇するのを突き崩す」という意見が出た。
民間企業の委員からは「アメリカでは各企業に対して100億円を超える予算が開発費として出されている。(今後)NASAはサービス調達に入っていくだろう。このままだと(商業宇宙ステーションへの)輸送もステーション利用も全部アメリカ企業にお支払いするようになってしまうことを危惧している。日本が独自に出資して宇宙活動の拠点を作るのは難しいとなると、アメリカにお金を払って利用させてもらって終わりではないかと心配」と現実的な意見が出た。
スペースXのクルードラゴンが今、大成功を収めているのは、米政権が輸送サービスを企業から購入し、無人の貨物船で20回以上ISSに物資を運び実績を重ねたからだ。こうした政府による調達(アンカーテナンシー)を日本が実施しない限り、民間主体による商業ステーションの実現はなかなか難しいのではないだろうか。
三井物産、Axiom Spaceと資本提携「日本モジュール」を検討
委員会では実際に商業モジュールへの参画を目指す企業からの発表もあった。その一つが三井物産。同社はISSに接続し、将来的に独立した商業宇宙ステーション構築を目指すAxiom Space社と2021年11月に資本提携をしている。
三井物産担当者は 「日本のモジュールを彼らのステーション(Axiom Station)に接続したく、今後協議をしていきたい」と言うものの、どういうモジュールを開発するかという議論にはまだ至っていないと述べた。
「日本の宇宙飛行士の訓練の場として活用したいし、アジアにも営業している。ヘルスケアや素材関連、エンタメなどにも利用できるのではないか」と利用イメージを語りつつ「メーカーではないのでモジュール開発は国の支援なくして進めることはできない。NASAはAxiom Space専属チームに20人配備している。JAXAもポストISS専属部を」と国の支援を期待している。
向井千秋委員からは「大家さんが違うと家の使い勝手が変わってくる。官が大家だったころには実現できなかったことも、民間が大家ならできる可能性がある。エンタメは利益が出やすい分野だし、官だとなかなかできないのでいいのではないか」というアドバイスがあった。
星出飛行士「宇宙はエキサイティングな時代」
2月4日に行われた記者会見で、星出飛行士は「ISSはまだまだ使える」と語った。約200日間にわたるISS滞在では新型の太陽電池パドルの取り付けやネット環境のアップグレードなど、新しい技術を多数取り込んで「より多くの方に使って頂けるステーションになった」と語る。
アルテミス計画に向けて技術検証作業も行った。例えば、二酸化炭素除去や水再生装置、トイレ。日本製や米国製のものが機能するか確認作業を行い、フィードバックしてより良いものを作る。また、食糧にしても片道約3日かかる月周回軌道上のステーション「Gateway」や月面基地に地上からすべての食材を運ぶのは輸送コストがかかりすぎる。できるだけ「月産月消」したい。そこで袋の中でウイルスフリーに野菜の苗を栽培する袋型栽培装置で、レタスの栽培実験を行った。
「宇宙や月面にいきなり装置を持って行っても、動くものばかりではない。まずは宇宙環境で試してみることが大事。実証して必要な手を打って宇宙探査に望めたら」と今後の深宇宙探査に向けてISSが重要な実証の場であることを強調した。
「裾野は広く、ピークは高く」宇宙開発については常にこの言葉を思い出す。地球の近くの宇宙はより多くの人が活動できる場に。そして未踏の宇宙を切り開くのはプロの仕事。今後数十年の宇宙開発は、星出飛行士が語るようにもっとエキサイティングな場になりうる。その重要な節目に私たちは生きている。
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