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読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

宇宙日本食サバ缶「地上化計画」と災害食

若狭高校が開発した宇宙日本食「サバ醤油味付け缶詰」をYoutubeで紹介する野口聡一飛行士。(提供:Soichi Noguchi YouTube)

「宇宙食作れるんじゃね?」生徒の何気ない一言がきっかけで開発が始まった、福井県立若狭高校の高校生による宇宙日本食「サバ醤油味付け缶詰」。世界初の高校生による正式な宇宙食だ。2020年11月末、野口聡一飛行士がこのサバ缶を食レポするYouTube動画を投稿したことで、大きな話題となった。

DSPACE「読む宇宙旅行」では若狭高校の宇宙食開発についてたびたび記事にしてきた。2019年1月は「美味しさ」を追求する高校生の開発の様子、2019年9月は、サバ缶の宇宙への旅立ちを見届けようと種子島に集結したサバ缶チームが発射数時間前に「まさかのロケット発射延期」を告げられたこと。2021年7月は、実食した野口飛行士に若狭高校宇宙サバ缶チームが直接、感想を聞く様子やその内容を紹介した。

2019年9月、サバ缶の旅立ちを見届けようと種子島にやってきた若狭高校サバ缶チーム。この日の打ち上げは延期されたが、約2週間後に宇宙サバ缶は無事に飛び立った。

それら全部ひっくるめた14年間300人以上の生徒による宇宙サバ缶実現までの道のりについて、多数の関係者にインタビュー。「さばの缶づめ、宇宙に行く」という本にまとめ、1月に発売させて頂いた。取材する中で、多くの発見と気づきがあったが一つだけ紹介させて頂こうと思う。

それは「宇宙を身近にするってこういうことなんだ」という気づき。これまで20年以上、宇宙や天文分野を取材し、どうしたら宇宙を多くの人に身近に感じてもらい、日常生活に貢献するのかを考え続けた。宇宙飛行士の方や宇宙旅行の本もたくさん作ってきた。宇宙に興味を持って下さる方は確実に増えてきたと感じるものの、やはり故郷(福井県)の親戚や友人からは「宇宙開発は一部のスーパーエリートが関わる世界、宇宙に行くのも大金持ち。やっぱり宇宙は日常からは遠いよね」と言われることも多かった。無力感にさいなまれることもいまだに多いのが事実だ。

一方、宇宙食サバ缶を開発したのは、福井県小浜市にある高校の普通の生徒たちだ。2017年、若狭高校海洋科学科の前身である旧小浜水産高校で「宇宙食作れるんちゃう?」という一言が、生徒から上がったのが出発点だった。だが、当時の職員室では「こんな田舎で宇宙食の開発なんて、できるわけないやろ」という声が大半だった。担任の小坂康之教諭も半分は冗談と考えていた。だが、生徒の発した言葉が頭から離れない。わずかな可能性にかけてJAXAの門を叩くことで、物語は急展開し始める。実際に宇宙食開発が始まると、「どこか宇宙って遠い世界」と思っていた当時の生徒は「大好きなキャラメルで宇宙食を開発すると思うと、宇宙が一気に身近になった」と語っている。

「さばの缶づめ、宇宙へいく」(小坂康之、林公代 イースト・プレス 定価1500円+税)
若狭高校海洋科学科第14代宇宙サバ缶チームの皆さん。(提供:若狭高校)

ここに大きな気づきがある。まず宇宙食開発は、生徒の興味関心が出発点になっていることだ。小坂教諭は水産大学で食品加工を専門に学んだ。彼が宇宙食開発をぐいぐい引っ張れば、もっと短期間に、簡単に宇宙食が実現した可能性は高い。だが、あくまで「宇宙食開発は生徒の探究学習の一環」ととらえ、生徒の自主性に委ねた。だから、サバ缶でなく塩キャラメルで宇宙食を作りたいという声が生徒から出た時も、「その発想はなかったなぁ」と面白がって応援した。塩キャラメルには当時、日本海近海で大量発生して問題になっていたエチゼンクラゲの粉末が活用されている点も評価した。

結局、塩キャラメルは宇宙に飛ぶことはなかった。だが、当時、塩キャラメルと格闘し今二児のお母さんになった元生徒は、「当時の自分をほめてあげたい」と嬉しそうに語り、宇宙食サバ缶が実現したことを誇りに思っている。自分で設定した課題を克服していく過程でとことん宇宙に向き合い、「宇宙を自分の手中に収めていく」ことができたのだ。宇宙にサバ缶を飛ばすことだけを目的とした「打ち上げ花火」的なプロジェクトではなく、生徒一人一人が主体的に宇宙食開発という高い目標を掲げ、挫折や失敗、達成感を経ているからこそ真の学びや成長につながったと言えるのではないだろうか。

生徒に引っ張られて、失いかけた情熱を取り戻していく大人たちの姿にも感動した。学校統廃合で「小浜水産高校がなくなる!?」という危機に扮した際、宇宙食開発は消滅の危機に晒された。だがこの時期、地域の将来や教育の在り方について、あらゆる立場の市民が垣根を超えて徹底的に議論した。「学び方改革」が起こり、県が提案した統合案を市民の力で覆し、地域のトップ進学校である若狭高校と小浜水産高校が統合、若狭高校海洋科学科が誕生する。その一期生が埋もれていた宇宙日本食サバ缶を発掘した。小浜地域の市民が作り上げた新しい学びが「宇宙食サバ缶」として長い時を超えて結実したのである。取材しながら、鳥肌が立つ思いだった。

若狭高校海洋科学科の宇宙サバ缶製造の様子。生徒が大きなサバを缶詰の高さに合わせて厚さ2センチに切っていく。

教育の在り方、地域との繋がり、夢を追い続けること。幸せとは何か…。宇宙食開発にとどまらず、様々なヒントを得られる好例ではないかと思う。

「宇宙鯖缶地上化計画」とは

缶をあけるとぎっしりサバの身が詰まっている。若狭高校のサバ缶は製造にひと手間かけることでサバの臭みがなく、あっさりして美味しいと地元からの評判が高い。

さて、若狭高校の学びは止まらない。若狭高校サバ缶チームは宇宙食の改善点について、野口宇宙飛行士から「味のバリエーションを増やしたら」「さばのサイズを一口サイズに」などのアドバイスを直接もらった。もちろんそれらについて検討を進めているが、第15代サバ缶チームが現在取り組んでいるのは「宇宙鯖缶地上化計画」だという。

小坂康之教諭曰く「生徒たちの間には『宇宙食開発で地元の食材を使うなど、地域にとって意味があることが大切であり、自己満足に終わってはならない』という意識がある。全国から宇宙食になったサバ缶を食べたいという問い合わせやニーズもある。そこで地元の企業と協力して地域に経済が回る仕組みを作ろうと、宇宙サバ缶を地域の特産土産として販売する計画を立てている」とのこと。

若狭高校の生徒たちが、小浜市の地元企業である福井缶詰、福井物産と共に取り組んでいるのは、宇宙日本食に認定されたサバ缶と同じ製法で味もほぼ同じ「若狭宇宙鯖缶」。「サバの日」である3月8日に販売する計画だ(専用のウェブサイトで全国から購入可能)。価格は700円+税とお手頃なのも嬉しい。

福井物産の松原芳彦代表取締役社長は「『若狭宇宙鯖缶』が小浜地域の良さを広く知ってもらうきっかけになればうれしい。売り上げの一部は若狭高校に還元し、さらに研究開発を進めてもらいたい。売れ行きがよければ学生さんも自信になるはず。キャリア教育の一環になれば」。地域と教育がこんなに密接につながっているのは若狭高校の特徴でもある。生きた教育だ。

パッケージデザインも生徒たちが考案中とのこと。今から「サバの日」が楽しみだ。

宇宙食を災害食に

この宇宙サバ缶実現には、多くの熱い大人が関わっている。生徒だけでなく大人たちも宇宙食開発を糧に進化している。例えば、旧小浜水産高校時代にはJAXAからも宇宙日本食の指導に専門家が訪れた。その一人が、宇宙日本食開発の立ち上げから7年間、中心的な役割を担った中沢孝さんだ。

宇宙日本食実現の取り組みは2004年に始まった。ISS(国際宇宙ステーション)日本実験棟「きぼう」建設が始まり、日本人飛行士によるISS長期滞在が始まろうという頃だ。娯楽が少ない宇宙生活でストレスなく暮らしてもらうには食が果たす役割は大きい。宇宙日本食を宇宙食の正式メニューに加えてもらうために、中沢さんはJAXAの宇宙日本食主担当者として宇宙日本食の認証基準作りなどに奔走、ISS国際パートナーの承認を得て2007年6月に28品目の宇宙日本食をデビューさせた。

日本人で初めてISS長期滞在を行った若田光一宇宙飛行士。「美味しい宇宙日本食は心の支えになる」と語っている。2009年9月撮影。(提供:NASA)

中沢さんが現在、一般社団法人日本災害食学会で取り組んでいるのは、宇宙食の知見をいかした災害食。「災害時の避難所は宇宙船の環境と似ている」と中沢さんは指摘する。「食べられるものが限られ、調理方法に制約がある。宇宙食の知見が災害時の食に役に立たないかとJAXA時代から考えていた」と。

中沢さんによれば2022年1月現在、宇宙日本食は47品目、日本災害食は192品目認証されている。その一部が宇宙日本食に加われば、宇宙の食事は充実するだろう。一方で、災害食の家庭備蓄がなかなか進まないという課題もある。

「宇宙食と災害食がうまくコラボできれば」と中沢さんは語っている。その「最初の一歩」が先日発表された。宇宙日本食に認証された食品は、日本災害食に比較的簡易な審査で認証を受けられるようになったという。つまり、宇宙食が地上の災害時にも役に立つというわけだ。JAXAと日本災害食学会は、日本災害食が宇宙日本食に認証される際の手続きについても検討を進めているそうだ。日本災害食の認証食品はどんなメニューがあるのか、食べてみたいものだ。

宇宙でも地上でも、人が生きていく上で食の問題は切り離せない。宇宙旅行時代になれば、豊かな食生活はますます重要視されるだろう。地上の知見を宇宙に、そして宇宙の知見を地上に。美味しい食は人々を幸福にする。宇宙時代、食の果たす役割はあらゆる場面でますます重要になっていくだろう。

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