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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

私たちの銀河中心のブラックホール撮影成功!
—その個性と謎

地上から天の川銀河中心のブラックホール、いて座Aスターへズームイン。(提供:ESO/L. Calçada, N. Risinger (skysurvey.org), DSS, VISTA, VVV Survey/D. Minniti DSS, Nogueras-Lara et al., Schoedel, NACO, GRAVITY Collaboration, EHT Collaboration (Music: Azul Cobalto))

地球は太陽系の第三惑星。そして太陽系は天の川銀河に属している。その天の川銀河の中心にある巨大なブラックホール「いて座Aスター」の撮影に成功、その画像が2022年5月12日に世界で同時に公開された。下記が、私たちの銀河の中心にあるブラックホールの姿だ。その存在が予言されていたものの、画像として視覚的にとらえたのは世界初。画期的な成果である。撮影を行ったのは世界6か所8台からなる地球サイズの電波望遠鏡「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」。そう、2019年に史上初めてブラックホール撮影成功を発表した、あの望遠鏡だ。

私たちの銀河中心にあるブラックホール、いて座Aスター。地球からの距離は約2万7000光年。見かけの大きさは月の上のドーナツ(直径約8cm)。5年にわたる解析でその姿が明らかに。(提供:EHT Collaboration)

ブラックホールは光を含むすべての物質を吸い込む漆黒の天体であり、そのものを直接見ることはできない。だが、周囲をリング状に光り輝く構造に縁どられた、中心の暗い領域(ブラックホールシャドウ)として、その存在がはっきりと浮かび上がる。いて座Aスターの直径は約6000万km。これは一般相対性理論が予言するブラックホールシャドウの見かけの大きさと一致する。ブラックホール本体の直径は、シャドウの直径の2.5分の1と考えられている(回転の速さによって2倍ほどの幅があるそう)。

6000万kmと言えば、おおよそ太陽と水星間の距離。私たちの銀河中心のブラックホールは、意外なほど小さいことに驚かされる。

2019年に発表したM87ブラックホールと今回発表したいて座Aスターは、いずれもEHTが2017年に観測したものだ。今回の発表が興味深いのは、私たちの銀河中心のブラックホールが観測できたことに加えて、二つのブラックホールの画像がそろったことで、「ブラックホールとは何か」について比較研究ができること。かなり異なる条件をもつ二つのブラックホールが観測できたことは好都合だ。最も大きな違いはその質量。M87は「最大級」であり太陽の約65億倍の質量をもつ。一方、いて座Aスターは「最軽量」でその質量は太陽の約400万倍。1000分の1以下の質量しかない。大きさもM87はいて座Aスターの約1600倍。

活動性も異なる。M87はジェット(ブラックホールから放出される高エネルギーのガス)を出すことが観測されていて、活動性が高い。いて座Aスターはこれまでジェットが観測されておらず、活動性は非常に弱いとみられている。銀河の種類はM87が楕円銀河で、いて座Aスターは棒渦巻銀河。

これほど異なる性質をもつ二つのブラックホールなのに、リング構造+シャドウというドーナツのような特徴が両者に共通して見られるのがまず興味深い。だが、細かくみると二つのブラックホールの姿はやや異なっている。

EHTが撮影した2つの巨大ブラックホール画像。左がいて座Aスター、右が 2019年に発表されたM87中心の巨大ブラックホール。(提供:EHT Collaboration)

まず科学者たちを悩ませたのは、その「時間変化」。いて座Aスターの観測時間は10時間だったが、「数分の間にその形と明るさがめまぐるしく変化した」とゲーテ大学フランクフルトの森山小太郎氏は語る。いわば回転している扇風機そのものを撮影したようなものであり(M87は数日で変化したので扇風機の羽が見えていた)、画像化を困難にした。二つのブラックホールは2017年に観測されたが、いて座Aスターは観測から5年後の成果発表になったのはそのためだ。

そして画像を見比べると、形の違いが目につく。M87に比べていて座Aスターはややひしゃげた形をしている。この点について森山氏は「確かに興味深い特徴だが、本当かどうかはまだよくわからない」という。今回は20万通りの画像化の手法から1万通りの手法を厳選。1万通りの画像を平均したものをいて座Aスターの画像として紹介した。その根幹となるのは4つの画像化のソフトウェアだった。「4つのうち日本のソフトウェアを含む3つは確かにひしゃげた構造をしていることが視覚的にわかったが、残る一つは三日月状か円状の構造だった。今後、望遠鏡の拡張によってこの形が本当かどうかに迫れると思っている」

4つの異なる画像化手法によるいて座Aスターが下に並ぶ。明るさの位置やシャドウの有無などが異なっている。(提供:EHT Collaboration)

もう一つ気になるのは、明るい点の場所。M87は画像の下側にあるのに、いて座Aスターでは3か所に分散している。まず明るい点が何を示すのか。「明るい点はガスが高温になって輝いているところか、またはガスが地球の方向に向かっているか、いずれかの特徴を示していると考えられます。3つの点のうちうちどれかは私たちの方向に向かっていると推測できるが、それ以上詳しいことは現時点ではわかりません」(森山氏)。M87の場合は画像下側が明るく、下側が地球の方向に向かうような自転をしていると考えられる。いて座Aスターでは4つの画像化手法で3つの明るい点が同じ様に見えているわけではなく、今後の観測などでさらに詳しいことがわかるだろうと。

新たな謎—いて座Aスターにジェット?

記者会見ではいて座Aスターの新たな謎について、興味深い指摘があった。理論と観測を比較した結果、「いて座Aスターがジェットを生成しやすいことを示唆していた」というのだ。「観測では今のところいて座Aスターにジェットはない。ジェットがあるのかないのか、大きな謎であり存在の検証に取り組みたい」(東京大学大学院理学系研究科 小藤由太郎氏)

ジェットと言えば、M87では巨大なジェットが存在することが従来の観測で明らかにされ、2019年に発表されたブラックホール画像でもジェットが写っていることが期待されていた。だが、いて座Aスターにジェットがあるなんて、聞いたことがない。

長年、巨大ブラックホールやM87ジェットを観測し続けてきた国立天文台水沢VLBI観測所の秦和弘助教にこの点を聞いた。「事実として、いて座AスターではM87のようなジェットはほとんど観測されていません。しかし、いて座Aスターの観測画像を最先端の相対性理論の予測と比較すると、理論的にはジェットをたくさん出してもおかしくないという理論の予測が一番合うという不思議なことが起こり、研究者の間では『困ったもんだ』と(笑)。原因はまだわかりませんが、いて座Aスターは時間変動が激しく、1万通りの画像があるわけで、ドーナツ構造のどこが凸凹しているのかという真実が、まだよくわからない。ジェットが出やすい条件についても実際はまだ振れ幅がある。今後、理論と観測をさらに詳しく比較することが重要」とのこと。

ジェットを追い続けてきた秦さんに、いて座Aスターにジェットはあると考えられるか重ねて尋ねた。
「考えにくい。なぜならいて座Aスターはブラックホールの質量が小さいから。吸い込まれる物質の量がM87より少ない。これまでの観測の蓄積からすると、いて座Aスターは穏やかな天体。M87は銀河の外に突き抜けるようなジェットが見えているのに、いて座Aスターでは一つもジェットが見えていない。多くの研究者はいて座Aスターにジェットはないと考えていますが、一部の研究者は大きなジェットはないにしても、小さなジェットならあるかもしれないと予測しています」

昨年、ブラックホールとジェットについて書いた記事(欄外リンク参照)で「ブラックホールはほぼすべての銀河の中心にあると考えられている。銀河とブラックホールが共に進化する中で、ジェットによって星間ガスが圧縮されたり加熱されたりして、星を作るのを助けたり阻害したりすると考えられている。ジェットの噴出条件がわかれば、どんな風にブラックホールと共に銀河が成長してきたかを理解するカギになる」という川島朋尚・東京大学宇宙線研究所フェローの言葉を紹介した。つまり、ジェットは星生成に深く関わり、私たちの存在そのものに重要な役割を果たしている可能性が高いということだ。

今後への期待

2018年以降、イベント・ホライズン・テレスコープには新たに3つの望遠鏡が加わった。(提供:NRAO/AUI/NSF)

二つのブラックホールの観測を行ったEHTは2018年にグリーンランドの望遠鏡が増え、新たな観測を行った。2021年にもフランスとアメリカの望遠鏡が加わり感度の高い観測を行っている。今後、更に短い波長で観測を行うことによって視力を1.5倍(現在は視力300万)にしていく計画だ。次はブラックホールの構造の変化を動画としてとらえていくのが目標だという。ジェットも観測できる可能性があるだろう。

ところで、今、人類が撮影可能なブラックホールはM87といて座Aスターの二つだけ。天の川銀河は活動性が小さく静かで、M87はジェットを噴き出し活動性が大きい。「その違いがなぜ生まれるのか、はっきりはわからない。一つの可能性は大きさが全然違うこと。大きい方がジェットを作りやすいし激しい活動をしやすいと考えられるが、理想はもっといろいろなブラックホールを観測できるといい」(秦氏)

秦さんによると、EHTのブラックホール観測について、3番目の観測候補天体があるという。それはおとめ座の方向にあるソンブレロ銀河中心のブラックホール。「面白いのは、ブラックホールの活動性や明るさが、いて座AスターとM87の中間の性質をもつこと。ソンブレロ銀河のブラックホールが観測できれば、性質の異なる3つのブラックホールが出そろう」(秦氏)。

だが、観測には現在の約4倍、約1000万の視力が必要。「実現には観測技術が追い付いていない。波長を短くするか、望遠鏡を大きくするために人工衛星を打ち上げてスペースVLBIを実現するか」(秦氏)。将来計画は検討されていて、人間が視力1000万の望遠鏡を作ることは可能だが、実現は早くて2030年代中盤だという。

若手研究者の活躍に応援を—クラウドファンディング実施中

いて座Aスター観測画像発表に貢献した日本人研究者の皆さん。5月12日の記者会見で。

国立天文台水沢VLBI観測所長・本間希樹教授は記者会見で「(いて座Aスターが)私たちにとって非常に特別な天体であることを改めて強調したい」と観測の意義を語った。

「まずは一番近い巨大ブラックホールであること。近いからこそとても精密に様々なことがわかる。そして私たちの天の川が誕生して今の姿になるまでに、(いて座Aスターが)おそらく何らかの役割を担っていたであろう。人類誕生を含め、私たちが天の川で生まれる中でどこかで間接的に絡んでいるのではないか」

私たちの存在の根幹に関わるいて座Aスター。その姿を視覚的にあぶり出すために5年間もの研究が必要であり、多くの若手研究者が活躍している。

その一人、ゲーテ大学の森山氏は「なかなかデータに合わないし、画像もうまく出ない、意味があるんだろうか」と悩む日々が続いたが、「リングがメインの構造として見えた時、満たされて無感量な気持ちになった」と喜びとともに振り返った。

人類の知の地平線を切り開く研究を成し遂げながら、日本の若手研究者は研究費の制約や雇用が安定しないなど、厳しい状況の中で研究を行っている。国立天文台水沢VLBI観測所では、6月17日までクラウドファンディングを実施中。同観測所は中国や韓国などの電波望遠鏡とネットワークを組んでジェットの観測に多大な成果を挙げている。「若手がさらに活躍できるよう、場を整えていきたい。応援して頂ければ」。ブラックホール成果発表という晴れの舞台で、所長がこうした発言をする現状も明らかになった。この宇宙の成り立ちや私たちの存在の根幹を明らかにしようと世界中の科学者が挑む、ブラックホールの更なる研究のためにも是非、応援を!

国立天文台水沢VLBI観測所の20mアンテナ。
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