「面白いものに食いつく早さには自信がある」ブラックホール撮影、本間教授は次に何を?
2019年4月10日は人類の科学史、いや歴史に刻まれる日になるだろう。ブラックホールを地球人類が目にした日として。アインシュタインの一般相対性理論に基づき、その存在が予言されてから100年以上。ブラックホールを直接観測する国際プロジェクトEHT(Event Horizon Telescope)日本代表である、国立天文台の本間希樹教授は「天文学者が100年かけて解こうとしてきたジグソーパズルの最後の1ピースが埋まった」と名言を残した(実際、この後、ブラックホールのジグソーパズルが発売されたという!)
きっと本間教授は長年ブラックホールを研究なさってきて、感慨ひとしおに違いない。そう思って「先生がブラックホールを研究しようと思ったきっかけは何ですか?」と尋ねると「僕がこのプロジェクトにかかわったのは10年前。元々は天の川全体の研究をしていたんですよ」と意外な答え。さらに「ブラックホールに関わるタイミングは、今から考えると本当に絶妙だったんです」とにやり。どういうことですか?詳しく聞き始めた。
5年越しで「世界一」達成。自信を糧にブラックホール撮影へ
- —天の川の研究をなさっていた先生が、ブラックホールに関わるきっかけは何ですか?
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本間教授(以下、本間):
2008年9月頃だったと思います。一緒に研究をしていた小山友明さんが、カナダの学会から帰国するなり「こんな面白い話を聞いたんです!」と僕の部屋に飛び込んできた。アメリカのグループが、天の川銀河の中心にある巨大ブラックホール・いて座Aスターの電波がかなり小さい領域から出ていることを突き止めたと。
- —これはブラックホールが見えそうだぞ、とピンときたのですか?
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本間:
はい。その観測はハワイとアメリカ本土の3台の電波望遠鏡によるものでしたが今後、台数を増やせば、ブラックホールそのものが見えるのでは、と思わせる観測結果でした。「見えそうなら、やるしかないでしょう!」と食いついた。それがどういうタイミングだったかと言えば、2007年に我々は世界記録を作っていたんです。
- —ほう、どんな世界記録でしょう?
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本間:
ここ岩手県の水沢と鹿児島県の入来、沖縄県石垣島、東京都の小笠原にある4台の電波望遠鏡を組み合わせたVLBI技術によって、世界で最も遠い天体の距離を、世界で最も精密に測ることに成功したんです。
- —天の川の三次元立体地図を作るVERA計画ですね。
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本間:
僕は1999年からVERAに関わって、4ヶ所の現場を回り予備調査もしています。望遠鏡ができる前の更地の段階から知っているのは、僕にとってものすごく大きな経験です。土台作りから始めて、アンテナができたら装置が動くかチェックする。「データがうまく取れない、なんでだろう」と1~2週間悩んだあげく大事なケーブルが一本ぬけていたとか。色々な経験をしましたね。望遠鏡が2002年にできてから、最初の成果が出るまで5年かかりました。
- —5年!何が大変だったのでしょう?
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本間:
世界の誰もやったことがない精度で天体の位置を測ろうというプロジェクトですから、観測しても正解か正解じゃないか、判別がつかないんです。未知の領域に足を踏み入れたからこそ、本当に正しいかどうかの追い込みに、ものすごい時間がかかりました。
- —苦しい期間ですね・・・。
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本間:
苦しくて、三鷹の天文台近くの多摩霊園に行って、木村榮博士の墓にお参りしたこともありました(水沢での観測からZ項を発見した木村榮博士については前回記事参照)。ついに成果を出したときは、「物事を論理的に突き詰めれば答えがちゃんと出る。科学ってすごいな」と。1999年にプロジェクトが始まって成果が出るまで8年。一つの事をやるには10年近くかかることを学びました。
- —2007年にVERAで世界トップの成果を出した翌年に、ブラックホールへ?
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本間:
そう。VERAで「ある切り口なら世界一を出せる力が自分たちにある」という自信がついた。ブラックホールの観測も基本はVERAと同じVLBI技術を使っているから、できるだろう。「やるべし」と。もしこれがVERAの成果を出す前、たとえば2006年にやりたいといっても、怒られちゃうわけですよ。「大きな予算を使ってアンテナをたてて成果も出てないのに!」と。でもいったん成果をあげたら、あとは数を増やせばいいだけだから。それでも色々な人に反対されましたけどね(笑)
幾多の困難を乗り越えて
- —それまで天の川やダークマターを研究していたのに、ブラックホールは別の領域では?
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本間:
チャレンジではあったけど、ブラックホールが見えたら面白いじゃないですか。小学生でも見たいと言ってくれるテーマで、僕も見えるならやりたい。
- —具体的にはどうしたんですか?
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本間:
アメリカの研究者(EHTリーダー、ハーバード・スミソニアン天体物理学センター シェパード・ドールマン氏)に連絡をとって年明けには彼のところを訪ねた。一緒にやろうと意気投合しました。
- —すごい行動力ですね。2009年ごろはまだ望遠鏡の台数はそれほど多くなかったのでは?
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本間:
当時は南米チリにあるアルマ望遠鏡の建設がようやく始まった頃でしたが、完成すればEHTの観測に参加するだろうし、その意味では未来は明るいと思っていました。明るい未来が来るのがわかっていながら、指をくわえてみているわけにはいかない。
- —2008年から10年越しのプロジェクト。何が大変でしたか?
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本間:
一番大きかったのは国際協力かな。言葉が違う、考え方が違う。2008年にドールマンと一緒にやろうとしたときは基本的にアメリカだけのプロジェクトだったのが、僕らが入ったことで国際化された。日本がアメリカと一緒にやり始めたと聞いてヨーロッパが本格的に入ってきた。そこからワーッと国際化してガラッと雰囲気が変わりましたね。最終的には世界の研究者206人が参加しましたが、プロジェクトが複雑化してややこしくなっていく。一つ決めるのにも誰かが必ず反対するんですよ。
- —困難な局面は?
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本間:
何回かありました(笑)。実は記者発表の1ヶ月前、論文を仕上げている段階でもどうしても意見が折り合わない部分があって、揉めていました。最初は科学上の意見の対立がきっかけだったのに、最後はだんだん感情論になっていくわけです。
- —発表直前まで!国際プロジェクトの場合、論文は誰の成果になるのででしょう?
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本間:
全員です。だからAさんとBさんが違う解釈をした場合、両方曖昧に書くか何も書かないか。そこで対立が起こる。結局かなり丸い、ある部分では妥協した論文にならざるを得ない。でも色々大変なことがあっても、「ブラックホールを見たい」という強い目的意識を共有することで、困難を乗り越えることができました。
ブラックホール観測に大きな貢献をしたい—知恵で勝負
- —米国や欧州は天文学の経験も知見もあり望遠鏡も提供。日本はどんなポジションを?
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本間:
日本は南米・チリのアルマ望遠鏡やハワイのJCMT望遠鏡に予算を出して運営しているものの、ブラックホールの観測では100%日本の望遠鏡だといえるものがない。人類の歴史に残る成果に対して「ただ参加しました」では面白くない。何か大きな貢献をしたいと悩んだ時に、ハードじゃなくてソフトウェアでしょと。お金はないから知恵で勝負しようと。
- —ソフトウェアとは、観測データをブラックホールの画像にするところですか?
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本間:
はい。データが出てきたときに一番いい写真を作った人が勝つでしょうということが、ゲームの流れとして見えていたし、VERAの時からデータ解析のソフトウェアを自分たちで書いてきたので自信があったのです。
- —日本が使った画像解析はどんな手法ですか?
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本間:
スパースモデリングという数学的手法を使いました。その手法を使えば、画像がよりシャープになる。つまり視力があがると世界に先がけて言ったのは日本です。その後アメリカも取り入れました。画像化には日本とアメリカと従来の方法と3つの方法が使われて、並列で解析が行われました。どれでも同じ結果になることがわかって結果的にはよかったのですが、日本とアメリカが作った画像は、会見で発表された画像よりも2~2.5倍ぐらいシャープです。
- —スパースモデリングとは聞きなれませんが、「魔法の技術」とも呼ばれているとか。
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本間:
スパースとは「疎」という意味です。今回のブラックホール観測では望遠鏡の数が限られるので、完璧なデータが得られない。
- —歯抜けのような状態ということですね?
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本間:
はい。画像上で抜けているピクセルをどうやって補うか。従来法では抜けているところにゼロを入れていました。でもスパースモデリングでは探偵のように、限られた情報と事前の知識から適切な答えを選びます。ここでいう事前知識とは、画像がどれくらいスカスカか、あるいは滑らかか、などを数値的に表すもので、料理に例えて言えばレシピに相当します。変なレシピで人工的に穴を作らないように、5万通りのレシピを作ってくりかえしテストして、検証しました。
- —少ないデータから画像を復元するわけですね。天文学で使われていたんですか?
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本間:
いえ、MRIなど医療やタンパク質の研究などあらゆる分野に使いましょうと提唱されてましたが、国内の天文分野では当時(2011~2012年)はまだ1~2本論文が出ていただけ。その論文を書いた広島大学の植村先生が2012年ごろ、「天文学で使えるから一緒にやりませんか」と色々な人に声をかけていましたが、ほとんどの人はスルーしていた。自分の研究にどう役立つかわからないと。唯一その時に手を上げたのが、尻の軽い私でした(笑)。とりあえず話を聞いてみようと。
- —なるほど、その解析技術を使って見事、史上初のブラックホール画像化に成功したわけですね。チャレンジングですね。
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本間:
アンテナを常にはって面白そうなものがないか探していて、見つかれば飛びつく。2008年にドールマンとブラックホールをやると決めたのもそうだし、スパースモデリングもそう。本当は、今回発表されたM87ブラックホールは、もっと質量が小さい場合も想定されていました。小さいブラックホールだったら、従来の解析方法では穴が見えず、僕らの解析方法なら見えるという最高のスイートスポットだったんですけどね(笑)。その場合は日本のプレゼンスはさらに上がったはずです。
人類はブラックホールに感謝しないといけないかもしれない
- —今後のブラックホール観測には何が期待できますか?
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本間:
ブラックホールから出るジェットを観測したいですね。ブラックホールは何でも吸い込む、「究極ののん兵衛」と僕は呼んでいますが、吸い込むだけでなく、ジェットとして吐き出されていることが観測されています。ところが今回は観測できなかった。最大の宿題です。
- —なぜ、ジェットは映らなかったのでしょう?
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本間:
感度が足りなかったのかもしれません。今後、EHTはグリーンランドとアリゾナ、そしてフランスに電波望遠鏡を増やす予定で、感度をあげて観測できるし、日本、韓国、中国の東アジアVLBI観測網(EAVN)で異なる波長によってジェットを観測する計画もあります。ジェットの根元がブラックホールに刺さっているのか、周囲の円盤なのか、見極めたいですね。
- —気になるのがEHTで観測している、もう一つのブラックホールです。
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本間:
私たちの住む天の川銀河中心のいて座Aスターですよね。その解析も進めます。将来的にはM87とともに動画にして、物質が吸い込まれる様子や、その一部がジェットとそしてどう出ていくかが描きだせるだろうと思っています。
- —巨大ブラックホールと銀河、そして私たちはどういう関係なんでしょう?
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本間:
銀河の真ん中には巨大ブラックホールが必ずあると今回、明確に決着がつきました。でもブラックホールが先にできたか銀河が先にできたかはわからない。それを調べるには、もっと遠くのブラックホールを調べないといけない。もしブラックホールが先だとわかったら、巨大ブラックホールがあったから銀河が生まれ、太陽系や地球ができ、私たちが生まれたことになる。人類はブラックホールに感謝しないといけないかもしれません。
宇宙人はテレビを見るか?
- —面白いこと好きな先生のアンテナに今、ひっかかっているのはなんですか?
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本間:
次の数十年を見据えた時に何をするか。SKA(世界10か国以上が2020年代に南アフリカとオーストラリアに電波望遠鏡を建設する計画)が一つのキーワードとして出てきます。SKAを世界中の望遠鏡と組み合わせで観測する計画もあり、将来、日本のアンテナがSKAと一緒に観測する可能性があります。
- —SKAと言えば、SETI(地球外知的生命体)探しも?
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本間:
SKAの一つの魅力はSETIが笑い話ではなくなることです。実は僕は水沢の望遠鏡でもやりたいと思っているんですけど、まだまだ感度が足りません。でもSKAで15mアンテナが2000台ぐらい稼働すると、近くの恒星周りの惑星から出ている電波が受かる可能性があるんです。だから隣の星のテレビが見えるかもしれない。
- —面白そう!
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本間:
そうでしょ?ブラックホールも、宇宙人探しも。ある種、節操がないくらい、全く異なる分野ですが(笑)。でも根底にあるのはVLBI技術。VLBIは可視光で観測する望遠鏡のようにきれいな画像はとれなくて、正直しょぼいし解析は面倒くさい。でも処理の仕方で自分のテイストを加えて勝負できる。僕はVLBIのスペシャリストという自負があるので、VLBIでできることは何でも挑戦します。面白いことはいっぱい転がっていますからね。
- —最後に、ブラックホールに行ってみたいですか?
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本間:
入るのは怖いけど、命があとちょっとしかないとわかったら、「ブラックホール葬」はいいかもしれない。ブラックホールに入る人と、外で見ている人は時間の流れ方が違うから、本人はブラックホールに入っていても、遠くから見ている人には永遠に入らないように見えるんです。
- —永遠に面影は残ると。ブラックホール葬、いいかもしれませんね!
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