大分県「アジア初の水平型宇宙港」のリアル—アメリカで開発現場を見た担当者に聞く
今年は日本各地から新しい宇宙機の打ち上げが予定される「打ち上げYear」。中でも注目は、大分空港から飛び立つ米企業ヴァージン・オービットの宇宙機。飛行場から水平離陸した航空機からロケットを分離、宇宙空間に到達したロケットが小型衛星を放出するというユニークな方式。実現すれば大分県が「アジア初の水平型宇宙港」になりうる。大分市在住の友人に「宇宙港の話、知ってる?」聞いたところ「広瀬知事が頑張ってるよね。便乗して宇宙港のお菓子も出てるよ~(笑)」と教えてくれた。なぜ大分県に宇宙港?実現に向けて今、どんな状況なのか。大分県の堀政博さんに伺いました。
最初は「狐につままれた」感じ
- —大分県がヴァージン・オービット(以下、VO)と提携して「アジア初の水平型宇宙港を目指す」と発表したのは2020年4月。大きな話題になりましたね。いつ頃、どんな風に宇宙港のお話があったのでしょうか?
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堀政博さん(以下、堀):
2019年夏ごろ、一般社団法人スペースポートジャパンから大分県に、VO社が日本で宇宙港を探しているというお話がありました。最初の印象は、「未来の話」だなと。私は今、45歳ですけど、県庁を辞めた後に実現するだろうと(笑)。スケールが大きい話だし、長く時間がかかると思っていました。
- —それがなぜ、急ピッチで提携することに?
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堀:
その後すぐに、VO社の担当の方が来日され、直接話を聞く機会があったんです。すると、宇宙港はそんなに先の話ではないことがわかってきました。アメリカや世界では宇宙港がいくつもできて熱い取り組みが行われている。日本でも有人宇宙船を開発しているスタートアップがあることを初めて知りました。最初に聞いた時は狐につままれたような感じでしたが、「リアルで具体的な話なんだ」とわかってきたわけです。
- —大分県はそれまで宇宙開発に対しては?
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堀:
九州工業大学が2018年にH-IIAロケットで打ち上げた超小型衛星「てんこう」の製造に大分県の企業がお手伝いをしました。JAXAや種子島宇宙センターのような宇宙事業に大分県からサプライチェーンとして関わる企業もありますが、今後、宇宙産業のどんな分野にどうアクセスしたらいいか難しいと感じていました。でも宇宙港の話を聞いて、既存の空港を活用して衛星を打ち上げられること、もしかしたら宇宙旅行など色々な可能性を感じました。庁内で相談して「挑戦すべき領域ではないか」という話になったんです。
- —挑戦すべきと。堀さんが所属されているのは「先端技術挑戦課」ですもんね。
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堀:
はい。行政で課名に「挑戦」と入っているのは珍しいと言われます。大分県では、3つの政策の柱を掲げています。「大分県版地方創生の加速前進」「強靱な県土づくり」そして「先端技術への挑戦」です。アバターやドローンなど新しいことに挑戦し、様々な取り組みを進めてきています。
大分県に決まったポイントは3つ
- —VO社が日本で宇宙港を決めるにあたり、複数の候補地があったと聞いています。最終的に大分県になった決め手は何だと思いますか?
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堀:
VO社からは3点あげてもらっています。3000mの滑走路があること。近くに産業の集積があること。そして、顧客や投資家をおもてなしできる観光資源があることです。3点目の視点は我々にもあまりなかったですね。
- —おもてなし、ですか。
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堀:
宇宙開発は技術的なところが99%を占めるストイックな世界と思っていました。でも海外のロケット打ち上げ企業をいくつか調べてみると、様々なおもてなしのプログラムを用意しているらしいですね。
- —具体的に観光資源として何を説明されたんですか?やっぱり温泉?
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堀:
わかりやすいのは温泉です。大分は「日本一のおんせん県」と謳っているので。それだけでなく、大分空港がある国東半島は神仏習合の発祥地でもある、日本的なスピリチュアルな場所です。歴史的なカルチャーも含めてお伝えしました。様々な観光資源があり、選択肢が多いことも良かったのかなと思います。
- —近くに産業の集積があること、と言われましたが具体的には?
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堀:
高度成長期から鉄、石油コンビナートなど重厚長大な企業が進出していて、半導体や精密機械の工場、自動車工場もあります。日本のモノづくりの大半の企業がバランスよく集積しているのが大分県の特徴です。「日本の産業構造の縮図」といってもいい。大分でVO社が燃料や関連部品などを調達する時に、対応できることがあるのではと考えています。
アメリカのヴァージン・オービット社を見学!
- —10年間に20基の打ち上げを計画と発表されていますね。となると1年に2回。メンテナンスや修理に大分県の企業が貢献することはありうると?
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堀:
可能性はあります。ただ、ロケット自体は、米国から持ち込むのではないかと思います。アメリカの工場を見ましたが、原材料の加工からロケットの仕上げまで、自社で行っています。途中に大きな3Dプリンタがあって、部品も作っていました。
- —え、ヴァージン・オービットに行かれたんですか?どんなところでしたか?
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堀:
アメリカのロサンゼルス近郊、ロングビーチ空港のすぐ近くにあって、本社と工場が一緒になっています。私は仕事柄、大分県内の様々な工場を見ていますが、非常に近代的で、きれいで、しかもポップでかっこいい。すごく働きたくなる工場でした。
- —ポップですか!
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堀:
働いている人たちも、色々なデザインのロゴTシャツを着ていて、下は短パンとか様々。若い人や女性、人種も年齢も様々な人がいましたね。
- —なるほど。ロケットはVO社工場で製造するとして、そのロケットに衛星を搭載する作業は大分で行うことになりますか?
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堀:
その可能性も含めて検討しています。
課題—日本初、空港を宇宙港として活用
- —大分空港は国内線が頻繁に発着していますね。さらに宇宙港に活用するわけですか?
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堀:
そうです。そのため、様々な調整が必要となります。
- —たとえば、どういう点でしょうか?
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堀:
水平型宇宙港自体が、日本で前例がない取り組みである点、そのため関係する法令等も多岐にわたる点、また、実際の運用をどうするかについても調整する必要があります。その中で、空港と宇宙港をどう併用運用していくかという点もポイントになると思います。
- —空港と宇宙港の併用運用ですか。
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堀:
実は我々より先に、VO社はイギリスのコーンウォール空港から打ち上げを行う予定です。コーンウォールも発着便のある空港、つまり一般空港です。コーンウォール空港での打ち上げの様子等も確認しながら、検討や調整を進めていきたいと思います。
- —以前、新谷美保子弁護士にスペースポートについて取材した際に、法律の課題をあげられていました。宇宙活動法か航空法か、そもそも日本の法律を適用するのかアメリカの法律で飛ばすのかと。
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堀:
それも含めて調整しています。たくさんの法令に関わるので、関係省庁の皆さんとお話をさせて頂いている最中です。VOの関係者も来日できるようになったので、検討・調整のスピードも上がっていくと期待しています。
新谷弁護士とも話をしていますが、整理すべき課題はまだ多くあります。その一方で、世界中で宇宙港の動きが加速しています。欧米各国だけでなく、今まで宇宙開発に関わっていなかったような国々がアメリカの宇宙企業と連携を始めています。あまりゆったりとはしていられない。政府の成長戦略でも「宇宙港の整備などアジアにおける宇宙ビジネスの中核拠点化を目指す」と明記されています。我々は大分県の職員なので大分県の発展のためにやらなければいけないミッションがある一方で、日本の方針を進めるために、大分県が貢献できればいいのかなと。
- —大分県だけでなく、日本全体のためでもあると。日本から民間宇宙機が打ちあがることで開ける展望がありますよね。
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堀:
そうですよね。我々は現在、小型人工衛星の打ち上げについて、取り組んでいますが、その先の宇宙機の離発着など、将来的な可能性についても議論しています。議論の中では、宇宙旅行を実施する宇宙企業がアジアで宇宙旅行のサービスを始めたいと言ったときに、日本がその受け皿となれるような国であってほしい、という意見もあります。
宇宙ステーションから宇宙往還機ドリームチェイサーが大分に着陸!?
- —世界は急速に動いている。そういう状況を考慮して大分県が手を挙げるなら、日本が団結して環境整備に動いて欲しいですね。ところで2022年2月、大分県と米企業シエラスペースと兼松が、「大分空港が宇宙ステーションから帰還する宇宙往還機ドリームチェイサーのアジアでの着陸拠点を目指す」と発表しました。まだ決定でなく、検討段階ということですか?
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堀:
シエラスペースはNASAと契約を結び、2024年末までISSに物資を輸送するサービスを行うことになっています。ドリームチェイサーは(ロケットで打ち上げられ)、宇宙ステーションに物資を届けた後、滑空して水平着陸します。先ほどのVO社のコズミックガールと同じように見えて全然違うものです。
- —シエラスペースは将来的に有人飛行も目指すと発表していますが、今回検討されるのは無人ですか?
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堀:
まずは無人機の検討が基本になります。今回のMOUでは、シエラスペース社のドリームチェイサーが、大分空港で着陸することを考えた時に、その安全性や環境影響評価などを具体的に検討していく、というものです。確かにシエラスペースは有人機の計画を持っています。ブルーオリジンなどと一緒に「オービタルリーフ」という新しい商業宇宙ステーションを計画しているので、そこでの活用等を想定しているのかもしれません。
- —なぜアメリカから打ち上げた宇宙往還機を日本に着陸させるのでしょう?宇宙ステーションでの実験の成果を、早く日本に届けることが目的ですか?
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堀:
そうですね。兼松さんやシエラスペース社と、今後検討を進めていきますが、例えば、たんぱく質結晶実験の試料回収など、日本に立地している企業や研究機関等のニーズなどについてもしっかり見ていく必要があると思っています。我々としては、大分空港に宇宙から試料が戻った後、その試料をすぐ東京に飛ばすのでなく、空港近辺にラボを作った方がいいということになれば、新しい産業ができて地元の振興にもつながるのではと期待しています。
- —宇宙ステーションにどんな使い方が見いだせるか、でしょうか。
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堀:
はい。アメリカでは、既に新しい宇宙ステーションのプレゼンテーションが強く行われているようです。
観光—観客が空中発射を楽しめる工夫を
- —ヴァージン・オービット社の大分での飛行は早ければ今年中とも言われますね。
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堀:
2022年5月にVO社のジム・シンプソンCSO(最高戦略責任者)が来県された際、「技術的には(年内の打ち上げは)可能だが、イギリスのコーンウォール空港での飛行が先なので、その知見を大分に活かして完璧な打ち上げを目指すことになれば、来年になる可能性もあります」とコメントされました。
- —初めての打ち上げですから、離陸や空中発射を見たい人も多いと思います。
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堀:
大分空港では観覧できるスペースが限られているので、見学方法等について調整する必要があります。ただ、航空機からロケットが切り離され、発射されるのは大分空港離陸から数時間後。空港から肉眼で見るのは不可能です。ロケットの切り離しは、パブリックビューイングのような方法でお見せできないかなど、今後、検討を進めていきます。VO社と連携して、イベントなども計画できるといいなと考えています。
- —それは楽しみですね!最後に今後への抱負を聞かせて下さい。
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堀:
若い人たちや子供たちに対して、「宇宙」は新しい挑戦が始まるというメッセージにも繋がります。なんとか宇宙港の実現に向けて取り組むとともに、その過程も含めて子供たちに色々な形で還元し、「宇宙港のプロジェクトがあるから、こういうこともできるよね」と感じて欲しいと思っています。
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