月への挑戦、その過酷さと楽しさと
~ ispace 氏家亮 × JAXA 内山崇
2023年4月26日未明、ispaceのランダーは月着陸成功まであと一歩まで迫った。ispace CTO氏家亮氏は「次こそやり切る」と決意を語る。「難易度の高い月着陸に一民間企業が挑戦し、ここまで達成できたのは120点」と高く評価するのがJAXA内山崇氏。実は内山氏と氏家氏は、JAXAでともに働き、今はそれぞれの立場で月を目指す「同志」。月への挑戦をテーマに2人が熱く語り合った内容を、2回に分けて紹介します。初回は氏家さんにがっつり聞いていきます。
JAXA時代の二人—「向いてない?」
- —お二人の出会いは?
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内山崇(以下、内山):
2014年ごろ、新型宇宙ステーション補給機HTV-Xのプロジェクト化に向けて様々な検討をしていたとき、当時研究開発部門にいた氏家に、支援に入ってもらったんです。彼は優秀なのでHTV-Xがいよいよプロジェクトになる時にぜひ欲しいなと思って、当時のマネージャにリストアップした中の一人。それが叶って、正式にプロジェクトに入ってもらったのが2017年10月です。
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氏家亮(以下、氏家):
研究開発部門の時は、HTV-Xの新しい設計を検証するための誘導制御シミュレータをゴリゴリ作ってました。2017年にプロジェクトに入ってからはNASA関係の交渉の調整をやりながら、手を動かすのが好きなので引き続きシミュレータも作ってましたね。
- —お互いをどうご覧になっていましたか?
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内山:
むちゃくちゃ優秀で、プロジェクトに入ってもらってよかったなと思いましたね。ものすごい努力家で、たぶん自分で色々決めていきたいタイプ。仕事の進め方という点では、あまりJAXAに向いてる人じゃないかもしれないと思うところもあって(笑)
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氏家:
ハハハハ
- —どんなところが?
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内山:
彼は目的を達成しようと思った場合に、最短距離というか「一番効率的なのはこれだよな」という考え方をする。だけどJAXAは関係者への確認や審査会の承認などを積み重ねて、じっくり決めていかないといけないことがすごく多いんですよ。方向性がやや違うかなと。
- —なるほど。氏家さんは内山さんのことをどう見てましたか?
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氏家:
志をもって、目指すところがある人だなと尊敬しています。私は馬力はあるかもしれないが、扱いが難しいところがあったと思う。でも内山さんは一緒に対NASAの調整をした時も、頼れる兄貴分という感じでした。
JAXAからスタートアップへ「やらずに死ねば後悔する」
- —氏家さんはHTV-Xプロジェクトに入って1年後にispaceへ転職されました。なぜですか?
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氏家:
HTV-Xは自分でも希望した仕事だし、決して不満があったわけではない。ただふり返ると2014年、JAXAでシリコンバレーに超小型衛星のスタートアップを見に行く機会を頂いたんです。「宇宙業界でこういう働き方があるんだ」と初めて知って。その後、日本の宇宙スタートアップも盛り上がってきた。特にispaceは2017年末にシリーズA(※)で国内最高の資金調達を実施した。宇宙業界に大きな波がやってきたのかもしれない。5年後にやりたいと思ってもその機会がないかもしれないと。
- ※
シリーズA:スタートアップ企業における製品の企画、開発やそれに伴う技術開発段階での投資ラウンド
- ※
- —乗り遅れる前に行かなきゃと?
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氏家:
はい。それなら盛り上がっている今、やるしかない、やらずに死ぬのは悔いが残る。悔いが残ると思うぐらいならやろうと。
- —「こういう働き方」って具体的には?
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氏家:
スタートアップってすごく過酷な面もあると思うが、裁量を多くもって自分たちでリスクを背負って開発していく。短期間で大きいインパクトを業界に残す。やってみたいなと。
- —内山さんは氏家さんの決断を聞いたとき、どう思いましたか?
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内山:
「来たか」と。早いなと思いましたけど(笑)。HTV-Xプロジェクトに来て1年しかたってない。挑戦することに対しては羨ましいし応援したいと思いつつ、我々としては優秀な人材を置いておけなかったことに対して少し責任を感じましたね。しかも彼はJAXAからMITに留学した直後で、その資金をJAXAに返す必要があった。私だったら(資金を返さなくてすむまで)数年間待ったと思う。でも結果的に彼は(転職から)5年後に月着陸に挑戦した。上場企業のCTOとして。当時は無謀だとも思ったけど、あのタイミングしかなかった。
あきらめる理由はいくらでもあった
- —2018年10月にispace入社後、どんな仕事をされたんですか?
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氏家:
最初はソフトウェアのエンジニアとして入社して、C言語でコードを書いたりしてました。すぐ誘導制御系チームのリーダーになった。半年後にシステム等のグループマネージャに。最高技術責任者CTOになったのは2022年6月からです。
- —「こんな働き方がしたい」と飛び込んで、入ったときはどうでしたか?
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氏家:
今はグローバルで200人を超える人が働いてますけど、当時は30人ぐらいの発展途上の組織でした。設計などの取り組みはJAXA時代とそんなに変わらない。でもスピード感は違う。意思決定はシンプルで、自分たちで考えて自分たちの基準でやっていくから柔軟性はある。でもリソースが限られていて、最初は何もないに近い状況でした。
- —何もない?経験も人も、モノも?
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氏家:
JAXAの場合は、新しいことをやる時でも以前の参考になるものが何かしらあるわけで、そこは全く異なる環境です。ispaceとして初のミッションで、経験していないことが次々起こる。正解なんてわからない。製造の時、試験の時、あげたらきりがないぐらい本当に色々なことが起こって、あきらめる理由はいくらでもありましたね。
- —私たちは打ち上げ後に注目しがちですが、その前から大変だったんですね。内山さんはispaceの月着陸をどうご覧になってましたか?
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内山:
一民間企業が打ち上げまで、短期間でこぎつけたのがすごい。例えば最初に宇宙に出たとき、ランダーがちゃんと動くか。(宇宙機は)赤ちゃんみたいなもので、地上で色々試験をやったとしても、宇宙でどういう挙動をするかわからない。その宇宙機としての初期段階を乗り越え、地球から約150万km彼方の深宇宙空間を飛行した後に月周回軌道へ。トラブルも1個や2個じゃなかったはずです。それを着陸の最後の段階までやり遂げたのはものすごいことだと思いました。個人的には120点のミッションだったと思うし、着陸直前に上場したのもびっくりした。色々な責任がつきまとうんじゃないかと。
- —ispaceは月着陸までのミッションを10段階の「サクセスクライテリア(成功基準)」に区切りましたね。どこまで達成できればいいと考えていましたか?
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氏家:
今回は月着陸には至りませんでしたが、実際にランダーを飛ばして多くのことを学びました。成功か失敗かのゼロサムでなく、どこまで達成できて次につなげることができたか示すために10段階のマイルストーンを定義しました。どこまでいけるかはあまり考えていなかった。やるしかない。一つ一つクリアしていく感じでしたね。
- —どの段階が一番大変でしたか?
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氏家:
内山さんも言われていたロケット発射後の最初の段階、サクセス3です。打ち上げ後にランダーと通信を確立して姿勢が安定していることなどを確認するタイミングです。まさに生まれたばかりの赤ん坊が立ち上がるような。この運用が終わった瞬間にMCC(管制室)でメンバーと抱き合った。その時の様子を何回見ても、「こんなかっこいいことが世の中にあるのか」というぐらい印象に残ってます。
- —大変だったということは、何かトラブルがあったんですか?
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氏家:
ありました。通信がちょっと不安定で、姿勢も安定しなくて。姿勢が安定しなかった理由は、地球からの反射の影響をセンサーが想定よりも敏感に感じてしまったことで、その影響が強く出たんです。やっぱり実際に飛ばしてみないとセンサーがどういう反応をするかわからない。最初のフライトなので予測しきれなかった。
着陸—マイナスになる高度を見つめて
- —着陸の瞬間はMCCにおられました。ランダーが高度ゼロを示した後も降下は止まらず、高度がマイナスになってもエンジン噴射を続け、ついに燃料切れになるテレメトリデータを現場で見ていたのですか?
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氏家:
全部見えていました。ランダーが推定する高度がゼロになる瞬間も。着陸したら検知して「タッチダウン」というイベント(の信号)が返ってくるはずが返ってこない。高度がマイナスを示し続けていて、「あ、やばいな」と思いました。燃料が尽きるとタンクの圧力の値ががんと変わる。これは燃料が尽きたんだなと理解して。その後、自由落下していくときに速度が上がっていくのもテレメトリで見えていたので、状況として理解していました。
- —正常ではないなと。
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氏家:
リカバリを試みてはいました。万が一、自由落下したけど生きている可能性はあったので。再起動したり、再起動するように仕込んでいるコマンドのタイミングを待ったり。
- —テレメトリを見ながら、どう感じていましたか?
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氏家:
どう思ったんだろうな…。その瞬間は「何が起こったんだ」と理解する気持ちしかなかったかな。原因をメンバーと確認しようというだけだったと思う。後から惜しかったとか色々な感情が出てきましたが。
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内山:
宇宙ミッション全般そうですが、打ち上げてからできることは限られています。僕も「こうのとり」の運用を長くやっていたが、やれる準備は全部した上で打ち上げる。だけど宇宙空間や月面で何かあっても現場で直せない。切ないですよね。フライトディレクタ時代は、最悪のことを想像して、何回も夢に見るほどでした。
「Just Landed in our HEARTS!(私たちの心に着陸した)」
- —着陸予定時刻が4月26日1時40分。その約8時間後に記者会見がありました。チームへの思いを問われた氏家さんが、感極まった姿が印象的でした。
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氏家:
あれは演技ですから(笑)
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内山:
液体が出てましたね。
- —どんな思いか改めて聞かせて頂けますか?
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氏家:
2018年に入社してからは特別な期間で、自分も貢献したと思うけど、ここにいるメンバーがいて月着陸まで達成できた…(再び感極まる)。
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氏家:
運用をやっているときに月を見ると「あの周りを自分が作ったランダーがまわっているんだな」とすごく特別な気持ちになりました。語弊がある言い方かもしれないけど、ミッション1をやっている間、すごい楽しかったんですよ。仕事だし、お客さんがいるから楽しいという表現は不適切だと思う。もちろん辛いことも、嬉しいこともたくさんあって、みんなで頑張った。全部ひっくるめてすごく楽しかった。チームへの感謝ですね。
- —チームと言えば、5月末の記者会見で、大切な一言を問われて「Just Landed in our Hearts」と書かれましたね。チームから贈られたと。どんなタイミングだったんですか?
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氏家:
これ本邦初公開です。着陸がうまくいったら「Just Landed(着陸した)」というパネルをカメラに向かって掲げる予定でした。でも残念ながら掲げることができなかった。パネルをMCCに置いて帰って翌日来た時に、誰かわからないけど書いてあったんです(涙)
- —私も泣きそう‥内山さん、楽しいっていう感覚わかるのでは?
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内山:
わかります。徹底的に準備してチームで全力を尽くす。スポーツに似てるんですかね。そういう仕事に携われるのはすごい幸せだと思う。
凄いチームはどうやってできたのか
- —羨ましい気がします。凄いチームができたと会見で言われていましたね。
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氏家:
私がチームを鍛え上げた感覚はまったくなく、みんなで同じ方向を向いてトラブルをサバイブしていく中で、結果的に強くなったと思います。
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内山:
同じ目的をもってみんなで修羅場を潜り抜けるときが一番、一体感が出るんですよ。JAXAのHTV(こうのとり)チームは訓練の中で、あえていくつも不具合をいれてサバイブする訓練をします。その訓練のおかげで本番はどんな不具合が起きても動じなくなる。ispaceの場合は日々修羅場だから、その中で培われたんでしょうね。
- —トラブルはどうやって乗り越えたんですか?
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氏家:
ベースはコミュニケーションです。私は遠回りな言い方はしない。ストレートに、オープンに話をしていく中で信頼関係が築かれていく。それと、手を動かすのが大事だと思っています。手を動かしてアウトプットを出せば、『こいつはこういうことができる』『俺はこれをやる』と互いに認め合える。そうやって全体の作業に突き進んでいく。
- —具体例で教えてもらえませんか?
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氏家:
本当にたくさんのことがあったので、これってパッと選ぶのは難しいです。会社初のミッションだから、経験していない色々なことが起こるんですよ。本1冊書けるぐらい(笑)。やりがいはあるし自分に向いてるとは思ったけど、本当に大変で‥何回やめようと思ったかわからない(笑)
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氏家:
正解なんてやらないとわからない中で、最終判断するのがCTO。しびれる判断が着陸以外にもありました。リスクを最小限にしてゆっくり進めることもできるし、やらないことが一番簡単。だけど、スタートアップで事業的な観点もあるし、組織としての勢いもある。ある程度リスクを覚悟しつつ着陸というゴールを目指す、そのバランスが難しい。
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内山:
まだJAXAも実現してない月着陸を目指すという、普通の民間が負えるリスク以上をとって野心的にビジネスにしようとしているところがすごいですよね。その技術統括として氏家が活躍しているのが、誇らしいです。
- —今後のミッションではどんなチャレンジが?
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氏家:
ミッション2は来年打ち上げを予定しています。基本的には1で使ったランダーと同じもので、すでにJAXA筑波宇宙センターで試験に向けた組み立てを始めています。今回のミッション1のデータからしっかり改善し、次は月着陸までやりきれると信じています。ミッション3はispace U.S.が進めている大きなランダーで、重さはミッション1や2の5倍です。米国のドレイパー研究所のチームにispaceが参加して、NASAの商業月面輸送サービス(CLPS)でNASAの荷物を月に飛びます。打ち上げは2025年を予定しています。
- —楽しみですね。次回は、JAXA内山さんに「HTV-X」2号機に搭載予定の自動ドッキングシステム開発プロジェクトや、有人宇宙船への思いを伺います!
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