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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

アストロスケール×JAXA、世界初の宇宙ゴミ接近&調査衛星打ち上げへ

宇宙のゴミ、「スペースデブリ」問題が深刻さを増している。

スペースデブリのイメージ。高度1000km以下が特に多いとされる。(提供:NASA ODPO)

10月頭、米連邦通信委員会(FCC)は、役割を終えた人工衛星を静止軌道から適切な廃棄軌道に移動させなかったとして、米国の衛星放送企業に対して、罰金15万ドルを課したと発表。デブリに対して罰金が課された世界で初めての事例となった。

その背景にはスペースデブリ(役割を終えたロケット上段や人工衛星、その破片)が増え続け、「待ったなし」状態になりつつある事情がある。JAXA研究開発部門の山元透氏によれば、地上から継続的に観測可能で軌道がわかっている10cm以上のスペースデブリは約2万7千個、軌道決定できていないものを含めると3万6千個以上。1cm以上のデブリは50万~100万個、1mm以上は1億個以上とされ、その数はどんどん増えているという。デブリは低軌道で秒速約7~8kmの高速で飛行するため、小さなデブリでも、衝突すれば宇宙機に破壊的なダメージをもたらす。

JAXA研究開発部門商業デブリ除去実証(CRD2)チーム長、山元透氏。

宇宙環境は今後さらに悪化が予想されている。例えばSpaceXのスターリンク衛星に代表されるように、数千機数万機もの衛星群(コンステレーション)が通信網などを構築する計画が複数ある(アマゾンも通信衛星網の打ち上げを10月頭にスタートした)。デブリ除去に約10年間取り組んできたアストロスケールの岡田光信CEOによれば、「2026年ごろには現在打ち上げられている衛星コンステ群が寿命を迎えて落下し始め、新しい衛星群が打ち上げられる。宇宙の安全航行は困難になるだろう」と警笛をならす。

「宇宙は広大なのでは」と考える方もいるだろう。確かに宇宙は138億光年もの広がりがある。だが地球の周りを周回する衛星にとって人気の「軌道」がある。もっとも混雑しているのは低軌道の高度約700~1000km付近。デブリと衛星のニアミスや衝突が頻繁に起こっていると推定される。

最も恐れるべきはデブリ衝突の連鎖だ。JAXA山元氏によれば「大型のデブリの大規模な衝突が起きると、デブリが大量に発生する。厄介なのがセンチやミリサイズのデブリが大量に出ること。高度が低ければ大気が少しあるので、徐々に(デブリの)高度が下がって大気圏に突入して燃え尽きるが、高度が高いと現時点では対処法がない。さらに衝突の確率が上がってデブリが増える『負の連鎖』が起こる」。

高度574kmを飛行したNASAソーラーマックス衛星にできたデブリによる穴。宇宙飛行士が撮影。(提供: NASA)

私たちの日常生活は、人工衛星なしでは成り立たなくなっているといっても過言ではない。天気予報、放送通信、カーナビ、金融取引に使われる正確な時刻も測位衛星から得られている。衛星がデブリによってダメージを受ければ、地上の多くの機能が停止するだろう。

こうした問題を受けて、各国はスペースデブリに対するルール化に乗り出している。例えば今年5月に仙台市で開かれたG7科学技術相会合では「軌道上のデブリ発生抑制とデブリ削減に関する技術の研究開発を強く推奨する」と言及された。

各国・機関が出しているデブリに対するルール。FCCはこれまで低軌道で役目を終えた衛星を25年以内に廃棄軌道に移すこととしていたルールを5年以内に短縮した。(提供:アストロスケール)

デブリ問題の焦点は大きく二つ。「現在あるデブリをどう除去するか」。そして「今後デブリを出さないためにどうするか」。前者についてJAXAとアストロスケールは世界初のミッションに挑もうとしている。

宇宙の大型デブリに接近、撮影する「ADRAS-J」ミッション

大型デブリ・H-IIA第2段(画像右)に接近するADRAS-Jのイメージ図。衛星はロケットラボ社のエレクトロンロケットで今年11月打ち上げ予定だったが、9月に同ロケットが打ち上げに失敗。原因究明&対策を実施中だ。(提供:アストロスケール)

喫緊の課題は、混雑軌道のデブリ衝突を未然に防ぐこと。そこで肝になるのが「大型デブリの除去」だとJAXA山元氏は指摘する。それがデブリ発生の負の連鎖の源を断つことになると。だがデブリの除去はまだ世界のどこも成功していない。技術的に難易度が高い上に、法律の問題があるからだ。今回、JAXAは民間企業とタッグを組み2段階の実証実験「商業デブリ除去実証(CRD2)」を計画した。

CRD2の「フェーズ1」では大型デブリに接近、デブリの周りを周回しながら映像を取得する。「フェーズ2」で大型デブリを捕獲し、除去する。まず「フェーズ1」についてJAXAは公募の結果、2020年にアストロスケールを選定した。選定・契約を受けてアストロスケールが開発したのが「ADRAS-J」衛星だ。

ADRAS-J衛星。本体約830×810×1200mm。重量約150kg。(提供:アストロスケール)

大型デブリへの接近&映像撮影は世界初の試みとなる。ターゲットはJAXAが2009年に打ち上げたH-IIAロケット第2段。全長約11mx直径約4m、重量約3トンの大型デブリで高度約600kmを周回している。なぜこのデブリを選んだのか。「長期間、宇宙の軌道上に存在するデブリで日本のもの。何かトラブルがあっても宇宙環境に影響が少ないように、(混雑軌道より)少し低い軌道で実証実験ができる点で選ばれた」(JAXA山元氏)。

ADRAS-Jが接近するH-IIAロケット第2段。2009年にGOSAT衛星から分離時に取得した映像。米軍デブリカタログのID番号は33500。(提供:JAXA)

非協力物体に「手が届く距離まで」近づく難しさ

デブリへの接近&除去が難しい点は多数あるが、まずはデブリが役割を終えているため「生きていないこと」、つまり信号をまったく出していないことが筆頭にあげられるだろう。

宇宙空間である物体に接近・捕獲する技術について、日本は「ETS-VII」(おりひめ・ひこぼし)やISS(国際宇宙ステーション)に物資を届ける宇宙ステーション補給機こうのとり(HTV)などの実績がある。だが、それらの衛星や宇宙機は接近・ドッキングすることを想定して作られていたため、互いの位置や速度、姿勢を把握でき、ドッキングするためのメカニズムをあらかじめもっていた。つまりは「ドッキングに協力的な物体」だった。

ところがロケット上段や衛星の破片などは、後で除去されることを想定していなかったものが多い(最近は様々な対策が講じられている)。具体的には信号を出していないために、正確な位置や姿勢を把握できない。ドッキングのためのメカニズムもない。つまりはドッキングに「非協力的な物体」ということになる。

そこでADRAS-Jはまず地上で観測されたおおよその位置等をもとに接近。デブリにある程度まで接近し、衛星から直接観測できるようになった段階で3つのカメラ・センサーを切り替えて相対位置を確認しながら、さらに接近する。

提供:アストロスケール
デブリ除去や衛星の修理や燃料補給などを行う「軌道上サービス」で必要となる技術をまとめたもの。ADRAS-Jでは④までを実施する。(提供:アストロスケール)

デブリに数十メートルまで接近したら撮影をスタート。約15年間、宇宙に放置されていたデブリがどう損傷、劣化しているか、どのような運動をしているか撮像を行い、データを地上に送る。さらに一定距離を保ってデブリの周りを周回しながら撮影を行う。その後、安全にデブリから離脱する。ここまでがADRAS-JのJAXAミッションだ。

さらにアストロスケール独自のミッションがある。今回のフェーズ1ではデブリ除去までは行わないが、今後の実施を見据え、難易度の高い技術に挑戦する。まず「手を伸ばせば届く距離(数メートル)」までデブリに接近。そしてデブリの動きに追従して衛星を動かす。これらは実際にデブリ除去を行う際に必要となる技術だ。今回のデブリはその形状から振り子運動を行っていると推測されるが、接近してみないと正確な運動はわからない。アストロスケールはさらに「エキストラミッション」も予定しているという。

何が起こっても相手にぶつからないという制約

9月末に行われた記者説明会ではアストロスケールのADRAS-Jプロジェクトマネージャー新栄次朗(あたらし・えいじろう)氏、チーフシステムエンジニア井上寿氏からミッションの説明が行われた。

井上氏は3年半前にアストロスケールに入社。前職は海外で通信衛星の開発を行っていたという。当時携わった衛星がデブリ化したが、その状況を見守るしかなかった悔しさが、アストロスケールにジョインするきっかけだったと話す。

アストロスケールADRAS-Jプロジェクトマネージャー新栄次朗氏(右)と同チーフシステムエンジニア井上寿氏。

ADRAS-Jミッションの難しさを聞くと、「前職では例えばスラスタが故障したら噴射を止めればよかった。でも今回はスラスタを止めた後に、ターゲット(デブリ)にぶつかるかもしれない。(ぶつかればデブリを発生させてしまうため)、噴射を止めるだけでなく、すぐにターゲットから離れなければならない。ハードもソフトも複雑になっている」と井上氏。

アストロスケールでは衛星が軌道投入後からターゲットまでどうやって安全に到達するか、開発の過程で何百万通りものシミュレーションを実施したという。

ADRAS-Jミッションは10月4日、発射基地のあるニュージーランドに向けて発送された。今年度の打ち上げとミッション実施を予定している。衛星開発と運用はアストロスケール、JAXAは技術的なアドバイスやデータ、施設の提供等を行う。

コンステ衛星の軌道離脱、米宇宙軍の燃料補給サービスも

ADRAS-Jは既存の大型デブリ除去の技術獲得を目指したミッションだが、アストロスケールではほかにもチャレンジングなミッションが控えている。

例えば衛星コンステレーションを構築中のワンウェブ社と共同実証を行う「ELSA-M」。欧州宇宙機関の補助を受けたプロジェクトで、ワンウェブの衛星約600機に、あらかじめ磁石でできたドッキングプレートをとりつける。アストロスケールの衛星も磁石を搭載し、寿命を終えた衛星にこの磁石を利用してドッキングし、廃棄する。2025年頃に実施の予定だ。

「ELSA-M」ミッションでは衛星を除去する際、アストロスケールが開発したドッキングプレートを使用。「メカニカルアームを使うとぶつかった際相手を飛ばしてしまう可能性がある。磁石は低コストでもある」と岡田光信アストロスケールCEO。(提供:アストロスケール)

デブリがなぜ発生するか、そもそもの原因になるのが、衛星の寿命が短いという点。衛星の寿命は燃料が枯渇した時に尽きる場合が多い。人工衛星に燃料を補給するサービスが世界ではすでに始まっているが、アストロスケールUSはアメリカ宇宙軍から燃料補給衛星を受注した。「私たちの燃料補給衛星で、米軍の衛星を移動させたり、燃料を補給したりする」(岡田光信CEO)。

ワンウェブ衛星の除去を行うミッションはアストロスケールの英国オフィスが、米空軍の衛星は米国オフィスが担う。その背景には人工衛星の所有権の問題がある。例えば英国の衛星は英国で製造した衛星を使い、英国でミッションの許可を得て除去を行うことなどの規制があるからだという(ワンウェブ社は英国の企業)。そのためアストロスケールは世界各国に製造拠点を置いている。今回のADRAS-Jミッションも内閣府が2021年に定めた、軌道上サービスについてのガイドラインに沿って許可を得て実施される初のケースとなる点も注目だ。

左からJAXA山元氏、アストロスケール副社長伊藤美樹氏、同CEO岡田光信氏、ADRAS-Jプロマネ新氏、チーフシステムエンジニア井上氏。

日本でも世界でも、スペースデブリ問題に挑み、燃料補給などの軌道上サービスを目的に掲げる民間企業が増えている。デブリ除去の方法も様々だ。軌道上サービスの市場成長率は毎年20~40%が見込まれる成長産業だという。地上の高速道路と同様のロードサービスを構築し、宇宙を持続可能にする。ADRAS-Jの打ち上げは「宇宙のロードサービスの幕開けです」。岡田CEOはそう語った。

  • 本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。