DSPACEメニュー

読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「人が足りない!」宇宙人材の現状を北九州のイベント&大学で取材

「九州宇宙ビジネスキャラバン2024北九州」に登壇し、がっちり握手を交わす若田光一宇宙飛行士(中央)、九州工業大学の佐藤凜さん(右)と上田康太さん(左)。

「とにかく人が足りない。政府のお金がついて今後5~6年で数十機の人工衛星を作らないといけないが、人材がいない」(東京大学中須賀真一教授)、「2040年までに宇宙産業で16万人の人材が必要というレポート(和歌山大学 秋山演亮教授による)がある。今は約9000人。人口が少なくなる中で人の取り合いになる」(ワールドインテック志田泰重氏)。

これは8月22日に福岡県北九州市で行われたコンファランス「九州宇宙ビジネスキャラバン2024北九州」中、宇宙人材についての議論で出た意見。他にも宇宙利用や宇宙機開発・製造についてなど興味深いディスカッションや講演が目白押しだった。だが今回は宇宙人材の議論を紹介したい。本題に入る前になぜ北九州なのか、少しだけ背景説明を。

「九州宇宙ビジネスキャラバン」は2023年に福岡市で開催され、今回が2回目。現地・オンライン含めて約750名が参加した。北九州市の武内和久市長は、2030年代に北九州の宇宙関連産業を1000億円規模まで伸ばし「リアルスペースワールド」にしたいと明言。根拠は3つ。同市に産業の集積があること、小型・超小型衛星の大学での運用数が7年連続世界一位を誇る九州工業大学(九工大)など研究機関と人材に強いこと。漫画家・松本零士氏の故郷で、宇宙好きのカルチャーがあることだ。

北九州市のアドバイザーを務める堀江貴文氏。

続いて北九州市のアドバイザーを務める堀江貴文氏が「鉄は国家なり。鉄をつくれる国でないとロケットを作れない」と言い、八幡製鉄所があった北九州には関連製造業が集積し、宇宙産業のサプライチェーン構築のチャンスがあると語った。

北九州市は宇宙産業を1000億円規模にしたいと目標を掲げるが、課題は「誰がその産業を担うのか」という点。人材不足は北九州だけでなく日本全体の喫緊の課題だ。ディスカッションで出た解決案、そして宇宙産業の担い手と期待される学生たちの声を取材した。

どんな人材が求められるのか

ディスカッションのタイトルは「宇宙ビジネスの発展に向けた人的課題とその解決策」。進行役をつとめるSpaceBDの永崎将利CEOは「人的課題は宇宙ど真ん中のホットな話題。宇宙ビジネスは盛り上がり、政府予算はこの3年間で2.5倍に増えた。だが人材は増えておらずギャップがある」と切り出した。

まず、宇宙開発利用にどんな人材が必要かについて、東京大学の中須賀真一教授から説明があった。中須賀教授の研究室では学生が2003年に世界で初めて超小型衛星打ち上げに成功、その後も15機の衛星を打ち上げ、JAXAや宇宙企業などに多くの人材を輩出している。

2023年1月、宇宙政策委員会に提出した資料を用いて、東京大学 中須賀真一教授が宇宙業界に必要な人材について説明。左からSpaceBD永崎将利CEO、(株)ワールドインテック社長室部長・志田泰重氏、QPS研究所人事総務課長・貞方美穂氏、中須賀教授、JAXA人事部長・岩本裕之氏。

中須賀教授は宇宙人材に求められる資質について4つの点をあげた。1.技術・マネジメント力、2.利用を開拓し継続発展させる力(ビジネスの企画運営力)、3.国際連携・交渉力、4.問題解決力、粘りなど。特に重要なのは1の1、2「宇宙特有の素養」だという。

「例えば科学者がこういうミッションをしたいと言ったときに、どうやって衛星の設計に落とし込むか。要求をすべて聞けば衛星は作れない。要求に対して工学的にどこまでできるかをうまく調整して設計に落とし込む能力が必要」(中須賀教授)。また、3の国際連携力も必須とのこと。「国内だけで宇宙利用を広げても大きな産業にならない。国際展開をする際に、その国の文化を理解しながら何が必要か考え、日本の技術を売り込む力が求められる」。

東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻 中須賀真一教授。

宇宙人材が集まっていると思われるJAXAではどうか。「圧倒的に人が足りない」とJAXA岩本裕之人事部長は言い、こう続けた。「JAXAはやることが広がっている。物づくり、利用、新ビジネス、さらにJAXAプロジェクトだけでなく他の企業をお手伝いする。すべての分野で人が足りない。JAXAだけでなく宇宙産業全体で人が足りない。我々が考えているのは、JAXAで宇宙に関する経験を積んでもらって、その人たちにJAXAの中のみならず、外で活躍してもらう。出向、転職など人材の流動性を高めて、宇宙の技術、産業の底上げをはかりたい」。

JAXA人事部長 岩本裕之氏。

一方、福岡県の企業で昨年12月に上場、ユニコーン企業として急成長中の宇宙スタートアップQPS研究所の人事総務課長、貞方氏はこんな課題を語る。「宇宙産業の規模は小さく、異業種から転職してもらうことになる。宇宙に興味をもっていても、自分が宇宙業界で活躍できるか不安に思ったり、(福岡の企業なので)ご家族で転居する場合には、新しい地域に飛び込む怖さもある。そうした怖さを取り除くことが大事」。二つ目の点は地方の企業ならではの課題だろう。

総合人材サービス会社ワールドインテックの志田氏からは「ケミカルやバイオ、医療などで活躍するエンジニアからは『我々にも宇宙で働くチャンスがあるんですね』とワクワク感を感じている人がたくさんいる」という意見が出た。「宇宙の仕事をやってみたいが怖いという人のために、土日だけとか水曜日だけ就労に関わるとか、お試しで仕事をするような環境を業界で作っていければ」との提案があった。

人材育成のための学校を

思いを込めた言葉を掲げるパネルディスカッション参加者たち。

宇宙に興味をもつ人たちに間口を広げるのは最初のステップとして重要だ。だが、中須賀教授からは「すそ野を広げることは大事だが、それだけではビジネスにならない。次の一歩、上に上がるには宇宙をビジネスに繋げる難しさを理解し、どう解こうか自分で考えるモチベーションを与えないといけない」という意見が出た。

そのような人材をどう育てるかについて中須賀教授は「学生時代に本格的な超小型衛星ミッションを経験させること。単に打ち上げて衛星が動いたというだけでなく、あるミッションをもつ衛星の開発から運用まで経験するといい」と提案する。ミッション機器を搭載し、精密な姿勢制御ができる6Uサイズ(10cm×20cm×30cm)の超小型衛星が理想的で、「世界初の観測」など新規性のあるミッションに挑戦するほうが学生のやる気が出ると説く。

だが、多くの大学で実現できるわけではない。そこで中須賀教授から出たアイデアが「技術やマネジメント力を高めるための『衛星ロケット開発学校』」だ。政府や企業が資金を出し合う。さらに「利用者側として、地方自治体の役人さんが宇宙をどうやって使えるかを勉強する役割も担う」「小型衛星を勉強したいという外国人がもう一歩先の技術を学び、日本の宇宙開発に貢献してもらえれば」と対象者を広げる考えも語った。

志田氏からは「九州では半導体人材育成のコンソーシアムがある。宇宙人材コンソーシアムを作らないといけない」と新たな提案も出された。最後に進行役の永崎氏が、待遇の話にふれたが、これも重要な要素だろう。「宇宙を儲かる産業にする。どうやって稼ぐかは根本的な課題」。待遇についての具体的な課題と解決策を、次回はぜひ聞いてみたい。

学生の声に感じた課題と希望

では、当事者である学生たちはどう思っているのだろう。今回のコンファランスにはたくさんの学生さんが参加していた。話を聞いてみると、いくつかの課題が浮かび上がった。

「宇宙を学ぶことには積極的だが、スタートアップに就職するのは将来性が不安」「どうしても安定志向がある」「衛星をがっつり作ったり宇宙を学んだりした人の中には、宇宙にはまる人もいれば、大変さがわかって宇宙業界に行かない人もいる。起業したい人などさまざま」などなど。

学生によるプレゼンでは、上田康太さん(九工大 工学部機械知能工学科)は宇宙業界に特化したキャリアイベント「Space Launch in 九州」を10月に開催することを発表。なぜイベントをしようと思ったのか。「宇宙業界を知るためには実際に働いている人に話を聞くのが一番。しかし、宇宙の就活イベントは東京開催が主であり、九州の学生にとってハードルが高い。そこで北九州市で開催することにした」と語る。

九州工業大学工学部宇宙システム工学科の佐藤凜さん(左)と、同大学工学部機械知能工学科の上田康太さん(右)。

上田さん自身はいつか起業したいし、宇宙に行きたいと考えている。その理由は?「自分を日本人と思っていないんです。宇宙に行けば自分は地球人と実感するでしょう。宇宙に行く意味はそこにある。『地球人』という意識をもてば、地球の裏側の問題も他人事でなくなるはず。簡単に宇宙に行ける時代を作って、誰もが地球人として心で繋がるようにしたい」

こんなに素敵な目標をもっている上田さんは、「宇宙業界は将来性は不安かもしれないが、自分たちが成長させてやるというマインドが必要」と発表。宇宙飛行士の若田光一さんは「宇宙の仕事は決して後悔しないエキサイティングな仕事だと思う。夢を掴んでほしい」とエールを送った。

九州工業大学の衛星開発の現場へ

九州工業大学超小型衛星試験センターで。佐藤凛さん(右)と當銘優斗さん(左)。

一方、工学部宇宙システム工学科の佐藤凜さんは、超小型衛星の設計、製造、試験、打ち上げまで提供するスタートアップ起業の準備を進めていると発表。これまで九工大では約30機の超小型衛星を開発。その実績をもとに、九工大発ベンチャーとして大学の施設・試験設備を使い、衛星開発を企業や研究機関から請け負う。発表では「100%メイドイン北九州の超小型衛星を作る」ことも目標に掲げた。主力製品は6U衛星。佐藤さんは大学での超小型衛星開発の経験に加えて、ビジネスや投資を学ぼうと東京の独立系VCで働いた経験もある。「衛星を作るのが大好き。楽しいから」と語る。

7年連続で大学における超小型衛星の運用数世界一を達成する九工大の開発現場に興味津々だったところ、イベント翌日、佐藤さんらが案内して下さった。超小型衛星試験センター奥にどっしりと存在感を示していたのが、大型真空チャンバーだ。宇宙と同様の真空環境や熱環境(マイナス150度~プラス150度)を再現できる。

大型真空チャンバーなどの試験設備や宇宙システム工学科の活動は、こちらのYouTubeに詳しく紹介されている。(提供:九州工業大学宇宙システム工学科 学科紹介より https://www.youtube.com/watch?v=Shg1R9gC4Qk

九工大の超小型衛星試験センターには振動、衝撃、熱真空、熱サイクルなど、衛星開発に必要な試験設備が放射線試験装置以外そろっている。「作ってすぐに試せる場」が売りだ。訪れた日は、ちょうど九州工業大学がJAXAや他大学などと開発する6Uの天文衛星「VERTECS(ヴァーテックス)」の熱真空試験が行われていた。

超小型の天文衛星は世界でも少ない。VERTECSは6Uと超小型ながら、宇宙背景放射を可視光で観測するというチャレンジングな衛星だ。これまでの観測から、宇宙背景放射の明るさが、既知の銀河の明るさをすべて合わせたより数倍明るいことがわかっている。今まで観測されてこなかった可視光の波長帯で未知の天体があるのか、宇宙背景放射の中にどのような天体が含まれているのか解明を目指す。この日は宇宙の温度環境や真空環境を再現した環境で光を望遠鏡に入射して、望遠鏡が動作するか、試験を行っていた。

(提供:VERTECS)

VERTECSのミッションチームで科学観測を担当する當銘優斗さん(九工大 工学府 宇宙システム工学コース 博士後期課程)は「ジェームズ・ウェッブ望遠鏡など大きな宇宙望遠鏡は、遠くの宇宙にある個別の天体をみる。でもどういうふうに銀河ができてきたかを解明するには、個別の天体からだけでは得られない情報が必要。VERTECSは広視野の望遠鏡で宇宙背景放射を観測します」とその意義を説明する。

VERTECSについて説明して下さる當銘さん。夜遅くまで試験の立ち合いをしながら(取材前日も夜中3時まで!)天文サークルの活動を行っている。目標は学部生たちに天文へのモチベーションを持ってもらうこと。

学生たちがこれほど深く超小型衛星の製造や試験に関わる現場は貴重であり、かけがえのない経験になると現場を見て感じた。だが、中須賀教授が前日のディスカッションで語った言葉を思い出す。「新規性のあるミッションを学生が考え、開発や運用まで担当する。難しさを知った上で自分で解こうと思うモチベーションを与えるのが大事」という点だ。

九州工業大学は企業の衛星も共同で開発している。例えばパナソニックと開発した超小型衛星「カーティス」は車載カメラで撮影した地球の画像が話題になった。この衛星も、九工大の学生が開発に参加している。得難い経験ではあるが、学生自らが考え、新規性のあるミッションに挑戦し、衛星から送られてきたデータから論文を書くことができれば、彼らにとって、また宇宙産業全体にとって、さらに大きな可能性が広がるのではないだろうか。

  • 本文中における会社名、商品名は、各社の商標または登録商標です。