宇宙の入り口で「青い日の出」を—気球による成層圏飛行実現へ。岩谷圭介氏に聞く

夜中12時ごろに集合。今日は岩谷技研の「宇宙遊覧フライト」本番だ。夏でも北海道の夜は冷える。離陸地点に用意された温かな空間で、乗客はフライトの説明を聞く。特別な訓練は必要なし。準備ができたら、専用のフライトスーツを着ていよいよキャビンへ。2人乗りのキャビンは直径170cmとコンパクトだが、巨大なガス気球にぶら下がっていて、全長は50~60mにもなる。狭く見えたキャビンに乗り込むと、全面が窓に覆われ内部は広く感じる。
気球と聞くと、ガスバーナーで熱した空気の浮力で浮き上がる「熱気球」を想い浮かべるかもしれない。だが岩谷技研の気球は、空気より軽いヘリウムガスの浮力によって成層圏へ上昇する「ガス気球」だ。
乗客が乗り込む際、ガス気球には大量のヘリウムガスが封入されているものの、まだまん丸い形をしていない。細長い形だ。気圧の低い上空に上がっていくにつれて気球内のガスが膨張し、徐々に膨らんでいくという。


2時半前後に離陸。あたりはまだ暗く、上空に上がるにつれて町明かりが見える。だが北海道の朝は早い。4時過ぎに日が上るが、上空では日の出の時刻が30分ほど早まる。さらに日の出前から薄明が始まり空が明るくなってくるはずだ。ゆっくり上昇していくにつれ、飛び立った町がどんどん小さくなり、見える範囲が広がっていく。
そして高度1万m(10km)付近の対流圏を抜けて成層圏に達すると雲が眼下に。周囲には遮るものがない、「青の世界」が広がる。そして、その時はやってくる。
「青い日の出」だ!
その青っぽい光に、乗客は驚くことだろう。地球上では大気中の塵が散乱するので日の出は赤く見える。だが、大気の密度が低い上空では、日の出は青っぽく見えるという。高高度でしか見ることができない絶景だ。
さらに上昇していくと、空は徐々に暗くなり濃さを深めていく。地球を覆う薄い大気層、その奥には漆黒の宇宙や星々が見えてくるかもしれない。

キャビンの外側は真空に近い環境だが、キャビン内は航空機内と同様の気圧と快適な温度に保たれ、ほとんど揺れることがない。そして音がない。大きな窓から見える景色との一体感があり、静寂の中で気球はふわふわと浮遊しながらも安定している。
離陸から2時間ほどで、成層圏内の約18km~25kmに達する。弧を描く地球や高層大気の光景を堪能したあとは地上へ。ガスを少しずつぬくなどして、2時間ほどかけてゆっくりと下降する。パイロットがもっとも安全に降りられる場所を選び、着陸。回収部隊が既に待機していて、乗客を出迎えてくれる。行きも帰りも重力加速度(G)を感じることはなかった。
岩谷技研が2025年春以降に実現する予定の「宇宙遊覧フライト」を代表取締役の岩谷圭介さんの説明や、同社ウェブサイト等参考資料からまとめた。もちろん実施日の天気、日の出や離陸の時間帯で景色の見え方は変わる可能性がある。「青い日の出」はぜひ堪能してみたいものだ。2024年7月に高度20kmを超えた有人飛行試験の動画で、フライトを疑似体験してみてほしい。(欄外リンク参照)
宇宙をみんなのものに

実はDSPACEで岩谷さんにインタビューするのは2回目だ。前回は2015年10月。気球を使い成層圏からの撮影を日本で初めて成功させた経緯、その後の連続成功の秘訣を詳しく伺った。そのたった10年後に、岩谷さんは人を乗せた気球を打ち上げようとしている。岩谷技研の代表取締役として88名の仲間(従業員)と共に。
「昔から気球で小型の無線カメラを飛ばして見ていた景色を、大きな装置にすることで、人が自分の目で見ることができたらいいなと。そう思って装置を開発してきたんです」。岩谷さんはそう語る。
プロジェクト名を「宇宙を民主化する“OPEN UNIVERSE PROJECT”」と名付けた。その特徴は?「宇宙旅行はなかなか実現されていません。ロケットで宇宙に行こうとすると、(地球周回飛行の場合)一人数十億円してしまう。でも我々の宇宙遊覧フライトは2400万円。家を買うのと同じぐらいの金額で、払おうと思えば払える。払いたいか払いたくないかという選択肢におりてきたことは、以前とはだいぶ違いがあると思っています」
その背景にはこんな思いがあるという。「『宇宙を開かれた世界に変えましょう』というのが私たちのミッションだと思っています。宇宙旅行ってこれまで開かれたものではなかった。それを親しみやすいものとして『宇宙遊覧』、つまり成層圏から宇宙を見てみましょうと」。
高度約20kmを宇宙という気はない。でも「(成層圏からは)宇宙から地球を眺めたような景色が見える」と岩谷さんが力を込める背景には、日本で最も多く成層圏に気球を上げ、宇宙や地球の撮影を成功させてきた豊富な実績と経験がある。
四重の安全性

ただし、無人飛行と人が乗る飛行とでは安全性が異なる。宇宙遊覧フライトに用いるガス気球システムには4重の安全性を設けた。
- ① 浮力を持った気球で着陸(通常のケース)。
- ② (気球にトラブルがあった場合)気球がパラシュートのような構造になるよう独自に設計・製造。
- ③ (気球パラシュートにトラブルがあった場合)キャビンにパラシュートを搭載。
- ④ さらに乗員用のパラシュートを塔載。
のべ500回以上の飛行試験(そのうち有人試験は数十回)を重ねてきた。2024年7月17日には北海道十勝地方で国内初、気球による有人飛行で過去最高となる最高高度20,816mの成層圏に到達した。

離着陸は北海道内を予定しているが、詳細な場所は天候などの条件で決定する。気球って風で流されるのでは? と心配するかもしれない。だが着陸地の予測については、高高度気球を高い回収率で回収してきた、岩谷氏及び岩谷技研の飛行経路予測技術や運用などの実績がある。
「それでも5~10kmの誤差は生まれますが、宇宙遊覧フライトではパイロットから『あそこにおろします』という指示が地上に届きます。そこでピンポイントに出迎えにいくことができるのです」(岩谷氏)。
冒険感がありつつ、清潔感のあるキャビン

キャビンのコンセプトは「冒険感がありつつ、清潔感があるものを」。最初の段階で乗る乗客は、やはり冒険的な要素が強いのではないだろうか。飛行機も自動車も最初はそうだった。そこで冒険感がありながら乱雑すぎないように設計した。
私も都内で行われたイベントでキャビンに乗らせて頂いた。一見小さいと思ったものの中に入ってみると上質なソファーは座り心地がよく、居心地の良さを感じる空間だ。そしてなんといっても窓が大きいのが嬉しい。外の空間との一体感がある。この窓からどんな光景が見えるのだろうと想像がかきたてられる。
今後の計画は?

ただし、2400万円という旅費は、一般の人にとって簡単に出せる金額ではない。これからどのくらいで安くなるのかを岩谷さんに尋ねた。「この金額を出したのは2022年です。それから2年間で物価が倍になり、我々が仕入れているプラスチック、金属やアルミニウム、ヘリウムガスなども倍の値段になりました。正直、2400万円で飛ばしても利益は出ません。(搭乗代金を下げるには)大型化しなければなりませんが、それには投資が必要になります」
だが今は、運用能力を鍛える時期だと岩谷さんは言う。「まずは技術の会社である我々が、お客様が満足して頂けるサービスを提供できるか、学ばないといけないことがたくさんあると思っています」。安全な運航を重ねるとともに、商用フライトとして顧客満足度の高いサービスを提供するのが当面の目標だと。
ところで、岩谷社長は宇宙遊覧フライトに出かけるのですか?「2400万円払えばのせてくれると思いますが、強いこだわりはありません。私はできないことを可能にすることに情熱があります。それが未来のためになると思っているので」
世界初の宇宙遊覧フライト1号機に名前をつけよう!
現在、岩谷技研では宇宙遊覧フライト1号機の名前を募集している(3月9日まで)。名前が採用されると1号機の機体に印字される。またギフトセットなどのプレゼントがある。
「宇宙遊覧で成層圏から宇宙を見ることは、一種の宇宙の民主化プロジェクトだと思っています。ネーミングキャンペーンに応募して頂くことで、多くの人たちと一緒に宇宙を開かれた世界に変える未来を作っていきたい。新しい扉を開きたい。ぜひご参加頂けたら嬉しいです」(岩谷氏)。欄外リンクを参照し、ぜひご応募を。
地上からゆっくりと宇宙の入口へいく宇宙遊覧フライト、実施は2025年春以降。その日が今から待ち遠しい。そしていつか私も宇宙遊覧の旅に出かけてみたい。

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