転んだ着陸船内で月面車「YAOKI」月面撮影に成功!—民間月着陸3機の挑戦
「10年前、民間3社の着陸船が月に向かうなんて誰も想像していなかった。その世界が現実のものになっている。これからの10年がとても楽しみ」。2025年3月4日、ispace CEO袴田武史氏は語った。
そう、2025年は民間月着陸ラッシュだ。1月15日、日本のispaceの月着陸船レジリエンスと米企業Firefly Aerospace(ファイアフライ・エアロスペース)の月着陸船ブルーゴーストがスペースXのファルコン9ロケットに相乗りで打ち上げられた。先に月に到達したのはブルーゴーストだ。

ブルーゴーストは3月2日17時34分(日本時間)、月の表側北東にある「マレ・クリシアム(危難の海)」への着陸が確認された。Fireflyによると着陸目標地点から100m以内の高精度着陸を達成。民間企業による月着陸は2024年2月、Intuitive Machines(インテュイティブ・マシーンズ)が達成したものの、横倒しの状態だった。月への軟着陸を「完全に成功させた民間企業は史上初」とFireflyは発表している。
Fireflyはロケットを開発するスタートアップであり、月着陸船のスラスタ(エンジン)にはロケット開発で培った技術が使われているようだ。NASAの商業月面輸送サービス(CLPS)に選定された企業の一つで、NASAの10の荷物を月に運んでいる。月面での約14日間の活動中に、月面の地下数mの温度計測、月への飛行中や月面でGPS電波を受信する実験、塵の軽減実験などを予定している。
ブルーゴーストが月面から送ってくる映像が秀逸だ。月着陸船のシルエットと月の地平線、その向こうに浮かぶ地球。到着直後には月の日の出も撮影した。そして期待が高まるのは3月14日、月面から「皆既日食」の高解像度撮影を予定していることだ。

この日は月と地球、太陽が一直線に並び、地球上のハワイや南北アメリカでは「皆既月食」が見られる。一方、月では地球が太陽を隠す「皆既日食」が起こる。月周回衛星「かぐや」が2009年、月周回軌道上から皆既日食を観測した際は、地球の周りが大気の影響でわずかに赤く縁どられているのが見られた。今回、ブルーゴーストが映像をとらえるのか。「月から見る皆既日食」は将来、月面への観光旅行で人気になるに違いない。その観点からも注目だ。
そして3月16日には日没も撮影予定。実は1972年、アポロ17号でNASAのユージン・サーナン飛行士が初めて日の出時に「Lunar Horizon Grow」(月の地平線の輝き)を観測した。月の地平線が日の出や日没時に明るくなる現象で、地平線近くのダスト(塵)粒子と太陽の反射光から起こるのではないかとみられる。月面のダストは鋭くとがっていて宇宙船や宇宙飛行士の活動に影響を与えるため、日没時の観察でダストの挙動や存在量を調べることは重要な知見となるだろう。
七転びYAOKIを体現!月面撮影成功
3月7日午前2時半ごろ(日本時間)、Intuitive Machinesの月着陸船アテナが南極から約160km離れたムートン山に軟着陸。同社の発表によると目的地点から250mの距離(NASA発表は400m以上)であり、これまでで最南端の着陸だったという。同社もNASAのCLPSに選定されており、昨年に続きNASAの荷物を搭載していた。南極域の水氷資源を探査するために月面の地下を掘るドリルや月面を飛び跳ねながら移動する探査機など多彩なミッション。日本の小型月面車YAOKIが搭載されていたことも注目を集めていた。だが昨年同様、横倒しの状態になる。
地上との通信は確保できていたが、着陸船の姿勢や太陽の角度を考えると再充電は期待できず、使える電力に限りがあった。そこでIntuitive Machinesから各ペイロードに対して、それぞれのミッションを短時間で実施する指示が届けられた。

YAOKIについては過去の記事(欄外リンク参照)を見てほしいが、手のひらサイズ(15cm×15cm×10cm)、498gの小型軽量の二輪ローバーで、100mの高さから落としても壊れないタフさが特徴だ。当初、月面着陸5日後に予定していたミッションを急遽、前倒しすることになる。だが、その順番はアテナに搭載されているすべてのペイロードの最後。南極域でどんどん低下する温度、電力供給の制限など条件は時間が経つほど悪化する。そんな極限状況にも関わらず、YAOKIは月面での写真撮影とデータ送信などに成功した! 最新の画像をぜひ見てほしい!


YAOKIはデプロイヤーと呼ばれる容器に格納されていた。残念ながら着陸船アテナから電源供給がカットされたため、YAOKIはデプロイヤーから分離され、月面を走ることは実現できなかった。だがデプロイヤー内で車輪の回転を実施。分離されていれば月面走行が可能だったと推定される。さらにデプロイヤーの隙間から写真を撮影、着陸船アテナを経由して地上への画像送信に成功した。
最初にYAOKIにコマンドを送ったのが着陸から約9時間後の11時17分(日本時間)。最終コマンド送信が約2時間後の13時32分。その後2時間以内にアテナは運用を終了しているから、まさにギリギリの攻防だったと言える。

株式会社ダイモンCEOで、当初たった一人でYAOKIの開発を進めてきた中島紳一郎さんはこれらの運用を、米国テキサス州ヒューストンのIntuitive Machines社で行った。「極低温、(月着陸船からの)電力供給なしの状況でYAOKIはドラマチックに作動しました」とコメントを寄せて下さった。特にヒーターがカットされたのが痛かったと。しかし名前の由来「七転び八起」の通りYAOKIは転んだままで終わらなかった。極低温環境下で、最大限の活躍を見せたのだ。この環境で動作した事実は、今後の探査に向けて大きな知見が得られたに違いない。
「嬉しい、悔しい、羨ましい」ispce 6月6日に月着陸リベンジへ
そして月着陸を目指し、現在、飛行を続けているのがispaceの月着陸船レジリエンスだ。3月4日に開かれた記者会見で、月着陸予定日時を6月6日午前4時24分(日本時間)と発表した。

今年1月15日に打ち上げられた月着陸船レジリエンスは、2023年に実施されたispaceの民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション1に続くミッション2の位置付けだ。ミッション1の経験をふまえ、レジリエンスの飛行は極めて順調とのこと。月までの軌道でミッション1と異なるのは、月の重力を利用する「月フライバイ」を実施したこと。ミッション1では打ち上げ時にispaceの月着陸船のみの搭載でロケットの推進力をフルに使えたが、今回はブルーゴーストと相乗り。月フライバイで加速することが必要になった。

レジリエンスは2月15日午前7時43分に月表面から高度約8,400kmの地点を通過、民間の月着陸船として史上初の月フライバイ成功となった。その後、レジリエンスは低エネルギー遷移軌道へ。地球から最大110万km離れた地点まで飛行することになる。月周回軌道に入るのは5月6日。その後1か月の間に軌道制御マヌーバ(噴射)を2回実施し、5月末に高度100kmの月周回軌道に入る。着陸降下をスタートするのは6月6日の着陸予定時刻の約1時間~1時間半前になる。

ミッション1では月面まであと一歩に迫りながら着陸を達成できなかった。そのリベンジとなるミッション2「レジリエンス」の月着陸について袴田CEOは「ミッション1と2では運用の効率性や確からしさが大きく改善している。エンジニアの努力によって自信をもって6月6日を迎えられる」と力強く語った。
だが、民間による月着陸フルサクセスはFirefly社のブルーゴーストに先を越されてしまった。その感想を問うと、氏家亮CTOは「嬉しい、悔しい、羨ましい」と率直に答えてくれた。

「嬉しいというのは、ある意味同じ境地を目指す仲間が実際に着陸できて嬉しいということ。一方で(Fireflyは)競争相手でもある。1回目でしっかりまとめて先を越されたのは悔しさもある。その気持ちの根幹にあるのは、羨ましいという気持ちなのかな」。
一方、ミッション2開発統括、日達佳嗣氏は「民間企業2社が月着陸できたことは、月探査が高まってきていることと実感している。このムーブメントを作っていくために我々はきちんと成功しないといけないという覚悟を新たにした。我々はやるべきことをやっていく」と冷静に語った。
JAXAからispaceへ。ピンポイント月着陸の技術移転の現状は?

ところで、米民間月着陸船ブルーゴースト、アテナはそれぞれ目的地から数100m以内のピンポイント着陸を達成している。2024年1月にJAXAの月着陸機SLIMが世界初を実現してから、既にピンポイント月着陸時代に入っているのかもしれない。2024年末に行われた月着陸機SLIMの成果についての記者会見で、JAXAの坂井真一郎SLIMプロジェクトマネージャは「高精度着陸技術を民間に移転するための話し合いが始まっている」と語った。
それそれはJAXAとispaceの間の話し合いを意味する。具体的に進んでいるのか、袴田CEOに尋ねた。「JAXAの公式の発表の通り。我々としても月面の高精度着陸は重要な技術だと思うし、活用できるようにしていきたい。今後話し合いが円滑に進めばいいなと思っている」。
ispaceは経済産業省の中小企業イノベーション創出推進事業で「月面ランダーの開発・運用実証」に採択され、100kg以上の荷物を月面輸送できるランダーを開発、2027年を目標に月へ打ち上げることになっている。「まだ開発の途中だが、我々としては(2027年の打ち上げで)ある程度の高精度月着陸を実現していきたい」と袴田氏は明言した。
氏家CTOによると、月着陸船レジリエンスの着陸精度は数km(5km以下)。今後、着陸精度を上げていくことになるという。その際、気になるのは着陸地点。まだ2027年の月着陸船の着陸目標地は決まっていないが、極域を今後目指していくことになるだろうとのこと。SLIMが月の中緯度地域への高精度着陸で用いた画像照合航法を極域でも使うには、研究開発要素があるのでは、と氏家氏は指摘する。一般的に極域では太陽が横から差し込むため影が長くなるからだ。この点も注目していきたい。
月着陸自体チャレンジングであり、極域を目指すとなればさらに難易度は上がることが、今回のIntuitive Machinesの着陸で明らかになった。YAOKIへのコメントを氏家氏に求めると「うまくいくことを祈っているし、次は我々の着陸船に乗って頂ければ」とエールが送られた。実現すれば面白い! まずは6月の月着陸船レジリエンスの月着陸成功を祈りたい。
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