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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

8日間の予定が9か月に。大西飛行士ISS到着を迎えたタフなベテラン飛行士たち

NASAテレビより。(提供:NASA)

大西卓哉宇宙飛行士が3月16日(日)午後(日本時間)、約9年ぶりにISS(国際宇宙ステーション)に到着。14時半ごろ、Crew-10チーム4人のうち一番乗りでISSに入室! 約半年間の宇宙滞在が始まった。宇宙滞在後半にはISS船長を担う予定だ。

ISS到着直後の大西飛行士のX投稿より。「無事にISSに到着しました! さすがドラゴン、ほぼ自動運転で目的地に着いた感じです」。後ろの「きぼう」船内のケーブル類がすごいことに!(提供:JAXA 大西飛行士のXより)

大西飛行士の到着を待ちわびていたベテラン飛行士たちがいた。2024年6月にボーイングのスターライナー宇宙船有人試験飛行で打ち上げられ、ISSにドッキングしたバリー・ウィルモア飛行士とサニータ・ウィリアムズ飛行士だ。

2024年6月5日、スターライナー宇宙船の青い船内宇宙服に身を包んで飛び立ったバリー・ウィルモア飛行士(左)とサニータ・ウィリアムズ飛行士。NASAテレビより。(提供:NASA)

彼らは当初8日間の宇宙滞在を予定していた。ところが搭乗したスターライナー宇宙船にトラブル発生。推進システムのヘリウム漏れ、姿勢制御用スラスタの故障などが起こり、同じ宇宙船で安全に2人の宇宙飛行士を地球に帰すことができるか、数か月かけて検証を行った。8月末、NASAは宇宙飛行士を載せる安全性を保証できないと判断、スターライナー宇宙船は無人で帰還させ、2人の宇宙飛行士はクルードラゴン宇宙船で帰還させることを決めた。

2024年9月7日、ニューメキシコ州ホワイトサンズに無人で着陸したスターライナー宇宙船。(提供:Boeing)

具体的には9月28日に打ち上げられたCrew-9のチームを当初予定された4人から2人に変更。クルードラゴンのあいた2席分にウィルモア、ウィリアムズ両飛行士を乗せ、約半年後に帰還することになった。ISSに緊急事態が発生すれば、クルードラゴンはいつでも救命ボートとして宇宙飛行士を地上に帰すことができる。つまり昨年9月の時点で2人は地上への足を確保した上で、ISS長期滞在クルーとして実験や船外活動を精力的に行うことになったわけだ。

8日間の予定が9か月に及んだことについて、「(ISSに)置き去りにされた」など一部の誤った見方を、2人は完全に否定している。「(緊急事態があれば)クルードラゴンで地球に帰還できる。ISSに滞在した過去の経験から、今回の宇宙滞在がのびることは想定していた。私たちはISSチームの一員であり科学研究などの仕事をすることに誇りを感じている」とサニータ・ウィリアムズ飛行士は報道で語っている。(「もっと早く帰ることができたのでは?」という質問に対しては、そうなればISSの米国パートに米国人宇宙飛行士が一人しか残らなくなり、運用上の問題が起こることも説明している)

2025年3月9日、ISS第72次長期滞在クルーの一員として、展望窓キューポラから地球を眺めるサニータ・ウィリアムズ飛行士。(提供:NASA)

ISSにはこうした事態に備えて、食料品などの備蓄は十分にある。そしてバリー・ウィルモア飛行士、サニータ・ウィリアムズ飛行士は共に海軍出身でこれが3回目の飛行となるベテラン宇宙飛行士だ。サニータ・ウィリアムズ飛行士は星出飛行士の2回目の宇宙飛行時のISSコマンダーであり、一緒に船外活動を行ってISSの電力低下の危機を救った経験をもつ。またISSでボストンマラソン完走(2007年)、トライアスロン完走(2012年)を達成した心身共にタフな飛行士でもある。

宇宙飛行士が訓練で胸に刻んでおく言葉として「Expect the Unexpected」(想定外を想定する)を複数の宇宙飛行士に聞いたことがある。宇宙飛行士訓練のほとんどはトラブルに備えた訓練だ。だがあらゆるトラブルを想定して訓練を重ねても、宇宙では想定外のことが起こりうる。でも想定外に備える訓練を繰り返していれば、ほとんどのことは対処できると。ベテラン飛行士である二人は、今回のような事態を想定しており、困難がありつつも見事に乗り超えたと言えるだろう。

2025年3月11日、帰還に備えクルードラゴンの白い船内宇宙服に身を包むCrew-9チーム。ウィリアムズ飛行士とウィルモア飛行士には2種類の宇宙服の着心地の違いも聞いてみたい。(提供:NASA)

Crew-9は3月19日朝(日本時間)、無事に帰還。着水後の記者会見でNASA担当者はスターライナー宇宙船について、今年夏ごろに改良されたヘリウムシステムを含む総合試験を行うこと、試験の結果によってはISSへの無人飛行を改めて行う可能性があると語った。ISSへの異なる二つの宇宙船を持つことの重要性を強調したが、ISSへの有人輸送のどのタイミングでスターライナー宇宙船を使うことができるかは夏の試験結果以降に判断していくことになるだろうと述べた。

日本時間3月19日(水)朝に帰還し、元気な様子を見せるサニータ・ウィリアムズ飛行士。NASAテレビより。(提供:NASA)

行きと帰りで異なる宇宙船に搭乗した例は過去にも

今回の大西飛行士の打ち上げも、最初のトライでは打ち上げ約30分前に延期が発表された。宇宙に行くことは未だ簡単ではない。だが、宇宙に無事到着しても、安全に帰ってこられると保証されているわけではない。宇宙到着後にトラブルが起こり、「行き」と「帰り」に異なる宇宙船に乗った事例は過去にもあった。

その一人が、現在、ISSに滞在しているNASAのドナルド・ペティ飛行士だ。ペティ飛行士は2002年11月、ISS第6次長期滞在クルーとしてスペースシャトルで打ち上げられた。当初は約2か月半の滞在予定でスペースシャトルで帰還するはずだった。ところが2003年2月1日、スペースシャトル・コロンビア号事故が起こる。7人の仲間の命が失われ、スペースシャトルの飛行は凍結。ISSにいたペティ飛行士らは帰りの足をなくす。

このあたりの状況は「絶対帰還」(クリス・ジョーンズ著 光文社 2008年)に詳しい。宇宙飛行士はあらゆる緊急事態に備えた訓練を何年間にもわたって受けており、なかには「地上から悪い知らせが届いた場合を想定した訓練もあった」。それなのに涙があふれ「流れない涙は目の回りに大きな水の塊を作った」と書かれている。

行きはスペースシャトル、ISS滞在中にスペースシャトル事故が起こったため、帰りはソユーズ宇宙船に搭乗したISS第6次長期滞在クルー。前列がドナルド・ペティ飛行士。(提供:NASA)

結果的に、ペティ飛行士らはロシアのソユーズ宇宙船に乗って地球に帰還することになる。2003年5月、大気圏突入時のトラブルで帰還時に8Gの重力加速度を受け、予定地点から400km以上離れた場所に着陸。回収部隊が到着するまで約半日かかったそうだが、ともあれISSを往復する有人宇宙船が複数あったことから、彼らは無事帰還を果たすことができた。

ペティ飛行士は、発明家で(無重力用コーヒーカップを発明!)、写真撮影にも長け、ISSから一般向けの科学実験をたびたび披露している。4月にはソユーズ宇宙船で帰還予定だが、その間に大西飛行士が学ぶことは多いはずだ。

大西飛行士の奥に見えるのがぺテランのドナルド・ペティ飛行士。(提供:JAXA 大西飛行士のXより)

大西飛行士の宇宙滞在、CO2除去装置や宇宙食などにも注目

さて、ISS到着直後、「1回目のフライトと比べると格段に体が楽なように思います。まるで、体の細胞のひとつひとつが無重力を記憶しているかのようです」と投稿した大西飛行士。さっそく仕事を開始している。

計画されている様々な宇宙実験については、以前のコラムでも紹介したが、新たに注目をいくつか。 例えば月周回基地ゲートウェイの国際居住棟に搭載される予定の、二酸化炭素除去システムの検証。ISS内は二酸化炭素濃度が高くなりがち(地上の10倍程度にも!)と聞いたことがある。二酸化炭素がたまっている場所にいくと、人によっては頭が痛くなったりするらしい。密閉された空間で人が生活する際の生命維持システムとして、二酸化炭素の除去は重要な技術だ。

日本が開発するCO2除去装置は従来のものに比べて省エネ型。実験では「きぼう」日本実験棟に装置を設置、ISS内の空気を取り込み二酸化炭素を除去して船内に戻すと共に、除去した二酸化炭素を宇宙空間に放出する。

ほかには新しい宇宙日本食(長いもを使った宇宙食が5種類も!)や、POLAが開発した宇宙用化粧品コスモロジー スペースクルーキットなども搭載。大西飛行士のお肌に注目してみたい。宇宙滞在後半には、想定外にも動じないISS船長の手腕が見られるだろう。ユーモアが垣間見える大西飛行士のXの投稿を見るのが、しばらく日課になりそうだ。

新しく認証された宇宙日本食「十勝川西長いも肉巻き焼き」。(提供:JAXA)
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