2010年11月18日 vol.60
続:木星の異変 謎の発光現象
いま見上げる宵の夜空に、ひときわ光っている星があるのに気づくだろう。木星である。真夜中の空高く、輝く木星は、さすがに惑星の中でも王者の風格である。堂々としたその輝きは、実に見事なのだが、これは木星が面積を持っているせいで、恒星と違って大気の影響を受けにくく、キラキラとは瞬かないからである。7月のこのコラム(参照:vol.56/「木星の異変 縞が消えた」)でもご紹介したが、ここしばらくの間、木星には縞模様のひとつが淡くなって、ほとんど見えなくなっている。縞模様のうち、最も太く濃い茶色に見えていた南赤道縞が消えてしまったように見える異変である。このような南赤道縞の淡化は10年から30年に一度起きる珍しい現象であり、今回は1992年以来のことである。
立川正之さんが撮影した木星の発光現象。ちなみに大赤斑(中央上)の緯度にあるはずの濃い縞が無いことも分かる。
さて、この異変が起こっている最中、さらに珍しい異変が報告された。それは8月21日の土曜日のことであった。たまたま取材対応で出勤していたときに、熊本の旧知のアマチュア天文家から、立川正之さんという方がビデオで木星を撮影中に、その表面で2秒ほどの発光現象を捉えた、というのである。連絡を受けた筆者は、これは大変なことだ、と思った。実は、その2ヶ月ほど前の6月3日、オーストラリアとフィリピンのアマチュア天文家が、同じ様な木星表面での発光現象を捉えて、アマチュアとしては世界初と話題になったからである。おそらく隕石のような小天体が木星に衝突して、地球から見えるようなとても明るい流星現象となったものではないか、と思われた。
よく夜空で見られるように、小さな砂粒でも、地球大気に飛び込むととても明るい流れ星となる。たった1gの砂粒でも、地球では一等星ほどに輝くとされている。もっと大きな天体で有れば、さらに明るく輝く。隕石が落下するような現象になると、その明るさは満月を軽く超えて、夜であれば、そのあたりが昼間のように明るくなる。実際、はやぶさ探査機の地球大気圏再突入では、探査機本体が流星現象となって最も明るいときには満月の明るさを超えたことが分かっている。実は、この流星現象は大気があれば、どの惑星でも起こっている。火星でも着陸探査機のカメラが偶然に流星を捉えている。そして、特に木星は重力が強い上に、直径も大きいので、流星現象は頻繁に起こっていると考えられる。1994年にはキロメーターサイズの彗星が、群れをなして木星に衝突し、様々な現象を起こした。この時の衝突地点は、地球からみて裏側にあたっていたため、衝突した時の発光そのものは観測できなかったが、二千kmにも達するキノコ雲や、地球のサイズを超えるほどの痕跡が残り、事前の予想に反して、小望遠鏡でもそのすさまじさを目の当たりにすることができた。シューメーカー・レビー第9彗星(略称SL9)と呼ばれた彗星は、衝突して無くなってしまったが、それは強い印象を残したようで、地球にも同じような衝突が起きるかも知れないという実感が、「ディープ・インパクト」や「アルマゲドン」などのハリウッド映画の制作に繋がり、また2009年にはスキマスイッチというグループが「SL9」という歌をつくっているほどである。
それほどではなくても、小さな衝突は起こっているはずである。ただ、これまではそうした小規模な衝突発光は観測されてこなかった。もともといつ起こるか分からないし、どの程度に光る現象が、どのくらいの頻度であるのかも皆目検討 がつかなかったので、そんな観測をやろうという人もいなかった。ところが、アマチュア天文家の機材や技術も進歩している。ウェブカメラのような簡単なカメラで木星を撮影し、その映像を合成して解像度の高い静止画像をつくれるようになっている。今回の発光の検出も、そのような試みの中で、たまたま発見されたものである。
筆者は、ともかくデータをもらい、座標を出したりして、国際天文学連合に通報すると同時に、このような快挙はみんなに知って欲しいと思い、NHKにも連絡をして、22日日曜日の正午のニュース枠に入れてもらった。この日はニュースネタが夏枯れだったという幸運もあったが、無事に放送されたことで、多くの人に見てもらうことができた。そのおかげで、なんと同じ時刻に発光を捉えている人が他に3人もいることがわかったのである。日本のアマチュアの底力を見たような気がする。また、筆者はこうした現象は、いままであまり注目されていなかっただけで、結構頻繁なのではないか、と思い始めている。もしかすると、今夜、あなたが望遠鏡で木星を見ているうちに、発光が見えるかも知れない。